57、お風呂。
「ロザンヌさん、ちょっと待ってください。べ、べべ、別に一人で洗えますから、気にしないでください」
「ですが、綺麗に洗うのであれば、誰かの手を借りた方が良いかと存じますが」
そう言って小さなタオルで前をそっと隠しながら、ロザンヌさんが近づいてくる。
「ゴクッ! こ、これは…… 」
「では、お背中洗いますので、お風呂から上がっていただけますか?」
「は、はひぃ!」
くそ、久しぶりの女の裸に興奮すんじゃない俺! ただ、背中を洗ってくれるだけじゃないか。
メイドの仕事のうちだって、たぶん、いや、きっとそうだ。
「では、お言葉に甘えて…… 」
「はい、こちらにどうぞ」
し、慎重に前を隠しながら風呂から出るだけだ、って、もう出れる状況じゃない!
これじゃ、ダメだ。元気良すぎて、風呂から出れないよぉー。
そうだ! 確か、こういう時は、下半身に集中している血液を、上半身に分散してやれば元気なヘルワームも大人しくなると、中学生の時に先輩から聞いたことがある!
先輩の話だと両腕に力を入れ、できるだけ大きな力こぶを作り、そこに血液を集めれば元気なヘルワ……
「御主人様、力こぶなどお作りになって、どうしたのですか?」
「いや、これはその、なんて言うか、アハハハハ」
「早く出てきて頂けますか? 私も冷えてきましたので、早くお願いします」
「ハァ、そうですか、そうですよね。アハハハハ」
作戦失敗だ、ヘルワームは未だ臨戦態勢保ったままで、このままでは爆死しかねない。
だが、断る理由が見当たらない。いや、断りたくないという強い衝動が、俺の心の奥底で暴れまくっている。
敢えて胸の内を説明するなら、某有名アニメの名セリフ「逃げっちゃダメだ!」が、繰り返し頭の中で響き渡ってる状態だ。
これは、もう覚悟を決めて行くしかない!
「では、失礼してお願いします…… 」
「こらぁああー! お兄ちゃんに何するのよ!」
「あら、お嬢様もお風呂に入りに来たの?」
「ちがぁぁーう! リリは、ロザンヌさんがお風呂に行ったと聞いたから、注意しに来ただけで、別にお風呂に入りに来たわけではないです」
「でも、お嬢様、ー--全裸ですよ」
はい? 湯けむりで良く見えないが、本当に全裸なのか? リリ!
お風呂に入りに来なかったら、なぜ全裸なんだよリリ!
「こ、これは、そう、日本では、お風呂に入る時、タオルを持ち込むのは禁止と話していたから、だからタオルは置いてきただけで…… 」
違うぞリリ、湯船の中に入る時にタオルをお湯に浸けたらダメなだけで、お風呂場の中にタオルの持ち込みは大丈夫だぞ。
「日本? 何を仰ってるのか、良く分からないけですけど、ですがお嬢様、タオルは分かりましたけど、なぜ服を脱いだのですか?」
「そ、それは、マンションのお風呂場は狭くて、お兄ちゃんの背中を洗えないから、ここのお風呂場は広いって、さっきシェリーさんが話してくれたから、それで洗ってあげようかなって…… 」
「マンションって、何かしら? まっ、良いわ。それなら、お嬢様も、私と一緒に御主人様の背中を洗いますか?」
「えぇぇえええー! それはダメでしょ! いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや、悪いけど、二人とも出て行ってくれ!」
幾ら何でもリリと一緒にお風呂に入るなんて、それは倫理的な観点からもダメだからな!
それに、リリの将来を考えたら、絶対に許されない事だ!
「なんでお兄ちゃん! ロザンヌさんなら良くて、リリはダメってことなの?」
「そうじゃなくて、そうだけど、そうじゃなくて、なんて言ったら良いか分からないが、兎に角、許されないというか、アウトというか…… 」
「やっぱり、ロザンヌさんの方が良いんだ!」
「違う違う、ダメだからダメだから」
「あら、私はダメなの?」
「だから、もうー、ヘルワーム的に問題で、あぁぁああー、何言ってるんだよ俺! もう、どうでも良いから二人とも、出て行ってくれ」
まったく、良い加減にしてほしいよ、せっかくでかいお風呂を楽しんでいたのに、ー--って、本当に全裸かよリリ!
「だったら、御主人様に選んでもらいましょうか、どちらに背中を洗ってほしいのか、私と勝負しますかお嬢様?」
「え、えぇ、良いわよ。お兄ちゃんは、リリを選ぶに決まってますからね!」
「だ、そうですけど、御主人様は、どちらに洗ってほしいのですか?」
「リリだよね、お兄ちゃん!」
ハァ、これって、リリを選ぶしかないだろ。
今後の事を考えたら、リリを選ぶしかないだろ、勿体ないけど……
「裸じゃないリリで、お願いします」
「やった! だったら、服着てくる」
「お嬢様が良いですって、良かったわね。ちゃんと、お膳立てしたから、楽しんで…… 」
「♡…… 」
喜ぶリリと、なぜか微笑むロザンヌさんが、仲良く脱衣場の方に消えていく。
ん? 今ロザンヌさんが、何か言ってなかったか?
良く聞こえなかったが…… いや、それより俺も前を隠さないと、大変なことになる。
「お兄ちゃん、バスタオル巻いて来たけど、これなら良い?」
「あぁ、それなら良いよ。でも、なんで急に背中を洗いたいんだ?」
「だって、お兄ちゃんには命も助けてもらって、それから服とかも買って貰ったり、いろいろしてもらっているのに、何も返してないから、せめて背中くらい洗おうかなって…… 」
「別に、リリは何も返してないわけじゃないだろ、俺はちゃんと返してもらっているからな」
リリに前を見せないように注意しながら風呂から上がり、椅子に座るとリリが背中を洗いに来た。
うん、ちょっとくすぐったいかな。
「リリはどう思っているのか知らないけど、俺はリリのお陰で毎日楽しい思いをしているんだから、そんな風に思う事ないんだぞ」
「うん、お兄ちゃんなら、そう言うと思っていた」
「だったら、なんで背中を洗おうなんて思ったんだ?」
「そ、それは、お兄ちゃんが思っていても、リリがお兄ちゃんの背中を洗いたいって思ったからだよ」
まったく律儀と言うか、そんな事気にしなくても、俺達はもう立派な家族なんだから、遠慮なんか要らないのに。
でも、まぁ、リリがそれで気が済むなら、好きにさせるか。
「なぁ、リリ」
「なに、お兄ちゃん」
「最近凄く忙しいけど、実は沖縄の宮古島に中古だが家を買ったんだ。だから、落ち着いたら引っ越そうか」
「………… 」
あれ? 返事がないけど、なぜ?
もしかして、嬉しすぎて言葉もないとか?
そっか、それなら、やはり買って良かったかな。
「なんで買ったの?」
「えっ、だって、そろそろリリも独り部屋が欲しいのかなって、思ったから」
「リリ、別に独り部屋なんて要らないもん…… 」
えぇぇえええー! なんで、なんでリリの機嫌が悪くなるんだ?
良かれと思ったのに、って、なんで背中に抱きつくんだよ!
小さいけど、当たっているんだよ!
二個のボタンが!
あぁ、これは、バスタオルが外れているのに気付いてないのか……
なんて言えば、傷つかずにバスタオルが外れてるって伝えられるんだ?
変な言い方すれば、セクハラか?
「あのね、リリは今のマンションが好きだから、別に引っ越しとか要らないからね」
「でも、リリにだってプライベートな時間は必要だろ?」
「それは、そうだけど。でも、マンションを引っ越すくらいなら、プライベートな時間なんて要らない!」
「えぇ、そうなの? でも、リリも一人前の女子だから、そういう時間も大事だろ」
「えっ、お兄ちゃん、リリのこと普通に女子として見てくれてるの?」
「そりゃ、そうだろ、だってリリは普通に女子だろ」
どこからどう見ても、リリはまだまだ女の子だよ。これから大人になって、綺麗な女性になるんだから、変な噂が立たないように俺が気を付けないとな。
「えへへへへ、そうだよ、リリは一人前の女子だからね」
「そうだな、それで、宮古島に引っ越す話だが…… 」
「それは、ダメ! 絶対に嫌!」
「えぇ、なんで?」
「だ、だから、今のマンションが気に入っているから、そ、それが理由なの」
「そんなに? あの狭いマンションが気に入っているの?」
「う、うん! 狭いけど機能的だし、それにお兄ちゃんと一緒に眠…… 」
「なに? 何か言った?」
「ううん、何でもない。でも、とにかく引っ越し禁止! リリ、今のマンションが良い!」
そんなにあの狭いマンションが気に入っているのか?
プライベートな時間も要らない程、あのマンションが良いのかよ。
まぁ、そんなに引っ越すのが嫌なら仕方ないが、宮古島の家どうしよう……
「せっかく買った家、どうしようか?」
「そうだ、別荘として使ったら良いのよ。たっまーーーに、泊りに行ったら良いのよ」
「そっか、そうだな」
「うん!」
「あとそれから、バスタオル外れているからな」
「お兄ちゃんの、エッチ!」
なぜビンタ?
「最初から全裸だったくせに、なぜビンタ?」
リリが走って逃げ行った脱衣所の方を見ながら、俺は思わず呟いた。




