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56、魔法の利便性。

「私に、大翔の店で働けと言うのか?」

「いえ、形だけで良いのです」

「形だけとは?」

「簡単です、これに名前を書いてくれたら良いです」


 そう言いながら俺は、例の正社員契約書をアイテムボックスから取り出してジェームズに見せる。


 ジェームズを社員にしたいのには理由がある。


 俺は約束通りジェームズに現地を案内したが、彼の話だと種ジャガの販売には皇帝の許可が必要だったはずだ。


 つまり彼は、ザードの街から帝都まで馬車での移動に往復一週間以上を費やして、更に貴族の作法を守り三日間の時を経た後に皇帝に謁見することになる。


 現代人が、そんなに待ってられるか!


 こっちは一分一秒でも時間が惜しいというのに、最短でも十日以上も待つなんて、無理、無理、絶対に無理!


「わ、私を雇ってどうするつもりだ? まさか、帝都を脅迫するつもりか?」

「脅迫? 何言ってるんですか。別にずっと雇うつもりじゃないですよ、ただ時間短縮のためだけに社員になってほしいだけです」

「時間短縮だと、それは、どんな意味がある」

「まずはこれを確認してください」


 ジェームズの目の前に設置型テレポートを二つ設置すると、片方から入り片方から出てくるという瞬間移動を披露する。


「これも、魔法か?」

「そのようなものです。それでここからが大事な話となりますが、まずジェームズのザードの屋敷に設置型テレポートを一つ設置して、次にもう一つを帝都に設置したら…… 」

「帝都に、一瞬で行けるのか?」

「そうです、その通りです」

「そ、それは凄いが、それと雇わることにどんな意味がある」

「これの正式名称は設置型テレポートと言いますが、俺が認めた社員じゃないと使えないので、ジェームズには是非社員になって皇帝との面談を早めに取り計らってほしいのです」

「それで時間短縮か…… 」

「そうです」


 ハッキリ言って、俺はかなり切羽詰まっている。この街全員分の食事代は一日二千万も掛かるので、十日だと二億円ものお金が吹っ飛ぶからだ!


 だからジェームズには是非社員になってもらい、節約にも貢献してもらいたい。


「分かった。だが、俺からも一つ条件がある」


 ん? 条件。それもそうか、一時的とはいえ公爵を社員にするんだから、条件を出すのも当然か。


「条件とは?」

「ここの街と似たようなものを、ザードにも作ってくれ」

「この街と似たようなものを?」

「いや、もちろん規模は小さくても良い、大翔が作れる範囲のもので構わない。ー--この街の素晴らしさを目の当たりにしたら、私の街にも欲しくなった」


 あぁ、そっか。確かに太陽光発電システムを使った工場は、人力だけで商品を作り上げる異世界にとって、途轍も無いチート技術だからな。


「それは別に良いですが、少し時間は掛かりますよ。この街だってまだまだ時間が掛かるのと、一から作り上げるとなれば、それなりに資金も必要になりますから」

「それはそうだろ、これだけの物を作り上げるだ、時間が掛かって当然だ」

「分かりました。それなら一年ほどください。その間に何とかしますから」

「一年? たった一年で良いのか?」

「えぇ、もしかしたら、もっと早まるかもしれませんが、念のため一年の時間をください」


 街の食事を作るのも上手くいってるし、電動トラクターによる畑を耕すのも上手くいっていて、実際に葉野菜等は植え始めたし、小麦も植えるための畑の準備も整っている。


 産業の方は繊維団地の立ち上げと、鉄製品の需要を増やすための溶鉱炉と製鉄所の設立、日本での俺の会社の設立。それらが終われば俺の手は空いてくるはずだ。


 一番時間の掛かりそうなのは溶鉱炉と製鉄所の設立だが、鉄鉱石の鉱脈を見つけるところから始めなければならないから、それならザードの工場設立と同時進行でも別に良いはずだ。


 それにザードに工場が出来れば、新しい街との連携も可能になり、新しい商品による更なる流通の拡大や、国を跨いだ原材料などの相互利用等も可能となる。


 これは、断る理由が見当たらない。


「わ、分かった。一年でも二年でも待つから、この街の次は必ずザードで頼む」

「あぁ、請け負った」


 俺の返事を聞いたジェームズの行動は素早く、俺との正社員契約にサインすると一旦全員でザードの屋敷に戻り、ジェームズの指示する場所に設置型テレポートを設置する。


 更に俺は、リリとジェームズを引き連れて帝都のジェームズの屋敷までテレポートを駆使しながら、あっという間に移動した。


 後はジェームズの指示する場所に設置型テレポートを設置して、ジェームズにザードの屋敷と帝都の屋敷を移動するための許可を与える。


 これで彼はいつでもザードと帝都を簡単に移動できるようになり、皇帝との話も終わり次第念話で俺に報告することも可能となった。


 ちなみにジェームズの帝都の屋敷は豪華絢爛だが、やはり都会の土地事情もあって大きさは東京ドームほどではなかった。


 まっ、それでもかなり大きな屋敷だったがな。


「それじゃ、俺達は帰りますね」

「そうか、今度は仕事じゃなく、是非遊びに来てくれ」

「あぁ、今度はそうするよ。そうだ、ロザンヌさん、屋敷まで送るから一緒に行こうか」

「えぇ、畏まりました。それでは失礼します」

「ちょっと、ロザンヌさん、お兄ちゃんにくっつきすぎではないですか?」

「そうかしら? まだテレポートは怖いので、ごめんなさいね」


 確かロザンヌさんは三十過ぎていたような、だが美人だから全然気にならない……


 いや、確実にストライクだ!


「お兄ちゃん! 鼻の下伸ばしすぎ!」

「えぇ、そんな事ないだろ! ロザンヌさんが勘違いしたらどうするんだよ」

「別に私は御主人様が相手なら、よろしくてよ。うふふふ♡」

「えっ!」

「もう! お兄ちゃん、早く帰るわよ! ロザンヌさんは、私に掴まって頂戴ね」

「あら、そうなの。残念だけど、仕方ないわね。でも、お嬢様も可愛いから宜しくてよ」

「もう、ほら、お兄ちゃん早くテレポートして」

「わ、分かったよ」


 リリに無理やり急かされて、俺は仕方なくザードの俺の屋敷にテレポートする。


 テレポートする場所は屋敷にある自分の部屋で、カミングアウトした俺は堂々とテレポートできるようになった。


「御主人様、今日はゆっくりできるのでしょうか?」

「そうだな、今日は別に用事もないから…… 」

「お兄ちゃん、今日は麗華さん達と打ち合わせがあったのでは?」

「事務所の下見はだいぶ後だよ、今物件を探している際中だから時間掛かると思うよ」

「チェッ! 覚えていたのね」

「今、舌打ちした?」

「ううん、どうして?」


 あれ? 絶対舌打ちしたと思ったのに、でも、なぜ舌打ち?


「あら、用事がないなら夕食をお作りしますので、どうかゆっくりしていってください」

「そうですね、それじゃお願いしようかな」

「ええぇー、帰らないの? ーーーまぁ、お兄ちゃんが良いなら、別に良いけど…… 」

「御主人様に夕食を振る舞えると聞けば、調理するシャーリーが喜びますわ。そうだ、夕食ができるまでお風呂にでも入りますか?」

「えっ、お風呂が有るのですか?」


 王国ではお風呂など見たことも無いのに、この屋敷にはお風呂があるのか、それは是非入りたい!


「有りますよ。私が火の魔法を使えるので、すぐにでも沸かしてきますね」

「ありがとうございます」

「もう、お兄ちゃんったら、また鼻の下伸ばして…… 」

「伸ばしてないだろ」

「あら、聞こえましたかぁー?」


 聞こえるように言っといて、よく言うよ。


 それよりも、お風呂か。この屋敷は元公爵様の別宅だから、お風呂も広いのかも。


 うひょぉおおー、めちゃめちゃ期待してしまうんだけど。


「御主人様、お風呂の準備ができましたので、こちらにどうぞ」

「もう準備できたのか? 早いですね」

「えぇ、実はメイドのライリーが聖魔法の浄化魔法(ピュリフィケーション)が使えるので、お風呂の水を毎回交換しなくても綺麗にできるのです」

「それは凄いですね」


 なるほどライリーさんの浄化魔法(ピュリフィケーション)で綺麗にして、その水をロザンヌさんが火の魔法で沸かすのか、二人がいて初めてお風呂に入れるわけだ。


 有る意味、凄い贅沢お風呂だな。


 二人がいないとお風呂に入れないが、その代わり水道代も燃料代も要らないってことか。


 リリのヒールを見て思ったが、やはり魔法は凄いな。


「こちらが、お風呂場になります」

「おぉ! これは凄い! ちょっとした銭湯だ!」

「銭湯?」

「いや、なんでもない。ありがとう」

「では、私は後ほど…… 」

「ん?」


 後ほどって、あぁ、もしかして、お風呂の後でお酒でも出してくれるのかな?


 それはそれで楽しみだ!


 俺はさっさと服を脱ぐと、お風呂のお湯を体にかけ、簡単に体を洗うとお湯の中に肩までつかった。


「ハァ、気持ちいい! 広い風呂は、もう最高!」


 これって、泳げるんじゃないの?


 いやいや、子供じゃないんだからお風呂で泳ぐなんて……

 

 でも、ちょっとだけなら…… ん? なんの音?


 脱衣場に誰かいるのかな? 


「御主人様、お風呂の湯加減は宜しいですか?」


 なんだ、ロザンヌさんか。あっ、そうか、もしかして着替えでも準備して……


「では失礼ながら私が、御主人様のお背中を、流して差し上げます」

「えぇぇええー!」


 湯煙で曇った脱衣所の向こうから、裸のロザンヌさんの顔が薄っすらと見えてきた。



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