54、ガリックの胸の内。
★ ★ ★ ガリック視線
私は、とんでもない人をギルバート様に紹介してしまったようだ。
あの時の私は、自分の不甲斐なさに完全に打ちのめされいて、たまたま最近評判の雑貨店だというだけで、あの店に入ってしまったが、まさかその事でギルバート様の心労が絶えない生活を送る事になるとは、思ってもいなかった。
彼との出会いは、ガードランド公国の侵略戦争が終わった頃から始まる。
今思い出してもガーランド公国の攻撃は凄まじく、収穫間近の畑は公国軍によって燃やされ、更に我が町ドリントにまで進行してくると、多くの家屋が徹底的に破壊されはしたが、なんとか公国軍を追い払うことには成功した。
いや、敵が引き下がったと言うべきだろう。
そして我が辺境伯領は、大勢の戦争未亡人と戦争孤児を生み出してしまった。
それら多くの戦争の被害者を救済するため、領主のギルバート様は家財を全て売り払ってまで食料を買い求めたが、肝心の食料は腐れ国王のせいで思うように集まらなかった。
途方に暮れた私は、普段なら見向きもしない、あんな小さな雑貨店にまで入ってしまった。
人の良さそうな店主のロンダさんが、私の話を親身に聞いてくれて「力になりたい」とまで仰ってくださいましたが、話に聞くと彼の店にはオーナーが別におり、彼は雇われ店長だと言う。
その方は数多の店を仕切っており、それらの店が全て繁盛していると言うではないか。
とても信じられない話だが、店主の話は嘘とも思えず、私は藁にもすがる思いで、店主にオーナーに会わせてくれと頼み込んだ。
オーナーの最初の印象は、とても数多のお店を仕切る方には思えず、失礼ながら普通の青年にしか見えなかった。
しかも、幼さの残る女の子を連れ回していたので、ハッキリ言って胡散臭い人だと思っていたら、その女の子が副社長というではないか。
もう呆れるのを通り越して、自分の人を見る目の無さに打ち拉がれてしまった。
だが、店主であるロンダさんのオーナーに対する態度と、私財まで投げ売ったギルバート様の事を考えたら、簡単に帰るわけにはいかない。
それに、もう頼るべきところなど、他には無かった。
諦め気味にオーナーの大翔さんと話をしたが、意外にも彼は聞き上手で、恥ずかしながら私は領地の現状の全てを彼に話していました。
そして彼は、実際に見て、私の話が事実なら食料の援助をすると、約束してくださいました。
だが、それが災難の始まりで、彼の乗る奇妙な乗り物は馬車なのに馬を必要とせず、しかも馬よりも数倍、いや時には十数倍も早い!
お陰で私と騎士隊長のドーラムは、朝に食べたものをすべて吐き出し、頭痛に悩まされながらの帰還となった。
だが彼の奇妙な乗り物のお陰で、私と隊長はほんの僅かな時間で帰ってくることができた。
そしてギルバート様と大翔さんの面会が成立すると、話がトントン拍子に進んでいき、彼が行き場を失った領民に食料や仕事を紹介してくれることになった。
あの時は、本当に大喜びしたのだが……
だが、彼が作った街は、私の想像の遥か上を行く建築物の数々や、見たことも無い道具が数多く揃っており、私は異世界にでも紛れ込んだのかと思ったくらいだ。
「ガリック、君の言った通りだったよ、私も昨日見てきたが、あのような想像を絶する街は初めて見た」
「私も、正直同じ気持ちです」
「しかも、しかもだよ、大翔はあの街を僅か半日で作ったと言うではないか! そんな話、誰が信じられるんだ?」
「ですが、それも事実のようで御座います」
私が今いる場所は、以前は貴重な絵画や豪華な槍や刀などが飾られており、見るたびにギルバート様に仕えたことを誇りに感じていたが、今ではそれらの家財は売られてしまい、あるのは模擬剣が一つあるだけの淋しい応接室に成り果ててしまった。
だが、それも領民を思うが故のギルバート様の判断で、彼の領民を思う気持ちだと思えば、やはりこの部屋は私の誇りに変わりはない。
「あぁ、そうだ。ー--いや、例え三日であっても、一週間であっても、一年であっても、あんな建物や光る板、更に畑を耕す馬車など、十年であっても絶対無理だ!」
「そ、その通りで御座いますが、でも彼は、我が領民のために頑張ってくれております」
「その通りだ。彼は領民にとって救世主であり、私にとっても救世主になりつつある」
「それは、どういう…… 」
「簡単な事さ、大翔が現れなかったら、この領地は飢えだけでなく内乱が起こっていてもおかしくない。ー--つまり、終わってたという事さ」
「………… 」
ギルバート様のお言葉に、返す言葉が見つからなかった。
事実、そうなっていたかもと私自身が思っているからだ。
それほど我らの領地は、死ぬ寸前だった。
「私はな、ガリック。大翔に対して、返しきれない恩を感じている」
「それは私達、この辺境伯領で暮らしている全ての領民の思いに他なりません」
「そうだろうな。ーーー妻のエリザベートなどは、大翔が神の使徒ではないかと本気で疑っているよ」
「それは、幾らなんでも…… 」
「ないと言えるか?」
「いえ、ですが、彼は自分はただの人間だと仰っていました」
「大翔が本当に神の使徒なら、自分で自分の事を神の使徒などと言うわけがないだろ」
「そ、それは、そうですが」
「見たこともない馬車や道具。見たこともない建物に、それらを創造する力。時を操る能力に、信じられない程の財力。ー--私もエリザベート程ではないが、大翔が神の使徒だと言っても疑う事はないだろう。たとえ神の使徒じゃなくても、彼が新しい街で行った御業を考えれば、神の使徒と比べても少しの遜色もないだろう」
「………… 」
だが大翔さんは、あれだけの能力を持ちながら屋敷で領民に声をかけた時は、体を震わせ緊張していた。
それに、最初に私の話を聞いた時、彼は断ろうとしていた。
そう言えばあの時は、副社長のリリさんのお陰で、彼は考えを改めてくれました。
そう考えたら、実は彼女が、リリさんこそが我らが辺境伯領の、一番の救世主かもしれませんね。
大翔さんほど目立たないが、彼女の存在が彼を突き動かしていることは明白ですからね。
「だが、私は大翔に一つだけ嘘を吐いてしまった…… 」
「嘘ですか? それは、どういう意味ですか?」
「開拓の災厄……」
「開拓の災厄の話を、黙っていたことを仰っているのですか?」
「あぁ、そうだ」
「ですが、開拓の災厄なんて、ただのお伽話しで御座います」
「だと良いがな…… 」
「………… 」
開拓の災厄。この地に伝わる伝説の一つで、既に最後の災厄から百数十年以上も経っており、今やお伽話の類だ。
バスタアニア王国ができてから八百年、何度も開拓を行って王都やゴーテリア、そして我らが領地であるドリントの街も開拓によって作られた。
だが、ある時を境に、開拓を行うと必ず魔物の大群が現れるようになり、全ての開拓は失敗に終わった。
それ以降、開拓を行うと魔物の報復が必ず起こると恐れられ、開拓の災厄とまで呼ばれるようになり、今では伝説の一つとして語られている。
そして百数十年以上経った今でも、災厄を恐れ開拓を行う者は誰一人いない。
「大規模な開拓を行うと魔物の大群が現れ、全てを飲み込み全てを破壊する。その伝説を恐れ、誰も開拓をしなくなって百数十年が経った。だが、もし伝説が事実ならば、領地を賭けた魔物との争いになるかもな」
「確かに、そのような話はありますが、それは人類が魔物の住処を荒らしたことによる報復のようなもの、彼が作った街には今や巨大な壁もできており、魔物が入る隙間など御座いません。よって、心配無用かと存じます」
「私もそう思うが、時折、不安に襲われてな」
幾ら魔物とはいえ、あれだけ深い堀と、あれだけ高い壁を乗り越えてまで報復に来るとは考えられない。
失礼だが、この話はギルバート様の思い過ごしでしょう。
「もし、万が一災厄が起こったとしても、その話は子供を除いて、全ての領民が知っている程有名なお伽話で御座います故、責任ならギルバート様だけじゃなく、私を含む全ての領民にあると存じます」
「だが、私は領主だ。最大の責任は、この私にある」
「いえ、違います。ギルバート様は、最良の道を選んだだけのこと、領主として当たり前のことをしただけで御座います」
「そうだな、ーーーそうだよな、ありがとうガリック。君に話して、だいぶ気持ちが和らいだよ」
「いえ、ギルバート様のお役に立てたのなら、私にとっても嬉しい限りで御座います」
良かった、いつものギルバート様に戻られたようだ。
戦争の後から、ギルバート様の心労が絶えなかった。お伽話しなんかで心配になるほど、精神的に追い詰められていたのかもしれない。
確かに伝説の開拓の災厄は怖い話ではあるが、実際は開拓には資金が掛かる事と、開拓の際中は常に魔物を警戒しなければならず、余程の事がない限り誰も開拓などするはずがない。
開拓の災厄など、その様な話に尾ひれがついた程度の、戯言に決まっております。
ですが、大翔さんがあの様な不思議な街を作ったために、ギルバート様の心労に拍車が掛かり、更に大規模な開拓を行ったお陰で、お伽話しににまで心を乱されるようになるとは、世の中なんとも上手くいかないものだ。




