53、産業と言う名の波。
領主への説明もなんとか終えた俺とリリは、日本での会社設立に向けて麗華さん達と話し合うため、新しい街に大急ぎでテレポートした。
日本での会社設立に際して一番重要な事は、俺の能力を最大限に活かす事に他ならない。
そのため、俺は彼らを体育館を改造した調理室に案内した。
調理室には設置型アイテムボックスと設置型テレポートが存在するため、俺のスキルの一旦を説明する事が簡単だと思ったからだ。
「どうですか? 設置型アイテムボックスの使い方は、理解しましたか?」
「素晴らしいです。これは、物流産業の革命です。だが、この街と同じことを日本でも行ったら、物流関係で働く人の仕事を奪いかねないのですね。最悪、大翔様の命が狙われる可能性もあります」
「そうですね、私も麗華さんの言う通りだと思います。これが世に出たら、多くの人が職を失うことになると思いますので、もし世に出すつもりなら慎重に慎重を重ね、時間を掛けたほうが良いと思います」
「何を言っているんですか、麗華さんも春奈さんもネガティブに考えすぎです。この素晴らしいスキルは、世のため人のため直ぐにでも使うべきスキルです。設置型アイテムボックスが有れば、貨物による輸送が無くなり二酸化炭素が確実に減ります。地球温暖化だって防げるのですよ、こんな素晴らしいものを世に出さないなんて、私には考えられません」
「良一さんが仰るのも分かりますが、まずは大翔様の安全を第一に…… 」
「それはそれで、別に考えたら良いのですよ、例えばSPに守ってもらうとか…… 」
「それだと大翔様の自由が…… 」
突然三人が興奮して激しく討論を開始するが、当の俺自身は三人の意見は参考になるので黙って見てることにする。
三人には運び屋のスキルを実際に見てもらい、今後日本での使い方を検討してもらうために連れてきたのだから、大いに討論してくれたらそれで良い。
ただ問題があるとすれば、周囲が奇異な目で見てるので、討論は良いけど大声は控えてほしいかな。
外国人が大騒ぎしている状況は、あまり好ましくないと思う。
「まぁまぁ、設置型アイテムボックスの使い方は三人で良く話して、それから考えたら良いよ」
「「「大翔さんの、事ですよ! もっと真剣に考えてください」」」
あっ、怒られてしまった。
俺だって真剣に考えているけど、他の人の仕事を奪いたくはないし、かと言って遠慮するのもどうかと思うから、ハッキリ言って結論なんて出ないよ。
「あっ、すいませんでした」
「私も、すいませんでした」
「熱くなってしまい、すいませんでした」
「良いよ、それよりも次は設置型テレポートだけど、これはどう? 上手く活用する方法はある?」
「あります。あり過ぎて困るくらいありますよ」
「そうね。例えば、設置型テレポートの入口に行先の写真を貼っておけば、誰もが好きな場所に行けるようになり、飛行機や新幹線などの移動手段は必要なくなります。だけど、これも大翔様に危険が及ぶ…… 」
「だから、それを言ったら前にすす…… 」
また終わりのない討論が始まった。
ただ三人の話を聞いていると、やはり今まで通り多くの人には知られないようにしながら、少しずつ広げて行くしかないような気がする。
そうだ、輸送会社などと業務提携などの手もあるが。ー--いやダメだ、そうなると俺は、全ての会社と業務提携しないといけなくなって、死ぬほど忙しくなる。
もし一社でも業務提携しなければ差別と言われ、麗華さんの言うように命を狙われるかもしれない。
ハァ、ある意味宝の持ち腐れだな……
「兎に角三人には、これから俺のスキル活かす仕事を探してもらうことにする。この街の今後の事を考えたら、莫大なお金が必要になると思うので、悪いけど協力してほしい」
「そうね、この街の人達は良い人そうだし、それに一度関わりを持った人達が不幸なるのは嫌だわ」
「大翔さんは、凄いね。これだけの人を幸せにしようと頑張っていたなんて、日本で知り合ったときは想像もつかなかったわ」
「私は、大翔さんの行動と優しさに感動しました。同い年なのに、これだけ多くの人を助けるために頑張っていたなんて、この会社で働けることを誇りに思いますよ」
「そうね、良一さんの言う通り、私もこの会社に入れて良かったわ」
「私だってそうよ。この会社に入りたくて、社長に直談判したんだから」
俺たちは、いつの間にか下の名前でお互いを呼ぶようになっていた。
普通の会社では有り得ないが、この方が俺的にも馴染みやすく正直嬉しかった。
それからは副社長のリリも交えて四人で話し合った結果、俺とリリは異世界での業務をメインにして、日本での業務は三人が段取りを行い必要に応じて俺とリリが加わることとなった。
日本での業務は、俺のタンカーを運ぶ仕事の段取りや雑貨店の仕入れ、繊維団地を始めるための機械の購入や新設する太陽光発電システムの準備、更に日本中に存在する廃墟となった建物を調べたり、今後異世界で製造する商品を特許庁で調べ、それらを製造するために必要な機械の購入など、考えただけでもやることは多い。
「まずはこの辺が俺の今の仕事だが、これらの事務手続きや段取りを三人には引き継いでほしい」
「意外と多いわね」
「本当に、良く今まで過労死しなかったわね大翔さん」
「そのうえ、人助けまでしてるのだから、本当に良く過労死しなかったと感心するよ」
「その、リリがヒールで癒してくれるから…… 」
「「「あぁー、なるほど」」」
リリが嬉しそうに微笑み、俺は居心地の悪い空気にあてられる。
「引き継いだ後で良いから、俺のスキルを活かした仕事の発掘や、あらゆる業界、特に政治家とのパイプを作ってほしい」
「そうね、設置型テレポートや設置型アイテムボックスの今後を考えれば、政治家を味方につけた方が良さそうね」
「分かった。三人で頑張ってみようか」
「そうね、私も大翔さんをそれとなく売り込んでみる」
「ですね、私も父の人脈を生かしてみるわ」
良かった、これで俺の仕事も減り、だいぶ動きやすくなってきた。
あっ、そうだ。ついでに、あれも頼んでみるか。
「それで相談なんだけど」
「ん? まだ他にもあるの?」
「実は、この街に温泉を掘ろうと思ってるいるけど」
「「「温泉?」」」
「そっ、温泉」
実は日本だと、地中三キロ程掘ればどこでも温泉が出るらしい。
これは、深く掘れば掘る程地中の温度は高くなっていき、だいたい百メートルごとに三度ちょっとずつ温度が上がっていくので、三キロも掘れば計算上百度前後になるという話だ。
確かに百度もあれば、温泉として十分利用できるだろう。
この理論は異世界でも十分通用するはずなので、俺は温泉発掘の周囲を高い塀で囲み、異世界と知られることのないようにしながら、日本の会社に温泉の掘削作業を頼みたいと思っている。
「この辺境伯領の住人は、領主も含め殆どの住人が体を濡れタオルで拭くだけでお風呂には入らない。その理由は、お湯を沸かすための薪が大変貴重だからだ」
「それは、どうして?」
「薪の材料となる森が貴重だからだ。ーーーロンバード辺境伯領に存在する森の多くは魔物が出やすく、一般人がおいそれと行ける場所ではないからな。だから料理を作るとき以外では、滅多に薪を使わない」
「それは、問題だね」
「王都や他の地域では、魔物の出現率が少ない森も結構あるそうだが、辺境伯領ではその様な森が少ないから、薪が貴重だと言われた」
「それじゃ、仕方ないわね」
この世界でも日本と同じように、建築のための木材や燃料となる薪も全て植林で賄っていて、それら全ての山や森には不思議な事に魔物の出現率はかなり少ない。
領民に聞いた話だと、昔魔物と戦争して勝ち取ったとか言っていたが、ちょっと意味が分からなかった。
「それで、三人には仕事が増えて悪いが、温泉掘削業者の手配や段取りを頼みたい」
「そうね、分かった」
「父に知り合いがいないか、相談してみるね」
「それは助かる。それから…… 」
「「「まだ、あるんですか! 」」」
ついに三人が大声で叫んでしまった。
ちょっと仕事を振り過ぎたかな……
「違う違う、これ当面の資金」
俺は、自分の通帳を彼らに預ける事にした。
勿論全額入っているわけではないが、それでも十億円は入ってる。
彼らが日本で俺の仕事を引き継ぐ以上、現金が絶対的に必要になってくるので、これはその運転資金というわけだ。
「十億! ポンと渡す額じゃないわね」
「そうね、ちょっと怖いわ」
「だからネガティブなんだよ。大翔さん、私がこのお金を数倍にもしてみせますからね。そして、この街の人達を幸せにしてやりますよ」
「おぉ、良いね、良一」
「はぁ、これだから男は…… 」
「すぐ調子に乗る…… 」
「アハハハ、お兄ちゃん、たち、調子に乗ったら、ダメだよ」
「「………… 」」
「「「「アハハハハ」」」」
お互い秘密を共有できる仲間意識からか、俺達は互いの顔を見合わせ大笑いした。
十億円は大金だけど、麗華さんが経理を担当すれば問題ない。
大竹さんの娘である麗華さんが、たった十億円程度のお金を使い込むほど、バカな事はしないだろう。
その後も俺達は、更に意見を重ねながら、夜遅くまで話し合った。
新しい仲間ができたお陰で、日本での俺の仕事が楽になるうえ、日本円を稼ぐ手段も増えていきそうだ。
これからだ、これからもっと、もっと、この異世界に産業と言う名の波を起こしてやる。




