50、今日から正社員。
ジェームズとの謁見の日取りをロザンヌさんに相談した俺は、ひとまず種ジャガのことは置いといて、今度は某石油会社の社長である大竹さんとの約束を守るために、リリと二人でとある場所に出掛けていた。
大竹さんに招かれた場所は、銀座でも他の料亭と一線引くほど格式の高いことが有名な料亭で、俺とリリは恥ずかしくないように、俺はスーツに着替えリリは可愛らしいパーティードレスに着替えての参戦となる。
だが、いざ料亭に着くと、上品な純和風な門構えの前で完全にお上りさんみたいになってしまい、出迎えてくれた料亭の女将さんの丁寧な挨拶にも、しどろもどろで応えてしまうほど緊張していた。
今回の会食は、いつまでも会社設立の話を切り出さない俺に、業を煮やした大竹さんが取り敢えず人材だけでも紹介すると言ってくれて、半ば強引に決まった話だ。
二十六年の人生で一度も足を踏み入れることのなかった高級料亭での会食、異世界人のリリにとってもこの様な場所での食事は初めてとなる。
俺の会社設立のための会食なのに、なぜ俺が緊張しなければならないのか。
あまりにも、理不尽だ。
「大翔、こっちだ。それからリリさんも、良く来てくれた。どうぞ、こちらに座ってくれ。ー--さっそくで悪いが女将、腹が減ったので直ぐにでも食事を出してくれ」
「畏まりました。では、なるべく早くお食事の準備を致します」
「あぁ、頼む」
「今日は誘って頂き、どうもありがとうございます」
「ありがとう、ございます」
料亭の女将の案内で部屋に入ると、落ち着きのあるお座敷の床の間には高そうな掛け軸掛けられていて、飾り台の上の花瓶には季節の花々が勢いよく花を咲かせていた。
和の心を存分に味わえるお座敷には、既に皆さん揃っていて俺達が一番遅かったようだ。
一応五分前に着いたので遅刻ではないが、なんとなく待たせて悪い気がした。
部屋の中には、大竹さんの他に彼の娘の麗華さん、それから俺の知らない二人の男女がいた。
「固いことは言いっこなしだ。それよりも紹介したい人がいる。ー--こちらは、佐藤春奈さんだ。まだ若いが、名古屋支店の営業係長をしている」
「初めまして、佐藤春奈です。よろしくお願いします、大翔さんにリリさん」
「初めまして、大翔です。よろしくお願いします」
「初めまして、リリ、です。よろしく、お願い、します」
黒縁の眼鏡をかけ、長い黒髪を後ろで結び、見た目もキリッとした正にキャリアウーマンという感じの女性が、佐藤さんに対する俺の第一印象だ。
「以前話しただろ、もし君が会社を立ち上げたら君の側で働きたい人がいると、彼女がそうだ」
「大翔さんが原油の流出を防ぐ瞬間を実際に見て、貴方が立ち上げる会社ならワクワクとした気持ちで働き続ける事ができると思い、社長に是非大翔さんを紹介して欲しいとお願いしました。今日は来てくれて、ありがとうございます」
「いえいえ、とんでもない。こちらこそ、期待されて嬉しく思います」
瞳をキラキラさせて語る佐藤さんに、嬉しさの他に少しだけ照れくささを覚えてしまった。
「それから、こちらは本田良一、彼も札幌支店の営業係長をしている」
「本田良一です。よろしくお願いします」
「大翔です。よろしくお願いします」
「リリ、です。よろしく、お願い、します」
本田さんは背が高くほっそりとした感じの男性で、髪型は短めで清潔感のある感じだが、なんとなく見覚えがある。
「本田さんは例の地震で麗華が大怪我を負った際、たまたま札幌から出張で東京に来ていて、あの現場に居たんだよ。それで彼が君とリリさんのことを凄い人達だと言うものだから、思わず君の会社設立の話をしてしまった。そしたら、是非大翔を紹介して欲しいと言ってきてな。彼は我が社でもとても優秀な若者だが、君の会社に入れば彼自身の成長にもなるだろうと思って、ここに連れて来た」
「あぁ、あの時の、確かに居ました、覚えています。ーーー麗華さんの首にガラスの破片が刺さっていることに気付き、冷静な判断で扉を動かさないように指示していた方ですよね、良く覚えています」
「あの時、私にできるのは扉を動かさないようにするだけでしたが、リリさんは素早い行動力と、特殊な能力で麗華さんを救ってしまいました。あの時、リリさんが麗華さんを助けようと必死に叫んでいたことを、今でも思い出します。本当に感動しました。ーーー私を、是非大翔さんの会社で働かせてくだい」
最後は丁寧に頭を下げた本田さんに、俺は彼に好感を持つと同時にリリが誇らしく思えた。
「二人とも君と同じ二十六歳だから話も合うはずだ、それにとても真面目で優秀だ。君が設立する新会社に相応しい人材だと思うぞ」
「確かにそのようですね」
俺が見た限り、二人共とても真面目そうに見え、一緒に仕事をしたら楽しい職場になりそうな気がするから、是が非でも俺のところで働いてほしいが、あいにく俺の一存で決めるわけにはいかない。
奴隷を選ぶ時もそうだったが、俺のお店で働く従業員を選ぶときは、殆の場合リリが立ち会って判断する。
特に女性は、俺に色目を使わないかと厳しい目を持って判断する。
日本では会社の従業員に手を出すと、コンプライアンス的に問題となる場合が多いが、異世界では全然問題にならないので、異世界育ちのリリの警戒心は計り知れない。
家族を取られたくないと思うリリの気持ちは、物心が付く頃から両親に愛情を得ることなく育てられたため、必要以上に家族愛に飢えているからだと俺は思っている。
「あっ、そうだ。娘の麗華も君の会社で働きたいと話しているから、ついでに娘も頼むよ」
「おいおい、娘も頼むって…… 」
行き成り、何言ってんだこのおっさん!
確かに俺の会社で働きたい人がいて、俺も是非紹介してほしいと話したが、ついでに娘もどうぞって、何考えてるの?
「お二人には、何か事情があるかと思いますが、リリさんに助けてもらった命です。日本でのリリさんの助けになればと、心から思っています。どうか、よろしくお願いいたします」
「あっ、はい、お願い、します」
えっ、リリ、良いの?
リリが良いなら、良いか!
「リリが良いなら、それで良いけど、佐藤さんも本田さんも、俺の会社で良いの?」
「勿論です。大翔さんの会社で、是非働きたいと思っています。いや、働かせてください」
「私もです。大翔さんのお役に立ちたいと思っていますので、是非雇ってください」
「分かった。三人とも、雇うことにする。そうだな、今日から雇うことにするけど、良い?」
「「「えっ、今日から」」」
突然今日からでは戸惑うのも無理はないが、ハッキリ言って今の俺は超忙しいから、さっそく明日から異世界で働いてもらいたい。
大竹さんから人材を紹介してもらう話を聞いた時、最初は異世界の事は内緒にするつもりだったが、この三人は俺の能力を知っているみたいだし、だったら別に隠す必要もないだろうと考えを改めた。
「おっ、食事が来たぞ、先に食事を頂こうじゃないか。なぁ、リリさん」
「えぇ、そうです、ね」
料理が順番に出てきて、リリの顔がどんどん笑顔に変わっていく。
いや、リリだけじゃなく、きっと俺の顔も変わっているだろう。
人は美味しい食べ物に巡り合うと、自然と笑顔になるんだと初めて分かった気がする。
「お兄ちゃん。これ、凄いね! こんなに美味しい料理、生まれて初めて食べた!」
「あぁ、俺もだ」
「あれ? リリさんはお箸の使い方が上手ですね」
「お兄、ちゃんを、真似て、練習、しました」
「へぇ、お兄ちゃんの事が好きなの?」
「はい! とても…… 大好きです♡」
「ハハハハハ、俺の妹は、本当に器用で料理の腕も結構良いですよ」
箸の使い方を褒められて相当嬉しかったのか、顔を真赤に染めるほど喜び、もじもじしながらチラチラと俺を見るので、思わずリリの料理の腕も凄いと自慢したが、なぜか全員が変な目で俺を見る。
俺、何か変なこと言った?
もしかして、結構凄いじゃなくて、抜群に凄いとか言えば良かったのか?
「リリさん、気にしないでね」
「そうですね、世の中には鈍い人もいるから」
「そうね、そのうち伝わりますよ」
「アハハハハ。大翔の場合、今に始まったことじゃないからな」
「分かってます…… 」
なになにその空気! そりゃ、俺の自慢の仕方が今一つだったのかもしれないが、そんなに変だったか?
くそぉー、今度からは、もっと盛って、盛って、盛りまくってやる。
その後の会食も微妙な空気が漂うなかで進み、全ての料理が出尽くす前に三人が今日から俺の会社で働くと返事をした。
「ありがとう、ではさっそくだが、ちょっと待ってね。女将さんに言って、紙とペンを持って来てもらうから」
「それなら、私が持ってるけど、何をするのですか?」
「ちょっとね」
俺は麗華さんから紙とペンを借りると、紙の一番上の方に『正社員として、真面目に働くことを誓います』と書き、その下に三人の名前を書いてもらった。
ステータスボードを確認すると、日本の会社という項目が増えていて、彼ら三人の名前が記載されていた。
「これに、どんな意味があるのですか? 契約なら、ちゃんと正式な書類でしましょうよ」
「私も、そう思います」
「新しく書き直しましょうか?」
「大翔、これは幾ら何でもダメだろ」
(俺の声が聞こえますか?)
「「「ーッ!」」」
(これで貴方達は、正式に正社員になりました)
「うそ! いったい何なの?」
「えっ、やっぱり二人にも聞こえたの?」
「信じられない、なんなのいったい!」
「おいおい、いったいどうしたんだ。私にも分かるように話してくれよ。何があったんだ、教えてくれよ」
驚きのあまりに興奮する三人とは別に、仲間外れにされた大竹さんが不満そうに必死に三人に声をかける。
(頭の中で話したい言葉を念じたら、話すことができるから試しに念じてごらん)
(これで良いですか?)
(うぉー、春奈さんの声が聞こえる)
(面白ーい、二人の声も聞こえるよ)
(なんか凄いね、これってテレパシー?)
(そうだよ、これはテレパシーだ………… )
その後の三人は、必死に説明してほしいと騒ぐ大竹さんを無視して、念話で遊びだした。
時間にして五分ほどだろうか、大竹さんが拗ねてしまったので念話を切り、大竹さんに事情を説明する。
「そんなテレパシーみたいなことが、本当にできるのか?」
「俺を通すことが条件になりますが、可能です。更に、万が一命に危険が及んだ場合、一日一回の条件が付きますが確実に危険を回避することができます」
「えっ、それって、どういう意味ですか?」
「回避するって、誰かが教えてくれるってことですか?」
「いえ、従業員に命に関わる危険が及んだ時、俺の運び屋のスキルが本人の意思に関係なく発動するのです。ーーー例えば横断歩道を歩いていて、居眠り運転の車が突っ込んできたとします。普通横断歩道を歩いてる本人が、車に気付かなければ事故に遭いますが、俺の会社の従業員の場合だと、運び屋のスキル『緊急避難テレポート』が自動で発動しますので、歩いてる本人が車に気付かなくても、前もって指定した場所に勝手にテレポートします」
「えぇ! それって、無敵状態ってこと!」
「すごーい! そんな事もできるんだ」
「信じられない。そんなこと有り得るわけ…… あぁ、でもさっきの念話の件もあるから、本当にあるかも」
再び三人が興奮しながら大喜びする。
まぁ、一日一回とはいえ、命に関わる汎ゆる危険から回避できるので、これは最高の保険とも言える。
問題は、再び大竹さんが飼い主に見捨てられた子犬のように、シュンと小さくなったことだ。




