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49、行きたくない。

 現在俺が準備した食材は四ヶ月分で、その間に最低一回は作物の収穫をしないと今後に与える影響が計り知れない。


 作物と言っても多数の作物が有るが、俺が求めている作物は主食となる炭水化物で、米やパンの材料となる小麦などが代表的な例だ。


 だがお米は水田から作らないといけないうえ、収穫まで一年は掛かるので今回は無理だ


 次に小麦だが、これも十一月頃に種まきをしてから六〜七月頃に収穫することになるので、期間的に長すぎてこれもお米と同じく今回は諦めるしかない。


 そうなると、自然と育てる作物は限られてきて、植えてから収穫までが三〜四ヶ月のジャガイモやサツマイモ等となる。


 だが、日本からジャガイモやサツマイモを持って来るわけにはいかない。


 植物は温度や湿度などの微妙な気候に左右されやすく、地球と似てる気候だからといって育つとは限らないからだ。


 故に育てるなら、王国やその周辺の国で栽培されている作物に限られる。


 切羽詰まったからといって、領民たちの命が掛かったこの状況で、地球の作物を植えて様子を見るような危険な賭けはできない。


 勿論、地球の作物も試験的には育てるつもりだが、あくまでも試験的であって将来的に有効と判断されれば、その時に初めて本格的な栽培が始まるだろう。


 異世界で、ジャガイモやサツマイモに似た作物が無いか調べた結果、ジャガジャガという作物が植えてから収穫までの期間が三ヶ月弱という、理想的な作物が見つかった。


 問題は、王国ではジャガジャガよりも小麦の方が人気が高く、ここロンバード辺境伯領でも現在はジャガジャガを栽培していなかった。


 ただ以前は普通に栽培していたので、ジャガジャガが育たない地域というわけではない。


 俺のざっくりとした計算によると、最低でも五十万個の種ジャガが必要で、現在王都のロイドさんたちに声を掛けて手に入れて貰ったが、未だ五分の一の十万個しか手に入らない状況だ。


 ただランランとリンリンの情報から、ザードの街でもジャガジャガは割りと多く育てられているらしく、王国とは違い景気の良いザードなら期待できそうだと考えたが、問題が一つある。


 最低でも残り四十万個の種ジャガを手に入れるとなると、領主のジェームズに相談するしかないが、実は貴族は作法をとても大事にするらしく、先にお伺いを立てないと失礼にあたると、ガリック様が教えてくれた。


 つまり貴族と謁見するためには、最低三日前にアポを取らないと失礼極まりないらしく、突然の訪問は門前払いにされても仕方がないらしい。


 しかも、アポを取るにも本人が出向くのは失礼に当たるとのことで、執事やメイドを向かわせる事が貴族のしきたりだと教えてくれた。


 執事やメイドを雇えない落ちぶれ貴族や平民とは、最初から会う気がないというわけだ。


 まったく面倒くさい話だ。


 俺の大好きな『本◯きの下◯上』でも主人公のマ◯ンが、貴族の作法に悩んでいたが、俺もその気持が少しだけ分かった。


「お兄ちゃん、行くなら早いほうが良いと思うよ」

「そうだな、早いほうが良いよな」

「もしかして、行きたくないの?」

「ハァ、そうじゃないけど…… 」


 実は俺にもメイドと呼べる人はちゃんといて、彼女達に頼むことが一番の早道なのは分かっているつもりだ。


 だが、彼女達に合わせる顔が無いだけだ。


「そうじゃないけど?」

「ほら、屋敷を貰ってから一度も顔を出してないだろ。それなのに今更、御主人様で~すって、どんな顔して会いに行けば良いんだよ」

「こんな顔」


 リリが俺の顔を指差して、ニッコっと笑う。


「確かに、俺がジェームズから貰ったから俺の家だけど、一度しか行ったこともないうえ、彼女達の給料もジェームズ任せだろ。それなのに、平気な顔で彼女達を使うなんて、まるでどこかの図々しい政治家みたいじゃないか」

「政治家? 良くわからないけど、行かないと種ジャガは手に入らないよ」

「そうだよな~、行くしかないんだよな…… 」


 小学生の頃にインフルエンザに感染してしまい、学校を一週間休んだことがあるが、治った後に学校に行くのが億劫だった事がある。


 皆が「あいつ一週間も休んで良いよな~」とか「絶対、ズルだぜ!」なんて思われていると、考えていたからだ。


「うん。種ジャガを手に入れるなら、行ったほうが良いと思う」

「でも、もしもだよ、メイド達が、「一度も屋敷に顔を出さないくせに、何が御主人様よ。そんな人の頼み事なんて、誰が聞くもんですか」と噂していたり、「お給金はジェームズ様から頂いているので、大きな顔をしないでください、オホホホホホ」っと笑われたら、小心者の俺は立ち直れないぞ!」

「最後のオホホホホホの意味が分からないけど、そんな風に笑う人いるの?」

「最後のオホホホホホは、なんとなく貴族のメイドは元お嬢様が多いと聞いたから、そんな風に笑うかなと俺が思っただけ」

「お嬢様も、オホホホホホとは笑わないと思うけど、それより、行かないなら他の手を考える?」

「えっ、笑わないの? ーーー他の手と言われても、思いつかないんだよなぁ」

「笑わないでしょ、知らないけど。ーーーなら行く?」

「ちょっと、残念…… 」

「もう、どっちが残念なの? 笑わないこと、それとも行く事? どっち」

「笑わないこと…… 時間が勿体無いから、行くしかないんだよ。だから、行きたくないけど行く」

「そう、リリも一緒だから、大丈夫だよ」

「そうだな」


 本当は行きたくないけど、俺は嫌々ながらも行くことにした。


 やはり領民たちの事を考えたら背に腹は代えられないし、俺独りの我儘で判断を間違えたくないからだ。


 俺は諦めてリリに手を伸ばすと、彼女が微笑みながら俺の手を握ってきた。


 彼女の手の温もりを感じながら、俺はザードの屋敷の上空に一度テレポートして、誰も屋敷の前に居ないことを確認してから門の前にテレポートする。


 別に直接テレポートしても良いが、騒がれると面倒だからだ。


「で、いつになったら中に入るの?」

「だって、インターホンが無いから」

「インターホン?」

「呼び鈴でも良いけど、兎に角、どうやって家の人を呼んだら良いんだよ。門から屋敷までの距離が遠すぎるんだよ」

「お兄ちゃんの家だから、そのまま入っていけば良いんじゃないの?」

「そりゃ、そうだけど。さっきも話しただろ、やっぱり抵抗あるから黙って入るのは無理!」


 俺の家だけど、ハッキリ言って気持ち的には赤の他人の家だからな。


 しかも、この門は相当お金を掛けたらしく、かなり豪華で立派なんだ。


 つまり、余計に入りづらいわ!


「お兄ちゃん、あれあれ。あれって、庭師のドリアーノさんじゃないの?」

「本当だ。おーい! おーい! ドリアーノさん、こっちこっち」


 すぐにドリアーノさんが気付いてくれたお陰で、通りすがりの人に不審者と思われることはなかったが、日本なら不審者情報がLI◯Eで流れてきてもおかしくないほど、俺達は門の前を行ったり来たりウロウロしていた。


「どうしたのですか御主人様」

「いや、どうやって入ろうかと思って」

「門を開けて入ってきたら宜しいかと…… 」

「そ、そうだよね…… そ、それより、メイド長のロザンヌさんを呼んで来てくれる」

「畏まりました。ですが、どちらにお呼びしましょうか?」

「ここでは、ダメ、ですよね…… それならロビーにお願いします」

「畏まりました。それではロビーでお待ちください。すぐにロザンヌ様を、お呼び致します」

「はい、お願いします」


 ふ~。ドリアーノさんの顔に、屋敷には入らないのですかって書いてあるんだもんな~。


 あんな顔されたら、入らないわけにはいかないよな。


 ドリアーノさんは、俺とリリを屋敷の中まで案内すると、そのままロザンヌさんを呼びに行った。


 後に残った俺とリリは、ロビーに数あるソファーの中から、端の方にある一番安そうなソファーを選び座った。


 中央にある高そうなソファーには、とてもじゃないが座る勇気が無かったからだ。


「お帰りなさいませ、御主人様にお嬢様」

「ただいま、長いこと留守を任せて、すまなかった」

「ただいま」

「いえ、お気になさらないでください。それより、ドリアーノ様から聞きましたが、何か私に頼みたい事があるとか?」

「えぇ、実はジェームズに………… 」


 俺はロンバード辺境伯領で起こっていることを、全て包み隠すずメイド長のロザンヌさんに話した。


 普通なら他国のことを話すのはタブーかもしれないが、万が一にもジェームズには迷惑を掛けられないので、駆け引きなどせず全てを話すことにした。


「そのままジェームズ様に伝えても、本当に宜しのですか?」

「勿論、そのまま話してください。彼に隠し事はしたくない」

「畏まりました。ですが、ジェームズ様は帝都にお出かけになられたので、帰ってくるのは二日後になります」

「帝都に出かけているの?」

「はい。以前レディアーノ様が参られて、そのように申していましたので間違いありません。ーーーですので、お伺いを立てるにしても三日後になりますが、宜しいのでしょうか?」

「それなら仕方ない。悪いけど、三日後でお願いします」

「畏まりました。ーーーもし、お急ぎであるならば、御主人様も、私と一緒に直接お伺いする事もできますが、如何致しますか?」

「えっ、そうなの? でも、それだと貴族の作法的に問題になるのでは?」

「普通ならそうで御座いますが、御主人様なら大丈夫かと存じます」

「そうなのですか?」

「えぇ、勿論です。御主人様は、ジェームズ様の御友人で御座いますから。それに、私を連れて行けば最低限の作法を守ることもできます」


 なるほど、必ず作法を守らなければならない事もないのか。


 早ければ早いほどこっちは有り難いから、ロザンヌさんの言葉に甘えたほうが良いな。


「分かった。では、三日後にまた来ます」

「えっ、帰ってきたのではないのですか?」

「勿論この家に住みたいのですが、先程も説明したように新しい街が目を離せない状況なので、申し訳ないですが、もう少し時間をください」

「それもそうですね。では、せめて、御主人様とお嬢様のお部屋をお決めになってから、お出かけください。それなら、お忙しいお二人が帰って来た時、少しでもお疲れを癒やして差し上げる事ができますので、よろしくお願いします」


 ロザンヌさんが深々と頭を下げ、流石に居た堪れなくなった俺は、部屋を決めるため屋敷の中をロザンヌさんに案内してもらった。


 部屋も決まり、たまには屋敷に帰ってくることを約束してから、俺とリリは新しい街にテレポートした。


 部屋を決めただけなのに、不思議と屋敷に愛着が湧いてきて、また来たいと思うようになるから、人の心とはいい加減なものだ。



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