4、買い物
冒険者ギルドのお姉さんに教えてもらった店を訪ねてみたが、服屋さんなのに看板だけで何も飾らない簡素な作りの店だった。
お姉さんに聞いてなかったら、たぶん通り過ぎていたと思う。
入り口は看板があるだけで普通の家の玄関みたいで、日本みたいにガラス張りのショーウィンドウなんてものはない。
防犯対策だと思うが、冒険者ギルドと同じ石造りの壁に、少しだけ豪華な扉が付いてるだけだ。
後は、玄関の横に看板が有るだけで、シンプルと言えばカッコイイけど、服屋さんなのにオシャレとは無縁で、正直ワクワク感は無くなった。
店の前に立っていても仕方ないので、扉を開けて店の中に入ってみる。
だが、店に入った瞬間から、リリの態度がおかしい。
俺の服を何度も引っ張ってくる。トイレにでも行きたいのかな?
「どうした?」
「この店は、新しい服しか置いてないよ」
リリが何を伝えたいのか、良く分からない。
リサイクルショップでもない限り、普通のお店の商品は全部新品に決まっているはずだが、異世界では違うのか?
「それが、どうしたの?」
「新しいのは、凄く高いよ」
あぁ、なるほど。ーーー日本みたいに既製品の大量生産じゃなくて、全て手作りだから高いわけだ。
多少高くても、新しい服に袖を通すのは気持ち良いので、リリにも味わって欲しいし、喜ぶリリの顔も見てみたい。
「大丈夫だって、お金のことは、気にしないで」
「でも、リリ、新しい服なんて一度も買って貰ったこと無い」
奴隷になる前から貧しい生活をしていたリリは、新しい服を買って貰ったことがないらしく、かなりの挙動不審に陥っている。
俺に対する遠慮もあると思うが、俺だって初めて女の子にプレゼントするんだから、カッコつけさせて欲しい。
「大丈夫だよ、お金持ってるから」
「そう?」
「あぁ、だから遠慮するな」
俯いて暗い感じのリリの顔が、まるで大輪の花が咲くように満面の笑顔を見せる。
幼い女の子なのに、一瞬ドキッとしてしまうほど、素敵で可愛い笑顔だった。
俺はロリコンではないけど、この子の笑顔が見れるなら、金など惜しまんと本気で思ってしまうほど可愛かった。
「すいません、この子に似合う服を一式揃えてください」
「畏まりました」
お店の方は丁寧な態度で接してくれて、次々に新しい服を準備すると、リリを着せ替え人形にしていく。
服を着せ替える度に緊張で固まったリリが、ロボットのような動きをしていて、それが可笑しくて思わず幸せな気持ちになっていく。
緊張で固まったリリだが、新しい服に袖を通す度に笑顔が零れ落ちていて、幼くても女の子だなと思わせてくれた。
ある程度決まってから、お店の人に値段を聞いたら、結構高くて日本の五倍ぐらいの値段がしたが、今の俺には関係ない。
「お兄ちゃん、リリ、こんな高いの要らない」
「大丈夫だって。何度も買うわけじゃないんだからね」
「でも、でも、これって、銀貨五枚と大銅貨五枚だよ」
リリが見せてくれたのは可愛いワンピースで、日本円で五万五千円かな?
考えたら高い気もするが、手作りだと思ったら安い気もする。
勿体無い気もするが、今日一日で二百七十万相当を稼いでいるんだから、少しぐらい贅沢してもバチは当たらないはず。
「リリ、大丈夫だから、気にするな」
「でも…… 」
「あっ、すいません、靴も揃えてくださいね」
「はい、畏まりました」
「えぇ、靴は高いから良いよ。今の靴だって、まだ履けるんだから
「お姫様は、黙っていてください」
店の人は、すぐに靴を何足か準備してサイズが合うかどうか確認すると、その中からリリの反応が良かった靴を何足か教えてくれる。
首を横にブンブンと振り回すリリだったが、そんなのお構いなしで俺は店の人と相談しながら、リリに似合う服や靴をどんどん選んでいく。
「あと、下着もお願いします」
「はい! 畏まりました!」
「下着は、まだ…… 」
「ダメだよ、リリ。ーーーさっきも言ったけど、今日のリリはお姫様なんだからね、大人しくしてなさい」
「そ、そんなぁ。リリ、お姫様じゃ…… 」
少しだけリリの瞳に溜まっていた涙が、時間ととも大粒へと変わり、頬を伝って止めどなく落ちてくる。
服を買うだけでリリが泣くとは思ってもいなかったので、俺はどうして良いのか分からず黙っていたら、お店のお姉さんがハンカチを持ってリリの側に来てくれた。
情けないと思うかもしれないが、実際にそうなったら、意外と男は何もできない生き物だ。
お店のお姉さんは、優しくリリの涙をハンカチで拭っていて、時折俺の方を見ながら笑顔を見せていた。
「後は、そうだ。ーーー今まで着せてもらった服で、似合うと思った服を何着か揃えてください」
兎に角、話題を逸らしてリリを笑顔にするために、俺は必死に喋っていた。
「はーい! 畏まりましたぁぁあー!」
「えぇぇえええー! 何着もって、お兄ちゃん、リリは一着で良いよ!
「ダメだよ、お姫様。ーーー勿論、下着や靴もですよ」
最後はビクビクしながら不安げな顔をするリリとは対照的に、お店の人達は次第に声を張り上げ興奮している。
高額な服や靴を大量に買う俺は、上得意様になったようで、買い物の途中からはテーブルに案内され、お茶やお菓子の接待を受けていた。
接待を受けてる最中に、俺は商売のネタに気づかせてくれる異世界に、思わず感謝していた。
この店に来てから分かったことがある。もしも、この世界の裁縫が全て手縫いだったら、ミシンが売れるんじゃね?
ミシンなら電動じゃなくても、足でギッタンバッコンするやつもあったはず。
今は作られて無くても、設計図が見つかれば、大儲けできる可能性が高い。
新しい商売のネタを探してしまい、俺の想像は膨らむ一方でだった。
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、聞いてる?」
「ん? あっ、どうした?」
「終わったよ」
「そっか、あっ、でも、俺の服も必要だった」
「そうなの、リリが選んであげる」
自分の服を忘れていたが、俺の服なんて、それこそ、その辺の服で良いと思う。
やっぱり、女の子の服と、俺みたいなおっさんの服は違うよね。
リリに選んでもらい、俺の服も一式揃えると、お店で新しい服に着替えてから、食事に行くことにする。
勿論リリの髪の毛も、お店の人に頼むと美容師らしき人が来てくれて、カットしてオシャレに整えてもらった。
「リリ、どうしたの?」
お店を出たのは良いけど、リリの歩くスピードが異常なほど遅い。
足でも怪我したのかと思いリリに聞くが、リリから却ってきた言葉は可愛いかった。
「靴が汚れないように、歩いているの」
どう? もう、可愛いでしょ。
本気で抱きしめたいと思ったが、ロリコンと思われたら嫌なので、默まってい見ているだけにする
「気にしないで良いよ。汚れたら洗えば良いし、破れたら買えば良いんだから」
「そんな! 勿体無いよ。大事に履かないと、バチが当たるよ」
「でも、それだと、お店に着いた頃に、閉まってたらどうする」
「分かった。なるべく、早く歩く」
急かすつもりはないけど、本当に遅すぎるから、リリには頑張ってもらうことにする。
お願いされたからのリリは、ちょこちょこ、ちょこちょこ器用に足を動かしている。
小動物のように動くリリは、マジ天使。
おっと、スマホスマホ。
気がつくと俺は、ここが異世界だと忘れてしまい、スマホで4K動画を撮っていた。
うちのリリは、マジ天使。
いつの間にか、うちのリリになってしまったことは、気にしないでくれ。
「この店、みたいだね」
「うん」
冒険者ギルドで教えてもらった店は、外からでも美味しそうな匂いがして、間違いなく大当たりの予感がする。
俺は期待を込めて、重厚な店のドアを開けて中に入った。
店内は、外見とは違いかなりの広さがあって、大木を縦に切ったテーブルが真っ先に目を引く。
回転率だけを求めた店とは違い、座り心地の良さそうな椅子が並べられている。
店の内装も結構こだわっていて、カウンター越しに料理を作ってるのが見えるシステムになっていた。
ただ、これは仕方のないことだと思うが、異世界の店はだいたい暗い。
明かりが蝋燭しかないから仕方ないが、窓ガラスが無いので昼間でも似たようなものだと思う。
極めつけは、店内を明るくするために、安物の蝋燭を沢山使っているせいか、結構臭い。
リリの様子を見ると、結構喜んでいるので、ここは高級店で間違いはないだろう。
たぶん……
「リリ、何が食べたい?」
「お兄ちゃんは?」
「俺は、肉かな」
「リリも、肉で良い」
店の人に普通の肉料理と、子供でも噛み切れる肉料理を頼み、追加でスープとパンを頼む。
日本だと冷たい水のサービスがあるが、異世界にはそんなサービスはなく、生ぬるい水を自ら取りに行く。
食中毒を防ぐために、一度火を通した水が常識らしく、生ぬるい水はある意味サービスといえる。
「リリ、思い出したくないと思うけど、教えてくれる」
「ん? なにを?」
「この国での奴隷売買は、大丈夫なの?」
「うん。リリも、お父さんに売られた」
衝撃だった。リリが奴隷だった事は知っていたけど、まさか父親に売られていていただなんて。
そして、その事を淡々と話すリリの話し方が、余計に衝撃的だった。
「リリは、お父さんに会いたい?」
「いや! 絶対、いや! お兄ちゃんと一緒が良い。お父さん、怖いから嫌い」
「でも、お父さんも、この街にいるんじゃないの?」
「ううん、リリは、遠いロンドという村から売られて来たの」
「そっか」
「リリ、頑張って働くから、お兄ちゃんと一緒にいさせて」
「あぁ、リリが一緒にいたいなら、ずっと一緒にいて良いから心配するな」
棄てられると思ったのだろうか、リリが不安そうな顔で縋ってきた。
リリの両親が何を考えてリリを奴隷商に売ったか分からないが、リリが俺に縋ってくるなら、俺はリリを絶対に手放さないと考えていた。
俺自身、両親が早くに死んでしまったので天涯孤独の身だ。
若い頃から一人だと、お金だけが頼りになってしまい、遊びにも行かず貯金ばかりしていたら、恋人ができても長続きはしなかった。
勝手な考えだが、なんとなく俺とリリは似た者同士のような気がする。
「今日は、美味しいの沢山食べて、明日から頑張ろうか」
「うん。ーーーねぇ、お兄ちゃん」
「ん? なに?」
「今日も、あの家で寝るの?」
「そのつもりだけど、もしかして嫌なの?」
「ううん、珍しい物が多くて、オシャレだから大好き」
ワンルームマンションがオシャレか、今まで自分の家をオシャレなんて思わなかったが、誰かに言われると嬉しいものだと知った。
その日はリリと楽しく食事をして、マンションに移動したらお風呂に入って、すぐに寝た。
新しい服に身を包み、楽しそうに笑うリリが印象的で、そんな事を思い出していたら、明日からも頑張れそうな気がしていた。