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42、新会社設立。

 俺は神の使徒でもなければ救世主でもない。ただの人間で、しがない雑貨店の社長だ。


 だが、このままでは神の使徒で救世主様にされてしまう。


 俺は慌ててマミとゼンを連れて、リリのいる屋敷の二階のベランダにテレポートする。


「リリ、二人を頼む」

「うん、任せて。マミちゃんにゼン君だね、今は大事な話をしているから、あっちに行きましょうか?」

「は、はい。ゼン、行くよ」

「うん」


 初めてのテレポートに、マミちゃんとゼン君が唖然として立ち尽くしていたが、リリが上手いこと話しかけ二人を奥の方に連れて行く。


 二人は何度も俺の方に振り返りながら手を振り、俺も笑顔で手を振り返してから大勢の領民に向かって再び話しかける。


「何度も言うが、俺は神の使徒でも救世主様でもない。ただの雑貨店の経営者だ。ーーーだから、頭を上げて欲しい」

「「「「………… 」」」」

「救世主様が頭を上げて欲しいと言ってるわよ、言う事を聞いたほうが良いんじゃないの?」

「救世主様が言うなら、聞かないとダメだわ」

「そうね、聞きましょう、聞きましょ」

「「「「そうよ、聞いたほうが良いわ」」」」


 暫しの沈黙の後、再びざわざわと騒がしくなり、俺の意図する方向とは違う方向に話が進んでいるが、この際諦めて俺は話を戻すことにする。


「今からパンと牛乳を配る。それを受け取ったら家に帰って、引っ越しの準備をしてほしい」

「家なんか、もうないわ」

「そうよ、私達はもう、家なんて無いのよ」

「住む所もあるんでしょ、今すぐ連れて行ってよ」

「私も、今すぐ行きたい」

「また雨が降ったら、もう死んでしまうよ」

「そうだわ、雨が降ったら生きていけなくなる。お願いだから連れて行って」


 雨か……


 体力が弱って免疫力が下がっているところに雨に濡れると、風邪程度じゃ済まなくなる。


 どうする、今すぐ連れて行くか、それとも明日の朝にするか?


「大翔、今から行こうと思ったら行けるか?」


 声の方向に振り向くと、どうやら領主のギルバート様が俺に近づきながら声を掛けたようだ。


「住宅などは準備してますけど、夕食はかなり遅い時間になると思う」

「食事などここに居たらまず食べれない。それなら、遅くても有る方が良いに決まっている」

「でも、段取りも何も準備もしてないのに連れて行くことになると、かなりの混乱が予想されます」

「そんなの、ここに居る誰もが承知している事だ」

「そ、それもそうか。ーーーですが、行き成り今からだと…… 」

「気持ちは分かるが、このままでは死人が出てしまう。ーーーそれに、それが皆の望みで、最良の決断だと私は思う」

「そ、そうですよね……」

「苦労ばかり掛けるが、頼む!」

「………… 」


 俺の両肩に両手を添えたギルバート様が軽く頭を下げ、部屋の中へと下がっていく。


 住宅などは出来ているが、三万人が新しい街までへの大移動となると、混乱を極めるのは最初から目に見えている。


 それでも、それが必要だとギルバート様が言うのなら、本当に命の瀬戸際なのだろう。


 後は、俺次第か……


 まぁ、明日が晴れなら良いが、もし雨が降ったら出発どころではないしな。


 覚悟を決めた筈だろ! これから彼らの命を守っていくと覚悟を決めた筈だ!


 両手で両の頬を強く叩き、気合を入れて再び領民の顔を見渡すが、なぜか声が出ない。


 ヤバい、俺、ビビっている……


 あれだけ考えて覚悟を決めたつもりだったのに、いざ引っ越しとなると三万人の命の重さに恐怖を覚えたのか、喉が急激に乾き唾を飲み込むのさえ困難で、体が徐々に震えていく。


 逃げ出したい……


 一瞬そんな事を考えた俺の左手に、小さな温もりを感じた。


 温もりの正体はリリだ。


「お兄ちゃん、ーーーお兄ちゃんは、いつだってリリのヒーローなんだから、今回も大丈夫だよ」

「ーーーあぁ、そうだな。俺なら、大丈夫だよな!」

「うん!」


 まったく何が救世主様だ、こんなにビビった救世主様が居るわけがない。


 救世主様と言うのは、リリみたいな人のこと言うんだよ!


「みんな、待たせてすまなかった! 今から移動を開始するが、その前に街の西側の街道の途中でパンと牛乳を配るから、悪いが皆に声を掛けて街道まで来てくれ。その先に、皆の新しい住居があるから、必ず皆に声を掛けるんだぞ」

「私は、南の広場に声を掛けに行くわ」

「だったら、私は東の広場ね」

「両親のいない子供達は、どうするの?」

「あの子達に長い距離を歩くのは、絶対に無理だわ」

「私の両親も、あまり長い距離は歩けないの」

「私のお祖父ちゃんも足が弱いから、誰かの助けがいるわ」


 確かに親の居ない小さな子供や、足の不自由な老人は歩くのが困難だ。


 だが動き出した以上、ここで立ち止まっては居られない。


 俺は何らかの指示を出すべきで、その立場だと自覚するべきだ。そして、一つ一つ解決するんだ。


 自分を落ち着けるように大きく深呼吸をすると、再び声を張り上げる。


「歩けない人や、親のいない子供達は、ひとまず領主邸にて待機だ。後で俺が必ず迎えに来るから、それまでは待機だ」

「救世主様が言うなら、安心だわ」

「でも、何名かは残った方が良くない? 救世主様が迎えに来るまでは、子供達も不安に思うわ」

「そうね、それなら、私が残るわ」

「それなら、私も」

「「「「私も、うちも、私も」」」」


 目から鱗が落ちるとは正にこの事で、俺は一人で皆を助けるつもりでいたが、そんな事を考える必要なんて初めからなかったのだ。


 ここにいる多くの領民達も、俺と同じように誰かを助けたいと思っている事に、俺は初めて気がついた。


 そうだよ独りよがりじゃなく、初めから皆に頼れば良かったんだよ。


 食事を分け与える事は無理でも、誰かを助けたいと思う気持ちは誰もが感じていたんだから。


 お互いがお互いを助け合うように動いている。これなら、なんとかなる。


「リリ、悪いが屋敷に残って子供達の様子を見てくれ、それから何かあったら念話で連絡をしてくれ」

「うん。分かった」

「ギルバート様、悪いけどメイド達を何名か貸してくれ。それからテーブルも、幾つか貸してほしい」

「それは良いが、何に使う?」

「彼女達には、パンと牛乳を配ってもらう。それから、領民達は俺の会社に入社するんだから、正社員契約書にサインしてもらう」

「サインって、彼らの中には文字も書けない者もいるんだぞ」

「それは大丈夫だ。拇印だけで契約は完了するから心配いらない」

「そっか、それなら大丈夫か…… 」

「忙しくなるから、すぐに動き始めるぞ!」


 俺はメイド達八名と、屋敷に有った大きめのテーブル三つを西の街道にテレポートすると、その場に大量のパンと牛乳、更に正社員契約書と朱肉をアイテムボックスから取り出す。


「悪いけど、領民達に、このパンと牛乳を配ってくれ。それから、この契約書に拇印を必ず押してもらってくれ」

「か、畏まりました。ーーーですが、これだけで足りるでしょうか?」

「心配するな、足りない分のパンと牛乳は後で補充する」

「畏まりました」


 正社員契約書は、俺が日本にいるときに作った簡単なもので、一番上に一行『正社員として、真面目に働くことを誓います』とだけ書いて、後は全部細かく区切った拇印を押す欄だ。


 これなら、一枚の契約書で百人分のサインが可能で、それを大急ぎでパソコンで制作して、コンビニのコピー機で三百枚コピーした。


 契約書を作った一番の理由は、全員が俺の会社の従業員だと運び屋のスキルに認識させるためだ。


 運び屋のスキルが従業員と認識すれば、スキルの恩恵を彼らは今日から受ける事が出来る。


 運び屋のスキルの恩恵、緊急避難テレポートは危険を回避するだけだが、ある意味最強のスキルだ。


 これから働く工場では、電動トラクターや業務用ミシン等の危険な道具や、太陽光発電システム等の危険な場所も多い。


 魔物だって全て駆除したつもりだが、生き残っている魔物が隠れている可能性もある。

 

 それらの危険から、本人の意思に関係なく守ってくれる緊急避難テレポートは、彼らにとって一番必要な恩恵だと言える。


 運び屋のスキルに認識させるための契約書だから、実際に働くことのできない十三歳以下の子供達にも、サインさせるつもりだ。


 たとえ働けなくても、恩恵を与えたいからだ。


 運び屋のスキルが拇印だけでも俺の会社の従業員と認識するのは確認済みで、以前王都ガルン異世界雑貨二号店で働く従業員に文字の書けない人がおり、その時に拇印だけでもしてもらったが、運び屋のスキルはきちんと彼を従業員として認識していた。


 何故そうなるのか不思議に思うが、考えるだけ時間の無駄なので、俺はそういうものだと考えることにした。


 突然起きた前代未聞も大引っ越しだが、こうして俺自身が初めて経営に携わる新会社の立ち上げは、想定していなかった大混乱の中の波乱の幕開けとなった。




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