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41、救世主様?

「大翔、戻って来てくれたか」


 ギルバート様と別れてから六日しか経ってないが、彼はすっかり(やつ)れていた。


 目の下にはクマができており、髪の毛もバサバサで変な匂いもする。


 ハッキリ言って、臭い!


 もう浮浪者の一歩手前、貴族の欠片など微塵も残ってなかった。


「勿論戻ってくるよ。ここに、俺の会社を作るんだから、戻ってくるに決まってるだろ」

「と言うことは、食料を手に入れたのか?」

「あぁ、ちゃんと手に入れた。明日から、忙しくなるぞ!」

「良かった。大翔、感謝する。それで段取りだが、実は大翔が来たら直ぐにでも………… 」


 俺がいない間もギルバート様は忙しく働いていたはずなのに、その合間に俺の会社の設立のための土地を視察したり、家を失った領民に声を掛けたりしていたらしい。


 ギルバート様のお陰で、明日の昼過ぎから領民を集めての説明会が、開かれる事になったが、問題は山積みで、結局夜中までギルバート様との打ち合わせは続いた。



 ★ ★ ★



 次の日の朝、俺は誰もいない草原にリリと二人で(たたず)んでいる。


 だが、ただ佇んでいるわけではなく、目の前の光景と頭の中で描いた設計図を、照らし合わせて想像している最中だ。


「お兄ちゃん、どう? 上手くいきそう?」

「あぁ、大丈夫だ。取り敢えず最初は、魔物が入れないように敷地の周囲に穴を開けてくるよ」

「うん」


 軽く笑いながらリリとの話を終えると、俺はテレポートとアイテムボックスを駆使して、広大な土地の周囲に巨大な穴をどんどん開けていく。


 まるで巨大な地割れでも起こったかのように、広大な土地の周囲には深い穴の堀が出来上がっていく。


 次に始めたのは、魔物狩りだ。俺は、堀の中にいる全ての魔物を、空中から見つけ出し殲滅していく。


 魔物が居なくなった事を確認すると、今度はアイテムボックスを上手く使って広大な土地を水平にしていく。


 更に水平になった土地に、次々と新しい住宅を並べ始める。


 元は廃墟だった団地やマンションだが、俺のアイテムボックスで全て新築に生まれ変わった建物だ。


 だが、残念なことにトイレと風呂場、キッチンの水回りやガスコンロ、そして電気は今のところ使えない。


 電気は無理だとしても、トイレと水回りだけは今後使えるようにしたいと考えている。


 そのために浄化槽の設立と、近くの川から水を引くための手順も構想中だ。


 構想が決まったら、アイテムボックスを駆使して実現するつもりだ。


 住宅の設置を終えると、今度は太陽光発電システムの設置だ。


 以前学校のグランドを利用して設置してもらった太陽光発電システムを、丸っとそのままアイテムボックスを利用して移動しただけなので、すぐにでも使える。


 俺は、太陽光発電システムを二つ設置した。


 太陽光発電システムは五つ依頼しており、後三つ設置することができるが、現在は大急ぎで作っている最中だ。


 更に今後の食料不足を解消するために、広大な敷地を畑にするための作業を開始する。


 俺が認識した物だけを収納するアイテムボックスの特性を利用して、土や腐葉土以外の石や岩を全て取り除く。


 これで後は耕すだけで、畑の完成だ。


 勿論、耕す農機具も購入している。


 今後、この異世界で活躍してくれるだろう農機具の名前は、電動トラクターだ。


 ガソリンを必要としない電動トラクターは、この異世界にピッタリの農機具だと考え、太陽光発電システムを作ったときから考えていた。


 勿論、他にもバッテリーで動く農機具もあるので、今後買い足す予定だ。


 俺は、自分が最初に作ったこの町を、将来的には繊維工業団地にしたいと思っている。


 当然だが異世界にも多くの糸が存在しており、それらは植物系であったり動物系であったりするが、機械式の織機(しょき)の存在しない異世界では、糸から生地にするまでの過程に驚くほどの時間を費やする。


 俺はそこに目をつけ、全自動型織機により生地の大量生産を始めるつもりだ。


 いずれは、いま作った敷地の数十倍の土地に、麻や綿などの植物を植えて一大繊維工業団地を作りたいと思っている


 ただ、現状は食料のほうが優先されるので、これらの糸はロンダさんや、院長先生達、アルバートや、ランランリンリン姉妹にできる限り購入するようにお願いしている最中だ。


 その甲斐もあってか、現在アイテムボックスの中には大量の種類の違う糸が集まっており、近々小さいながらも繊維工業団地をスタートする予定だ。


 勿論、ロンダさん達には他の素材も頼んでいる。


 それはシャンプーとコンディショナーの原料で、以前大量にシャンプーを購入したとき、工場の方から簡単な作り方を習った事があり、作れそうな気がしたからだ。


 そんな簡単な物だと商品にならないと殆の人は思うだろうが、現在日本ではネットで特許庁から色々調べることができる。


 特許庁には特許の申請が多くあり、そこには原材料や成分、それらの抽出方法や製造過程までもが詳しく公開されており、それを真似るだけで全く同じものが出来上がる。


 勿論、日本でそれをすると特許侵害で訴えられてしまい、多額の賠償金を支払わないといけないが、ここは異世界だ。


 あらゆる特許侵害はここでは通用しないため、素材と制作機械さえあれば簡単に作れて訴えられることもない。


 俺の、やりたい放題というわけだ。


 今後は日本から完成された機械を買い取り、この異世界に持ち込んで大量のシャンプーやコンディショナーを作って見せる。


 勿論シャンプーやコンディショナーだけではなく、化粧品などのコスメ商品も考え中で、ある程度のプランは既にできている。


 問題は機械を買い取る資金と、原料となる素材集めとなる。


 最終目標は、日本の技術を使いながらも、異世界だけの材料で商品を作る事だ。


 そのためには、あらゆる土地に流通網を作り上げ、あらゆる土地の資源を有効に生かせるようにしなければならない。


 ロンバード辺境伯領に作られる工場が、その第一歩となることを想像しながら俺は全ての作業を終えた。


 次は、新しい従業員を迎えに行かなければならない。


 俺は気合を入れて、両手で頬を強く叩いた。



 ★ ★ ★



 領主邸に着くと、既に大勢の領民が集まっており、もはや敷地内には入りきれず外に溢れ出していた。


 勿論、大勢の人が今後の生活に期待して集まっており、俺の肩にはその全ての期待が伸し掛かっている。


「みんな、集まってくれて感謝する。これから大事な話をするから、静かに聞いてくれ」


 領主であるギルバート様が、屋敷の二階のベランダから表にいる大勢の領民に声を掛け始めた。


 誰もがギルバート様の話を、一言一句聞き漏らさないように真剣に聞いている。


 当たり前だ。自分自身の命が掛かっているのに、真剣にならない人はいない。


「今、大勢の人が飢えに苦しみ、大勢の人が住む所を失った。このロンバード辺境伯領は、国にも見捨てられ、神にも見捨てられたかと思ったが、神は我らを見捨てはしなかった。なぜなら、この窮地を救ってくださる方を、我らの前に使わせたくれたのだからだ。紹介しよう、神の配慮で我々を助けに来てくれた救世主、大翔様だ」


 おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい、俺は神の御使いでも救世主でもないぞ!


 しかも領主であるギルバート様が、俺を様付けで呼んでどうするつもりだ。


 どんだけハードルを上げるつもりなんだよ!


「それでは、大翔様を紹介しよう。我らが救世主、大翔様だ」


 もう、どうにでもしてくれ……


 ギルバート様が笑顔で俺の手を取り、領民の前に連れて行くが、俺の顔は完全に引き攣っていた。


「ギルバート様から紹介してもらった、大翔だ」


 なるべく大声で話しているつもりだが、緊張で声が出てこない。


 俺は、嚙み締めるつもりで一言一言慎重に話し続ける。


「最初に言うが、俺は神の御使いでも、この街の救世主でもない。ただ、この街に新しい仕事を持ってきただけだ」


 俺の言葉に、領民がざわざわと騒ぎ出すが、俺はお構いなしに喋り続ける。


「しかも、仕事と言っても、暫くは給金も与えられないブラックな会社だ」


 給料も払いたい気持ちはあるが、ない袖は振れぬ。


 試しに給料を、家賃と食料を省いて五万円と設定して計算したが、働く人が推定一万八千人とした場合、一ヶ月で九億円も掛かるんだぞ! つまり、金貨が九百枚も必要になってくる。


 無理! 最低でも半年から一年は、無理!


「金なんか要らないよ。それよりも、何か食べ物はあるのか?」

「そうだそうだ。食べ物さえあれば、幾らでも働くから、食べ物を恵んでくれよ」

「うちも食べ物さえ恵んでくれたら、幾らでも働くよ」

「私も、真面目に働くから、食べ物を恵んでおくれ」

「赤ん坊がいるんだよ。お願いだから恵んでくれよ」

「私の所には、子供が四人もいるんだよ。お願いだから食べ物を恵んでください」


 ここにいる大勢が女性だ。


 戦争で夫を亡くした未亡人が殆どだから、当たり前と言えば当たり前で、男性がいるとすれば、彼女らの父親だから当然お爺さんとなる。


 つまり、俺の会社で働く大勢の人は、年を取ったお爺さんか、お婆ちゃん、そして夫を亡くした未亡人となる。


 女性の比率が半端じゃないが、それも仕方のないことなので文句は言ってられない。


「給金は当分出ないが、食べ物と住む所は準備してある。それだけは心配しないでも大丈夫だ」

「食べ物があるの? それなら今すぐでも働くよ」

「私も働く!」

「うちも、働く」

「私も雇ってくれ」

「「「「私も、私も、私も」」」」


 誰もかれもが、このブラック企業で働くと言ってくれるので、勿論全員雇うつもりだ。


 だが、年齢制限は設ける。事故でもあったら困るので、当然の措置だ。


「働けるのは十三歳以上で、十三歳以上なら全員雇うつもりだ」

「食料は、子供の分もあるの?」

「私が働いたら、子供の分も食料をくれるの?」

「俺達、子供は働けないのかよ!」

「私は、十二歳だけど、頑張って働くから雇ってよ。六歳の妹がいるから、お願い雇ってよ」

「マミだって、十一歳だけど働けるよ。小さい弟がいるの、お願いですから働かせてください」


 年齢制限したら、そりゃ心配になるよね。


 それに給料が出ないから、子供の分の食べ物が出るのか心配になるし、十二歳以下の子供達は、切り捨てられた気持ちになるだろう。


 だが俺がいる限り、そんな残酷なことは絶対にない。


「十二歳以下の子供には、無条件で全員に食べ物を配給するから心配するな。だから、みんな! 俺に、ついて来い!」

「「「「………… 」」」」


 あっ、もしかして滑った?


 いや、働かない人にまで食事を配ると言ったから、逆に疑われたか?


「全員に、無条件で配給するの?」

「ああ、そうだ。だから、何も心配するな」


 暫くの沈黙の後、先程のマミと名乗った女の子が声を上げた。


「マミが働かなくても、マミと弟のゼンにも食べ物を恵んでくれるの?」


 不思議そうな顔で俺を見つめるマミの上空に、俺はテレポートする。


 突然人が消えたと思ったら宙に浮いた状態で現れたので、俺の真下の人達は驚き自然と大勢に人の間に隙間ができる。


 俺はその隙間にテレポートすると、マミと名乗る女の子の前に近寄り、彼女と彼女の側にいる男の子の頭を撫でながら声をかける。


「もう心配しなくても大丈夫だよ、今まで弟の為に良く頑張ったね、立派なお姉ちゃんだ。これからはお兄ちゃんが、マミちゃんに負けないように頑張るから、協力してくれないか?」

「う、うん。マ、マミ、協力する…… ゥワァァアアアー」


 突然大泣きするマミちゃんに、俺は慌てて彼女と弟のゼンを抱きしめた。


「救世主様だ」

「そうだ、救世主様だわ」

「えぇ、救世主様だ」

「突然空中に現れたのよ、救世主様に間違いないわ」

「そうだ、あんな凄いことができるなんて、神の御使いの救世主様よ」

「その通りだわ、本物の救世主様が現れたのよ」

「領主様が、本当に救世主様を連れてきてくれた!」

「あぁ、本物の救世主様だわ」

「「「「救世主さまぁー、救世主様さまぁー、救世主さまぁー」」」」


 救世主様と叫ぶ声が俺を中心に広がったかと思えば、なぜか全ての人が沈黙して、俺に(ひざまず)いて(こうべ)を垂れる。


 俺は困ってしまい、ふと二階のベランダを見ると、リリが嬉しそうに笑っていた。



いつも応援ありがとうございます。


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本当にありがとうございます。

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