40、コッペパン。
「いやぁ、麗華の事、本当にありがとう」
麗華さんの怪我から丸一日が経ち、俺とリリは再び大竹さんの会社を訪れているが、社長室に入るなり大竹さんがリリの手を握り、何度もお礼を繰り返しているので話が前に進まない。
あの後、救急隊員の方が来てくれて麗華さんを病院に連れて行ったが、その際彼女の怪我が治った理由が説明できず、仕方なく怪我をしたのは勘違いで意識を失ったから電話したと説明する。
実は麗華さんは大竹さんの愛娘で、年取ってから授かった子でもあり、目に入れても痛くないほどの可愛い存在らしい。
麗華さんが病院に運ばれた際、大竹さんも付き添いで病院に行くことになり、俺達も一度解散となったが、彼からの電話で麗華さんはその日の夜には意識を取り戻し、何事も無かったかのように元気だと知らせがきた。
大竹さんは興奮しながら俺に電話をしてくると、お礼がしたいから今から会いたいと何度も言うが、流石にワンルームに呼ぶわけにもいかず、仕方なく次の日に彼の会社に再び行くことになった。
「お父さん。あまりリリちゃんの手を握ったら、セクハラで私が訴えますよ」
おいおい、愛娘に訴えられるって、それ面白すぎるだろ!
「お礼を言ってるだけではないか」
「それでも、です」
娘に叱られ、凹む大竹さんの姿が新鮮で面白い。
普段威厳のある人でも、家族の前ではこんなもので、それが当たり前だ。
つまり、俺がリリに甘いのも仕方がないと言える。
「それにしても、リリちゃんの能力は凄いな。麗華の傷が、すっかり元通りだ。いったい、どんな魔法を使ったんだ」
「それ、私も知りたい」
「大竹さんに麗華さん。悪いが、リリの事は秘密にしてほしい。この通り、お願いします」
俺は、頭を下げた。
俺は日本人で、この世界の住人だから好奇な目で見られても仕方ないが、リリは俺がこの世界に連れてきた異世界人だ。
この世界の人間に、リリを好奇な目で見られるのは、なんだか嫌だ。
「悪かった大翔、そんなつもりで聞いたわけじゃないが、気に障ったのなら許してくれ」
「私も、ごめんなさい」
「いやいや、謝らないでください。秘密にしてくれたら、それで良いのです」
「分かった。もう聞かないし、昨日あの現場にいた社員にも他言無用と言ってある。とはいえ、こんな話、誰も信じないがね」
ラノベや漫画の世界ならいざ知らず、現実に魔法を使い怪我を治せる人がいるなんて、誰に話しても信じないだろう。
それどころか一歩間違えれば、喋った本人が病院に送られる可能性すらある。
「だが、リリちゃんには麗華の命の恩人だ、なにかお礼がしたいのだが、何か欲しいものはないかな?」
「リリは、お兄、ちゃん、協力、して、くれたらいい」
「それは、勿論協力する。それ以外で、欲しい物はないか?」
「ひとつ、ある。でも、難しい」
「あるのか、それを教えてくれ」
「それは、戸籍。日本、の、戸籍」
「戸籍が欲しいのか!」
「リリ、それは幾ら何でも無理だろ」
なぜ戸籍が欲しいのか分からないが、地球人ですらないリリが、日本人である証の戸籍を手に入れる事は不可能だ。
「すいません大竹さん、気にしないでください」
「いや、なんとかしてみせる。リリちゃん、おじさんに任せろ。戸籍の一つや二つ。なんとかしてやる」
「ありがとう。お願い、します」
マジかよ! 大竹さんって、そんなに権力あるの?
確かに農林水産大臣に電話したりしてたから、凄い権力を持っているとは思うが、戸籍までなんとかなるのかよ!
怖い、段々この人が怖くなってきた。
「よし、これでリリちゃんのお礼が決まった。次は、大翔。君の頼みである食料問題だが、今から私も一緒に行く。私が直に頭を下げれば、少しは早く解決するだろうからな」
「本当ですか? ありがとうございます」
それからの行動は早かった。
大竹さんは、J◯の山田さんに直接電話をすると、簡単にその日の夜に会う約束を取り付け、その日の夜には山田さんと会食をしながら大量の食料の売買契約書を交わした。
大竹さんが保証人になってくれたことが決め手となり、順調に事が進んでいく。
山田さんは、大竹さんから俺の事情を前もって聞いていたらしく、三万人が食べていける四ヶ月分の食料の食材を既に選んでおり、それらを数回にわけて販売してくれる事となった。
山田さんは俺のアイテムボックスの時間を止める能力に着目し、まだまだ普通に食べられるが、賞味期限の少ない食材なら格安で販売できると提案してきた。
更に大きさや形などの問題で、日本の市場では商品としては価値のないとされる食材を入れる事により、大幅に予算を減らすことができると熱く語っていた。
俺は山田さんの提案に乗ることによって、計算では百日で二十億だったが、実際は四ヶ月で十三億となり、七億も浮いた。
山田さん曰く、「食品廃棄物が減るうえ農家もお金が手に入る、更に大翔さんも食材が格安で手に入り、自分自身は皆に恩が売れるので万々歳だ」と笑っていた。
誰も損をしないなら、それは或る意味最高の仕事をしたことになる。
七億円浮いたので、俺はその余った七億で豚肉を買うことにした。
魔物の肉を狩りに行く時間が惜しいのと、異世界での現金を手に入れる方法を失いたくなかったからだ。
ひとまず、これで当分の食糧問題は片付いた。
次に必要なのは三万人分の住宅だが、これも大竹さんに頼むと割と簡単に手に入った。
最初はもっと時間が掛かるかと思ったが、我先にと押し付けるように沢山の住宅を譲ってくれた。
まぁ、全て廃墟だけどね。
役所の人間は融通が利かないと話に聞いていたが、意外とあっさり認めてくれた。
誰かが裏で、手を回しているとしか思えないほどの素早い対応だ。
不思議に思い話を聞くと、「このままだと、市のお金で解体費を捻出しないといけないから、助かったよ」と、凄く感謝された。
なるほど、廃墟とはいえ解体費用にはそれなりのお金が掛かるはず、それが集合団地なら億単位のお金が掛かっても不思議ではない。それらの解体費が丸々浮くなら、そりゃ喜んで譲るよな。
俺も喜び、役所も喜び、俺を紹介した大竹さんも喜び、廃墟が無くなって街の人も喜ぶ、全員が喜ぶ最高の仕事となった。
★ ★ ★
山田さんと契約を交わしてから、食料の第一弾が届いたのは三日後と予想通り早く届いた。
第一弾の食材の量は少なめで五日程度しかないが、第二弾、第三弾と量を増やしていくつもりだ。
一度に大量の食材を手に入れられたら一番良いが、実際に食材集めるとなると時間が掛かる。それ故、最初は少なめから始まり、次第に量を増やしていく苦肉の策だ。
俺とリリは、買い付けた食材を持って辺境伯領の近くにテレポートすると、そのまま領主邸まで歩いていく。
以前来た時は王都のほうから街に入ったが、今回は敢えてガードランド公国側から入ってみた。
この町はドリントと言うらしいが、ドリントの街の一部は破壊されており、ガードランド公国がドリントの街まで攻めて来たことが、ひと目で分かるほど酷かった。
街の中の広場という広場にはバラックが建てられており、大勢の人が住みついているようだが、昼過ぎなのに長い行列ができている。
行列の先まで歩いていくと、炊き出しが行われるであろうか、簡単なカマドが作られていた。
彼らは、夕食を手に入れるために昼過ぎから並んでいるのあろう、カマドの前には誰も居らず、何も準備されてなかった。
(お兄ちゃん、早く何とかしないと、みんな死んでしまうよ)
(そうだな、早く何とかしような)
(うん…… )
俺達は自然と足早になり、街の中を駆け抜けるようにしながら領主邸に向かうが、俺の足は思いがけず止まってしまう。
俺は、たぶん目の前の光景を一生忘れないだろう。
俺の目の前には、どろどろの服を身に着けた子供達が、ほんの少しの雨風が凌げる場所に大勢が固まっている。
その殆どが、十代にも満たない子供達だ。
大きめの子供達は大人達に食事を恵んで貰うため、必死に声を掛けているが誰も相手にしない。
大人も自分や家族の命を守ることに必死で、他所の子の面倒までは見れない。
子供達を見ると服の端を噛んでいる子が多いが、きっとお腹が空きすぎて何かを口にしないと耐えられないのだろう。
俺にこの子達を救えるのだろうか?
頭の中では分かっているが、実際に目の前の子供達を見ると不安で押し潰されそうになる。
(お兄ちゃん…… )
(分かっている。分かっているが、ちょっと待ってくれ)
これは、ただの偽善な行為で、実際は何も変わらないのは分かっている。
だが、この現状を目の当たりにして、見て見ぬ振りをする事だけは俺にはできない。
「ねぇ、ちょっと道を教えてくれないか?」
「どこに行くの?」
俺は、さっきから大人に声を掛けてる女の子に声を掛け、道を聞くふりをする。
女の子が近づいてくると、彼女の耳元でそっと話しかける。
「あの角で今から食べ物を配るから、他の子供達を一人ずつ呼んできなさい。良いかい、一人ずつだよ」
人目のつかない通りの隅っこを指差し、子供達を呼んでくるよう男の子に伝える。
「本当に、食べ物?」
「しー、静かにしなさい。大人たちにバレたら、奪われるかもしれない。だから、絶対に大人達にバレてはいけない。分かったら、他の子を連れてきなさい」
「うん。分かった。ありがとう」
「ゆっくり歩いて行きなさい」
「うん!」
走り出そうとした女の子は、慌ててゆっくり歩き出すと他の子供を一人ずつ連れてくる。
「良いか、大人達に見つからないように、これを食べなさい。見つかったら奪われてしまうかもしれないから、絶対に見つからないように食べるんだよ」
「うん、ありがとう」
アイテムボックスからこっそりコッペパンを取り出し、子供達に配り始める。
奪い合いが始まらないように、大人達に見つからないように、子供達に声を掛けながら、こっそりと渡す。
貰った子供には、服の中に隠して大人の居ない所で食べなさいと伝えると、誰もが言いつけを守り、何事もなかったかのように俺から離れていく。
数十名に配ったのだろうか、やがて貰いに来る子供達もいなくなると、さっきの女の子が現れた。
その子にもコッペパンをあげると、女の子は「妹達が、喜んでいた」と目に涙を溜めて、何度も頭を下げる。
たかがパン一つで泣くほど喜び、何度も頭を下げる女の子の姿に、俺の目頭にも熱いものを感じた。




