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37、覚悟。

 車をアイテムボックスに収納して、領主邸まで歩く道すがら俺が見たのものは、行き場を失い広場や路地に座り込む人々だった。


 人は何もかも失うと顔の表情まで忘れてしまうのだろうか、笑顔を無くすのは分かるが、苦しみや悲しみの表情さえも見受けられず、ただ漠然と地べたに座り込む捨てられた人形のようにも見えた。


「この辺はまだ良い方ですよ。街の反対側はもっと悲惨な状況だ」

「………… 」


 これよりも酷いって……


 ガリック様の言葉に、返す言葉が出てこない。


 何を言っても、綺麗事のように聞こえると思ったからだ。


 領主邸に辿り着き、真っ先に俺達を出迎えたのも、やはり行き場を失った大勢の人々だった。


 敷地の中には、とても数えられないが、ざっと見ても三千人以上は確実にいるだろう。


 以前、ドリッシュ帝国の公爵であるジェームズが、貴族の敷地が広いのは避難場所にもなっているからだと話していたが、まさに今見てる光景がそうだ。


 今日は晴れてるから良いが、雨が降ったら彼らはどうするのだろうか?


 幾ら何でも、こんなに大勢は屋敷の中には入れないだろう。


 勿論、それは広場や路地で座り込む人々にも言えることで、雨が降れば街は一変に地獄と化すだろう。


 不意に服を強く引かれ振り向くと、真剣な眼差しで難民達を目で追うリリの姿が目に入った。


 無意識に俺の服を引っ張ったのだろうか、彼女は俺が振り返ったことにすら気づいていない。


 ただ、少しだけ震えながら目に涙を溜め、今にも泣きそうな顔をしているだけだ。


「大翔さん、ギルバート様が御会いになるそうです」

「そうか、良かった」

「どうぞこちらへ」

「あぁ、すまない」


 俺とギルバート様の謁見の日取りを決めるため、ギルバート様に会いに行ってたガリック様が戻ってきて、今から会ってくれると伝えてきた。


 本来なら日も暮れ始めた頃に領主に会うなんて以ての外だが、今回は特例で謁見が認められたらしい。


 領民の為に特例で認めたとなると、どうやらギルバート様は本当に領民思いのようだ。


 ガリック様の案内で屋敷に入るが、想像通り大勢の人が屋敷の床に座り込んでいる。


 最悪なことに屋敷の中は空気の流れが悪く、彼らが放つ悪臭で思わず顔が歪みそうになる。


 これだけ人が多いと、満足に風呂も入れないだろう。


 これは早く何とかしないと、病人が出てもおかしくない。


 ガリック様は、人ごみを避けるようにして俺達を応接室に案内してくれるが、ハッキリ言ってどの部屋も、貴族の屋敷とは思えないほどの酷い有様だ。


「おぉ、良く来てくれた。それで、食料はなんとかなるのか?」


 部屋に入って挨拶もしないうちから食料の話をするなんて、領主として、いや貴族として有り得ない言動で失礼極まりないが、それも今の彼の切羽詰まった心境を鑑みれば致し方ない。


 失礼な言動も、一日でも早く領民を救いたいからこそ出た言葉だと思えば、プライドだけの王族や貴族より余程マシに思える。


「ギルバート様、まずは挨拶をして、それから話を進めてください」

「あっ、すまない、ガリック」

「謝る相手が違います」

「そうだな、すまなかった。ー--私はこの地を預かるギルバートだ、先程は大変失礼をした」

「いえ、とんでもないです。私は異世界雑貨店の社長をしております大翔と言います。よろしくお願いします」

「あぁ、こちらこそ、よろしく頼む」

「それから、こちらは副社長のリリです」

「リリです。よろしくお願い致します」

「ん? あ、あぁ、よろしく頼むよ」


 リリの挨拶に言葉が詰まるのは仕方がないので、敢えてスルーする。


 ギルバート様は茶髪の好青年といった感じで、年は俺と同じぐらいに見えるので、その若さで領主を務めるのは大変だと思う。


 俺とリリはギルバート様に促されソファーに座ると、彼もテーブルを挟んだ対面に座った。


「それで早速だが、どれくらい食料を手配できる」

「その前に、現状を把握したいと思いますが、今現在食料に困ってる人はどれくらい居ますか?」

「領民全てが困っているのだが…… 」

「私が聞きたいのは、完全に困っている人達の話です。ー--例えば、家や畑が焼かれた人や、夫を戦争で失ってしまった人、そのように完全に行き場を失った人達の事です」


 俺が知りたいのは、完全に困っている人達のことで、領民全ての人達のことではない。


 それには理由(わけ)があって、それをハッキリとさせておきたい。


「それを調べたとして、いったいどうするつもりなんだ」

「領主様は、全ての領民から食料を集め、それを均等に分配しようと考えているのでは御座いませんか?」

「勿論そのつもりだ。そのほうが領民全員が助かる可能性が高いからな」


 戦時中の配給制というやつだな。


 確かに食料を均等に分ければ多少量が少なくても、飢え死にする者を極力減らすことができる。


 だが、確実に飢え死にする者は現れ、酷ければ食料の奪い合いが始まる。


 そうなれば力の無い女性や子供は真っ先に暴力の餌食となり、飢えを待たずに死に至る可能性がある。


「領主様の仰る通りだと思いますが、敢えてそれを止めて頂くよう進言したいのです」

「何を言う! 食料配給を止めてしまったら、あっという間に餓死する者が現れるだろう!」

「大翔様、それは幾ら何でも無策で無謀で、それこそ死体の山を築くでしょう」


 ギルバート様は興奮して両手でテーブルを叩きつけ、ガリック様は怖い目で俺を睨みつける。


「お兄ちゃんの話を、最後まで聞いてください。その後でも、文句は言えますので、まずはお兄ちゃんの話を聞いてください」

「リリ…… 」

「さ、左様ですな。ギルバート様、ここは最後まで大翔様の話を聞きましょう」

「しかし、ガリック…… 分かった、最後まで聞くとしよう」


 リリのお陰でなんとかなったが、相手が切羽詰まってることをすっかり忘れていたよ。


 順を追って話すことを覚えないと、ダメだな。


「私が言いたいのは、完全に配給を止めるのではなく、例えば十人の食糧が六人分しか無い場合、六人分の食料を十人で分けるより、八人で分ければ確実に飢える者を少なくする事ができます」

「それはそうだが、残りの二人は確実に飢え死にするぞ」

「その二人を、私が救います」

「「えっ!」」

「それなら多少飢えても食料の奪い合い等が起こり難く、それだけでも助かる人が大勢いると思います」

「それは、そうだが…… 領民だけで十五万人はいるんだぞ。そんな事、可能なのか?」


 確かに可能かどうか分からないが、少なくとも確実に飢え死にする人を減らすことができるだろう。


 更に食料の奪い合いを防げるうえに、食料の横流しを防ぐことにも繋がる。


 全ての領民から食料を集め均等に分配しようとすると、必ず一部の人間から不満が溢れ出し、食料の奪い合いや隠れて食料の横流しをする者が現れる。


 自分自身が飢えるかもしれないのに、赤の他人のために食料を譲る事のできる聖人は、残念ながら一握りしかいない。


 まして強制的に徴収されたうえに身内に死亡者が出たら、今まで築き上げてきた領主への信頼など、簡単に吹き飛んでしまう。


 そうなれば、領主と領民の絆なんて一瞬で瓦解してしまい、怒りの矛先は全て領主に向けられ、革命が起きても不思議とは思わない。


「可能かどうか、それを私は知りたいのです。現状はどうなっているのですか?」

「ガリック、内務官を全て呼び寄せろ、それから戦死者の家族の有無を調べた書類と、焼け落ちた家屋や畑の書類が有ったはずだ。それらも全て持って来させろ。大至急だ!」

「畏まりました」

「大翔、君の言う通り全てを調べさせる。だが、前もって言うが、君は彼らをどうするつもりだ? まさか、奴隷にするつもりじゃないよな」

「勿論です。彼らは、私が設立する会社で雇いたいと思っています」

「会社で雇うって、商会で雇うということか! 凄い人数だぞ、そんな事不可能だ!」


 確かに不可能に思えるが、領主が協力してくれたらなんとななる。


 これは俺にとってもある意味チャンスなんだから、簡単には引き下がれない。


「勿論普通なら不可能ですが、領主様が協力してくれたら不可能を可能にする事ができます」

「いったい私に、何をさせるつもりだ」

「難しい話ではありません。辺境伯領で現在使っていない草原は御座いませんか?」


 俺だって聖人ではない。故に無償で彼らを救おうなどとは思わない。


 彼らには、俺の会社設立の貴重な人材として、役に立ってもらうだけだ。


「在るには在るが、魔物の出現率が高く人の住めない土地ばかりだぞ」

「それは私が何とかする。それよりも、その土地を私に無償で譲ってほしい。勿論、きちんと税金は払うつもりだ」

「つまり、土地を開拓をするという事か」

「そうなるかな」

「それなら、まったく問題ない。開拓法という法律があって、開拓した土地は全て開拓者の土地となる決まりだ。更に向こう十年は、税金を払う必要もない。行き成り税金を徴収すれば、誰も開拓などしなくなるからな」


 なるほど、そんな法律があったのか。


 しかも十年間は税金を支払う義務が無いなら、俺にとって最高の条件と言って良いだろう。


 問題は、難民の数だが……


「土地を開拓するには、それなりの資金が必要だが、それは大丈夫なのか?」

「正直に言うと、資金は少ない。だが、食料なら何とかなる。勿論人数にもよるが、絶対に何とかする。それから家屋(かおく)にしても、私に考えがあります」

「つまり金はないが、家と食料はなんとかすると言うのか」

「そうです。今は緊急事態で、誰もが生きるのに必死な状況だ。家と食料の提供だけでも、私の計画に賛同する人はいると思いますが?」

「確かに飢えて死ぬより、家と食料が手に入るのなら開拓に手を貸す者は大勢いるだろう。だが、資金が無いのにどうやって家や食料を手に入れるつもりだ」

「そこは私、いや俺を信用してほしいとしか言えないが、必ずなんとかしてみせる。俺は自分の会社の従業員を、決して不幸にはしないと約束する」

「君のことを信用したいが、金も無いのに信用しろと言われても…… 」


 あぁ、そりゃそうだ。


 現状信用できないのはお互い様で、日本円なら沢山持っているから日本で商品を買ってきますとは、相手が領主様でも俺だって簡単には言えない。


 だが俺は、ギルバート様を説得しなければならない。


 この山は途轍もなく険しくて、頂上に辿り着くことは不可能と思えるほど困難だが、登り切れば俺にとって、莫大な利益と権力を(もたら)す事になるだろう。


「失礼ですがギルバート様、貴方様にも現状を打開するだけの資金があるとは思えませんが?」

「そ、それは、その通りだが…… 」

「食料を強制的に徴収して配給制にしても、死人が出たら領内で食料の奪い合いが始まるのは赤子でも分かります。その奪い合いを力で収めようと領主様が兵を出せば、領民の不満は一気に高まり革命が起こるかもしれません」

「だが…… 」

「俺には食料を手に入れる方法も金を稼ぐ方法もありますが、百聞は一見に如かず。まずは、俺の能力を見てください」


 俺は窓を開けると、ギルバート様に難民達に広場を開けるように指示させ、アイテムボックスから取り出した数百体の魔物を、誰もいなくなった広場に積み上げた。


「あ、あれだけの魔物、いったいどこから出した! それに、あれは伝説のヘルワームか?」


 あの巨大なミミズは、ヘルワームって言うのか。地獄のミミズとは、可愛いのか恐ろしいのか変な名前だ。


「突然魔物の死体が現れたのは俺の能力だが、それは後で説明するから気にしないでくれ。それよりも、あれは全て俺が一人で狩った魔物だ。俺は魔物を狩ることを生業としているから、食料を得る方法など造作もない」

「だが、肉は取れても、それ以外の食料は…… 」

「魔物を売っても金は手に入るが、俺は別の別の方法で食料を手に入れるつもりだ。ーーーギルバート様、数日間だけ俺に時間をくれないか、そしたらギルバート様の前に大量の食料をお見せしましょう」

「ー--分かった。数日以内にある程度の食料を調達できたら、君を信用しよう」

「ありがとうございます」

「いや、礼を言うのはこっちだ。君が態々苦労を買ってまで意見を言ってくれたのに、文句ばかり言ってすまない。ただ民の事を考えれば、簡単には賛成できないのだ」

「それは、承知してます」

「今の私には情けないが、これという政策が思いつかない。ハッキリ言って、藁にも縋りたい気持ちだ。頼む、食料をなんとかしてくれ」

「承知した。そうだ、あの魔物は全て寄付しよう」

「本当か! 感謝する」


 ギルバート様が頭を深々と下げ、俺は慌てて頭を上げるように願い出た。


 領民の事を第一に考えるギルバートが収めるこの地なら、俺の能力を利用される可能性は少ないだろう。


 いや、そうじゃない。


 会社を作るということは、この地に根を下ろすと言うことだ。


 運び屋の能力を利用される事を恐れるよりも、運び屋の能力を最大限に使って大勢の人々を俺が利用するべきだ。


 それが、貴族でも、王族でもだ!


 だいたい、これだけ大勢の人を雇って生活の面倒を見ていく話をしているのに、能力を隠して失敗したら本末転倒だ。


 勿論、俺から説明するようなことは今まで通りしないが、敢えて隠すよりも、これからは堂々使ったほうが良いだろう。


 そういう時期が来たと、思うべきだ。


 それから俺とギルバート様の話し合いは夜遅くまで続き、内務官が資料を纏め終わったのは、次の日の夕方だった。



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