35、使者様。
(詳しく聞きたいから、今からそっちに行くよ)
(ありがとう御座います。こちらも準備してますので、よろしくお願いします)
ん? 準備?
(あぁ、分かった。リリに話をしてから行くよ)
(畏まりました。お待ちしてます)
「リリ、悪いが今からロンダさんの所に行ってくる」
「えっ、今から?」
「あぁ、ちょっと気になる事が起きたからな」
「ちょっと待って、リリも着替えるから」
「リリも、一緒に行くの?」
「うん。行く!」
「わ、分かった…… 」
風呂に入って寛いでいるから気を遣ったつもりなのに、睨まれてしまった……
部屋着で洗濯物を畳んでいたリリが一旦畳むことを止め、立ち上がるとクローゼットからお気に入りの服を取り出し、その場で着替えだす。
俺は慌ててリリに背中を向け、彼女の着替えが終わるのを待つ。
やはりワンルームだと限界がある。
我が家の唯一のクローゼットは、半分以上リリの服が占領するようになり、既に限界に達している。
更に今回みたいに互いが着替える時は、互いに背中を向け会うことが暗黙のルールとなっており、プライベートなど微塵もない。
プライベートの無さに男の俺でさえ居心地の悪さを覚えるのに、女のリリが平気なわけがないはずだ。
やはり、なるべく早く広い家に引っ越すべきだ。
「お兄ちゃん、準備できたよ。どう?」
「おぉ、凄く可愛いよ。さすがリリだね」
「えへへへ♡」
最近のリリは服を着替えると、必ずと言っていいほど俺に意見を聞いてくる。
一度パソコンを見ながら適当に答えた時は、凄く淋しそうな顔をしていたので、あれからは必ずリリの顔を見ながら意見を言うようにしている。
すると、今みたいにリリが笑ってくれて、俺の夕食が一品増える時がある。
最初は俺が料理の手解きをしていたが、今ではネットでクッ〇パッドや DE〇ISH KITCH〇N を参考にして、カレーしか作れない俺より遥かにレパートリーが広い。
まっ、手解きなんて言ってるが、実際は乱切りした野菜と肉をぶち込むだけの料理だったがな。
なんだかんだで最近の俺はリリに甘えっぱなしで、さっきみたいに洗濯物もリリが洗って畳んでくれる。
俺がすると言ったが、リリが嫌がってさせてくれない。
流石にパンツまで洗ってもらうのは抵抗があったが、いつの間にかリリが洗って畳んでしまった後だったので、もう気にしないことにした。
「お兄ちゃん、靴持ってきたよ」
「ありがとう。さてと、行くか」
「うん!」
小さめのレジャーシートの上で靴を履いた俺は、リリを抱きしめながら王都ガルン異世界雑貨一号店のテレポート部屋にテレポートする。
店に着き部屋の扉を開けると、いつものように扉の前にロンドさんが待ち構えていた。
慣れたとはいえ、今回はリリが着替えのために時間が少し掛かったはずが、いったいいつから扉の前で待機していたのだろうか?
お前、いつからおんねん!
関西風に突っ込みを入れたいが、絶対滑ると思うから言わないでおく。
「お待ちしておりました、御主人様にお嬢様」
「迎えてくれて、ありがとう」
「ありがとう」
「それで、早速だが話を聞こうか」
「その事ですが、丁度今、ロンバード辺境伯から使者様が参っておりますので、彼から話を聞いてください」
「ん? 使者だと? なぞ、そのような者が、今この店に居るんだ?」
もしかして、念話の後に呼んだのか? そんな時間あったか?
「いえ、そうではなく。使者様との話の際中に、大翔様に念話したのです」
また心を読みやがった!
「あっ、そういうことね」
「左様です。実は先程使者様が、この店に食料を求めて来たそうですが、彼は「今は、まとまった金は無いが、後で必ず支払うので食料を売ってほしい」と申されました。しかも、大量の食糧を譲って欲しいとのことです」
「大量の食糧を…… 」
「勿論断ろうとも思いましたが、彼の真剣な眼差しに話だけでもと思い話を聞いたところ、思いのほか酷い話で正直胸が痛みました。ー--情に流されるなんて、商売人としてどうかと思いますでしょうが、御主人様ならもしかしてと思い、念話をした次第です。勝手な事をしてしまい、誠に申し訳ございません」
ロンダさんの性格なら情に流される可能性はあると思っていたが、ちゃんと俺に相談するんだから別に情に流されているとは思わない。
それよりも大量の食糧を必要としてるということは、以前ロンドさんが話してた通りになったわけだ。
「別に謝る必要はない、それよりも使者様を待たせるのは失礼だ。早く会いに行こう」
「畏まりました。只今案内いたします」
ロンダさんの案内のもと、俺とリリはロンダさんの執務室に入っていく。
この店は雑貨店兼ロンドさんたち家族の家なので、商談する特別な部屋は最初から存在してない。
ロンドさんに不自由な思いを掛けてしまっているが、元々殆どの商品は俺が卸しているし、簡単な商談なら一階のカウンターで済ませていたから問題はなかった。
貴族の使者様が来ること自体想定してないので、先が読めてないと言えばそれまでだが、今後はいろいろな事を想定しないとダメかもしれない。
そうなると、早いとこ本社を設立したほうが良いかもな。
だが、この国にはあの国王がいるから、嫌だな……
「失礼致します、ガリック様。ー--こちらが私の主人で、この店の社長でもある大翔様と、副社長のリリ様になります。それから御主人様、この方がロンバード辺境伯領から使者として参られた、ガリック様になります」
「社長の、大翔と言います。宜しくお願いします」
「ロンバード辺境伯領で、財務官を担当しているガリックだ。こちらこそ、頼む」
「副社長のリリです。宜しくお願いします」
「お、おぉ、ガリックだ。こちらこそ、お願いする」
やはり、リリが副社長だということに戸惑うよな。十二歳だし!
俺がリリの機嫌を取るために副社長にしたけど、今更言えないよな。
「それで、お話とは」
挨拶も終わりソファーに腰を下ろした俺は、すぐに使者様の話を聞くべく切り出した。
お互い忙しい身だ、余計な話は要らないだろう。
今日は早寝して、夜中の二時過ぎには起きないといけない。
「デ◯る猫は今◯も憂鬱」が始まるからな。
リリにせがまれテレビを買ったが、やはり深夜アニメを見るなら生放送だよな。
深夜アニメ、最高!
「我らがロンバード辺境伯領と、隣国ガードランド公国の、ゼノン伯爵領との戦争の話はお聞きになっておりますか?」
ガリック様は少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「簡単な話程度なら、先程聞きました。戦争に勝ったと」
「勝ったと言うより、追い返したと言う方が正しいかと思います。結局、我らが領地での戦いとなり、家や畑は焼かれ、村々の貯蔵していた食料も全てガードランド公国に奪われました」
「………… 」
「このままの状態が続けば、確実に領民が飢え死にしてしまう。頼む、少しでも良い、食料を譲ってほしい」
話をしてる際中の彼の表情から、辺境伯領の内情が手に取るように分かる。
足元を見て、こちらのいい値で交渉しても、たぶん上手くいくただろう。
今の彼の表情は、子供でも分かるくらいバレバレだった。
交渉とは、互いの懐を隠しながら有利な条件を引き出すことが肝心だと思うが、そういう意味では今の彼は交渉人としては最低だろう。
勿論最初は交渉しようと考えていたかもしれないが、結局領地の内情をバラしてしまうようでは意味がない。
彼は商売人ではないが……
いや、それだけ切羽詰まっているという事か。
「一つ聞きたいのですが、ロンダさんのお話では、お金を後払いにしてほしいと聞きました。それだと、何かを担保して頂かないと難しいです」
「担保ですか。ー--それなら我が領主、ギルバート辺境伯様が必ず何かしらの担保を約束する事でしょう」
何かが変だ。だいだいこんな小さな雑貨店に、辺境伯の使者様が話を持ってくる事自体、普通に考えたらおかしな話だ。
お金の件も考えられない。彼は敵を追い返したと言ったが、それでも国のために命をかけて貢献したことには間違いない。
命をかけて敵を追い返した辺境伯領の領民に、国から其れ相応の食料の援助があってもおかしくないはずで、少なくとも褒美として、金銭の譲渡くらいは確実にあるはずだ。
なのにガリック様の言い方だと、国からの褒美や食料の援助が全く無いようにも聞こえる。
何か、裏があるのか?
「国からの援助はないのですか?」
「ーッ!」
今まで険しい顔をしていたガリック様だが、それでも平静を装うように気を配っていたのに、俺の言葉に彼の表情がガラッと変わった。
その顔は、怒りに満ちた顔だった。
「我らが領地、ロンバード辺境伯領は、国に裏切られ見捨てられたのです」
全身を震わせ、奥歯に力を入れた怒りの形相を隠そうともしなかったが、やがて肩の力が抜けていくと目から大量の涙が溢れ落ち、彼はその涙を拭おうともせず、静かに語った。




