34、悪。
★ ★ ★ ドルーゲ視線。
「いったい、どうなっているんだ」
俺は、怒りのあまりにテーブルを思いっきり叩いた。
こんな所に呼び出しやがって、俺はドルーゲ大商会の会頭だぞ、本当にふざけた奴らだ。
仕事も満足にこなせないくせに、口だけは一丁前だ。
俺は町外れの、クソ汚い酒場と娼館が立ち並ぶ繁華街の一角に来ている。
この辺りは強盗や殺人ばかりを生業としている地下組織、蛇骨会が仕切っている場所で、この娼館の事務所も彼らの隠れ家の一つだ。
俺がなんでこんな所に居るのかと言えば、最近俺の街、ゴーテリアに新しい店がオープンした。
その店がオープンしてからというもの、俺の店は閑古鳥が泣いばかりいる。
試しにその店に行ってみたが、高そうな化粧品を格安で販売してるうえに、めちゃくちゃ美味い酒を量り売りしてやがる。
お陰で俺の店の売り上げは、全店舗ガタ落ちだ!
頭にきてこいつらを雇い、その店を潰せと高い金を払ったのに、未だに店が開いているなんて、こいつら金だけ貰っといて一切仕事をしないつもりか。
「それが、俺達にも分かりません」
「分からんで済む話か! お前ら、俺にあの店は潰したと報告したろ。あれは、嘘だったんだな」
「そんな直ぐにバレる嘘なんか、吐くわけねぇだろ。俺達は、確かに馬車を突っ込ませたんだ。俺も、この目で見たんだから、間違いねぇ!」
「なら何故、今も店が開いている? 成功したんなら、今頃店は閉まっているはずだ」
「その通りだ。だから俺達も納得できないでいる!」
「納得できないというなら、俺だって納得できるわけないだろ」
ふざけやがって、こっちは高い金を払ってるんだ。しっかり仕事をしてもらわないと、困るんだよ。
「分かりました。もう一度、馬車を突っ込ませてやるよ」
「なんでそんな面倒な事をする。店に乗り込んで、全員殺してしまえば良いだろ」
「それはダメだ。最近近衛兵が街の中をうろついてやがる。だから殺しは最後の手段だ。ーーーそれに、一店舗だけじゃないんだろ潰すのは?」
「そうだ、全部で三つある。三店舗とも潰してくれ」
「だったら、最初は事故に見せかけたほうが後々仕事がしやすい。ーーーそれに、あの店の連中、戦闘奴隷を雇ったそうだからな。迂闊には手を出せん」
なんだと、もう対応してきたのか?
戦闘奴隷を雇う金が有るってことは、もしかして裏に貴族がいるのか?
店の経営者が女だと思って舐めていたが、考えれば店に出す品物も上等な物ばかりで、この辺では見たこともない物ばかりだ。
裏に貴族がいるなら、用心に越したことはないか……
「分かった、そうしてくれ。だが、確実に潰してくれよ。そうでないと金を払う意味がない」
「分かってるよ。だがな、今回俺達は、確実に馬車を突っ込ませたんだ。なのに、何事もなかったかのように店が開いている。まるで狐に騙されたみたいだ」
「そんな事、あるわけないだろ」
「疑う気持ちも分かりますが、実際この目で馬車が突っ込むところを見てるんでね。俺も信じられない気持ちなんですよ」
「だから何だというんだ」
「次は、是非旦那にも立ち会ってほしいんです」
立ち会えだと。ー--こいつらと一緒に店を襲ってるところを誰かに見られたら、俺の首が飛んでしまう。
だが、あの店が潰れるところを、見てみたい気もする。
どうすべきか……
「誰かに見られるのが嫌なら、変装なり隠れているなり何とでもなるだろ。ー--もし断るなら、もうやらねぇ。だが、金は絶対払って貰うからな」
「なんだと、仕事もしないくせに、金だけ払えと言うのか?」
「だから、もう一度やると言ってるだろ! てめぇが立ち会えば、問題ないわ。分かったか」
くそっ、言いたい放題言いやがって!
だが、あの店を潰すのは、こいつらにしか頼めない。
今回は、こいつらの話を聞いてやるか。
「仕方がない、次は俺も参加してやろう。まぁ、顔さえ隠せば問題ないからな」
「その通りだぜ、旦那。大丈夫、誰にもバレやしませんって」
「あぁ、そうだな」
「問題は、あいつらが警戒してる事だ。戦闘奴隷まで雇うぐらいだ、ほとぼりが冷めるまでは手を出せない」
「どれくらい待つつもりだ」
「そうだな、決行はあいつらが完全に油断する、二カ月後で宜しいですか」
油断も何も、おめぇら何もしてないじゃないか。
それなのに二ヶ月後だなんて、そんなに待ってられるか。
「そんなに待てるか! もっと早く決行しないと、金は払わん」
「チェッ、分かった。それなら、一カ月後でどうだ」
一ヶ月後でも遅すぎるが、この辺が妥当か。
こいつらと揉めても、碌な事がないからな。
「分かった。一ヶ月後だな。準備ができたら、声を掛けてくれ」
「そうするよ」
「じゃ、話が終わったなら俺は帰るが、次は嘘吐くなよ」
「チェッ、その言い方は腹立つが、分かったからさっさと帰れ」
まったく最後まで文句ばかり言いやがって、だが今度こそあの店を叩き潰してやる。
今に見てろよ、俺の店より人気のある店は、このゴーテリアには要らないんだよ。
ここは俺が支配する街だ、その街に手を出したおめぇらが悪いんだからな。
あぁ、一ヶ月後が楽しみで仕方ないや。
★ ★ ★ 大翔目線
ゴーテリア異世界雑貨一号店に、馬車が突っ込む事件が起きてから二週間が経った。
あの後、俺は直ぐにザリューム奴隷商会のローレンに相談して、戦闘用奴隷を六人購入した。
彼ら戦闘用奴隷には二人ずつパーティーを組んでもらい、各店舗に配属して普段は店を手伝ってもらい、非常時には護衛として活躍してもらうつもりだ。
戦闘用奴隷は値が張り、かなりの額のお金が飛んで行ったが、危険を未然に防げるなら安いもんだ。
勿論、店が襲われても緊急避難テレポートがある限り問題はない。だが護衛がいるだけで、孤児院の子供達も安心して働けるだろう。
今回の襲撃は、ある意味店の宣伝にもなった。
丸太を積んだ馬車が店に突っ込んだのに、死人どころか怪我人も一人も出なかったからだ。
俺の店は安全対策が万全だと宣伝になり、却って安心してお客様がくるようになった。
まさに怪我の功名といえる。
俺は、戦闘奴隷以外にも考えられる防犯対策は取るつもりで、防犯カラーボールなどは対策の一つの例となる。
犯人を捕まえない限り根本的な問題は解決してないが、取り敢えず孤児院の事は皆に任せ、俺は帝都で元商人だった借金奴隷二人を購入すると、帝都に新店舗を二軒オープンした。
店を開くためのマニュアルを、王都異世界雑貨一号店のロンダと相談しながら作り上げ、もはやチェーン店のような感覚で新しい店を立ち上げている。
多少の問題はあるが、マニュアルが有ると無いとでは全然違うので、大いに助かっている。
「ねぇ、お兄ちゃん」
「ん? どうした?」
「ザードにお屋敷貰ったのに、どうして引っ越さないの?」
ザードに途轍もない立派なお屋敷を、ジェームズから命を救ったお礼だと言われ貰ったが、電気のない屋敷は不便でしょうがない。
せめてウォシュレットでも有れば良いが、屋敷が広くてもボットントイレだけは我慢できない。
屋敷のリフォームをしようと思うが、それももう少し先の話だ。
「この家は、嫌なのか?」
「そうじゃないよ。リリ、この家好きだもん。ただ、聞いてみただけ」
あっ、もしかしてリリは、自分専用の部屋が欲しいのではないのか?
考えてみれば、リリはもうすぐ十三歳になるはずだ。その歳なら、プライベートな空間だって欲しくなるよな。
そんな簡単な事に気付かないなんて、俺もどうかしてるよ。
決めた! 家を買おう。
買うならマンションか、一戸建てだが……
リリの事を考えるなら、マンションより一戸建てだよな。それも田舎のほうが良いかもね。
いっそのこと、暖かい所にでも引っ越すか。例えば沖縄とか?
あぁ、考えたら、なんか楽しくなってきた。
「リリ、南の島にでも引っ越すか?」
「ん? 別に良い」
「あれ? リリは自分の部屋が欲しいのじゃないの?」
「別に。リリはこの部屋が好きだから、今のままで良い」
あれ? 俺の勘違い?
でも、もしかしたら俺に遠慮してる可能性もあるから、こっそり買っておくか。
沖縄、沖縄。ん? 宮古島か、海綺麗だな、まるで異世界だ。
君に決めた! 俺は誰かの決め台詞を思い浮かべながら、沖縄県宮古島に移住する計画をリリに内緒で始める。
(大翔様、ロンダです)
(ロンダさん、久しぶり)
宮古島の不動産をネットで調べていると不意に念話が入り、ロンダさんの低い声が聞こえてきた。
(お久しぶりです、大翔様。今お話ししても、宜しいのでしょうか?)
(別に良いけど、何かあった?)
(はい。どうやら戦争が始まり、既に終わったようです)
(前に話していたガードランド公国が、王国のロンバード辺境伯領に攻めてくる話か?)
(左様です。私が得た情報が古かったようで、申し訳ございません)
以前ロンダさんから聞いていたが、まさか本当に戦争になるとは……
だが終わったということは、王国が勝ったと言う事か。
(それは良いが、王国が勝ったということなのか?)
(はい。一応、王国の勝利で間違いありません)
(一応とは、どういう意味だ?)
(戦争には勝ったのですが、戦地がロンバード辺境伯領だった事もあり、辺境伯領は酷い有様のようです)
(そうなのか…… だとしたら、辺境伯領は大変だろうな)
(実はその事で、御主人様に会ってもらいたい人物がおります)
(俺に会ってもらいたい人物だと?)
(えぇ、こんな事奴隷の私が言うことでもないのですが、私を助けてくださった御主人様にお願いが御座います。彼の話を、いえ、ロンバード辺境伯領の人々を、一人でも多く助けてください)
辺境伯領の人々を救ってほしいとは、いったいどういう事だ。




