2、リリ
「ねぇ、怪我とか大丈夫?」
「えっ、あ、う、だ、大丈夫」
女の子はあたふたしながらコクコクと頷く。
あんな事があった後だから、そりゃ動揺もするか。
魔物に襲われて、三人も人が死んだんだから、動揺するなと言う方が無理がある。
実際俺自身も、かなり動揺していたが、女の子の手前かなり我慢していた。
「少し待ってて、今助けるから」
女の子にそれだけ伝えて、俺は檻の中に瞬間移動で入り、女の子に触れると、再びテレポートを使い檻の外に移動する。
テレポートは、俺自身が触っていたら、一緒に移動する事ができる。これも、ラノベと同じだ。
この子は、どうして檻の中に入っていたのだろうかと考えたが、頭には奴隷の二文字が浮かぶ。
異世界の定番で、檻の中にいたら誘拐されたか奴隷かのどちらかだ。
女の子の服を見たら、ボロボロの布切れみたいな服を着てたので、俺は奴隷じゃないかと思った。
「俺の名前は、大翔。君の名前は何ていうの?」
「名前は、リリ」
「リリの家はどこ? 送っていくよ」
「家は、ない。ーーーリリは、奴隷だから」
自分のことを奴隷だというリリは、首のチョーカーを指さした。
「それは、外れないの?」
「外そうとしたら、死んでしまいます」
悲しそうな顔で、リリが話す。
奴隷の証のチョーカーは、簡単には外れないようになっているようだ。
ラノベでもあったが、主人の言いなりにするための魔導具なのだろう。
俺は試しにアイテムボックスを使ってみる。
チョーカーはアイテムボックスに収納できた。
やっぱ、めちゃめちゃ便利だよなアイテムボックス。一度使うと、もう元に戻れないような気がするわ、俺。
「はい、これで自由だよ。どこか、行く所はある?」
「ない」
「俺と一緒に来る?」
「うん」
テレポートを使い、日本の自宅に移動する。
いきなり使ったテレポートと、見た事もない場所にリリは動揺するが、俺は冷蔵庫からオレンジジュースをコップに入れると、一人用のテーブルの上に置いてリリーに勧める。
「美味しいから飲んでごらん」
俺に言われ、リリは少しだけ飲むと、慌てたように 一気に飲み干した。
「こんなに美味しの、初めて飲んだ」
「それは良かった、カップ麺も食べるか」
「?」
お湯を沸かし二人分のカップ麺を作ると、俺は箸で食べ、リリにはフォークを勧める。
リリは、食べ始めたと思ったら、あっという間に食べきった。
「もっと食べる?」
「うん…… 」
遠慮がちに返事をするリリに、もう一つカップ麺を作った。
暫くリリと話して分かったことは、彼女は十二歳らしいが、どう見ても小学三年生ぐらいにしか見えない。
たぶん奴隷としての食事事情によるものだと思うが、深くは追求しなかった。
シャワーの使い方を教え、リリが風呂に入っている間に今後のことを考える。
このまま日本で面倒見るわけにもいかないし、かといってあの世界に一人きりにするわけにはいかない。
日本で生活するにしても、リリは戸籍もないし異世界の常識が通用しない分、余計に大変な生活を強いてしまうかもしれない。
それなら常識が分かる分だけ、異世界の生活がリリには良いかもしれない。
やはり向こうで、俺が一緒に生活したほうが一番いいのか……
まっ、いつでも戻って来れるし、しばらくあっちの生活を楽しんでみようかな。
決断したら早いのが俺の良いところで、俺はすぐに会社に電話して会社を辞めた。
突然辞めるのは失礼かと考えたが、リリを一人にすることはできないから、やむを得ず電話で辞めることにした。
会社に勤めなくても、テレポートとアイテムボックスがあれば、後悔することはない。
リリが風呂から上がって来るのを待って、今後の話をした。リリは、すごく喜んでくれて、仕事は冒険者ギルドで探せると教えてくれた。
ちなみに、国の名前はバスタアニア王国で、街の名前は王都ガルンと言うらしい。
二人で異世界にテレポートすると、冒険者ギルドを探す。
幸い、冒険者ギルドと書いてある建物を直ぐに見つけることができた。
金を稼ぐために、俺は冒険者ギルドの扉を開ける。
冒険者ギルドは石造りの建物で、内装も外と同様に石がむき出しで、所々に木材が使われている簡素な作りだ。
「ギルドの登録はこちらで良いですか」
「えぇ、大丈夫ですよ…… 」
俺の服とリリの服を見て、受付の女性は不審人物でも見つけたような顔をする。
「この子とは、どういった関係ですか?」
そりゃ、聞くよね。
二六歳の成人男性が、小学三年生ぐらいのボロボロの服を着た女の子を連れ回しているのだから、聞かないほうが或る意味怖い。
当然聞かれるだろうと思っていたので、考えた言葉を口にする。
「この町に来る前に、彼女と彼女の両親が野盗に襲われていて、なんとか彼女だけでも助けたのですが、残念ながら両親は…… 」
「そうですか、それは失礼しました」
「これも何かの縁ですし、身内が見つかるまでは、俺が面倒見ようかと思っています」
「そうなの?」
「うん。リリ、お兄ちゃんに助けられて良かった」
リリの満面の笑みに、受付の女性も思わず顔が綻んだ。
「確か、登録手続きでしたね」
「はい、お願いします」
「分かりました。では、こちらの水晶に手を翳してください、犯罪歴の確認しますので」
おっ、異世界御用達の謎の水晶かな?
俺は、言われたとおりに水晶に手を翳す。
「はい、犯罪歴は無いですね。では、此方に血判をお願いします」
そう言うと受付の女性は免許証くらいのカードと、先の尖ったナイフを俺に手渡した。
これって、消毒とかしなくても大丈夫かなと、戸惑いながらも俺は思いっきって人差し指の腹をナイフで刺した。
血が飛び出しめちゃめちゃ痛いが、我慢してカードに押し当てる。
「これで良いですか?」
「はい、確認しますね」
暫く受付の女性はカードを見ていたが、ニコッとしながら「大丈夫です」とカードを渡してくれた。
これで終わりとは、異世界の謎技術には感心するばかりだ。
登録を終えると、俺はリリを連れて掲示板に足を運び、沢山の依頼書の中から丸太運搬業務と書かれた依頼書を剥がし、再び受付に向かう。
丸太運搬業務の依頼を選んだのは、単純にアイテムボックスが使えそうだからだ。
「この依頼を受けるのですか?」
「はい、お願いします」
「肉体労働ですが、本当に大丈夫ですか?」
受付の女性は、俺の身体を何度も見ながら心配そうに聞いてくる。
確かに俺はリーマンだから華奢な体をしてるが、アイテムボックスがある以上関係ないと思っている。
「大丈夫です。こう見えて、結構自信ありますので」
そう言って右腕の力こぶを見せるが、全然出てなくて女性は苦笑いをしている。
俺は依頼書を受け取り、リリを連れて依頼書に書かれた場所に行く。
町外れの川沿いにあるその場所は、川から運ばれてきた丸太を一時的に置く場所なのだろうか、広大な敷地には丸太が山のように積まれていた。
「すいません、冒険者ギルドから来ました」
建物を見つけたので、中に入り男の人に声をかける。子供連れに一瞬変な顔をしたが、それ以上は追求してこなかったので、胸を撫で下ろす。
「もしかして、丸太運搬か?」
「はい、それです」
「大丈夫か、その体で。結構しんどいぞ」
「大丈夫です」
「分かった。ーーーこっちだ、付いて来い」
男に案内され、移動してはしい丸太が沢山有るところに連れて行かれる。
「馬車は持参してないのか」
「持参しないとダメですか」
「別に良いが、こちらで馬車を準備したら、当然貸し出し料を頂くからな」
「貸し出し料?」
「ギルドの依頼料の半分が、馬車と馬の貸し出し料になるが、良いのか?」
「大丈夫です。ただ、丸太は幾らでも運んで良いですよね」
アイテムボックスを使うので馬車や馬を借りる必要はないが、説明が面倒なので敢えて馬車の話には触れなかった。
アイテムボックスを使ったら、説明しなくても良いよね。
「勿論だ、運んだ分だけ儲けが増えるから、頑張れ」
「ありがとう」
男にお礼を述べ、移動しても良い丸太を全部アイテムボックスに収納した。
突然消えた丸太に、男とリリは口を開けたまま驚いていた。