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22、バイト。時給8000万円

 慌てて屋上まで来たのだろうか、俺を迎えに来た男性は必死で息を整えている。


 荒唐無稽の話をする俺の事を、信用してほしいと言っても土台無理な話だが、ある程度筋が通れば、信用しなくても気になるのが人間という生き物だ。


 後は背中を押してやれば良い。そう、証明すれば良いだけだ。


 俺が、特殊な人材だという事をな!


 警戒感を露わにする男の前で、俺はテレポートを使い一瞬で彼の後ろに移動して声をかける。


「そんなに警戒しなくても、大丈夫だよ」

「うわぁああ!」


 突然目の前の男が一瞬で消えたと思ったら、後ろから声を掛けてくる。ある意味ホラー映画を彷彿させる俺の行動に、驚いた男は思いっきり尻もちをついた。


「大丈夫ですか?」


 男に手を差し出し、起き上がる手伝いをしようとするが、顔を真っ青にした男は俺の手を拒絶する。


 余計警戒されたかもしれないが、俺が特殊な人材だという事は証明されたはずだ。


「あぁ、大丈夫だが、お前はいったい…… 」

「俺か、俺はこの会社を助けに来ただけだ」

「い、いったい、何を言っているんだ」

「ニュースを見ろ、流出した原油が消えたと大騒ぎしているはずだ。あれは俺の仕業で、お前も今さっき不思議な体験をしたはずだ」


 俺の言葉に男は少し考えたが、やがて誰かに電話すると、そのまま会議室に案内してくれた。


 会議室に着くまでの間、大勢の人が俺の姿を確認しに来たが、物珍しいものを見に来ただけで、俺に話しかけてくる人は一人もいない。


 まるでパンダにでもなった気分だ。


 会議室に着くと、部屋の中にはスーツを着た男女が大勢いて、目出し帽を被った俺の話をコソコソとしている。


 まっ、こんな格好の人が現れたら、誰だって陰でコソコソ言うような。


 いや、普通なら警察に通報されていても、おかしくない。


「君が、あの原油を全て消したと言うのか?」


 大勢の中心にいた白髪の男が、俺に声を掛けてきた。


 会社の重役なのか分からないが、少なくとも会社の幹部であることは間違いないだろう。


「あぁ、俺が消したというか、俺が手に入れたと言ったほうが良いだろう」

「手に入れた? それは、あの原油を君が持っていると言うことなのか?」

「そうだ。だがその話は、社長と二人きりになってからだ。ー--こんなに大勢の人がいたら、話もできない」


 いくら何でも多すぎるだろ! 警戒する気持ちは分かるが、俺は見世物じゃないぞ。


 結構大きめの会議室に、ざっと見ても五十人を超える人がいる。その全ての瞳が俺に集まるなんて、コミュ障じゃなくても恥ずかしくて何も言えなくなる。


「すまないが、君の話を全て信用するわけにはいかないし、流石に社長と二人きりにすることはできない。話し合いは、代表取締役を含めた、我々役員十人の参加を認めてもらいたい」


 まっ、そりゃそうか。


 こんな目出し帽の男なんて、簡単には信用しないよな。


「良いだろう」

「ありがとう。ー--ほら、悪いけど皆出て行ってくれ」


 役員の一人の掛け声で、その場にいた大勢の人が部屋から出て行く。


 残った社長を含めた十一人と、俺はテレビで見るような大きなテーブルを挟んで座る。


「それで、手に入れたと言ったが、それを証明する事はできるのか?」

「これを見てくれ」


 俺は、ここにいる誰もが見ているテーブルを、アイテムボックスに収納する。


「おぉ、なんだこれは!」

「おいおい、これは手品か何かか!」

「信じられない! 一瞬で消えたぞ!」

「有り得ない! ダメだ、俺には理解できない」

「これで信じてくれたかな? これが俺の能力の一つだ」

「「「「………… 」」」」


 百聞は一見に如かず、口でいろいろ語るよりも、見てもらったほうが理解も早く済む。


 実際、最初は驚いていた面々も、暫くすると落ち着きを取り戻し、俺の話を聞く準備ができたように見える。


「その、テーブルは元に戻すことはできるのか?」

「あぁ、できる。皆さん少し離れてくれれば、すぐにでも元に戻そう」


 俺の言葉に少しだけガヤガヤと話をしていたが、やがて誰もが一定の空間を開けてくれたので、俺はアイテムボックスからテーブルを取り出した。


 今度はテーブルが突然現れた事に、誰もが驚き恐る恐るテーブルを触っている。


「これで信用してくれたかな?」

「あぁ、一先ず信用しよう。それで、原油を我々に返してくれるのか?」

「それは、値段しだいだ」

「あれは、俺達の原油だ。値段次第とは、泥棒と一緒じゃないか!」

「そうだ、俺たちの原油だ、返してくれ」

「煩い、少し黙ってくれ。ー--悪いな、話の分からない者が多くて。勿論、買い取らしてもらう」

「代表、どうしてお金を払うのですか? あれは…… 」

「いい加減にしろ! 考えてもみろ、あのまま原油が海に流れ出れば、原油をすべて失うだけじゃなく、使えなくなった原油の回収にも莫大なお金がかかるんだぞ。更に海洋汚染による損害賠償を、近隣の国から請求されたら、いったい幾ら払えば良いと思っている。ーーーその事を考えたら、倍の値段を払っても安いぐらいだ」


 やはりさっきの男は代表取締役、社長だったのか。


 社長の言う通りで、一度海に流出した原油は固まってしまい、使い物にならない。そのうえ海流に乗った原油の回収は、途轍もなく困難で簡単には回収できない。


 更に海洋汚染は生物の生態に影響を与えるため、エビや貝、魚などの養殖関係に致命的な打撃を与える。


 環境保護団体からは突き上げを食らうだろうし、今後の会社のイメージもガタ落ちとなり、回復にはかなりの時間と莫大な金額が必要となってくる。


 たとえ保険会社が支払ったとしても、免責がある以上全額を保険会社が支払う事は有り得ないし、まして原油の回収費用なんて支払うはずがない。


 一歩間違えれば、会社が傾いても良いほどの損失を被ることになるから、社長の言う通り、倍のお金を払っても安くつくはずだ。


「すまない、目先の事ばかり考える者が多くて」

「別に良い、それで買ってくれるのか?」

「勿論だ。倍の値段で買おう」

「分かった。それなら、サービスとしてタンカーも移動してやっても良い」

「タンカーも、って、VLCCタンカー三十万トン級だぞ。大きさは東京タワーと同じで、三百三十メートルも在るんだ! それを、さっきみたいに消すことができるのか?」

「勿論だ、消した後で、お宅らの好きな所に出現させる事も可能だ」

「「「「おぉー!」」」」


 下手したら原油の値段よりも高くつくタンカーを、俺がサービスで回収してあげるんだ、そりゃ歓声も上がるよな。


 まっ、俺にも考えがあるけど。


「本当に、無料で回収してくれるのか」

「あぁ、勿論だ。約束は必ず守る。その代わり」

「その代わり…… 」

「俺の素性を一部の人に教えるが、それ以外には秘密にしてくれ。それと、俺の能力が使えると判断したら、悪いが俺に仕事をくれ」

「仕事? それは、もしかしてタンカーの代わりに、君を使ってほしいと言うことか?」

「代わりとまでは言わないが、俺もバイト感覚で大金を手に入れたいと思っている。だから俺が気が向いた時に、タンカーで運ぶ70%の値段で運んでやろう」


 俺の言葉に、役員達はガヤガヤと話し合いを始めた。


 勿論、結論は最初から決まっているはずだ。


 タンカーでの輸送は、航路によって海賊に襲われる心配もあるし、台風が接近すれば大きな迂回を余儀なくする。


 だいたいタンカーが一往復すると、億単位の輸送費が掛かるわけで、それが迂回するだけだとしても、莫大な費用が必要なことは明らかで、経営者は想像するだけで頭が痛くなるだろう。


「分かった、タンカーの移動を確認できたら、君に仕事を頼むことも約束しよう」

「ありがとう」

「いや、これは我々も儲かる話だ。だから、タンカーを頼む」


 言葉を終えると社長は頭を下げ、それを見ていた役員達も全員が頭を下げた。


 数日後、俺は社長が指定した場所にアイテムボックスからタンカーを取り出すと、更に原油を指定された原油タンクに入れる。


 全ての作業が終了したとき、俺は三百四十億円を手に入れた。

 

 そして、これからも俺の手が空いた時に、原油を入れたタンカーを八千万円で中東から日本にテレポートして欲しいと頼まれた。


 信じられないほどの莫大な金を手に入れた俺は、更に時給八千万円の割の良いバイトを見つけてしまい、本格的に異世界での商売が楽しくなってきた。



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