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擬態

 東側のトンネル内の様子も西側と同じで、そこにゼットの求めるようなものがあるとは思えなかったが、少し進むと床にいくつかの穴が掘られていた。


 穴の周囲には、ツルハシやスコップ、ハンマーとたがねといった穴を掘るための道具が並んでいる。


「どうやら埋まっている何かを探しているようね」


「落とし穴ではないわね」


 ルミルが真面目に言うので、ホワイトが驚く。……やはり彼女は天然だ。何を落として摑まえる可能性を考えたというのだろう?


 大きな穴の中を覗くと、少しだけ溶けた機械や瓶のようなものがころがっていた。底の方は、上部ほど熱の影響を受けていないのだろう。


「瞬間的な熱で表面だけ固まったのね」


 ホワイトは、穴の一つ一つに明かりを向けて確認した。これといって怪しい物はない。


「掘り出したものを売っているのかもしれないわね」


 ホワイトは常識的な推測をする。


「ここに埋まっているのだとしたら、たった20年前の遺物でしょ。古代の遺物のように高値で売れることはないと思うけど」


 ルミルは穴の底から自分の周囲に視線を移した。穴の周囲にあるのは工具や土くればかりで、ゼットが掘り出した宝物らしきものはない。


「埋まっているとしたら、どんなものがあると思います?」


 2人は、ゼットの行動を想像しながら出口に向かう。


「ファントム・テロの遺物だとしたら、武器じゃないかしら。でも、一度高熱にさらされた武器が役に立つとは思えない」


「価値があるとしたら、テロを記録した証拠のようなものかもしれませんね。それならば、学術的な意味があります。たった20年前の事なのに、ファントム・テロの背景は不明なことが多いですから」


 大空洞の中は瓦礫に触れないように、注意深く歩いた。


 地上に出てみると、空き地は武装警察によって包囲されていた。


「警察が、何をしているのかしら?」


 警官たちは敷地には入らずに遠巻きにし、状況を見守っているようだった。


「ゼットの居所が分からないから警戒しているようね」


「ママが、警察に通報したのね。ひどいわ」


 ルミルは唇をかんだ。


「ゼットはシンゴさんを破壊したのですから、警察に追われるのは仕方がありません。それが社会のルールです。それよりも社長は、ルミルさんのことが心配なのですよ。黙って家を抜け出してしまうから……」


「私が悪いの?」


「ルミルさんがゼットと話をしたかった気持ちも分かります。杏里社長がルミルさんを心配する気持ちも分かります。警察がここを包囲しているということは、ゼットはつかまっていないはず。とにかく、ここを離れましょう」


 2人はドローンに乗ると、一気に高度を上げる。


 敷地周辺に数十名の人間とヒューマノイドの警察官が配置されているのが見下ろせた。空を見上げる警官の顔が小さくなる。


§


「まったく、金持ちのお嬢様たちときたらのんきなものだぜ」


 警察官たちは、飛び去る2人をただ見送った。与えられた任務は、ゼットとその仲間のファントムを逮捕することで、それ以外の人間には手を出さないように命じられていた。


§


 ホワイトはルミルを先導して杏里に届けるつもりだった。が、空に上って1分もせずにウエアラブル端末から彼女の声がした。


『ゼットの家が危ないわ』


「家にも行ったの?」


 ルミルがゼットの家を訪ねたとすれば、シンゴさんのメモリーにその場所が記録されている。杏里はその場所も警察に教えているだろう。


『中には入っていないけど、玄関までは行ったのよ。そこでゼットに声を掛けられたの』


「彼なら大丈夫ですよ。何とか逃げるでしょう」


 面倒な事態は避けて、我がまま娘を自宅に送り届けようと思った。


『無理よ。多勢に無勢というじゃない』


 やれやれ、とホワイトは嘆息した。固執しだしたら、ルミルは納得するまで意見を変えることがないとわかっている。


「わかりました。では、そこへ行ってみましょう。場所は覚えていますか?」


『ええ。……ゼット、捕まったらどうなるの?』


 彼女のドローンが前に出て、向きを変えた。ホワイトは、ルミルのドローンを追尾するようにオートパイロットシステムに命じた。


「不法移民なら強制送還だけど……」


 ホワイトは、そこで言葉を止めた。日本には異種族の権利を認める法律も裁く法律も整備されていない。国内に異種族が住んでいないのをいいことに、日本の法整備は遅れている。というより、日本政府は、法整備を遅らせることで異種族の移住を許さない理由にしているところがあり、それを国民も支持している。そんなことを、高校生のルミルに話しても理解できないだろう。第一、ゼットに本国というものがあるのだろうか?……それがわからないから、捕まったゼットがどうなるのかも見当つかなかった。


 ホワイトたちは、数分でゼットの住む公営住宅が見える場所に着いた。そのアパートも人間とロボットで編成された武装警察に包囲されている。その外側を警官の十倍以上の数の住人が、野次馬と化して取り囲んでいた。目立つエンジェル団の姿はなかったが、超悪魔団の青い髪の男が建物の陰で様子をうかがっているのが見えた。


2人は離れた広場でドローンを降りると、それを近くのアパートの屋根の上に停めて、ゼットの家に歩いて向かう。


「何があったのですか?」


 ホワイトは野次馬の数人に状況を聞いた。


「さあ?」「落書きした奴がいるらしいぞ」「殺人犯がいると聞いたぞ」


 彼らが正確な情報を持っているはずがなかった。するとルミルが口の軽そうな若い警察官を探して声をかけた。


「民間人は下がって……」


 彼は相手にしなかったが、ルミルがSET社の社長令嬢だと証明するデジタルデータをその警察官に送ると、彼の態度が豹変した。


「……不法入国者がいるというので包囲しているのです。お嬢さん、危険ですから近づかないでくださいよ」


 彼が丁寧に説明してくれた。


「あのアパートの中にいるの?」


「そうです。親子で潜伏しているようです」


「警官隊は、見ているだけなの?」


 若い警察官は非難されたと誤解して苦々し気な表情を作った。


「しばらく手を出すなという命令なのです。今、投降を促すネゴシエーターが向かっているところです」


 十分な情報が得られた。ホワイトはそう考えて、ルミルを連れて人ごみを離れた。ルミルが後悔に打ちひしがれていた。


「ゼット、私のために、捕まってしまうわ。ホワイト先生、なんとかならないかしら?」


 彼女の潤んだ瞳に見つめられると、ホワイトの胸まで痛んだ。


「仕方がありませんね。それほど心配ならば助け出しましょう」


 ルミルを励ますためにそう言った。


 不法移民を守ることなどSET社の権力を利用すれば簡単なことだと思ったが、それでは母親に借りを作りたくないルミルが納得しないだろう。杏里社長を敵と狙うゼットも反発するかもしれない。ホワイトは、ルミル自身に行動させるのがベターだと判断した。


「ルミル、お金を持っている?」


 ホワイトは自分のバッグから現金を取り出した。硬貨や小額紙幣も入れれば10万円と少しあった。それをルミルの手に乗せると、彼女が首を傾げた。


「お金が要るなら大丈夫よ。クレジットチップがあるから1千万ぐらいなら……」


 ホワイトは彼女の唇に手を当てて制した。


「ゼット救出作戦は、古代中国の三国志にもある古典的なものなの。クレジットや電子マネーではダメ。現金を持っているなら、ルミルも出して」


「三国志? なんだか分からないけど、すごい。わくわくするわ」


 ついさっきまで落ち込んでいたルミルが喜び、自分のポシェットを探った。


「あー、ダメだ。この前、ジェイにあげてしまったから……」


「ジェイ?」


「スラム街のギャングよ。赤い髪なの……」


 彼女がなおも話を続けようとするので、ホワイトは制した。


「ゼットを助けたいのでしょ。時間がないわ。それから、これから見ることは、誰にも話してはいけませんよ」


 そう釘を刺してホワイトは物陰に隠れて衣服を脱ぎ始めた。


§


「先生、何をするの?」


 ルミルは驚いた。まさかスラム街の真ん中で洋服を脱ぐなんて、とても信じられない。


 洋服を脱ぎ終えたホワイトが、皮膚の切れ込みの中に手を入れてジェル状のパッドを取り出した。それまで豊満に見えた乳房が平らになった。


「すごい。……上げ底!」


 ルミルが声をあげると彼女に睨まれた。


 ホワイトが脱いだ洋服をたたんでパッドを取り出した胸元に押し込んだ。それで彼女が裸ではないと思った。全身タイツなのかもしれない。その証拠に彼女の胸には乳首がないし、腹にはヘソもない。


 しかし、首周りや袖口、腰回りにも身体とアンダーウエアとの境目が見当たらず、洋服を押し込んだ場所もよく判別できなかった。


「これは入らないから持っていてもらえるかな」


 ホワイトに指し出された靴をルミルは受け取った。


「ホワイト先生のアンダーウエアは素敵ね。体に完全にフィットしているわ」


「アンダーウエアではないのですよ」


 言ったかと思うと、突然、ルミルの目の前からホワイトの姿が消えた。


「え?」


 ルミルは顔に手をやり、眼をこする。その手を、冷たい手が握った。ルミルの身体が硬直した。


「私よ。安心して」


 姿が見えなくても、声はいつもの優しいホワイトのものだった。


「透明人間なの?」


「違うわ。擬態ぎたいよ。身体に背景を映しているだけ。カメレオンみたいなものよ」


「すごい!」


「すごくはないのよ。足元を見てごらんなさい」


 地面には2人分の影がある。


「影までは誤魔化せないのよ。20年以上前に開発された技術だから。おそらく、大空洞の幽霊の正体はゼットの擬態だと思う。屋内なら影は目立たないから。そんなことより急ぎましょう。万が一にも、ゼットが破れかぶれになって飛び出したら大変だわ。ルミル、私の言ったとおりにするのよ」


 ヒソヒソと、ホワイトが計画を話した。


「わかったわ」


 ルミルがうなずくと、隣にあったホワイトの気配が消えた。


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