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乗っ取られた高層ビル

 猫の姿の朱雀と青龍は、インフェルヌスの研究所の出入り口で白虎を待っていた。時折、出入口を監視する特殊部隊員の視線を感じる。そのたびに朱雀は「ニャァ」と鳴いてからかった。


 杏里から指示を受けた白虎と玄武がやって来る。浜村の正式要請があったので、彼女たちは出入り口で止められることがなかった。特殊部隊員が玄武の豊満な胸に目をやって鼻の下を伸ばしている隙に、朱雀と青龍は外に出た。猫の姿に変わった温室の陰まで走ると、ナノマシンの山を見つけて人型に戻った。


『風でナノマシンが飛ばされなくって良かったよ』


 青龍が言った。


『私が飛ばされるような場所で姿を変えたと思うの?』


『それほどドジっ子じゃないか』


 彼が笑った。


 朱雀は急いで建物内に戻った。のんびりしていたら、白虎に叱られそうだ。早くオクトマンを捜して保護しなければならない。寝室のクローゼットで感じた気配がそれかもしれなかった。


 聖獣戦隊は階段の登り口で集合した。


『みんなはここで待っていて。警官が来たら、私がトイレに行っていると言ってね』


 そう話して2階に上がろうとすると、プッと青龍が吹いた。白虎は違った。


『冗談を言っている場合じゃないのよ』


『ハイハイ、白虎ったら、自立モードでもお姉さまと同じね』


 白虎に叱られるのは、生身の姉に叱られるよりハートに応えた。それで皮肉を返した。


『朱雀と青龍は2階のエクスパーじゃを確認して来て。私と玄武は地下工場に先行します』


 白虎が仕切り、さっさと事務室へ向かう。まるで本物の姉のようだ、とつくづく感心してしまう。


 朱雀は、やれやれと思いながら階段を上った。青龍が、向日葵は杏里に頭が上がらないのだな、と言って笑った。


『仕方ないでしょ』


 杏里が上で向日葵が下であることは生まれた時に決定づけられている。そうして育った魂には逆らえないのだ、と思った。


 ファントムの気配があった寝室に入る。そこのウオークインクローゼットの中に、わずかだが生き物の気配があった。


「そこにいるのはオクトマンなの? 私は杏里の代理のものです。開けますよ」


 朱雀は小声で言い、ドアを開けた。中は寝室の半分ほどの広さがあり、大量の衣類の他にスーツケースや段ボール箱が並んでいて、箱の陰に、さらに小さな隠し部屋があって、子供を抱いたレディー・ミラがいた。


 朱雀を見ると子供は牙をむいたが、レディー・ミラは朱雀に向かって拝むように手を合わせた。


「安心してください。私たちはあなたたちを助けたい。ただ、警察が言うことを聞いてくれなくて。……オクトマン、ではないですね?」


「レディー・ミラといいます」


 話の通じる相手らしい。……朱雀はホッとした。同時に『寝室にいたのはオクトマンの仲間の女性と子供だったわ』と白虎と玄武に伝えた。


「もうしばらく、ここに隠れていてください。あとで迎えに来ます。大丈夫ですね?」


「はい。オクトマンが、杏里さんは信用できると言っていました」


「そう、良かった。……じゃあ、後ほど」


 こんな事態でも、彼女は杏里を信じると言った。その信頼はどこから生まれたのだろう?……朱雀は、株主総会での姉とオクトマンのやり取りを思い出しながら、寝室を後にした。


『あのちっこいの、廃工場にいたやつだよな』


 青龍が言う。あの時、母親とベビー・ファントムが溶けたのを思い出し、向日葵は気分が悪くなった。あんな子供まで殺したかと思うと自分が嫌になる。


『その話は止めて』


 朱雀は足を速めた。


 2人は地下に下りた。そこの製薬工場は稼働していて、数人の社員が機械の調整をしていた。


「どうもー、お邪魔しまーす」


 朱雀は普段以上に愛嬌を振りまいた。そうやって嫌な記憶をぬぐった。


 先に白虎たちが来ていたからだろう。朱雀と青龍を見ても驚く者はなかった。


『ここにはいなかったわ』


 工場内は白虎と玄武が確認していて、オクトマンの気配はないという。


『外に続いていたのがオクトマンの足跡であることには間違いないようです』


 警視庁のデータを覗き見た玄武の声に従って、聖獣戦隊は工場を出て廃駅に出た。薄明かりの中、視覚センサーの感度を最大にする。


『東京の地下は、まさにラビリンスだね。朽ち果てた廃駅にリニア、調圧水槽、製薬工場に商店街。何でもアリだ。亡霊やモンスターが生まれても不思議じゃないよ』


 青龍が感心するのを白虎は無視して、地面の足跡を追った。それは靴跡というよりわだちのようだ。


 車両の走らない線路は、すぐに本線に合流していた。そこで白虎が足を止めた。


『おかしいわね』


『なにが?』


 朱雀にはピンとこない。


『警官たちの向かった方向と逆方向に、沢山の足跡がある』


 白虎は振り返り、光の届かないトンネルの先を見つめた。


『裸足のものもありますね。オーヴァルのものではないでしょうか?』


 玄武が応じた。


 朱雀は、足跡がどこに向かっているのかを考えた。地下鉄の駅は多く、出入り口はそれ以上に多い。


『見えないファントムを追うか、危険なオーヴァルを追うか、どうする?』


 青龍が白虎に決断を迫る。


『二手に分かれよう』


 朱雀が提案した。白虎と別行動したいというのが本音だった。


『却下。別れてオーヴァルと遭遇したら、即全滅だ』


 同意してくれるだろうと考えていた青龍に否定されて驚いた。が、冷静に考えれば、彼の判断が正しいと思う。


『青龍の言う通りよ。まず、オクトマンを保護しましょう。彼には、世界中のエクスパージャーたちとの仲介役になってもらわなければならないから』


『決まったわ。前進ね』


 玄武が言うより早く、白虎は線路に沿って走り出した。


『走ったら、足音の反響でオクトマンの息遣いが分からないわよ』


 白虎ったら、壊れちゃったのかしら?……考えながら朱雀は追った。


『私たちに気づいたら、オクトマンは姿を現してくれると思うわ』と白虎の声。


 なるほど。姉はオクトマンを理解している。……向日葵は、杏里とオクトマンの関係に少なからず嫉妬を覚えた。


§


 スマートエネルギーテクノ社、社長室の電話が鳴った。


「オクトマンという方からです」


 取り次いだ秘書の姫川ひめかわの言葉に杏里は驚いた。誰かの悪戯か、と猜疑心が走った。


「もしもし……」


『私だ。何をしている』


 それは紛れもないオクトマンの抗議の声だった。


「何を、って。……警察が研究所を襲撃したと聞いて、あなたを探していたのよ。地下鉄トンネルには、聖獣戦隊チームもいます。彼女らに保護を求めてください。今、どこにいるのですか?」


『私のことはいい。オーヴァルが大東西製薬ビル内で虐殺を繰り広げているぞ。同朋の身を守るつもりはないのか?』


「まさか……」


 ウエアラブル端末のニュースを検索する。そこに、オクトマンが言うようなものはなかった。


『私のことは心配するな。ひと仕事すんだらSETに顔を出す』


 オクトマンの電話はそれで切れた。


 杏里は浜村に連絡を入れた。彼も大東西製薬ビルが襲われているとは知らなかった。


『デマではないのかね?』


「私も半信半疑です」


『聖獣戦隊からの連絡なのか?』


「彼女たちは地下鉄トンネル内です。連絡は、オクトマンからです」


『オクトマン! ファントムか?』


「はい、私のところに電話が……」


だまされているのではないのか?』


 彼の声に猜疑の色が宿る。騙すから、騙されているのかもしれないと感じるのだ。杏里はそう感じた。


「私を騙すメリットがありません。とにかく、近くにいる自衛隊を派遣してください。くれぐれも縄張り争いで出動が遅れることがないようにお願いします」


 釘を刺すことも忘れなかった。


『年寄りをいじめないでくれ』


「策略をもてあそぶご老人に同情はしません」


 ピシャリと言って電話を切ると地下駐車場に降りた。


 コンテナトラックに足を運ぶ。シンゴさんがいた。先に杏里に下ろされた状態でトラックの外に待機したままだ。リンクボールに入って白虎の得た情報を確認したかったが、裸になってそれに出入りする時間が惜しかった。彼の横をすり抜け助手席に乗り込んだ。


「大東西製薬ビルでオーヴァルが暴れている。みんなを大至急、ビルに向かわせて!」


 アキナに頼み、今、自分がなすべきことを考えた。


 やっぱリ政府を動かさないと。……オクトマンを交えた会談に河上総理を引きずり出してエクスパージャーとの協定を結び、オーヴァルの活動に歯止めをかける必要がある、と思った。平和交渉が遅れるのに比例して、世界中で流れる血が増えるのは明らかだ。


「降りてくるのが大変だから、次からは電話するわね」


 アキナに自分のウエアラブル端末を渡してトラックを降りた。


「シンゴさん。ずっと待たせて、ごめんなさいね」


 そこに立っていたシンゴさんに詫びるとシンゴさんは笑った。


「いいえ。ワシなら大丈夫ですじゃ」


 その穏やかな声に、杏里は生き返る思いだった。


「また来るわね」


 そう声をかけて社長室に向かう。


§


『なんだって!』


 地下鉄のトンネル内を移動していた聖獣戦隊は、アキナからの連絡を受けて同様の声を上げた。


『ビルへ、急ぎましょう』


 慌ててトンネルを引き返す。


『オーヴァルが大東西製薬ビルに侵入したことをオクトマンが知っているということは、オクトマンもその近辺にいるはずよ』


 白虎が言った。


『ドローンで、状況を確認しておきましょう』


 機械操作が得意な玄武が、遠隔操作で自分のドローンを移動させた。ドローンを5階、10階、15階と上昇させて外側から撮影する。その映像が聖獣戦隊に共有された。


 カメラがとらえた窓の多くは、ブラインドが下りていた。開いている窓にはオーヴァルの影も形もなかった。何故か、人影もない。


『本当にオーヴァルがいるのか?』


 聖獣戦隊は、杏里の、いや、オクトマンの情報を疑った。


 ドローンが屋上に達した時、オーヴァルの姿がカメラに映った。


『あれは……』


 ビルの屋上には3体のオーヴァルがいた。1体は重機関銃を担いでいる。それを屋上に設置しているところだった。


『何をするつもりだ?』


 青龍が言うのと、ドローンに気づいたオーヴァルが銃口をドローンに向けるのが同時だった。

――ドドドドド……、重機関銃が火を噴く。


 玄武はドローンを急旋回させて攻撃をかわした。映像が揺れる。


『ウワ、目が回る』


 朱雀は声を上げていた。足元と映像を同時に見ながら走るのは難しい。玄武は足を止めていた。白虎はAIだからか、平気そうだ。青龍は持ち前の運動神経で克服している。彼が先頭に立っていた。


『上空からの攻撃に備えているのよ。馬鹿ではないみたいね。空からの接近は危険だわ』


 玄武が言って走り出す。


『屋上にオーヴァルがいたということは、……中はどうなっているのよ?』


 ドローンが反対側に回り込んで降下していく。


 下降するドローンからとどく映像に人影はない。


『みんな、やられちゃったの?』


 映像を見ながら朱雀は、悲痛にも似た声をあげた。


『人です』


 玄武が言った。映像には逃げ惑う人間の影があった。


『14階あたりね』


 人間の背後に、オーヴァルの姿が映った。


『急ごう』


『線路じゃなきゃ、もっと速く走れるのに……』


 もう廃駅は目の前だった。


 分岐点を曲がり、廃駅を通り抜け、階段を駆け上がる。地下製薬工場の扉を開けたところで青龍の足が止まった。追いついた朱雀たちも同じだった。目の前の光景に息をのんだ。


『さっきまでは、こんなもの、なかったのに……』


 床はオーヴァルの卵で埋め尽くされていた。付近でファントムの捜索に当たっていた特殊部隊員の引きちぎられた遺体が散乱している。


『アキナ、地下製薬工場にオーヴァルの卵がある。杏里に連絡して自衛隊に焼いてもらって』


 朱雀はアキナに伝え、インフェルヌスの研究所と反対側の出入り口に向かった。その先が大東西製薬本社ビルだ。


『大変な繁殖力ね』


 卵を振り返りながら、玄武がつぶやいた。


 地下のホールでエレベーターを呼ぶボタンを押す。エレベーターはすぐに降りてきた。


『ウッ……』


 朱雀が息を飲んだのは、エレベーター内に折り重なる遺体があったからだ。


『オーヴァルの動きは、予想以上に速いわ』


『いったい、どれくらいの数がいるんだ?』


 聖獣戦隊はたじろいだ。


『生きている人を探しましょう』


 真っ先に玄武が階段に向かった。オフィスビルの構造には詳しいらしい。


『絶対許さない』


 階段を駆け上りながら朱雀は声を上げた。


 聖獣戦隊が駆け上がる階段には、至る所に遺体が転がっていた。頭部が割れた者、内臓がえぐられた者、四肢が不自然な形に折り曲げられてマリオネットのような形の遺体も多い。


 上りながら、4人は遺体の存在に慣れていった。


聖獣戦隊や警察の目をかいくぐり、大東西製薬本社ビルを占拠していたオーヴァル……。

聖獣戦隊は、彼らとどう立ち向かうのか?


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます。

これからも御贔屓に、よろしくお願いします。

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