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聖獣戦隊、出動

 杏里は、人類とエクスパージャーの共存に向けた各国政府との交渉に忙しい時を過ごしていた。音声メッセージやプレゼン資料を作成して各方面に送り続け、アポイントをとっては直接交渉を行うのだ。


 しかし、エクスパージャーというテロリスト的存在を受け入れることにしたSETに、世界各国は冷たかった。窓口になる官僚の対応は杓子定規しゃくしじょうぎだし、政治家とその秘書の対応は献金を出さない者に対して緩慢だ。


 杏里が経験豊かな経営者で、あるいはSETの中に政治家を利用する文化があったなら、杏里は様々な圧力を利用できただろうが、杏里もSETも政治的には純粋で、そうした手段を取らなかった。


「どうして、わからないのかしら……」


 杏里は、精神的にも肉体的にもクタクタだった。目の前にあるはずのエクスパージャーと殺し合わない世界へ続く道のりが、果てしなく遠いものに感じた。


 その日、ファントムの抹殺にこだわるフランス政府とのぬかに釘を打つようなネット交渉に疲れ、リンクボールにもぐり込んだのは朝方だった。そこに浜村からの電話があった。


「鈴木ですが」


 操作パネルの三つのボタンを見つめながら応える。


『まだ、お休みでしたか?』


 浜村が遠慮がちに話を切り出した。


 時刻は午前9時を回っていた。まだ、2時間ほどしか寝ていない、と杏里は頭の隅で愚痴を言う。


「ええ、まあ。電話を頂いたということは、急用ですね」


 浜村の嫌味めいた言葉に戸惑いを覚えながら対応した。


『自衛隊が、例の立坑近くでオーヴァルに遭遇したのですが、逃げられました。どうやら、孵化した子供も交じっているようです』


 オーヴァルが地下鉄駅を襲っているという報道は度々あったが、そこに子供が交じっているという話はなかった。パニックを恐れた政府が、情報にフィルターをかけていたのだ。


「……」杏里は地下調圧水槽で見たおびただしい数の卵を思い出すと言葉を失った。オーヴァルの卵は警察が処理したと話したのは、浜村ではなかったか?……とはいえ、彼が嘘をついていたことを責めようと思わなかった。


 権力の中枢にいる人物というものは、そういった傾向にあり、それを問いただしたところで、自分が疲れるだけだ。と、これまでの政治家や官僚らとの折衝で慣らされていた。……だから連中は今のままで良いと甘えるのよ。……自分の中の誰かが言う。白虎を自立モードで使うことが多くなり、人格が分裂しているような自覚があった。


『彼らが潜んでいるような場所に、心当たりはないでしょうか?』


 浜村の問いに、何たる鉄面皮、と腹が立つ。


「私には分かりませんが……」


『ええ、それは承知しています。ファントムに訊いてはもらえないか、ということです』


「え、……ああ、そうですね。連絡して見ましょう」


 理性の歯車を必死で回した。浜村の鉄面皮には頭が下がる。


『それからもう一つ。そのファントムの居所ですが、私にも教えていただけませんか?』


「聞いてどうするのです?」


『国の安全を司る立場上、所在ぐらいは掴んでおきませんと……』


「総理に申し開きできませんか?」


『正直に申せばそう言うことです』


「でも、私の知っているファントムならば、公安部が監視していたと思うのですが?」


『それがどうも、行方をくらましたそうなのです。……今朝方のことです』


 オーヴァルの話をしたときよりも浜村の声が硬い。何やら隠し事があるのだろう。


「今朝?……私の所ではかくまっていませんが。株主総会以降、連絡を取ったこともありませんから……。私としても連絡できるほどの成果が無くて……。おっしゃる件もファントムにきいてみましょう。プライバシーですから」


 オクトマンの隠れ家は知らない。知っていたとしても、それを直ちに話すつもりもなかった。プライバシーは言い訳に使ったに過ぎない。警察や自衛隊がそこを襲うことを恐れたからだ。


『では、よろしくお願いしますよ』


 浜村の声に人のよさそうな顔を思い出しながら、杏里はリンクボールのハッチを閉めるとSET社にいる白虎を通常モードに戻した。2人分の記憶を結合するのに30分ほど要した。そうして得られた衝撃の記憶は、仕事のことではなかった。白虎のセンサーは都内で発生した大きな爆発を感知していた。それがオーヴァル掃討作戦やオクトマンが姿を隠したことと関係づけるのは簡単なことだった。


 社長室の端末を使ってオクトマンの携帯端末を呼び出した。杏里の端末を使って研究所の位置を知られないためだ。浜村やオクトマンと協力関係が出来たとはいえ、それは牡丹ぼたんの花びらのように薄くかよわいものだ。いつ、雨に濡れて腐れ落ちてしまわないとも限らない。浜村は政府側の人間だし、オクトマンに至っては人間でさえないのだから。


 浜村の見た目と中身が違うように、オクトマンの端末は端末としての役割をはたしていなかった。


「メインスイッチを落としている?」


 白虎のつぶやきを耳にして、玄武が那須に連絡を入れてオクトマンの連絡先を確認した。


『そのナンバー以外に、連絡先は知らないそうです』


『インフェルヌスグループの企業に、事務局のようなものを聞いてもらえないかしら』


『訊いてみましょう』


 杏里の眠気がすっかり飛んでいた。オクトマン探しを小夜子に任せ、事務処理を始める。社長あての稟議申請や申し送り事項は毎日60件ほどある。それらに眼を通して意思決定を下さなければならない。白虎を自律モードに切り替えて分担できれば楽になるのだが、セキュリティー上、社長権限でシステムにアクセスできるのは、同時に1人だけなので無理だった。


§


 日本国内のインフェルヌスグループは、200社を超えた巨大グループに成長しており、その中には世界企業も15社ある。Gセブンと呼ばれる巨大企業の支社も5社ほど含まれていた。にもかかわらず、日本国内でそれらを取りまとめているのは、最初に共同研究事業を発表した規模の小さな大東西製薬だった。


「もしもし……」玄武は大東西製薬に連絡を入れて、日本国内でインフェルヌスグループを統括している人物とコンタクトを取りたいと告げる。それがオクトマンに違いないのだ。


『しばらくお待ちください』


 電話の向こうの女性は大東西製薬の秘書室の人間だが、電話を保留にしたまま玄武を長く待たせた。


「嫌がらせかしら?」


 玄武は会社の専用端末に向かう白虎に目をやりながら、電話の向こうで何か大変なことが起きているのかもしれない、と考えていた。規模が小さいとはいえ、上場企業の秘書が保留にした電話を放置することなどないからだ。もし時間のかかる用件ならば、折り返しかけなおす対応を取るものだ。


『もしもし、お待たせいたしました』


 突然、電話口で男性の声がした。


『私、大東西製薬秘書室長の岩淵いわぶちと申しますが、インフェルヌス関係者との連絡は取りつげない状況になっています』


 玄武は、相手の一方的な説明で電話を切るようなドジではなかった。


「こちらはスマート・エナジー・テクノロジー社、秘書課の嶋と申します。先日、携帯の連絡先をうかがっていたのですが、連絡がつきません。何か、そちらのオフィスで問題が発生しているといったようなことは、ございませんでしょうか?」


 携帯番号を知っていると言った玄武の問いに、受話器の向こうで緊張が走るのが分かった。


『実は、こちらでも状況が分からないのです。お宅でお持ちの情報を教えていただけますか?』


 岩淵は賢い男性のようだった。トラブルを隠しておくよりもSETの力を借りて問題を解決しようとした。


「申し上げました通り、メインスイッチを切っているようで携帯にはつながらないのです。オフィスには、誰もいないのでしょうか? そちらの敷地内にオフィスがあるのは分かっているのですが」


『インフェルヌスの方々は、研究所に住み込んでいるのですが……』


 岩淵の言葉に、オクトマンはまだそこにいると知って胸をなでおろした。


『……昨夜、警察による家宅捜査があったようです。その時は既にもぬけの殻だったそうで……』


「えっ!」


 思わず、大きな声が漏れた。白虎が、モニターを見つめていた頭をあげた。


『……現在は行方が知れません。私どもも、そこには入れず……』


 岩淵は、自分たちも状況がつかめず困惑しているのだ、と説明した。


「それでは居所が分かりましたら、連絡をいただけますでしょうか?」


 そう頼んで、玄武は電話を切った。


『オクトマンが大東西製薬の研究所から消えました。向こうの話から想像すると、オクトマンの他にもファントムがいたようです。そのためでしょうか、警察が踏み込んだようです』


 リンクボールのネットワークで伝えた。


『警察が踏み込んだ?……なんてことを……』


 白虎が顔をしかめる。杏里が浜村の顔を思い浮かべたに違いない。実際、小夜子がそうだった。


『オクトマンが、何か問題を起こしたのでしょうか?』


『それはないと思います。公安は、ずっと研究所を監視していたはずですから、オクトマンが問題を起こしたのなら、浜村局長はそう言うでしょう。ところが、行方をくらませたと言った。自分の方にやましいことがあるからでしょう』


『……社長のおっしゃる通りですね』


 小夜子が社長と呼んだので、白虎が顔を傾けた。


『あ、すみません。つい……』2人の間では名前で呼び合うルールになっていた。


『東京に行きましょう。オクトマンの身に何かがあっては大変です。みんなを集めてください』


 小夜子はリンクボールを飛び出すと、筋トレをしている千紘を呼び、研究室のアキナを呼び出した。


『お姉さん、ファントムのことなら心配することないわよ。たとえ死んでも私たちにデメリットはないもの』


 向日葵は、あっけらかんとしている。父親を殺された千紘も同じだ。


『これは信用問題なのよ。SETがオクトマンを守れなかったら、世界中のお客様や取引先だってSETを信じられなくなるでしょう』


 杏里は教えた。


『そうかな……』千紘が首をかしげる。


『お姉さんは大げさなのよ』と向日葵。


『オクトマンは、人類とファントムたちをつなぐ架け橋になるはずです。その橋を守ることができなければ、長く人類とファントムは殺し合いを続けなければならなくなります』


『なるほど。そういう考え方もあるのね。それじゃ、出発!』


 深く考えることのない向日葵が態度を変えて号令をかける。


 アキナは研究所内のリンクボールに入り、そのNRデバイスがトラックの運転席に座った。助手席にはシンゴさんが乗る。もう一台のトラックの運転席には小夜子が座った。助手席にはアサさんが掛けた。


 杏里と向日葵、千紘はコンテナ内のリンクボールに移動し、朱雀と青龍は学校を早退してドローンで東京に向かった。


聖獣戦隊はオクトマンの捜索に向かう。

オーヴァルと自衛隊、ファントムと警察が争って乱れた現地で、何が起こるのか?

それは、私(創作者)にしかわからない。


最後まで読んでいただきありがとうございます。

引き続き、楽しんでいただけると嬉しいです。

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