地下調圧水槽の死闘
サッカースタジアムが襲われて多数の死者を出していたころ、杏里は目覚めた。すっかり疲かれはとれていたが、疲労以上の衝撃を覚えた。事件の一報が、警察庁から届いたのだ。
聖獣戦隊は改めて真夜中のミーティングを開いた。
「出し抜かれたようね。マタギを地下貯水槽におびき出し、その間に、スタジアムを襲ったのだわ」
向日葵が苦々しげに言った。
「オクトマンは、本当に嘘を言ったのかしら?」
杏里の気持ちは揺れた。自分がだまされた結果、スタジアムで多くの命が失われたと思うと胸が張り裂けそうだった。しかし、対面でのオクトマンのあの言葉、噓とは思えない。
「気にやまないでください。今の段階では、正確なことはわかりません。騙されたのか、自衛隊の調査が不十分なものだったのか……」
いつものように小夜子が慰め役だった。
「でも、300人も死んだわ」
「自衛隊のマタギがどこにいても、スタジアムには間に合わなかったでしょう」
「オクトマンの情報の真偽は、僕たちで確かめよう」
千紘が立ち上がる。
「危険すぎるわ。オーヴァルは11体。私たちには、新しいキューブは二つしかない。それだって、オーヴァルと対等に戦える力はないわ」
「考えたんだ。僕らに欠けているのはパワーだ」
「それは分かっている」
向日葵が頬をふくらませた。
「合体したら、負けないパワーが出せると思うんだ」
「合体?」
「キューブは異なる周波数でコントロールされているのよ。合体なんて無理よ」
「もちろん、一つになろうという訳じゃないさ。旧型のキューブのコントロール範囲は半径2メートルだから、理論上は4メートルサイズの武器に変形できるということだよ。……誰かが武器になって、新型のキューブの戦士がそれを振り回す。合計重量は70キロ超。身体の一部を武器にするより、破壊力が増すはずだ」
「武器に回った方は危険だわ。それに目が回りそう」
小夜子が表情を曇らせた。
「でも、面白い作戦ね。オーヴァルは武器が聖獣戦隊だと知らないから、武器を操る聖獣戦隊に向かってくる。武器のほうが安全かもしれないわよ」
向日葵は、小夜子を安心させようとしていた。
「変身する武器は、何がいいの?」
「形は何でもいいんじゃない。先っぽが、とんがっていれば、なんでも」
「私は変形できないわ。運動も音痴、……役立たずね。情けない」
小夜子が深い溜息をついた。
「小夜子さんが無理なら、私がやりましょうか?」
そう言ったのは、トラックの運転とコンテナの警備のためにその場にいたアキナのNRデバイスだ。その淡々とした言葉を受けて、小夜子の唇がひくついた。
「私、いいこと思いついちゃった。玄武の武器には私がなるわ。サヤは攻撃したい相手に向かってゆっくり進んでくれさえすればいいわよ」
向日葵が笑った。
「どうするつもりなの?」
小夜子の表情にほんのりと明るさが戻ったが、不安が消えたわけではない。
「それは、秘密」
「そうなると僕と杏里さんがペアということだね。どっちが武器になる?」
「私は自律モードで動くことが多いから武器をやるわ。進退は千紘君に任せる」
2人1組で戦うと決まると、聖獣戦隊の士気が上がった、しかし、科学者のアキナは慎重だった。
「コンテナの生命維持溶液は、明日には取り替えなければなりません。出直してはどうですか?」
「アキナさんの意見にも一理あるけれど、今は、オクトマンの言葉が真実か嘘かを、はっきり世間に示さないといけないと思うのよ。それはSET以上に、国民にとって重要なことだから」
小夜子が杏里を気にかけているのは間違いなかった。SETのためにも、オクトマンにだまされていたのかどうか、早く白黒つけることが重要だ。もし、だまされていたのなら、それを公表したうえで怒りに変え、同情を集めれば、会社も杏里も救われる。
「現場に行くしかないよね」
やる気満々の千紘は、すでにリンクポッドのハッチを開けていた。
「行きましょう」
杏里は決意した。
「わかりました。行ってください」
アキナが同意し、聖獣戦隊はドローンに乗って渋谷川の地下調圧水槽を目指した。
アキナと共に残った杏里は事務所に上がり、世間からの批判の対処に当たった。
§
夜の街は相変わらず派手な色の電飾でにぎやかだったが、サッカースタジアムで大事件が起きたばかり、道を歩く人の姿はほとんどなかった。
聖獣戦隊は、渋谷川の取水口から地底に向かって降下する。自衛隊が調査したのと同じルートだ。
地下調圧水槽内は、わずかな水色のライトでぼんやりと照らされていた。
残り10メートルほどで底に着くというころ、白虎は強烈な生き物の気配を感じた。
『いるわ。オーヴァルに違いない』
『うん、わかる』
聖獣戦隊はネットワークで連絡を取り合う。
直下に卵を発見したのは玄武だった。
『あれが卵? 沢山あるわ』
『オクトマンの言ったとおりだな』
『今はオーヴァルに注力して!……』
白虎は命じた。
『……それじゃ、段取り通りに……。ワン,トゥ,スリー、GO』
聖獣戦隊は一斉にドローンを飛び下りる。白虎は空中でムチに姿を変えて青龍に身体を預けた。朱雀は槍に姿を変えて玄武の両手の中に収まった。
ドローンが強烈な明かりを照射する。円陣を組んでいたオーヴァルたちがゆっくりと立ち上がった。
『何よ、あれ』
形は槍に変わっていても、視覚センサーは作動する。朱雀は、壁際に死骸が積み上げられているのを見た。オーヴァルがスタジアムから運んできたものだ。
「グァー」
一体のオーヴァルが玄武に向かって突進する。
『キャァー』
玄武は反射的に身をかわした。
『玄武、逃げないで。私をオーヴァルに向けるのよ』
『ゴメン、つい……』
玄武が体勢を立て直した。
――ヒュンヒュンヒュン――
空気を切り裂く音。青龍が手にした鞭の音だ。
3体のオーヴァルが青龍に向かう。
「ヤッ!」
青龍と白虎の気合がシンクロした。
白虎は新体操のリボンをイメージして自身の体をくねらせ、オーヴァルの腹部を切り裂く。
玄武は近づいたオーヴァルに対して、朱雀が変形した槍を構えた。
『しっかり握っていてね』
朱雀の声が玄武のキューブに響いた瞬間、僅か2メートルほどの長さの槍が勢いよく伸び、向きまで微調整してオーヴァルの喉を突いた。
玄武の手足に強い衝撃が走る。
喉に穴の開いたオーヴァル、大きなダメージを受けたはずだが、それでも前進を止めない。じわり、じわりと玄武に近づく。
『こいつ、呼吸をしてないのかしら?……トゥ!』
朱雀の槍が、再びオーヴァルの胸を突く。朱雀はオーヴァルの中で身をくねらせ、厚い胸板を貫通。槍の直系の、3倍もの大きな穴をあけた。
『すごい!』
玄武は槍を支え、全力で踏ん張った。
胸と首の穴から白い体液が流れ出す。そうして初めてオーヴァルは前進を止め、黄色く変色していく。
青龍と玄武の攻撃に、オーヴァルたちはたじろいだが、攻撃そのものを止めることはなかった。
青龍が振るムチの音は、立坑の閉塞空間でビュンビュンと不気味な唸りを上げた。ムチが触れただけでオーヴァルたちの皮膚は裂け、床に並ぶ卵が割れた。オーヴァルたちは明らかに慎重になり始めていた。自分たちの痛み以上に、卵が壊れることを恐れているように見えた。
青龍の背後から1体のオーヴァルが近づく。白虎のセンサーは、それを鮮明に感知していた。
『エイッ!』
白虎は身体をくねらせて、青龍の背後のオーヴァルを襲った。
クリティカルヒット!
オーヴァルの身体が、二つに裂けて息絶えた。飛び散った内臓らしきものが白虎の身体にまとわりつく。
『ゲッ……』
クリティカルを放った本人、とはいっても杏里のパーソナリティーを真似たAIだが、それが一番驚いていた。
戦場はオーヴァルの溶けた嫌な臭いで満たされていく。
それからも一進一退の攻防が続いたが、自分たちの不利を悟ったのだろう。
「散開!」と1体のオーヴァルが叫び、立坑を上り始めた。他のオーヴァルたちもコンクリートに爪を立てて這い上がっていく。
『追うわよ』
白虎と朱雀は姿を人型に戻し、青龍たちと共にドローンに飛び乗った。
逃げたオーヴァルは、次々と渋谷川に飛び込んでいく。まるで巨大なカエルのようだ。
聖獣戦隊は上流と下流の二手に分かれてオーヴァルの姿を追った。夜の流れは墨を流したようだ。浅い川とはいえ、水に潜られては赤外線センサーも電磁波センサーも役に立たない。
翌日、太陽が高く昇るまでオーヴァルを捜索したが、上流でも下流でも、オーヴァルの姿を発見することはできなかった。
『そろそろ戻ってください。生命維持溶液から出ないと危険です』
アキナから連絡が入る。
『時間切れか。……仕方がないわね。いったん引き揚げましょう』
白虎は決断した。
『殺せたのは4体だけか……』
青龍の声は疲労でくぐもっていた。
『親が4体でも、沢山の卵を壊せました。それで良しとしましょう」
玄武が応じた。
『残りの卵は、警察でも大丈夫?』
朱雀の声は不安げだ。
『卵は噛みついたりしないよ。警察でも処分できるさ』
青龍が答えた。
聖獣戦隊がコンテナに戻る時を見計らい、杏里はリンクボールに入って白虎の自立モードを解いた。
「社長、働きすぎですよ」
アキナの忠告をリンクボールの中で聞いた。
それでも仕事を止めるつもりはなかった。杏里の姿を装った白虎と小夜子の姿の玄武は仕事場に向かい、コンテナを乗せたトラックは研究所があるN市を目指した。
オーヴァルに対抗する手段は見つかったが、ほとんどのオーヴァルは逃げ延びた。
次の一手は?




