特殊部隊〝マタギ〟
オーヴァルによって向日葵と小夜子のキューブが破壊された翌日のこと。
「さて、どうしたものかのう?」
飯田橋博士が腕を組んで天井を見上げた。
未来科学研究所の会議室では、飯田橋を筆頭に科学者と聖獣戦隊のメンバーがオーヴァルに対抗する方法を検討していた。
「両腕を落とすほどのダメージを与えれば失血死することがわかった。問題は、彼らの数とパワーにどうやって対抗するかということじゃ」
「あの腕も結構固いですからね。サクサクと倒すのは難しいでしょう。白虎や朱雀のように、一体の腕を落としている最中に、別のやつに蹴られたり抱き着かれたりしてしまう」
「すでに聖獣戦隊のキューブが弱点だと知られたような気がします。胸元を強打されたら、NRデバイスはひとたまりもありません」
様々な状況分析はできても、対策がない。
「強酸を使った攻撃はどうかしら? オーヴァルもファントムも、それで溶けてなくなってしまうのですから。それなら噴射機のようなものを作って武器にするのは簡単です」
アキナが初めて対策らしいものを提案した。
「それはもろ刃の剣じゃ。それがNRデバイスにかかったら、ナノマシンが大きなダメージを受ける。それに、環境への影響も大きいじゃろう。賛成はできんなぁ」
飯田橋が再び天井を見上げた。
「アサルトライフルはどうです?」
「それは持ち歩けないわ。銃刀法に触れるもの」
「火炎放射器とか」
「屋内では使えないわよ」
「毒針はどうかしら?……建築用の釘打ち機が転用できると思う」
「えぐいわね」
議論が白熱する中、杏里だけは黙りこくっていた。
「杏里さんは、心ここにあらずという感じですね」
小夜子が杏里の発言を促す。
「私が気にしているのは、彼らの姿に個性があったことです」
杏里の発言に参加者は注目した。
「ファントムの場合は見えていた時間が短いのでよく分かりませんでしたが、性別の体格差を除けば、ほぼ同じ容姿に見えました。しかしオーヴァルは、髪や瞳の色、目鼻立ちなど、個体差があるのは明確です。それは、創造された過程で数種類の遺伝子が作られたということだと思うのですが、いかがでしょう。クルミ博士」
生物科学研究所の福島クルミはモニターの向こう側にいた。
「社長のおっしゃる通りですね。同一種で複数パターンの遺伝子を用意した場合、一つの遺伝子から個体を増やした場合よりも、生命力、繁殖力に優れた生命体になる可能性がたかい。まだオーヴァルの遺伝子を見ていませんので、正確なことは言えませんが、外形上から、オーヴァルの中には多種の遺伝子が存在していると推測して良いでしょう。……ちなみに、ファントムの遺伝子は雌雄の別はあってもベースは同じものと思われます。長期的に見れば、ファントムよりオーヴァルの方が生き残る確率が高いといえる」
「それは、ファントムとオーヴァルは、異なる国が、あるいは科学者が創造したということかね?」
飯田橋が訊いた。
「いいえ。創造したのはどちらもユリアナでしょう。いくつかの種をつくって試したかったのか、あるいは、何らかの意図があって、作り分けたのか。……いずれにしても、作業に時間や手間を要しても、長期的な繁殖を前提にキマイラを創造したと考えられます。ファントムの時のように、オーヴァルの生体組織のサンプルが手に入るといいのですが……」
スピーカーから流れる声は、会議室に空気を重くした。
§
聖獣戦隊たちがオーヴァル対策の議論を重ねていた頃、警視庁にトアルヒト共和国の大使館員が駆け込んだ。
大使館がオーヴァルに襲われ、大使館員とその家族、それに数日前に入国した親善ラグビーチームのメンバー30名が殺害されたというのだ。
殺戮は深夜に行われていて、生き残った大使館員は、夜の街で夜通し飲み明かしていたために命拾いしたらしい。
武装警察が大使館に駆け付けると、館内は血の海で、引きちぎられた肉片が壁や天井にまでへばりつくという、地獄のような光景だった。
「まるで、ミンチだな。骨まで砕かれている」
遺体は引き裂かれたり、踏みつぶされたりしたものばかりで、頭蓋骨が原形をとどめているものはなかった。季節は梅雨で、すでに腐敗臭が漂い始めている。
遺体に見慣れた鑑識係たちも、落ちている眼球と視線が合たり、潰れた臓器に足を取られて転倒したりすると、トイレに駆け込んで酸っぱいものを吐いた。
「ジャパン中央新聞社の株主総会の遺体より損傷が激しい。何故だ?」
「あっちでは聖獣戦隊とかいうおかしなやつらが邪魔をしていたからな。それで多少はましだったのだろう」
「オーヴァル以外のものによる犯行の可能性は?」
「ない、ない。人間には無理だし、ファントムの手口とも違う。こんなことができるのはオーヴァル以外に考えられないだろう。海外では軍隊が対応しているらしいぞ」
オーヴァルの殺害方法は、日本の警察にとって、不明なことが多かった。
ジャパン中央新聞社の株主総会襲撃事件とトアルヒト共和国の大使館襲撃事件を受けて、警視庁科学捜査研究所は世界各国からオーヴァルの情報を集めたが、オーヴァルに襲われた国々は混乱を極めていて、保存されているデータは少なく、それらの分析からオーヴァルの正体や生態の解明はできなかった。
その間に、たった11体のオーヴァルによって、3カ所の株主総会と2カ所のショッピングモールが襲撃され、数百名の犠牲者を出した。
河上総理は、自衛隊にオーヴァル殲滅を任務に特化した特務部隊〝マタギ〟を組織すると閣議決定した。マタギとは狩人という意味だ。
重火器を装備したマタギは、都内の重要施設の数カ所に配置されたが、それで東京が安全になるとは誰も考えなかった。大都市東京を数百名の自衛隊でテロから守るのは不可能と言っていい。地方へ転居する都民が現れた。
オーヴァルは、殺戮に飽きると近くの川の中に姿を消す。マタギは都度、オーヴァルを追跡したが、いつも間に合わなかった。
多くの識者と呼ばれる者たちは、オーヴァルは水中に暮らす生き物、いわゆる古代から言い伝えられた〝人魚〟ではないかと推理し、それをメディアが報じた。
虐殺事件が昼、夜となく連日報じられてオーヴァルの容姿が知られるようになると、背の高い人間はオーヴァルと疑われた。
体格の良い人物を見た市民が、「オーヴァルを見た」と警察に通報する事案が増えた。あるいはSNSでつぶやいた。すると、周辺の交通機関やエレベーターは止まり、イベントは中止される。一般市民がマタギや武装警察に銃口を向けられる事態が多発し、社会に新たな不安が広がった。
その日、通勤時間帯にオーヴァルが地下鉄の駅を襲った。
ホームにつながる数少ない階段やエスカレーターの前に1体のオーヴァルが立ちふさがって人の出入りを止めると、残りのオーヴァルは漁師が魚を獲るように、人間を狭いホームに追い詰めて殺した。
線路に人々が下りて逃げると電車は止まり、止まった車両がオーヴァルに襲われる。オーヴァルたちは線路伝いに歩き、効率よく人を殺していった。
マタギは、その朝だけで4度もオーヴァルを追ったが、網の目のように張り巡らされた地下鉄トンネルの暗闇はオーヴァルにとって格好の逃げ道になり、マタギの重機関銃が火を噴くことはなかった。
政府は、オーヴァルが地下鉄トンネル内に潜んでいると考え、地下鉄の運行を規制して運行路線を減らし、駅にはマタギを配置した。地下鉄トンネル内から現れるオーヴァルを待ち伏せする作戦だ。
戦力の分散を危ぶむ自衛隊員が多かったが、オーヴァルはぱったりと姿を見せなくなり、政府は自分たちの考えが正しく、作戦が効果を上げていると自画自賛した。
自信を得た政府は、人出の少ない日曜日の夜、全地下鉄路線を封鎖すると、歩兵部隊を総動員してオーヴァル殲滅作戦を実施する。
歩兵部隊が出入り口でオーヴァルの脱出を阻止し、地下鉄トンネル内にマタギが入ってオーヴァルを狩る計画だった。
「オーヴァルは袋のネズミだ」
誰もがそう考えたが、マタギはオーヴァルの影も形も発見することができないまま、月曜日の朝を迎えた。
オーヴァルは何処に消えた?
自衛隊でさえ手を焼くオーヴァル。
彼らはその住処で、着々と数を増やしていた。
次回は、その辺りを紹介できるかも……。お楽しみに!




