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大好きな両親 ――SET社、ホリデーパーティー――

 向日葵は、パーティーの人ごみの中に両親を捜した。


 スマートエナジーテクノ社の副社長、鈴木大和は科学界、経済界において天才科学者としてよく知られていた。〝eチップ〟を開発したのは彼だ。研究開発が何よりも好きで、SETでは研究・技術部門を統括している。人付き合いには興味がなく、妻のカレンを社長に据えて経営は任せていた。


「パパは会社の人と一緒ね」


 向日葵は大好きな父親が同僚と熱心に語り合っているのを見つけてホッとした。


「あの雰囲気は仕事の話ね。お父さんの部下は可哀そうだわ。……お母さんも大丈夫ね。警察の人と話している」


 カレンは、浜村幸吉警察庁長官と談笑していた。


「警察が役に立つのかしら?」


 向日葵は思ったことを率直に口にした。


「今は信じるしかありませんよ」


 そう言って姉妹の間に立ったのは、カレンの秘書の嶋小夜子しまさよこだった。金色のスパンコールを散りばめた黒いドレス、高いヒールが足首をさらにキュッと引き締めていて、モデルのようなスタイルを一層引き立てていた。彼女がいるところには、必ず男性の視線が集まっている。


「いざとなれば私が、……微力ですがお嬢さまを全力でお守りします。社長に命じられていますので」


 彼女が優美な笑みを作った。


「小夜子さんが?」


 向日葵は眼を瞬かせた。彼女は美しく知的だけれど、バレーボールもバドミントンもできない運動音痴だと知っている。彼女と比べたら、空手を習ったことがある自分の方が強いに違いない。彼女が暴漢から、ましてファントムから自分たちを守ることなどできないだろう。その認識は杏里も同じようで、頬をひきつらせるように苦笑していた。


「信用ありませんね。……まあ、いいです。会場周辺はファントムの襲撃に備えて警官が十重二十重に取り囲んでいます。パーティーには電気事業を所管する経産省関係者や電波を所管する総務省関係者が招待されていますから、SET社との関係が良くない警視庁も警官の派遣依頼を拒みませんでした。現に、警察庁長官まで顔を見せている。きっとファントムに対する警備を自分の目で確認するためです」


「ふーん、信じていいのね?」


「はい。日本の警察は優秀ですから」


 小夜子が姉妹に向かってうなずいた。


 それなら、どうして最先端電脳技術大学の学長や日本電子警備保障会社の社長、アジア投資ファンド社の日本支社長が殺されてしまったのだろう。……向日葵は胸の内で反論した。口にしなかったのは、先に姉が話しはじめたからだ。


「どうして……」杏里が真剣な眼差しをしていた。「……政府はSETに冷たいのですか? 今日は警察庁長官まで来ていますが、普段は、警察はお父さんやお母さんを守っていない。他の企業の経営者の家には、警察が派遣されていると聞きます」


「政治のことなのです。学生のお嬢様にはまだ早いかと思うのですが……」


 小夜子の視線が歓談する大和の姿をとらえた。


「学生でも政治のことはわかります。いえ、わかりたい」


「私も知りたい。小夜子さん、話して」


 彼女が姉妹に向く。


「そうですか……」スーと長く空気を吸った。「……ご両親がセット社を作った時、政府とエネルギー業界団体は笑っていたのです。エネルギーを宇宙から自動車や家電に直接送ることなど不可能だと」


「実験では成功していたのですよね?」


「もちろん。彼らは技術的問題を指摘した風を装って、実は、自分たちの既得権を守りたかっただけなのです。実際、SETの電気事業は成功し、次々と発電衛星を打ち上げて業績を伸ばした……」


 SET社は発電衛星を打ち上げ続けて世界に進出、国外でも事業を行っている。どこの国でも電力会社や送電会社の抵抗を受けたが、一度でも電線のいらない生活を味わった国民はSETを歓迎した。電線を引くことのできなかった砂漠や孤島、ジャングル、山間部で暮らす人々にも平等に電気の恩恵をもたらすから、発展途上国ほどSETを歓迎した。


「……それに伴って既存の電気供給事業社や電気設備業界の業績は低下し、与党への献金も減った。政府は、独占禁止法を持ち出して、SETの分割まで言い出しました」


「従わなかったのよね?」


「ええ、今もSET社はひとつです。社長は、エリア単位の分割はコストを増やすだけで国民のためにならないと、反対しました」


「それで?」


「社長は、全国への電気供給に国内法の問題があるなら、東京圏だけ電気供給エリアからはずすと言い出したのです」


「東京圏を! 一番大きい市場じゃない」


「だからです。SETが電気を止めたら、架線を廃止していた電車はすべて止まってしまう。もし架線を設置し直すとしたら、莫大な費用が掛かります。多くの電気自動車もコンセントがなくなった高級住宅地の家電も、スマホも動かなくなる。……政府も経済界も妥協するしかありませんでした」


「政府はそれを根に持って嫌がらせをしているの?」


「もちろんそれだけではありません。社長は政治献金を出しませんから……」


「それで政府は冷たい。……結局、お金の問題だったのね」


「そういうことです」


「ふーん」


 向日葵は少し嬉しかった。両親が金目当ての政治家をらしめたから。


 ステージから芸人がおりて役員たちがあがる。


「スマートエナジーテクノ社の役員からの挨拶です」


 司会の声がすると会場がざわめき、それが拍手に取って代わった。会場全体の照明が半分に落とされ、スポットライトがカレンを照らす。彼女が肩の高さまで手を上げると拍手が止んだ。


 会場が静寂に包まれ、パーティーの参加者はカレンに注目した。向日葵だけは、両親のスピーチよりもテーブルに並んだ色とりどりのケーキの味見を優先した。


「みなさん、一年間、お疲れ様」


 カレンが会場の面々に視線を投げて定型的な挨拶を述べた。それから今年一年を振り返り、時折つまらない冗談を織り込んで、社会情勢と経済情勢を分析して披露した。


「……北極、チョモランマ、サハラ砂漠、アマゾン、南極。昨年、我社の電力は世界中くまなく届きました。SETの世界の電力シェアは60%。……重要なのはシェアや売上高ではありません。世界中の全ての人々が、十分な電力を享受きょうじゅできるようになったことです。幸せになるチャンスを得られたことです……」


 電気を使えるから幸せだって? 世界には、まだ飢えた人々がいるのよ。……母親の演説に、向日葵は突っ込みを入れる。チーズケーキ―を貪りながら……。


「……だからといって、利益も無視できません。SETには15万、関連会社を含めれば90万人の社員がいる。その家族を含めたら、何百万人の生活を、人生を、私たちは背負っているか……」


 カレンが後ろに並んだ役員に目をやり、覚悟を促した。それから会場に目を戻す。


「……世界は豊かになったのでしょうか?」


 彼女が再び会場をゆっくりと見回した。


「世界中が豊かなら、テロで街が消滅してしまうことなどないでしょう。ファントムが世界中の富豪たちを狙うのも、そんなことが理由なのかもしれません」


 カレンの話に、大和を除く役員たちの顔は蒼ざめ、会場の幾人かは全身が凍りついたようだった。


「……日本のファントムの行動も活発になりました。どうやら、私の肝臓も危ない……」


 彼女が両手を腹部に置いた。


 会場に重い空気が流れる。


「……ここ、笑うところです」


 お母さん、そのジョークは笑えないわ!……向日葵は声をあげようかと思った。が、口の中はミルフィーユでいっぱいだった。


 会場は凍りついたままだった。


 ――コホン……、カレンの咳ばらいが人々の鼓膜を震わせる。


「……来年、社員の給与水準を維持したまま、労働時間を月あたり50時間、短縮しようと考えています」


 大幅な勤務時間の短縮を宣言すると、社員の声援があって凍っていた会場が弾けた。


 メディアのフラッシュがたかれて薄暗かったパーティー会場は真昼のようになった。


「社員の皆さん、本年中に間に合わなくて、申し訳ありません」


 微笑んだカレンがペコリと頭を下げると、再び会場がわいた。


「機械化を進めるということでしょうか?」


 質問したのは経済誌の記者だった。多くの大企業がロボットを導入して効率化を進め、人員を削減している。一瞬、会場の社員たちの中にリストラという恐怖の波紋が広がった。


「いいえ。時短で不足する労働力相当分は、雇用を増やします。失業者の中から、国内で1万人、世界で10万人規模の正規雇用を実現するつもりです」


 ――オォォォ――


 会場がどよめいた。カレンが言うのは、労働効率を高めて人件費を削減しようという時代の趨勢とは真逆だった。


 会場の富豪たちがスマートエナジーテクノ社の株価が下がる心配をした。


「私は、株価や純利益より、地球で生きる人々の幸福に貢献したい」


 カレンの言葉に再び拍手が沸き起こった。


 経産省の重松しげまつ大臣が藤村ふじむら総務大臣の耳元でささやく。


「あんなことを言われたら、SETの分割など要求できませんな」


「さすがに一代でSET社を築きあげただけあって、したたかね」


 藤村大臣が眉間を寄せた。


「まったく、人気取りだけは上手いから厄介だ」


 大臣たちは自分の尺度で鈴木夫妻を測っていた。


 大和が前に出て、カレンの話を引き取った。


「皆様もご存じのとおり、わが社はインフェルヌスという組織から共同研究開発の提案を受け、それを断りました。……先日、大東西製薬と提携したインフェルヌスです」


 パーティー会場が一気にシンと静まり返った。


「インフェルヌス、て?」


 向日葵は、隣の小夜子に小声で尋ねた。


「バイオテクノロジーに優れた企業です。……半年ほど前、レディー・ボンドと名乗る美女が共同研究の売り込みに来たのです。当社の生物化学研究所で検討したところ、インフェルヌスの技術や研究成果は確かなもので、太陽系外探査や移住を視野に入れれば有益だと判断しました。もちろん発電衛星の修理にも役立つ技術です」


「その会社との契約が大東西製薬に持っていかれてしまったの?」


 杏里が訊いた。


「いいえ。副社長のほうから断ったのです。役員の中にはインフェルヌスとの共同研究に固執する者もいたのですが……」


「こちらから断った?……どうして?」


「上部組織が〝スピリトゥス〟というトアルヒト共和国の組織だったからです。彼らは、多分に政治的な意図をもって日本に進出してきたようです」


 小夜子がささやくように話してから、唇に人差し指を当てた。


 スピーカーから大和の声が流れていた。


「……インフェルヌスの言葉を信じれば、彼らは世界に()()()を創ろうと考えている。そのために我が社の力が必要だという。……他社がどんな経営判断を下したのか知りませんが、我が社がインフェルヌスの要求に応じることはありません。我が社は世界秩序を変えようという政治的判断にはくみせず、これまで通り、世界中に安くて便利な電気を送り続けるでしょう」


 会場から拍手が起きる。


 杏里と向日葵も両親の演説に拍手を送った。()()()()()などという大風呂敷を持ち出さない両親を誇らしく感じた。


 鈴木夫妻は並んで一歩前に出ると、会場に向かって手を振る。その表情や行動はよく似ていて、誰の目にも仲睦まじい夫婦に映った。


世界の新たな秩序とは何か?

人々に降伏をもたらすものなのか?

政治的中立は、政治家側から見れば〝敵〟なのかもしれない。


このままパーティが無事に終わるとよいのですが・・・。

関心のある方は是非、ブックマークをお願いします。


今回も、ありがとうございました。次回もよろしくお願いします。

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