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姉妹の憂鬱 ――SET社、ホリデーパーティー――

 東京、赤坂のホテルでSET社のホリデーパーティーが開かれた。冬期休暇を前に行う社員と取引先を集めた懇親会だ。例年、社長が来年の経営方針や目標などを口にするために、メディア関係者も大挙押し寄せる。


 様々な企業の経営者たちは社交好きで、グラス片手に仲間づくりに忙しく、社員はソファーに掛けてくつろぎながら談笑、あるいはステージ上の催しに見入る。ホテルのスタッフは様々なキャラクターの衣装に身を包んでシャンパンやワインを配り歩いていた。


「相変わらず悪趣味ね」


 鈴木向日葵は会場の中央のテーブルで、ステージ上の古典芸能に目をやりながら愚痴を言った。真っ赤なミニのドレスはサンタをイメージしてデザインされたものだ。


「仕方がないでしょ。お客さんの半分はオジサンとオバサンなんだから。そう言う向日葵だってホリデーパーティーだからってサンタの衣装なんて、ベタじゃない?」


 姉の杏里は雪をイメージした白のロングドレスをまとっている。彼女は几帳面で親の言うことをよく聞く真面目な性格だ。大学で物理学を専攻しているのは両親の影響といえる。幼いころから学業優秀で読書を好んでいるが、スポーツが苦手なわけではない。母、カレンの勧めで小さなころから新体操教室に通っている。コーチの指導通りにコツコツと練習を積み重ねて能力を伸ばした甲斐があって、高校や大学の新体操部では、1年生のうちからレギュラーのポジションにすわった。


 向日葵は学業よりスポーツや音楽が好きで、俳優のブルース・リーとアニメキャラのファン・リーにあこがれて3歳から空手を習った。中学生になると男友達とバンドを組み、勉強そっちのけでドラムをたたいた。高校からは女子高に通っているが、放課後に遊ぶのは中学で同級だった男子生徒ばかりというじゃじゃ馬だ。


「私はこれでいいの。可愛いから……」


 笑うと鼻の頭に小さな皺が寄る。


「……こんなパーティーより、こっちのほうが面白いと思わない?」


 向日葵はポシェットからスマホを出して、ネットニュースのひとつを姉に見せた。


「ヴィステの街がテロで消滅したという話ね。それなら知っているわよ。3万人も亡くなったといわれているわ。面白いなんて言うものじゃないわよ」


 杏里が諭すように言った。


「被害者は気の毒だと思うけど、テロリストの方よ。どうやら人間じゃないらしいわ。オーヴァルというらしいの」


「オーヴァル?……緑色の人間でしょ。きっと迷彩服を着た軍隊よ」


「違うわよ。テロリスト、卵から生まれたらしいのよ。サッカーボールぐらいの卵らしいわ。生まれた時は人間の赤ちゃんぐらいらしいけど、3日ぐらいで2メートルぐらいまで育ったらしいのよ。彼らを目撃した人間は大方殺されたらしいけど、」


「噓でしょ。そんな情報、信じられないわ」


「学校で襲われ、ごみ箱に隠れて生き残った子供がいたのよ。その子が、テロリストが話すのを聞いたらしいわ。彼らは、自分たちをオーヴァルと呼んだと証言したの」


「本当?」


 杏里の瞳は疑念の色で染まっていた。


「私が嘘を言ってどうなるのよ」


「向日葵が嘘をつくとは思わないわ。でも、あなたは嘘に踊らされる可能性が高い」


 杏里が知的な目を細めた。


「それなら幽霊船の方はどうよ」


 向日葵は抗議するように口を尖らせた。


 ロサンゼルスにブルー・サザンクロス号が入港したころ、シンガポールから日本に向かった貨物船シー・スパークリング号と上海に向かったコンテナ船R・ポセイドン号がフィリピンの西の海で連絡を絶った。


 やがてR・ポセイドン号は上海港の目の前に現れ、シー・スパークリング号も八丈島沖に巨体を見せた。R・ポセイドン号は中国海警局の手で上海港に誘導され、シー・スパークリング号はヘリから降下した海上保安官の手で横浜港に舵を切られた。


 両船共に船内には多数の血痕があったが、乗組員の遺体はどこにもなかった。遺体の有無に違いはあったが、2隻の船はブルー・サザンクロス号同様にSOSを発する余裕もなく、何者かに制圧され、その後船がオートパイロットシステムに寄って目的地にたどり着いた、というのが当局者たちの見解だった。それらの事件をネットメディアは幽霊船事件と名付けた。


「ミステリー好きのお姉さんは、どう推理するの? ニュースになっているから、考えているのでしょ?」


「少しはね……」杏里が口角をあげた。「……まず、海賊の仕業ではない。荷物は盗られていないから。それに単なるテロでもない。犯行声明が出ていないから。……注意を払わなければならないことがひとつ……」


 彼女の人差指が向日葵の鼻先に突き付けられた。


「……船が発見されてから、世界各地の富裕層が被害者になる猟奇殺人事件が発生しているのよ。アメリカだけでもCNMテレビのオーナー、マーティン・ジャクソン、国家の情報管理に反対するITネットワーク企業のグローバルインテリジェンス社のスタンリー・スミス会長、Gセブンの一角を占める武器製造企業のゼネラル・インダストリー社のサミュエルソン社長一家のほか、数社の役員が刺殺されている。ほとんどの被害者は腹を切り裂かれている」


「肝臓を抜き取ると言うあのファントム事件ね」


「そうよ。もっとも綺麗に切り取っているわけじゃない。一部分を無理やり切り取っているわけだから、コレクションや臓器移植のために奪っているのではない」


「コレクションだなんて、嫌な言い方ね。被害者に失礼だわ」


 向日葵は、さっき自分が指摘された言葉をそのまま返した。姉はそれには応えず、推理の続きを話した。


「……ブルー・サザンクロス号の冷蔵庫で発見された船員に肝臓はあったのかしら……。それが分かれば推理の精度が増すのだけど」


「肝臓を腐らせないために冷凍にしたと考えているの?」


「そうよ。今回、船を襲った犯人たちは肝臓を必要としていた……」


 杏里は意味ありげに語尾を濁した。


「上海と横浜に入った船の冷凍庫には遺体はなかったのよ」


「それにはいくつかの仮説が立てられるわ。ひとつは、3隻を襲った犯人が同一人物、あるいは同一組織で学習したということよ」


「学習?」


「肝臓を保管するのに遺体を丸ごと凍らせることはないのよ」


「えっ!……」向日葵の頭の中に自宅の冷蔵庫の様子が浮かんだ。「……R・ポセイドン号とシー・スパークリング号の冷凍庫に被害者の肝臓だけが並んでいるというの?」


「中国はともかく、日本の警察が冷凍庫内の肉のDNA鑑定をしていないとは思えない。そこで人間の肝臓が発見されたという報道がないということは、学習したという仮設は間違っているということよ」


 杏里が妹の好奇心を刺激するように、遠回りしながら推理を続ける。


「……ブルー・サザンクロス号の寄港地を見るとオーストラリアの前はフィリピン。その前はインドネシア。3隻がほぼ同時期に南アジアを通過しているのよ。……R・ポセイドン号とシー・スパークリング号で船員を殺した同一犯が、オーストラリアまで追いかけてブルー・サザンクロス号を襲うのは合理的ではない。おそらく3つの部隊が南アジアで船に乗り込み、目的地に近づいたところで犯行に及んだ。これが二つ目の仮説」


「部隊というと、軍隊みたいなもの?」


「犯行の手際の良さを考えれば、組織化された者たちによ。単独犯は考えにくい」


「彼らは船員と通じ合っていたのかしら?」


「それが三つ目の仮説ね。船員が犯人の密入国の手助けをする。犯人は素顔を知っている船員を殺さなければならなかった」


「それだとブルー・サザンクロス号の冷凍庫の遺体のことが説明つかないわよね」


「そうね。それに船員と密入国者が、船の中で一緒に生活していたのだとしたら、その痕跡が残るはず。指紋、毛髪、ゴミ、メモ……。そういったものは海賊という観点からみても、海上保安庁の型通りの捜査でも調べるはずね」


「密入国が目的という前提にあるけど、間違いない?」


「半漁人が犯人で、人間を殺して海に帰ったという説も可能だけれど、それは違うわね。半漁人が人を殺して海に戻るのなら、ブルー・サザンクロス号がオーストラリアを離れるまで犯行を猶予する必要がない」


「わかったわ。目的は密入国。……でもそれなら、船が港に着くまで、じっと隠れている方が賢いやり方だと思わない?」


「そこで肝臓よ。犯人には肝臓が必要だった。それは陸の上に居ようと、船に居ようと同じだった。船員は一気に殺されたのではなく、肝臓が必要になった時に、徐々に殺されたのかもしれない」


「食事みたいに言うのね」


「食事。もしくは、薬かな」


「お姉さんの推理では、いま、日本やアメリカで富裕層を殺しているファントムが、船員を殺した犯人ということなのね」


「ご明察」


 杏里が得意げに言った。


「それじゃ、密入国に成功したファントムたちは、どうして人口の1%にも満たない富裕層ばかりを狙うのかしら。ホームレスでも独居老人でも、目立たずに取れる肝臓は多いでしょ。それとも金持ちの肝臓の方が美味しい?」


「そんなことを言うものじゃないよ。あの人たちに不謹慎だと怒られるわよ……」


 彼女が母親を取り巻く大企業の役員たちを目で指した。


「……先月は最先端電脳技術大学の学長と日本電子警備保障会社の社長が殺されたわ。今月は、青山の高層マンションで、アジア投資ファンド社の日本支社長が刺殺された。なのに彼らはこうしてパーティーにやってくる。不思議ね」


「それを言うなら、私たちの親だって一緒じゃない。みんな、自分の肝臓より仕事が大切なのよ。……知っている? アジア投資会社の支社長はSET社の事業を支援し、政府系電力会社を批判する人物だったそうよ」


 向日葵がスマホに映して見せたのは、その事件の詳細なニュースだった。


「止めてよ……」杏里が眼をそむけた。


「刺殺現場を家庭用のセキュリティーロボットが撮影していたのよ。被害者は映っていたけれど、加害者は映っていなかった。まるでファントム。……そこでSETのことが語られていたらしいわよ。音声は発表されていないみたいだけど」


「マジ?」


「マジよ」


「まったく向日葵の噂好きときたら……」


「噂じゃないわよ。事実よ。ダチの父親が警察官なの。そこからの情報だから間違いないわ。彼に肝臓を取られるなよって、からかわれたんだから」


「お父さんとお母さん、大丈夫かしら……」


 杏里が両親を目で捜す。


 向日葵は、姉の視線を追った。

姉妹の両親、SETの経営者をファントムが襲うのか?


いつも読んでいただきありがとうございます。

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