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「そんなにご主人様に忠義なんて。
ティアナ様は殿方を転がすのがとてもお上手な様子。
是非私にも教えて頂きたいわ」
馬鹿にされているのがわかっているが、私がここで腹を立ててはアイオライト家の、そして私にあそこまで言ってくれたハーディスに申し訳ない。
ぐっと堪えて背筋を伸ばし笑顔を作る。
「エリス様、もうこれでこちらに私を呼ばれた要件は済みましたでしょうか。
私は何のお役にも立てません。
お二人に思いを伝えたいのでしたら正々堂々としていただければ」
エリス様は一瞬不愉快そうな表情をしたが、すぐに切り替えて、
「わかりました。
でもティアナ様とお近づきになりたかったのも本当なのです。
もう帰られるのは寂しくもありますが」
急に被害者ぶられて苛立ちそうになる。
お友達になりたかったのに攻撃は時折ある。
だが彼女にその気が無いくらい私でもわかるし、きっと周囲には親しくなりたかったのにティアナ様は早々に帰ってしまったと嘆いて回るのだろう。
こればかりはどうしようもない。
「よろしければ今度は我が家へ。お好きなお菓子を用意しておきます」
「嬉しいですわ。アイオライト家ならどんなお菓子でも用意できますでしょうから」
一言多いな!
苛立ちの限界に達しそうなのを必死に抑え、私達は屋敷に戻る。
エリス様の執事がエリス様の手を取り中に入るその後ろを私達が続く。
マナーも何も無いな、とため息をつきそうなのをハーディスがそっと、もう少しの我慢ですと耳打ちしてきた。
まぁそうだと苦笑いで返した時、ハーディスが私の肩を強く抱いて引き寄せた。
「なに」
言葉を言い切る前に私がいたはずの場所を、恐ろしい形相をした男が突っ切った。
聞き取れ無い言葉を喚きながら大きな鎌を何度も振り下ろし、その標的はエリス様だとわかる。
庇った執事は切られてうずくまり、体勢を崩した男は再度立て直し鎌を持つ。
目の前に見えている光景は驚くほどにゆっくりに見えた。
ドアでは無く外の窓に背中をつけたまま、呆然と立ち尽くしているエリス様に男が走って行く。
「ティアナ様!!」
ハーディスの声はどの時点で聞こえたのか覚えていない。
私の背中にはもの凄く熱い痛みが走り、そのまま倒れ込んだ。目の前にいるエリス様が目を見開いていたが、何故か彼女の口角が上がったように見えたのは気のせいだったろうか。
「ティアナ様!ティアナ様!!」
私を抱きしめハーディスが何度も私の名前を呼ぶ。
視界の端に、鎌を持った男が取り押さえられているのが見えてホッとした。
「何故あんな女を助けようなどと」
怒りに震えるその声に、私も何でかなとぼんやり思う。
ただ身体が動いただけ。
理由は特に浮かばない。
自分の感覚が痛みが勝っているのか寒いのかわからないが消えていくのがわかる。
「ハーディス・・・・・・」
普通に呼びたかったのに声はとてもか細かった。
私を抱きしめ、見下ろすハーディスの顔が怯えたように青ざめている。
こんな顔を見たのは初めてだ。
「この世界は貴女の望んだものだったのに!
愛する貴女がいないのなら、この世界など」
あぁ、ハーディスよく聞こえないわ。
どんどん目に見えるこの世界が暗くなって寒いのよ。
そうね、温かい紅茶が飲みたいわ。
なんで、こんな時まで私はあの執事のことを考えているのだろう。
多分、私は笑っていたような気がする。