Monochrome_2
「どうもすみません。弟者の描いた地図が解りづらかったようで、ご迷惑をおかけしました。
それにしても危ない所でした、もう少し先まで行っていたら見つけられなかったかもしれません。」
それはどうやら依頼主の双子の兄だった。
あまりに到着が遅いので、逆にダバに乗って捜索に来たという。
少年の名は「アス」。
彼の弟は「ナツ」という名前らしい。
弟の姿が見えない辺り、一人で来たのだろう。
そしてこのふざけた地図は彼の弟のナツ君が書いたという。
よかった、ウタさんではなかった。
いや、よくはないんだけど……。
兄、アスの右目の下には黒印がある。
リンネの業苦を背負っている証だ。
年齢は16~17だというが、彼も正確な歳は解らないそうだ。
あまり俺と年頃は変わらないが、背はかなり低く、俺よりもずっと幼く見えた。
話によると、この世界に来た時からずっと見た目が変わっていないらしい。
色が抜け落ちたような白髪は、シルフィさんの肩にジッとしていた白カラス、クロちゃんを想起させた。
幼げな印象を受ける短髪。
それに反して死んだ魚の様に物憂げな眼。
子供のような、大人びているような、どっちつかずなミステリアスな表情だ。
「キャーーー!!」
「え……?」
その幼い容姿にファラは一目ぼれしたようで、気が付くと大人げなくベットリと抱き着いていた。
なんか、ぬいぐるみに飛びつく子供の様だった。
「え!? 嘘やだこの子! 超かわいいんだけど~! ねぇほらみて!
しー君と同い年とは思えない愛くるしい見た目! 子犬のようでありながら死んだ魚のような目!
どこか影のある物憂げな表情! 見た目の幼さからは考えられないこのギャップが萌えなのよ! キャー!!
双子ってことは弟ちゃんもこーゆー雰囲気なのかしら?
てことはひとつ同じ屋根の下、寝る時は同じベッドでイチャイチャしちゃったりして! キャー!!!!」
あーダメだー。コイツ腐った。
というか死んだ魚の目は普通に悪口だろ。
「ねぇねぇ、それでアス君は受けなの~? それとも攻めなのかな~?
アタシはどっちでも――おっと、いけないヨダレが……。ジュルリ、げっへへぇ……。」
汚いなぁ。盛ったオヤジか。
ファラの目尻がいやらしく吊り上がり、今まで聞いたことが無い程気持ちが悪い声でゲヘゲヘと笑っている。
「チッ……。」
ん? 気のせいか? いま舌打ちしなかったか、この子。
「ケズデットに帰ったらさっそく腐友達に腐教しなくちゃ~!」
な~んのこっちゃ~い。
「あの、痛いので、そろそろ離してもらえます?」
「あ、ごめんね。つい興腐ンしちゃって……。脳内変換腐ィルターが暴走しちゃったみたい……。」
「……。」
「あぁもうそんな虚ろな瞳で見つめないで! キャー!!!」
グズグズに腐った世界に浸かったファラは放っておくとして、アスはこういった事に免疫があるのか、やけに落ち着いていた。
突然よく知らない目上の女性から抱き着かれたら、恥じらいの一つでも見せそうなものだが。
そんなことを考えていた時、アスがファラに聞こえないよう俺の耳元でブツブツとささやいた。
「なんなんです? このデカパイクソババアは。あの暑苦しいウシチチで僕を圧殺する気なんですかね。
うぅ、悪寒が…あーやだやだ、鳥肌立ったー……。
シーヴさんすみませんが、気持ち悪いので極力近づけないで貰えると助かります。
僕あーゆー乳ばっかやたらデカいだけで、頭スカスカの馬鹿女大嫌いなんですよね。
見てるだけで虫唾が走ります。あーきもいきもい。」
あいやー! この兄腹黒い!
ともあれひとまず自己紹介を済ませ、家へと案内してもらう事になった。
一頭のダバに3人纏まって乗り、アスの乗ってきたもう一頭はその後方からついてきた。
「ねぇ、弟ちゃんは家にいるの? どうして一緒に来なかったの? まさか仲が悪いとかじゃないわよね?」
ファラの質問に対して反応が全くない。
空気が固まるのを感じた。
どういう事情があるのかは判らないが、あまり触れないほうが良い事なのかもしれない。
いや、シンプルに無視という事もあるが――うん……。
「あの、アス君……?」
「え。あぁ、すみません。僕はナツです。」
ファラとの会話が止まり、こちらも一瞬思考が乱された。
は? どういう事だろうか? これが入れ替わり?
だとするととても厄介なのだが。
いや、ファラとの会話が嫌で、アスが下手な嘘をついたのかもしれない。
俺は思わず口を開いていた。
「えっと、ちょっといいかな? 今は、入れ替わってる、そういう事でいいの?」
「いえ、今は入れ替わっていません、僕がナツ、つまり弟の方なんです。」
「???? へ……。」
いやー、意味が解らないー。
最初この少年は自分を兄である、アスだと名乗ったー。
間違いなくー。
それが今は入れ替わってもいないのに、弟のナツだという。
ついにファラがゲームがバグったようにカチカチにフリーズした。
だいたい、さっき自己紹介した時と何一つ違いがないのだが。
ひょっとしておちょくっているのだろうか?
そう思うとだんだんストレスがたまってきた。
「あぁ、すみません。僕は先ほどまで眠っていたので。
兄者から何も聞いていなかったんですね。兄者は僕の中に生きているんです。
この身体の中に、僕らがいます。申し遅れました、僕が弟のナツです。以後お見知りおきを。」




