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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
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業苦




 気を取り直して、現在寝たきりの俺は、チーさんとファラさん、この2人とベッドを囲って一緒に食事をとりながら、チーさんからこの星の事を教えてもらっていた。

まず、ここはスチャラカポコタンと呼ばれる星で、地球ではないそうだ。

要するにスチャラカポコタン星は、様々な種族が暮らしているメルヘン仲良しワンダーランドらしい。


 ウン・チーことチーさんも、厳密には「ドルイド」と言う種族のおもしろ設定があるそうだ。

ちなみにウン・チーという名前もリアルガチだそう。


 そして俺やファラさんのような「人間(ヒト)型」は、ざっくりと「ヒュム族」に分類されるらしいんだけど、それも意味不明で地味にウケた。

俺は俺だってのっ。

あと、俺のいるこの村は、どうやら「ケズデット」という、言わば都心から県二つほど離れたところにある小さな田舎町らしい。


 というのを、俺がここまで殆ど真面目に聞いていなかったのは、これが夢である––つまり今見えているものが全て「明晰夢」であると解ってしまったからだった。

けれど、この寝ぼけた与太話の中にも、嫌に頭が覚めるような話題があった。

たった一つだけ、胸の奥に刻まれた負の烙印が浮き彫りになるような、ズンと暗く気味の悪い話題が眠っていた。




「ぶっちゃけキミは、一度死んでいる。」




――俺は一回、死んだというのだ。




 言い聞かせるようにゆったりと丁寧な、チーさんのワントーン落としたネガティブな口調に、俺の背筋だけでなく、思考も感情も一瞬で凍りつくのを感じた。

それは、夢の中とはいえ、まるで俺の心まで覗き見るようなチーさんの鋭い視線が、少しも冗談めいていなかったからかもしれないが――。


「そして、どういう訳かは誰にも分からないが、死後、記憶を失ってこの星へと流れ着く、それが『リンネ』だ。」


――だけど、仮にもしこれが夢じゃなかったとしたら、俺はこんな得体のしれない、それこそこんな悪夢みたいな世界に、たった独りで迷い込んでしまったことになるのだろう。

そう思うと、どうにも他人事のようには思えなかった。


「リンネは前世の記憶を持たず生まれてくるが、元居た世界の文化や習慣などは覚えていることが多くてな。キミの記憶が曖昧に感じるのも、そのせいだろうね。」


 リンネ=転生者。

この星のどこにでもいて、別段珍しくはないそうだ。

初めて俺が目を覚ました時と同様のように、街や村の近くの洞窟や洞穴からやってくるらしい。


 年齢、姿かたちは様々。

前いた世界も色々。

そして、唯一の共通点は、全員が記憶喪失者であること。


「それでリンネはね、その血族も含め、この世界の人口の9割を超える。」 


「9割って……そんなに沢山いるんですか? ちょっと多すぎません? レアリティ低すぎでしょ。」


「いやまぁ、その内のほとんどが『リンネの血を引く子孫』というだけだよ。このファラもな。」 


話の腰をちょいと折られたくらいでチーさんは面倒くさそうな顔をして、隣に腰掛けるファラさんへと俺の視線を誘導した。




――ガツガツッ!!




 因みに、俺がチーさんの話に感情を揺さぶられ、ネガとポジを右往左往している今も、食いしん坊なファラさんは卑しい野犬のように容赦なくガツガツと食卓を荒らしまわり、茶碗に山盛りのライスを体育会系の男子中学生のようにモリモリ掻き込み、テーブルに並べられていた美味を、よく味わいもしないで嵐のように蹂躙じゅうりんしていった。


 今も巨大な骨付き謎肉の両端をしっかり持って思いきり美味そうに齧り付いているが、やけにスジが多い為になかなか噛み切れないらしく、彼女が思いきり齧り付いたところから謎肉がゴムみたいにミョーンと伸びていて、視界の端に映るそんな非日常の日常風景に、ズタズタになっていた俺の心がホッと安寧を取り戻していくのを感じた。

また何故だか先ほどから、ファラさんの言動は良い意味で、俺にとって他人事ならざる親近感を覚えるのだった。


「これっファラ。客人もいるというのにがっつくな。みっともない。」


 悪さをした子供のようにチーさんからピシャリと怒られ、それまで夢中で骨付き肉に噛り付いていたファラさんは急にその手を止め、目に見えてシュンとしてしまった。

別に俺は細かいことは何も気にしないし、なんならタダ飯食わせてもらっている身で「客人」を名乗る気は毛頭ないのだが――しかしこの時、すこしばかり気になったことがある。


 彼女はこうして三人で食卓を囲むに至ってなお、何故だか一言も言葉を発さない。

それこそ初対面の時には挨拶をすることもなく、チーさんに行儀が悪いと怒られた今に至っても「ごめんなさい」のひとつも出てこない。

しかし、活発で無邪気な言動からは少なくとも彼女が内向的な性格に思えないため、何か他に「喋るわけにはいかない」事情があるのではないだろうか。


「あの、失礼なことを聞くかもしれませんが、もしかしてファラさんは何か事情があって喋れないんですか?」


「ん? あぁ、ちょっと色々あってな。そのあたりの事も話さなければいけないが……あーファラ、ちと悪いが空の食器を片付けておくれ。」


 どこか極まりが悪そうにブニブニの頭をポリポリと掻くチーさん。

対して、今しがた叱られたことなど秒で忘れたらしく、ファラさんはパッと明るくなった笑顔で頷くとスッと立ち上がり、食卓の空になった食器を重ね始めた。


「あ、ごちそうさまでした。ご飯、おいしかったです。ありがとうございました。」


 一人用のベッドという小さなテリトリーから俺が軽く頭を下げてお礼を言うと、ファラさんはニコッと微笑んで、ほぼ一人で平らげたお皿を丁寧に重ね、どっこいしょと両手いっぱいに抱えてさっさと扉の向こうへ駆けていった。

皿洗いくらい手伝うべきかと言葉に迷ったが、どうも今の俺の置かれている状況を考えると、ここはチーさんとの会話に集中するべきだろうと思った。

ワンパク小僧みたいなファラさんを見送って、ようやくチーさんは俺の質問に答え始める。


「さてリンネ君、ここからは少し嫌な話になるからね。心して聞いてほしい。」


「え、リンネ君って? まさか、俺の事ですか?」


「ん、なんか文句あんのか、リンネのガキ。」


「いえ、別に。」


 リンネ君などという誠にふざけたニックネームに気を取られ話題が脱線してしまったが、どうやらファラさんが口を利けないのには何か深刻な理由があるらしい。

ファラさんを食卓から退場させて、チーさんは再びワントーン落とした声と真面目な調子で話題と空気をダンディに切り替えた。

ここから先は妙な横やりを差せば、次こそ躊躇いなく全力のビンタが飛んでくるだろう。 

そういう過激さのある緊張した空気が、チーさんの振り上げた右手のパーから露骨に感じ取れた。


「スチャラカポコタン星に生まれるリンネの中にはね『リンネの業苦』を背負って生まれてくる者がいる。」


「はぁ……。業苦、ですか。」


「リンネの業苦、それはいわば呪いのようなものでね。前世で悪行や罪を犯した者、世界を酷く呪って死んでいった者が背負う咎だと言われているんだよ。」


 業苦とは、呪い。

前世の咎を償うための、罪と罰。


 ダンディの話では、そもそもリンネとは、犬に例えると「よその家から沢山仲間がやってきて、どんどん賑やかになっていく」というものだった。

つまり、よその星からスチャラカポコタン星へ、死後、どういう訳か流れ着いた俺みたいな記憶喪失者を、総じて「リンネ」と呼ぶらしいのだが。


 平たく言えば「宇宙人」であるところのリンネの中には「業苦」という、いわば呪いや何らかの「ハンデ」を背負って生まれてくるものが極少数いるのだという。

とするならば、話の流れからしてファラさんが喋れない原因も、この「リンネの業苦」に起因していると考えるのが自然だろう。


「つまりファラさんが喋れないのは、そのリンネの業苦によって口が利けなくなった、とかそういう話でしょうか?」

 

「そうだね、察しが早くて助かるよ。だがファラは本来、喋れないわけではない。」


「えっと、どういうことですか?」


「あの子の『声帯』は、とある事情から、わしが封じている。」


「声帯を……? あの、さっきから全然話が読めないんですけど。」


「まぁ、説明するより見せる方が早かろう。」


今一つ話のまとまりが見えず頭を抱えた俺をよそに、チーさんは目を閉じて大きく息を吸い込むと、リラックスした面持ちで何かをぼそぼそと呟き始めた。


「どれ、それじゃぁリンネ君、ちと口を大きく開けてくれ。」


「? はぁ。」


「なるほど、キミは右奥歯に虫歯があるな。」


「……?」


 大きく開いた俺の口の中をのぞき込んですぐ、チーさんが真面目な顔でそんなことを言った。

面白くもなんともない冗談に対して、俺は「わざわざそんなことを言うために俺に口を開けさせたんですかクソダンディ」と苦言を漏らしたはずだった。


 しかし俺の声は、どこかで封鎖されてしまったかのように、何か薄い膜に閉じ込められてしまったかのように、喉の奥から音となって出てくることは無かった。

呼吸だけはできるように、上手に首を絞められたような。

急に喉の筋肉が言う事を聞かなくなったかのような。

或いは喉に絡んだ痰がどうにも剝がれなくなったとか、とにかくそういうもどかしい感覚だった。


「はっはっは、冗談じゃ冗談。しかし、これで原理は理解してもらえたかな。」


 やがてチーさんが愉快そうに大声で笑い飛ばすと、同時に「ふっ」と俺の喉元の違和感が消え去っていくのを感じた。

その瞬間、何か枷でも外れたような気がして、自然と今は「喋れる」と解った。


「これは、一体どういう手品ですか?」


「これは魔法、名を『シャラプ』という。要は口封じの魔法だよ。」


「魔法……。これが……? けど確かに、これは非論理的(魔法みたい)だ……。」


「リンネ君に解るように説明すると、膜のように薄く練ったわしの『気』で、お前さんの声帯のフタを覆ってみせたってところか。」


「な、なるほど……。」


 俺は自分の喉元を触りながら、自分の身に起こった夢のような怪奇現象とチーさんの余裕の表情に、明らかに動揺していた。

これは、もはや「超科学」となぞらえてもいい。

喉を覗き込むという一瞬のうちに、他人の声帯に「気」の膜を張りつけるなど、少なくとも俺がいた時代にはあり得ない、明らかに人知を越えた芸当だと解る。


 魔法――ファンタジーの世界でよく目にする単語だが、しかし口封じのこれは、どちらかと言えばSFに近い、非常に高度な技工的知識の側面を強く感じるのだった。

そして、このシャラプの魔法で、とある事情からファラさんの声は封じられているということなのだろう。

とするのならば、ファラさんの業苦は自らの声を媒介に、自分自身や、或いは周囲に何らかの影響をもたらすものであると推察できる。


「まあ、ちと一度に色々話しすぎたかな。目が覚めてから驚くことばかりで、さすがに疲れただろう。」


「はぁ、そうかもです……。」


 どうやら動揺を隠せない俺の顔色が相当悪く見えたらしい、目が合ったチーさんは珍しく心配そうに眉をひそめた。




リンネ――業苦――魔法――。




 業苦によって「声」になんらかの制約を持ち、チーさんによって魔法で声を封じられたファラさん。

ここは地球ではなく、別の(スチャラカポコタン)星で、俺が今いるのは「ケズデット」という小さな村。

そして、死後、リンネとしてこの星に流れ着いたという俺は、未だに自分の名前すらも思い出せずにいる。

解らないことがあまりにも多すぎる中、話が先へ進めば進むほど、知らない事ばかりが増えていく。


「さて、飯も食ったし、話の続きは明日にして、今日はもう寝るか。」




――仮にこれが夢でないとしたならば、俺はこれから、どうしたらいいのだろうか。




「あぁそうそう、大事なことを言い忘れていたな。」


「? なんです?」


「ここはファラの寝室でな、今キミが寝ているベッドもファラのものだ。しかし他に部屋がないから、ちと悪いが暫くはファラと一緒に寝てくれ。」


「はぁ、どうも……ありがとうございます……? あ……。」


「ふむ、まんざらでもないという事か。」




――ついお礼言っちゃった。




私を妖怪に例えるなら「のっぽらぼう」だが、アンタはどんなだ。

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[良い点] 主人公が地の文でつく悪態、突っ込み、感慨がそれぞれ面白くて良かったです。心の声?のようなものを感じ取れるのはかなり素晴らしいと思うのですが、いきなりの同衾展開でこちらもびっくりで面白かった…
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