anthem_9
【レディ~ス&ジェントルメ~ン!!!】
お、ついに始まったか……。
【ウェルカムトゥズィッ!! アイザファイヤーカーップッ!!!
アユレディ!? レッツ! アンセム斉唱!!! ヘイエブリバディ!!! スタンダーップッ!!!】
「え? え? なに? なんなの?」
祭りのようにざわつく観客席に座っていると、どこからともなく男の大きな声が会場に響き渡る。
その瞬間観客席のヒトビトはバタバタと一斉に立ち上がり、何食わぬ顔で両腕を背中へ回すので、思わず俺も立ち上がり彼らの行動に習いそうしたが、一体何が始まるのだろうか――
ー 闘え、ファイティング・マン ー
ー 作詞、作曲、ウン・チー ー
は? なに? なんなの?
今度は丁寧な女性のゆったりとした声で謎の曲紹介が始まり、奇妙な音楽と共にヒトビトが歌を歌い始めた。
ー ずんちゃん ずんちゃん ずんちゃんちゃん ー
たーたかえ~漢たち~。
おーれたちー漢たち~。
たーたかう~漢たち~。
おーれたちー漢たち~。
ー ずんちゃん ずんちゃん ずんちゃんちゃん ー
「…………。」
ー みなさま、ご着席下さい ー
観客は静かに席に着いた――が。
は? おわり? なんだこのカスみたいな歌……。俺が作った方がまだマシなの出来るぞ?
てか作詞作曲ウン・チーって、まさかあのヒトこんなカスみたいな曲提供して金貰ってんのか?
なんなんだこの茶番はよ……。
ー 戦士、入場 ー
ー みなさま、ご起立下さい ー
「え! え?!」
俺がまだ混乱しているにもかかわらず、観客席のヒトビトはバタバタと一斉に立ち上がり、何食わぬ顔で両腕を背中へ回すと、間髪入れずあの前奏が再び流れ始めた。
ー ずんちゃん ずんちゃん ずんちゃんちゃん ー
たーたかえ~漢たち~。
おーれたちー漢たち~。
たーたかう~――
いやもういいだろその歌! 一生に2回も聞きたくないわこんな駄曲!
そして「闘えファイティング・マン」のメロディと共に計8名の勇ましい戦士達が一列に行進しながら闘技場に現れるのだった。
ー ずんちゃん ずんちゃん ずんちゃんちゃん ー
ー みなさま、ご着席下さい ー
ー 選手、宣誓 ー
「せんせーー! 俺たち! 漢はー!
正正堂堂闘う事を! 誓いますっ!!」
青いリザードの男が左腕を背に回し、右腕をピンと高く伸ばしながら大きな声で宣誓を行う。
ー ちーかーいーまーす!! ー
その後に連なるように、他の戦士たちは大きな声でそう叫んだ。
なんか、運動会みたいだ。
あ、ファラいた。なんか嬉しそうだなアイツ。
ー 選手、退場 ー
ー みなさま、ご起立下さい ー
ー ずんちゃん ずんちゃん ずんちゃんちゃん ー
たーたかえ~漢たち~。
おーれたちー漢たち~。
たーたかう~――
あぁもううるせぇうるせぇ!! 2番とかないから余計にたち悪い!!
試合始まる前からもう帰りたいんだけど、なんなん……。
戦士は再び行進しながら闘技場から姿を消した。
この一瞬で下らない歌を3回も聞かされた俺のテンションは早速サイ&テイだ。
そして再び観客が席に着き、何事もなく楽しげに談笑を始めると、直ぐにあのやかましい男の声が聞こえてきた。
【それでは早速いってみようかぁ!!! アイザファイヤーカーップ!! 初戦第一試合!!!
ファーストファイターはぁああああ!!!!!! コイツだぁああああ!!!!
スカァアーーーーーーイィ!!!! ストライカァァアアアア!!!!】
ー うぅおおおおおおおおおおお!!!!!!!!! ー
その瞬間、オブジェクトと思われていた恐ろしく巨大な石の板に、闘技場の映像がアップで投影された。
まるでテレビのように鮮明に会場の様子が映し出されている。
よくみるとその石板の上方、その奥に小窓があり、解説の男と思われる人物が喋っているのが見える。
そして観客たちの凄まじい歓声と共に、その戦士はついに闘技場に現れた。
武具に身を包んだ翼人、スカイストライカー。
体格こそひ弱そうだが、余程名のある戦士なのだろう。
凄まじい盛り上がり様である。
ん? あれ、翼人て……。さっきあのヒトだけだったよな……。
……アイツ。
ドタバタバトルバタフライじゃね……?
「スカイストライカーか、翼人らしい良いファイターネームだぜ。」
『あぁ、なかなか強そうなファイターネームだ!』
「ふん、いきなり優勝候補、出現ってか……? 笑えねぇ冗談だな……。」
え? そんなんで優勝候補決まるの? 冗談きつくね?
石板の映像を見ると、元ドタバタバトルバタフライのスカイストライカーは、髪をかきあげてコレ見よがしにカッコつけていた。
嘘でしょ? うわっすげードヤ顔。ヒトから付けて貰った名前でよくあんな顔できるなアイツ。
【対するファイターはぁ!! ――え? ……プッ! なんだこのなまえっ!!】
「え……。」
解説が思わず吹き出すと、その瞬間会場が静まり返った。
全員が大きな石板の映像を注視し、解説の次の言葉に意識を集中していた。
嫌な予感がした。
観客全員が緊張した面持ちで見守る中、会場に現れたのは……。
武具に身を包んだ――ファラだ~あぁもう~……。
【ウマ乗りぃぃいいいいいいい???? モンチッチィイイ!!!】
バカおまえーーー!!!
アイツよりにもよってクソだせぇ部分とクソだせぇ部分を融合しやがった!!!
「あははははははは! ウマ乗りモンチッチだってよー! ばかじゃねーのあの女!!」
「こりゃ早速一人名前負けで脱落だなぁ!」
「ざまみろモンチッチィイイ!」
「やーいウマ乗りモンチッチィイイ!」
ー あははははははははははははは!! ー
「むぅうううう!!」
鼻を垂らした猿がバカ面の馬に乗って陽気に駆け回ってるイメージが俺の頭の中には浮かんでいた。
戦士名簿を見て知っていたヒトも、俺のように知らなかったヒトも、だーいだい大爆笑。
みーんな腹を抱えて、指をさして、気でも狂ったように、会場に現れたアホ丸出しの猿女を嘲笑していました。
あーあ、穴があったら入りたい――のは俺の方だ。
頬をパンパンに膨らまして赤面し、目に涙を浮かべ悔しがっているファラのマヌケ面が、石板にこれでもかという程デカデカと映し出される。
馬鹿なの……。その子、バカなの! お願いだからもう笑わないで! 可哀想だよほんとうに!
しかし俺の思いに反して、会場はその熱気をグツグツと煮立たせていく。
「いっけぇ! スカイストライカー! ウマ乗りモンチッチなんかぶっ殺せぇ!」
「はははは! ウマ乗りモンチッチ如きがスカイストライカーに勝てるわけねぇぜぇ!」
「さっさとくたばれウマモンッ!!」
ウマモン……。
ー ストライカー!! ストライカー!! ー
ー ストライカー!! ストライカー!! ー
ー ストライカー!! ストライカー!! ー
スカイストライカー、凄い応援されてる……。
もはや会場は100-0でスカイストライカー圧勝ムード1色だった。
酷い、ひどすぎる……。さすがにファラが可哀そうになってきたぞ……。
【おやおや? ちょいまち。なにやら両選手、試合前から苦しそうに右腕を抑えていますね……。
どうしたのでしょうかー?】
石板に映った2人の姿を見て、解説と会場がざわつく。
そう、スカイストライカーとウマ乗りモンチッチは闘う前から既にズタボロに負傷しているように見えた。
右腕を抑えて、なにやら苦しそうに表情を歪めている。
茶番だ茶番、おおかた腕相撲なんかしたからだろ。ばかどもが。ばかしかいねーよ。
そして先に口を開いたのはウマ乗りモンチッチのアホウシだった。
「く、張り切り過ぎたわね、右腕が上がらないわ……。」
ほれみろ、くだらねぇ! もう試合にならねーだろそれよ!
んで、今度はスカイストライカーか? なぁ?!
「ちっ、さっきの大腕相撲大会では良いの貰っちまったが、本当の戦いはここからだぜ。
力が全てじゃねぇってことを俺様の技で教えてやるよ!」
何言ってんだ、試合開始前に言う台詞じゃねぇだろ。
ばかじゃねーのアイツら。大腕相撲大会って言っちゃったしな。
てかアイツ、ファラに腕相撲で負けたのかよ、俺が言うのもなんだが普通にだせぇな……。
ちなみに2人の声は解説同様、どこからともなく聞こえてきた。
もしかすると頭に付けたあの防具になにか仕掛けがあるのだろうか。
はてさてそれは解らないが――
「あら、まだ解らないの? どうやら鳥頭みたいね。」
こらこらお前が言うな。
ファラは一層軽蔑するように鼻で笑う。
「集中力、反射神経、腕っぷし、根性、精神力――腕相撲こそがそのヒトの持つ戦闘能力の全てなのよ?
つまりね、腕相撲で負けたアナタがアタシに勝てる要素は、もはや何一つないの!」
いや腕相撲に対する信仰厚くない?
鳥頭はおまえだよ。真剣な面持ちで何言ってんだ。
頼むから公の場でそれ以上醜態を晒さないでくれよ……。
【大腕相撲――大会? 一体なんの事でしょうか?
どうやら控え室で我々の知らない熱き闘いが、既に行われていたのかもしれませんねぇ?】
しれませんねぇ?
じゃねーだろよぉ。事故よ事故。これもう事故。
解説は事態を把握しきれていない様で、まるで他人事のようにブツブツ呟いている。
【それでは盛り上がったところでぇ!!! 行ってみようかぁ!!!! レーッツローックッ!!!!】
盛り上がったのか盛り下がったのかは判らないが……。
解説がそう叫んだ途端ゴングが鳴り響き、ギャルルルウ~! ギャギャギャン! と激しい音楽が会場を包み込んだ。
あまり馴染みがないけど、多分ヘヴィーなメタルってやつだろう。少なくともロックではない。
観客は雄たけびを上げ、一気に熱気を帯びていく。
ゴングと共に素早く飛び込んだのはスカイストライカーだった。
「速っ!!」
ひ弱そうだと言ったが、むしろ逆だ。
スピード重視、その為に必要以上の筋肉を付けていないだけなのだろう。
あれほど大きな大翼を背負っていながら、それを感じさせない尋常でないスピードだ。
あろうことかファラはその素早い切り込みに一瞬反応が遅れた。
守りの姿勢に入ったファラにストライカーは切りかかって――いや、フェイントだ!
【あぁっとぉおおおお!!! スカイストライカー!!! 自慢の大翼を前に突き出したぁぁああ!!!】
瞬間、既にスカイストライカーはファラの真横に居た。
身の丈ほどもある大きな翼でファラの視界を塞ぎつつ、素早く死角に移動したのだ。
まんまとその策にはまり、いきなり死角から剣撃をもろに食らったファラは苦しそうに顔を歪めた。
【クリティカルヒット!! 綺麗に決まったぁぁああああ!!!】
「くぅ! このぉ!」
「ちょろいなコイツはっ!」
ファラは負けじと切りかかるもヒラリと容易くかわされ、防戦一方となる。
反撃どころか、盾で防ぐのすらやっとだ。
やはり分が悪い――腕っぷしが上でも、闘いの経験が浅いのだ。
村の喧嘩で一番になった程度で臨める闘いであるはずがない。
【スカイストライカー!!! 凄まじい身のこなしでウマ乗りモンチッチを圧倒!!!
切る!! 避ける!!! これはあまりにも一方的!!! 蹂躙に等しい!! なぶり殺しかぁあああ!!!!!】
ー ストライカー!! ストライカー!! ー
ー ストライカー!! ストライカー!! ー
ー ストライカー!! ストライカー!! ー
声援は更に大きくなる、俺はもう完全に諦めていた。
あとはせめて、ファラには大けがをしないで試合を終えて欲しい。
そう願うばかりだった。
そして次の瞬間、ファラの剣撃を身を低くして避わしたスカイストライカーがギュンと一瞬で空高く飛び跳ねた。
【飛んだー!!!! スカイストライカー!!! 空高くぅぅうう!
一瞬で凄まじい高さまでワープしたぞぉぉおお!!! だれかその瞬間がみえたかーーー!!!!】
ー うぉぉおおおおおおお!!!! ー
「どうだよっ! 自分より力の弱い奴になぶり殺される気分は!」
ファラは空を見上げて立ち尽くすばかりで、スカイストライカーはそれを嘲笑うように宙を舞っている。
あの高さから見れば、ファラなど蟻のようなものだろう。
「終わりにしてやるよっ!」
威勢よくそう言ってスカイストライカーはグルっと宙で一回転し、ファラに向かって地を蹴るようにして飛び込む、その瞬間に叫んだ。
「くらえっ! 必殺! スカイツリー・ノーリード・デスバンジージャンプ!!」
突然スカイストライカーを映した石板に妙な字幕がドドンッ! と飛び込んだ。
「暗愚魯鈍の天上死亡遊戯!!」
あいやー、それお前が死ぬヤツ。
必殺の意味違くね。
ー うぉぉおおおおおおおおおお!!!! ー
なぜか会場の熱気は最高潮に達した。
ファラは受け止める気なのか、隕石のように急降下するスカイストライカーをジッと睨みつけている。
「バカーーーーッ!! 避けろよーーーーっ!!」
俺が思わず大声でそう叫んだ瞬間だった。
ズドォォオオオンッ…………
そこに居た誰もが目を疑っただろう。
会場は静まり返る。
別にファラが避けたわけでも、何かしたわけでもない――と思う……。
何を誤ったのか、スカイストライカーは不自然な軌道で激しい土煙と地鳴りを上げて、地面にもろに激突した。
石板に映し出されたスカイストライカーはピクリとも動かない。
死んだ。のだろうか……。
【あ……。勝者……。ウマ乗り、モンチッ、チー……。】
ー ………うぉぉおおおおおお!!!!! ー
ー ざっけんなぁぁああああああ!!!! ー
不満の爆発した観客席から物が投げ込まれる。
てか解説のあんたが審判だったのかよ。
ファラは「キー! なによー!!」と暴れているが――勝ったのか、これ。
一体何が起こったのか訳も分からないままだが……。
ともあれ、幸か不幸か勝ち進んでしまったらしい。
まぁ、ファラが無事で何よりだが――心臓に悪いな、これは……。
係りのヒト数名に羽交い絞めにされ、半狂乱で引きずられるように退場するファラ。
「暗愚魯鈍の天上死亡遊戯」により、無念にも自滅してしまったスカイストライカーは担架で運ばれていった。
初戦第一試合勝者、ウマ乗りモンチッチ。
こうしてアイザファイヤーカップ、波乱の第一試合はその幕を閉じた。




