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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 2章 アイ ザ ファイア
39/402

ヒゲメガネ

2025/03/06_改稿済み。




 それはまるで獲物が来るのを待ち構えていたかのような絶妙なタイミングであった。

ファラを追いかけて勢い任せに路地裏へと駆け込んだ俺の前に現れた男は、大きな黒い翼を背負っていた。


「そのなんだ、これはマジで真剣な話なんだが……まずは黙って耳の穴かっぽじってよく聞いて欲しい。とにかくヒトにはあまりにも大それた悩みかもしれないが、実は俺いま空を飛びたいんだけど、飛ぼうにも金が無くてな……。そんならいっちょハメ外そうにも酒代もバカにならないもんで、いやあホント困った困った。」


「はあ……(何言ってんだろこいつ)。」


 170㎝は超えるであろうその男は、何故か上裸で6パックをひけらかしている。

燃費の悪そうな筋肉質な体で懸命に身振り手振りを交えつつ、どうにか俺の興味を引こうとしてくるのだが、如何せん話の内容が手の施しようがないほど支離滅裂すぎて、彼が何を言ってるのか俺にはサッパリ解らなかった。


 そもそも空を飛びたいという彼の背中には、例えドス黒くともお飾りなどではない立派な翼が生えているのだ、それを使って今すぐ俺の前からどこへなりとも飛んでいけばよかろうものを、結局は同情を誘って酒を浴びるほど飲みたいだけではないのか。


 彼の身なりも気になる。

作業着と思しきズボンは油汚れであちこち黒ずんでおり、履いている作業靴もボロボロだ。

見たところ、この男は機械整備かそれに近い何かを生業としていそうである。

大方、仕事終わりに飲み屋へ行こうと思ったところで、財布の中身が心もとないことに気づいたクチだろう。


「そこでまあ、兄ちゃんがちょこっとばかし金を貸してくれりゃ、明日か明後日か、遅くとも今週中には空を飛べちゃうかもしれないと思ってだな。そんでもって空が飛べた曙には……あー、何があるんだろうなあ?」


 ややカオスな説明の途中、男は神妙な面持ちで首を傾げて、あろうことか金をせびる相手に答えを求めてきた。


「と言われましても、飛んだあとのことなんて、俺にはなにがなんだか。」


「だよなあ、いつもそこなんだ、問題は。飛んで何になる。でも飛びたい、どこまでも高く飛んでみてえ、あの雲の向こう側を見に行きてえ、男ってそーゆーもんだろ?」


 男は短めの金髪を、大根のように太く逞しい右手でガシガシと掻きむしると、キメ顔で俺を指さしてさらに同意を求めてくる。


「まあ、そうっすよね。思えば俺も若い頃にはそーゆー時期がありました。」


「ガハハ! ちょっと待て、おまえ何歳だよガキ!」


 男は腹筋6パックを抱えてゲラゲラと高笑いを始めた。

カツアゲされている側でありながらこのような事を言うのはナンセンスかもしれないが、しかし彼は筋肉質な見た目に反して高圧的な印象は受けないので、金をせびるにしても少なくとも悪意があるわけではなさそうだ。


 もしかすると彼は既に酒を煽った後なのかもしれないが、やたらと落ち着いた表情からは微塵も酔いの気は感じられない。

ただし高揚した言動に一切の落ち着きが無い点や、何故か上半身裸であることも加味すると、酒気帯び状態かどうかはピッタリ50/50で打ち止めとなった(だいぶ甘めに見積もっての話だが)。


「そうだよ、やっぱあの空、飛びてえに決まってるよな。」


 高笑いが治まると、男は大きく深呼吸をして、建物の壁に囲われた狭く小さな星空を見上げた。

その夢見がちな表情は、誇り高く、けれどなんとなく寂しげでもあり、あの黒い翼のほかにも彼なりに背負うものがあるのかもしれない、そう思わせる奇妙な哀愁がカツアゲの隙間に漂っていた。

 

 ヒュムサルニャス族――通称、翼人ツバサビトと呼ばれる彼らだが、背中に"白い翼"が生えているということを除いては、見た目において俺たちヒュム族と大きな差がない。

以前チーから聞かされた話では、翼人ツバサビトは空に浮かぶあの奇妙な島を住処としているため、一見すると閉鎖的な民族に思われるが、しかし生活基盤や文化などの基本的な部分と社交性は、ドルイドやヒュムのそれと殆ど変わらないのだという。


 ところで、彼の翼は何故に黒いのだろうか。

ここケズバロンの街でも既に彼の同族をちらほらと見かけてはいるが、彼のように翼の黒い者が他にいなかったことを思うと、この男の存在はやや歪んで思えてくる。


「さてと。そんじゃ、倍にして返すから、ここはひとつ投資と思って頼むぜ。」


「えーっと……。」


 黒い翼に意識を奪われていた俺をよそに、男はフレンドリーに同意の手を求めてきた。

だがしかし、酒を飲んでいようがいまいが、何を言ったところでこの先は賭博区なのだ。

欲望に飢えたこの男が碌でもないことを考えているのは明白だろう。

第一、いま金を借りたいのはむしろ俺の方である。


「おい、そこの”クロハネ”。カツアゲなんてみっともねーことはやめな。」


 不意に勇ましく男らしい声が舞い込んできた。

声のした方を見ると、俺が先ほど駆け込んできた表通りから、二足歩行の、俺よりも大きな赤い爬虫類トカゲで、目つきが鋭くて血の気が多そうな――あれは……。


「リザード族……?」


 全身が逆だったウロコに覆われた赤いリザードは、黒い翼人ツバサビトを睨み付けつつ、肩で風を切りながらこちらへ近づいてくると、呆然と立ち尽くす俺を間に挟み、さっそく俺の頭上で翼人相手に睨みを利かせはじめた。


 だがこの狭い通路に三人並ぶことは物理的に不可能だ。

そのため俺は、赤いリザード族の堅いウロコ腹と、暑苦しい翼人の汗ばんだ6パックに板挟みにされ、大変に息苦しく暑苦しく男臭い空間で身を縮こませて事態を見守ることになった。


「カツアゲなんざする奴は、漢らしくねーんだよ。」


 赤いリザードが翼人を威嚇して更に顔と顔の距離を詰めようとした。


「ちょ、痛いって! ウロコ刺さってるから!」


 逆立ったウロコのトゲがあちこちに刺さり、俺は大ダメージを受けた。


 泣きっ面にリザードのウロコであるこの状況はさておき、割と友好的に思えた翼人と違い、こっちのリザードは見るからに攻撃的な態度であり、ギラついた赤い瞳は喧嘩っ早く執念深そうだ。


 よく見れば太ももに巻いたベルトには数本の短刀ダガーが収められており、このままいくと余計にややこしく物騒な事態に発展するのも時間の問題かもしれない。


「盗るならもっとデカいもん盗ってみろや、小悪党が。」


「あ? 誰だお前、生臭せえんだよ、口が。」


「な、ナんだトーッ!?」


 これは利くわ……無表情な翼人の冷静な切り返しに、俺は素直に感心した。

現に、取り乱したリザードは開けた口を押えつつ、自ら近づけた顔を退けている。


「く、口が臭い……まさか!? いやそんなわけがない、俺はさっきハミガキしてきたばっかなんだぞ! ハミガキ粉だって口臭除去効果のあるものをちゃんと使った!」


「知らねーよ。臭せえもんは根っから臭せえんだよ。口じゃねーなら内臓が腐ってるんだろ。あんま顔近づけんな、口臭くちくさがうつる。うっわ、くっさー。」


 怒涛の勢いで繰り出される会心の一撃。

目には見えない鋭い何かが、鱗に覆われたトカゲの硬い胸を次々と貫いていく。


「くぅー! 若気の至りと思い見逃そうかと思ったが……おのれカツアゲ小僧、この場で切り捨ててくれる。」


 あっという間に満身創痍の赤いリザードが、右足の太ももに巻かれたベルトの鞘から短刀ダガーを引き抜いた。

血生臭いグロテスクな予感が脳をよぎる。


「は、刃物……!? ひょ、ヒョええ〜ぇエエッ!」


 血が青ざめて、自ずと情けない声が漏れた。

だがそんな恥ずかしい俺のことなどお構いなしに、リザードは翼人に短刀の矛先を向けた。


「てめーは俺を怒らせた。腕のいっぽんくらいは後悔するなよ。」


「あ、怒ったー。怒っても臭せえのな。」


 対して翼人は怖いくらいに冷静沈着である。


 たかだか口が臭いくらいの言い合いで殺し合いなんて冗談にしては面白過ぎるが……しかしケズバロンに到着したその日の内に血生臭い争いに巻き込まれるなんて冗談にしたって笑えない。


「ち、ゴロツキが……。我らが"神の遣い"に代わり貴様を処す。魔に堕ちたその魂、苦痛をもっていましめよ。」


「け、なにを偉そうに。いいからさっさと掛かってこいや、”殺人鬼”。」


 鼻先に刃物を突き付けられてなおも強気な翼人の言葉に、ピクっと、短刀の刃が僅かに振られた。


 俺を挟んだふたりの間に、氷のように冷たい緊迫した空気が張り詰めていくのが肌で感じられる。

それはなにか、禁忌の一線を越えたような、起爆剤に火をくべてしまったような、不良生徒相手に堪忍袋の緒が切れた器の小さい教師とか、そんな青白い温度だった。

そして俺がなにを言ったところで、今更このふたりの耳には届かないであろうことは確かだった。


「貴様に何が解る。」


 赤いトカゲは冷たく重たい声で小さく呟くと、いよいよ短刀を構え直して身を低くした。


「あーッ! やーっと見つけたあーッ!」


 その時である。


「なんだ?」


「ん?」


「え?」


 突如転がり込んできた機嫌の悪そうな女の奇声に、殺伐とした場の空気は混乱を極めた。

揉みくちゃになったままの俺たち三人の意識は、自然とドレミファドーナツ通りの明るい方へ向かう。


「もう全然追いついてこないからこっちから探しちゃったじゃん、パートナー失格だよ!」


 通りの方から近づいてくるのは、赤い紙の三角帽を被った頭の悪そうなヒゲメガネの変質者だ。


「あ? なんだ、あのヒゲメガネは。パーティー帰りのキッズか。」


 変質者がズカズカと近づいてくるのを見て、上裸の翼人が真っ当な事を呟く。


「しーくん、こんな所でなにしてるの?」


 不審なヒゲメガネの手には、カラフルなチョコスプレッドをふんだんにまぶしたストロベリーチョコドーナツが握られている。

今もモグモグしているその口元には、色とりどりのチョコスプレッドがまるでヒゲのように散りばめられている。

首元には葉っぱの形の装飾がじゃらじゃらしているダサい金のネックレス。

白のカチューシャのど真ん中にはピンク色のドラゴンのヘンテコなワンポイントが――。


「って、お前アレか。ファラか。」


「え、なに、お前の知り合い?」


 俺の頭上から翼人が友達感覚で馴れ馴れしく問うてくる。


「いえ、まあ、パーティメンバーというかなんというか……。」


「まあパーティの仲間なのは見ればわかるけどよ、ヒゲメガネ的にも。」


「あ、いえ、そっちのパーティじゃなくって……。」


「いいからほら、はやく行くよ!」


「あ、おい! 俺に金貸してくれるって約束はッ!?」


 ファラによって翼人とリザードの間から強引に引っこ抜かれ、そのまま引きずられるようにしてカツアゲの現場を後にするとき、翼人が俺を呼び止めた。


 どこか縋りつくような翼人の叫びに対し、ファラはいつになく機嫌の悪そうな様子でキリキリと踵を返すと、翼人のことをヒゲメガネの奥から鋭く睨みつけた。


「これはあたしのお財布なの!」


 それから俺たちがドレミファドーナツ通りの方へ姿を眩ますまで、短刀を構えたリザードと上裸の翼人は、身を構えたまま微動だにしなかった。


 表通りの雑踏をどこへとも知らぬまま、ファラに牽引されながら進む。

俺の手を引いて逆流を迷いなく突き進んでいくファラの背中で、ピンク色のドラゴンのヘンテコなワンポイントが勇ましく揺れている。


 先ほどファラは、自分よりもずっと大きく筋肉質な翼人が相手であったにも関わらず、一切臆することなく強気に自己主張を貫いて見せた。

それ自体は素直に尊敬するべきファラの良いところだろうと思うのだが、しかしどうしても解せないことがある。




――これはあたしのお財布なの!




「おい、この財布は俺の財布だぞ。いつからお前のものになったんだ。」


 俺の主張にファラは歩みを止め、繋いでいた手を解いて振り返り、そしてキョトンと首を傾げた。


「なに言ってるの? 村でしーくんを拾ったのがあたしなんだから、しーくんはあたしの物だし、しーくんがあたしの物なら、しーくんの物も当然あたしの物じゃん。」


「ヒトを犬や猫みたいに言うなよ。」


「そんなのお互い様でしょ。」


 あっけらかんとヒゲメガネが笑う。


「あたしのものは、誰にも渡さないんだから。」


 再びファラが俺の手を握った時、ヒゲメガネ越しに、ファラの瞳がギラギラと燃えていた。

彼女の真っすぐな言葉と、真夏の太陽のような瞳に映ったそれは、独占欲とは違う、なにかもっと大切な、”想い”とか”信念”みたいなものがありありと宿っていて――。


「お、俺だって……。」




――先ほどよりも強く繋がれた手の火傷しそうなくらいの温もりと、彼女の眩しすぎる笑顔に当てられて。




「俺は……俺の大切なものは、誰にも渡したくない……絶対にな。」




――継ぎ接ぎの勇気はたを振りかざして、俺は負けじと、この胸に誓いを立てていた。




~~ オマケ ~~




 金を貸してくれそうな気の良い小僧だったのだが、突然現れた変なヒゲメガネに連れ去られてしまった。

あと一息ってところだったと思うと悔しいが、振り出しに戻った以上、くよくよしてて良いことは何もない。

とりあえず、この口の臭いリザードに頭を下げてみるとしますか。


「なあ、”殺人鬼”っていうの取り消すから、金貸してくんね?」


 この通り、俺が手を合わせて頭を下げると、リザードは大人しく短刀を鞘に納めて、重苦しい足取りと共に無言で去って行ってしまった。


「なんだアイツ、しけたツラしやがって。まあいいや、他あたろーっと。」




――今度こそ飛んでやる、絶対に。




「待ってろよ、ゼロファイター。」




この感覚が、今の自分のベストだと思います。

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