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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 2章 アイ ザ ファイア
37/402

カーズ

2025/01/26_改稿済み。




 アニーク樹海を避けて周り、無事にケズバロンの街へたどり着く頃には日もすっかり落ちて、空に浮かぶ小さな島と並んで、少し欠けた月が既に夜空に浮かんでいる。


 ケズバロンの街に近づくにつれ、街の位置する辺りの上空は明かりの多さで僅かに白んでいく。

流石は大都市と謳われるだけあり、活気にあふれた街明かりよって夜空を彩る星はいつの間にか姿をくらませてしまったが、遠くから見えるケズバロンの明かりは、街並みの僅かな高低差によって美しく演出されていた。


 道中、背中に数人の客を乗せた毛深いマンモスのような生物と幾度かすれ違った。

よもや踏みつぶされるのではないかと俺は肝を冷やしたが、ひとり逃げ腰になった俺のことをファラは笑い、続けてあれは”ダバ”と呼ばれる温厚な巨大生物で、いわばケズバロンとよその街を繋ぐ唯一の交通機関として活用されているのだと教えてくれた。

移動手段が車はもちろん馬車やラクダですらないと知り、俺は改めて、ここが自分の知る世界ではないことを思い知らされる。


 大陸一の大都市というだけあって、活気あるケズバロンの街は派手な門構えの入り口から、既に多くのヒトで賑わっている。

ケズデットの村には殆どヒュム族しか住んでおらずヒト通りも閑散としていたが、ここケズバロンともなると一転どころか大逆転、B級映画から取ってつけたような見た目の異星人たちが往来を埋め尽くしていた。


 それは例えば、頭でっかちのドルイドはもちろん、愛くるしいネコ顔の種(マズカ族)、強面のトカゲ顔の種(リザード族)、喧嘩っ早そうなウシ顔の種(テヒン族)、間抜けな馬顔の種(ルオ族)、パンツ一丁の奇妙な小人(ホビット族)、果ては背中に大きな翼の生えた天使(ヒュムサルニャス族)と……。

ほんの一部解るだけでも多様な種族がおり、チーさんから村の外のことを聞かされてなんとなく想像はしていたが、いつか昔に見た「スター〇ォーズ」や「メ〇イ〇ブラック」を想起させて余りある光景と、何食わぬ顔で道行く彼らに対して、俺は逃げ腰になるあまり、街に入る前から動揺を隠せずいた。


「どわひゃ、まるで家畜小屋だぞこりゃ。トホホ。」


「そっか、しー君てずっと村にいたもんね。いきなり見慣れない種族に囲まれたらビックリしちゃうよね。」


「なんだよ、来たことがあるような口ぶりだな。」


「そりゃ、おじいちゃんと一緒にお出かけした時に何回か来てるもん。」


「ほー。なんでもいいけど、絶対に迷子になるなよ。こうヒトが多いと、逸れたら最後、一巻いっかんの終わりってやつだ。」


「じゃあ手繋がないとね。しー君が迷子にならないように、しっかりと。」


 ファラは気後れする俺の右手を掴んでホクホクと笑った。

一方俺は、この状況下で迷子になるのはお前の方だろとも思ったが――しかしこうして手を繋いでおけば、彼女の言う通りまず逸れることは無い、ファラにしてはなかなかの名案だ。


「んじゃ、まずは宿を探すか。つってもふたり部屋だと高くつきそうだし、俺とお前の仲だから別にシングルベッドでも良いよな。それからご飯は――。」


「ちょっと何アンタ! 強引すぎてめっちゃキモいんですけど!」


「は?」


 不意に訪れる違和感の正体は、繋いだ右手のゴリゴリと骨ばった感触と、聴きなれない耳障りな金切り声。

見れば、ファラの手を繋いでいたはずの俺の右手には、石のように硬い二股のひづめがぎゅっと握られている。

世にも奇妙なその蹄の持ち主は、ふかふかで真っ白な体毛を携えた長い首につぶらな瞳とおちょぼ口のキュートな二足歩行の――。


「え、アルパカ?」




――ファラが、アルパカに変異した。




「つーか、アンタ誰。」


「ちょっと! いきなり前足まえあし掴んでナンパしてきたのはアンタの方でしょ、プー?!」


「わっ! ちょ、ツバ飛ばさないでよ汚いなあ!」


 俺の純粋な疑問に殺気立ったアルパカのメスは繋がれた手を力任せに振りほどき、脂肪の厚いおちょぼ口を震わせて憤慨。

俺の頭上からは大粒の唾液の雨がしきりに降り注ぎ、俺はリュックに掛けていた三度笠で顔を覆って抗議した。


「マジキモいわ、プー!」




――あ、アルパカの鳴き声って”プー”なんだ。




「いや、誤解ですよ。俺は旅仲間の手を掴もうと思って。なあファラ……て、ファラ?」


「はあ? そんなもんどこにいんの!?」


 繋いだ手違いから生まれたあらぬ誤解を解くべくファラに助けを求めたが、うんともすんとも返事がない。

ぐるりと辺りを見渡してもファラの姿が見当たらないことから、まだ見ぬ美食を求めて早くもこの雑踏の波に飛び込んでいったであろうことは明白だった。


「あ、アイツ……。」


 ただでさえ無駄に厄介な状況に追い込まれているというのに、肝心のファラまでもがケズバロンに到着してものの数分で行方をくらませてしまうとは、これでは俺が見苦しい言い逃れをしていると思われても仕方がないし、更なる誤解が生じてしまうのも時間の問題だ。


「ヒュム族の田舎もんて誘い方に品が無いからホント嫌い!」


「いやホントごめん、でも誤解なんだってば。」


 たぶん、アルパカの女性の方は独りでこの街に遊びに来たのだろう。

そして物言いから察するに、彼女の方は誘い方に芸や品があれば、相手がこんなヒュム族の小僧であっても満更ではなかったのだろうとわかる。

いずれにせよアルパカとのワンナイトラブを楽しめるほどの想像力や歪んだ性癖が俺にはないので、五万と金を積まれたってご免であることに変わりはない。


「とりあえず"ナンパン" のことは忘れてあそこの出店でアンパン食べない?」


 俺は誤解から生じた険悪なムードを和ませようと、ちょうど門のすぐ脇にある行列の出来るアンパンの出店を指さしてにこやかに笑った。


「もう食ったわ! ついでに言うと並ぶほど美味かなかったわよ! プーッ!」


 交渉決裂、どうやら女性を口説くセンスやなだめるトークスキルというものを、俺は培ってこなかったらしい。

再び大粒の唾液が頭上から降り注ぎ、既に髪の毛はベタベタだ。


 また、アンパン屋の前に出来ていた賑やかな長蛇の列は、声の大きい彼女の食レポを聞いた途端に興が冷めたらしくぞろぞろと屋台の前から離れていき、後には気の毒なウシ顔の店主が屋台の中で独りしょんぼりと耳垂みみたれるばかりであった。


「マジ死ね”カーズ顔”のガキ! ”ラブアンドピース”!」


「ん、ラブ&ピース……?」




――瞬間、俺の胃袋が未曽有の大噴火。




「うぐぅ! なんだ、まるでお腹の中で富士山が大噴火したみたいだ……!」


 控えめに言って超新星爆発顔負けの壊滅的な鈍痛が腹にのしかかり、俺は訳も解らないままアルパカの前にひざまずき、もがき、転げ回った。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……! だ、誰か……見てないで救急車を呼べッ!」


「辺境出身の売れない旅芸人が、さっさとケツまくってド田舎に帰れや! プーっ!」


 行き交う有象無象に冷徹に踏まれ蔑まれながら腹を抱えて転げまわる色んな意味で痛々しい俺を、なおもアルパカは執拗に追い回し、ヒト目もはばからず後ろから唾を吐きかけてくる。


「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛……あれ? もう痛くない……なんでだ?」


 やがて、天地がひっくり返ってなお治まるところを知らなかった腹痛は不自然なほどサッパリと霧散し、直前まで死を覚悟して地べたに這いつくばっていた俺は、キツネにでもつままれた気分のまま、何事もなく体を起こす。

半ば放心状態でぼんやりと辺りの雑踏を見渡すも、散々ツバ吐き喚いていた不機嫌なビッチの姿は見えなくなっていた。


「踏んだり蹴ったりだよ畜生。誰がお前みたいなツバのバケモンなんか誘うかってんだ、こっちから願い下げだっての。」


――今後、アルパカ顔の種族と出くわしても絶対に近づかないでおこう。


「まあ、なんて酷い……。」


 座り込んだまま、悪態交じりにこの胸に教訓を刻みこんでいると、不意に細く白い同族ヒュムの手が俺の顔の前に伸びてきた。

よもや悪魔か鬼か……俺はやさぐれた気持ちのまま、差し伸べられたその手の主を確認する。


 荒み切った俺の予想に反して視線が交わったのは、街の明かりを後光とした可憐なるヒュムの女性だった。

深く憐れみを含んだ彼女の瞳は、逆光にも負けじと美しく澄んだ色彩を灯しており、俺のネガティブな思考パターンをことごとく粉砕……否、浄化しはじめたのである。


「大丈夫ですか?」


 返す言葉すら失くした俺に対して、僅かに薄暗い彼女のシルエットが首をかしげ、両サイドに束ねられた落ち着いた栗色の長い髪がおしとやかに揺れた。

ゆったりと透き通った声の調子は、幼さを感じさせながらも慈悲深く、思慮深く、物腰柔らかく。

もちろん彼女に翼は無いが――この出会いは女性関係にほとほと恵まれずにいた俺にとって、神話に登場する天使さまとの接吻せっぷんを予感させる神秘的な場面であった。


 そして翼を持たない彼女の左肩には、彼女の顔ほどの大きさの見慣れない一羽の白い鳥が、物静かに羽を休めている。


「さあ、お手をどうぞ。」




――まるで彼女の持つ神聖さを代弁するかのようだ。




「あ、どうも。」


 彼女の左肩にいる白い鳥に目を奪われつつも、優しく促されるがまま、俺はおもむろに左手で彼女の手を取ろうとした。


「う、うんこくさ……。」


――が、今度は彼女の方が咄嗟に鼻をつまんで、急激に歪んだ表情を隠すように顔を背けてしまった。


 どうやらアルパカのツバまみれの俺からよほど不快な臭いがしたらしい。

そして彼女は恐らく、いま着ている純白のチュニックブラウスが汚れる可能性を懸念したのだろう。

俺は彼女の手をつかみ損ね、また俺よりもずっと小柄な彼女は、不敬の輩でも見るような怪訝な表情で鼻をつまんだまま、俺から数歩ほど後ずさってしまった。


 彼女の淡い琥珀色のロングスカートが大きく揺れる。

黒のストッキングに包まれた細い脚が怯えを以て俺から遠ざかり、白いパンプスのつま先は小さな刃物の如く、明らかに警戒を以て俺に向けられている。


 お互いの心の距離が大幅に開いてしまったことを皮切りに、俺はふと自分の今の状態というものを客観的に再分析し、左手に付着していたツバの臭いを慌てて嗅いだ。

控えめに言っても犬のクソみたいな恐ろしく不快なニオイがした。


「うわ、ほんとだウンコ臭え……くそ、さすがはアルパカだな。」


「おホホ、さすがは”アーパカ族”ですわネ。」


 顔をしかめて立ち上がった最”臭”兵器同然の俺からさらに一歩後ずさった彼女が、鼻をつまんだまま無理に作り笑いを浮かべているのが目に見えて判る。

また上品に努めた声音もどこか調子はずれに上ずっており、今にも化けの皮が剥がれて本性を露わにしそうであった。


「なんというか、こんなウンコ臭い俺のことを気にかけてくれて、ありがとうございます。」


 最”臭”的に自力で立ち上がった俺は、一応かたちだけでも手を差し伸べてくれた彼女に対して、一応かたちだけの礼を述べてツバまみれのウンコ臭い頭を下げた。


「いえ、お気になさらないで。”カーズの洗礼”を受けてなお唾を吐き掛けられたアナタの醜態というのがあんまりにも惨めたらしいものでしたから、さすがに見て見ぬ振りも出来なかっただけですのよ。」


 


――気にするわ。




「それに私の国では”神の御前に万民は平等”ともいいます。ですから、一見すると生きる価値がなさそうな暗いドブに住むみにく下等生物ゴキブリだったとしても、進んで救いの手を差し伸べて、光の世界へと導いていけるよう私は教えにつとめているんです。だから本当にお気になさらずに。」




――気にするっての。




「彼女との間に何があったのかまでは知りません。しかし、アナタは生まれつきの”カーズ顔”。言動にはヒトいち倍気を使った方が、人生をより有意義で幸福に過ごせるものと思います。」


「”カーズ顔”? なんですかそれ。」


「あら……。」


 ”カーズ”という聞きなれない単語で有難い教えの腰を折ると、ようやく彼女は頑なに摘まんでいた鼻から手を離した。

知性を感じさせつつも幼さの残るその表情が遂にあらわになるも、そこには奇妙な影が差し込んで見える。


「もしかしてアナタ”来たばかり”なの?」


「この街には今さっき着いたところですよ。それといまがたのいざこざはただの誤解で、旅仲間と逸れたところにあのアルパカのメスが……あ、そうだ。」


 誰に聞かれずとも口をついた弁明べんめいの合間に、俺は大事なことを思い出した。


「そんなことより、金髪のヒュムの女の子を見ませんでしたか? 俺よりも背が”ほんのすこ~しだけ”高くて、ピンク色のドラゴンの模様が入ったダサいマントを羽織ってる食いしん坊のアホなんですけど。」


「さあ、ちょっと解らないわ。」


「そうですか。」


「それじゃ、私そろそろ行きます。アナタもどうか日ごろの行いにはご注意を。神様はいつだって”私たちの見ている世界”を覗いていますからね。」


「あ、ちょっと待って、”カーズ顔”って一体――。」


 白い鳥を胸の辺りに抱きかかえ、俺に背を向けて駆けだした彼女は、すぐに何かを思い出したようにくるりと踵を翻して、今度は俺に向けてはっきりと一礼をする。


「あ、このはクロちゃん。私はシルフィっていいます。訳あってアナタみたいなカーズ顔のヒトの傍には長くいられないの、ごめんなさいね。けどまたどこかで会うかも、もしもそれが運命なら。じゃあね。」


 どこか差別的な意味がありそうな言葉を残して微笑んだ彼女は、その後、無邪気に駆け足で雑踏の中へと飛び込んでいった。


「あー、行っちゃったよ。なんなんだ、”カーズ顔”って。」


 なにやらスピリチュアル的な思想を持ち合わせていそうな彼女の名は、シルフィ。

身長は150CMあるかどうかという瘦せ型で、露出の少ない落ち着いた色味の服装と相まって、幼くも大人びた一面のある物静かな顔立ちをしていた。

比較的高い精神年齢を思わせる言動に対して、しかし去り際に見せた躍動的な微笑みと元気な一礼は、彼女の内に秘めた快活な無邪気さが垣間見えたようでもあり、より深く印象に刻まれた。


 不思議な浮遊感のある彼女の肩には、得体のしれないオーラを放つ一羽の白い鳥。

一見すると、カラスと見紛みまごってもおかしくはないその鳥は、クチバシから足の爪に至るまでの全てが真っ白で、モノクロの目には光さえ映っていないように思われた。


 文字通り、鳴かず、飛ばず。

はく製のように微動だにせず、冷たい無機物のように存在感も無く。

解釈としては森に棲むフクロウがかなり近いところに位置するかもしれないが、フクロウのように面妖な愛嬌があるわけでもなく。

感情を持ち合わせていない空っぽの生命を思わせる、奇妙な静けさを孕んだ、まさに”置物”のような鳥。

そしてシルフィは、無機物同然のその白い鳥のことをクロちゃんと呼んでいたが、どこにも黒を彷彿とさせる要素は感じられない。




――けどまたどこかで会うかも。




 そして、この雑踏の中に取り残されて独りたたずむ俺は、彼女が無邪気に駆けだす直前に輝かせた贈り物(つばさ)を思い返していた。




――もしもそれが運命なら。




「運命……ね。」




 儚く揺れた”ひとこと”の響きに胸は高鳴り、また同時に俺は、この胸の内に重く響く、寂しさにも似た虚しい感情に耳を傾けていた。




太陽を失った世界のことなんて、真面目に想像したことは一度もありませんでした。

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