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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
35/402

向かい風

2025/01/04_改稿済み。




 ケズデットの村を3人でやいのやいのと賑わせながら、俺たちはすれ違う村人の声援に大手を振って、歩みを止めることなくこの村で培った思い出の数々に別れを告げていく――などと、言い回しに気取った色を付けてみたところで、所詮、俺の思い出は僅かひと月ほどの出来立てほやほやの原石が良いところだ。

しかしスチャラカポコタンに来るまでの記憶を殆ど持たないリンネの俺にとって、ケズデットの村で過ごした目まぐるしい毎日というのが、この命なんかよりもずっと尊い財産に思えたのは必然だろう。


「思えば色んなことがあったよな……。」


 脳裏に描き出される鮮明な映像の殆どは、僅かここひと月ほどの出来事とそれに付随する教訓だ。


 生まれて初めての労働は、学生時代しか知らない未熟な俺に、大人のヒトたちが味わっている苦労というものを少しばかり教えてくれた。

大切なヒト達と囲む食卓は、冷えて弱り切った俺の心に家族の尊さと真心という明かりを灯してくれた。

自らの奇跡に戸惑いながらもこの運命を受け止めていく事を誓ったあの日、俺は自らの不甲斐なさを知ると同時に、自らが克服するべき内面の弱さを知った。

この奇跡の力で僅かながらマーシュさんの悩みに寄り添うことが出来た時、ありがとうという言葉が紡ぐ絆と、俺が授かった奇跡の正しい使い方を知った。

名前を貰った時、俺は自分が既に独りでないことを知り、守らなければならないものの重さと、この命は自分だけのものではないという、ヒトとの繋がりを理解した。

この村を出ると決心した時、自らの甘さと未知への恐怖を断ち切るべく、自らの手で未来を選択し、自らの足で未来へと歩んでいくことを覚悟した。


「他にも色々――。」


 ふと自分の背負っているリュックサックにキームのぬいぐるみがぶら下がっている事をなぜか急に思い出すと同時、澄み渡っていたはずの思考にどんよりと暗雲が立ち込める。


 そういえばほぼ毎晩、寝てるときにファラさんのイビキがうるさ過ぎて寝不足の果てにノイローゼになりそうだったが、あれは一体なんの罰ゲームだったのだろう。

饅頭を喰って死にかけて高熱で酷い悪夢にうなされただけでなく、本能のままアポカリプティカバスターを横取りしようとするファラさんにまで殴り殺されかけたが、あんな恐ろしい目に合うほど、俺は前世で何か悪いことをしでかしたのだろうか。

パワハラ上司であるところのキームとタークがドナドナされ、ようやく解放されたと心の底から晴れ渡る気分だったが、あとあと奴らが五体満足で生きていると解った時は、本当に切ない気持ちになったし、生涯この上無いほどに絶望した。

皆からブサイクだと馬鹿にされて生きる気力を失いかけた初出勤の日も記憶に新しいが、何故俺はこんなにブサイクでイジメられやすいのだろう。


「ほ、他にも……う……。」 


 残業で帰りが遅くなった日には晩飯に遅れて飯抜きにされたが、あれはほとんどファラさんのせいだろ。

キームとタークからお手製の呪い人形を2個も押し付けられて、結局チーさんにもどうすることも出来ず俺たちは旅のお守りとして肌身離さず持ち歩くことになったが、もしもあれがなくなった時にどんな目に合うのかなど解ったもんじゃない。

そして今朝は、ウルトラハイパーバカになったファラさんに右腕を嚙みちぎられそうなったばかりときたもんだ。


「なんとなく今朝の一件のせいで良いことより嫌なことの方が1個多くなった気がするぞ(というか、ほとんどファラさんかキームとタークのせいだな)……。」


 そういえば先ほどから道行くヒトビトが俺の方を指さして笑っている気がするが、たぶん俺の着てる年代物の江戸っ子な旅装束がよっぽど物珍しいんだろうな。


「ぷっ、変な格好。辺境出身の売れない旅芸人みたい。」




――ほらな、まあ無理もねーか。




「なんか今日のしーくん人気者だね、みんなしーくんのこと見て笑顔になってるよ。」


「見慣れない格好だからバカにされてるだけだろ、たくっ。」


「そんなことないよ、すっごい似合ってるって。辺境出身の売れない旅芸人みたいでかっこいいもん。」




――ほらな。




 俺が闇雲気味に何度も通り過ぎた景色と共に出会いと別れを噛みしめる一方で、俺の左隣を歩くファラさんは故郷とも言うべきこの場所との別れに、満開の笑顔で手を振っている。

彼女の横顔は見るからに晴れやかだったが、しかし20年もの月日に絶えず貯え続けた記憶の財産と生まれながらにその身に宿した業苦、そして行方知れずの母親への想いがある以上、その心境までは、記憶も身寄りもない俺なんかに計り知れるはずがなかった。


「はあー、会うヒトみんなに手振ってたら疲れちゃった。早くご馳走食べたーい。」




――そうでもねーな。




 やがて彼女の腹の中で唸る猛獣を宥めたファラさんが笑って、俺は意味もなく卑屈になりかけていた自分が馬鹿らしくなり、ため息交じりに快晴の空を見上げる。

雲一つない(パーフェクト)最高の青空(ブルー)――この脳裏をかすめる負の遺産さえなければ、正に絶好の旅立ち日和だと思う。

そう、問題はいつだって俺の思考の方なのだ。


 野鳥の声が遠くまで響く長閑のどかな田んぼ道に差し掛かった。

この道を体感で20分ほど行くと、ようやくグッドシャーロットに到着だ。

長いような短いような、いつもは一人で歩いていた筈の職場へと続く通い慣れた平凡な農道だが、それをこうして3人で並んで歩いていると、景色はまったく違って見えてくるので不思議なものだ。


「この道……毎日使ってたのに、今日はなんとなく自分の知らない世界を歩いてるみたいだ。」


「それはつまり、ようやく旅立ちの実感が出てきたってことなんじゃないかね。」


 俺の感想に、右隣を歩くチーさんが野太く良い声でダンディに応える。


「そうかもしれません。」


 チーさんは昔、ギルドハンターなる仕事をしていたという。

当時の詳しい様子はよく解らないけれど、これから旅人としてスタートを切る俺の初心うぶや心象など、凄腕NO.1ハンターの肩書を自称する彼には手に取るようにわかってしまうのだろう。


「けど、それだけじゃないのかも――。」


「?」


 そして”経験者は語る”という言葉の通り、これまでチーさんが俺に対して予見したり分析したことは、おおむ(にじゅうまる)のド真ん中を射てきた。


「俺がそう感じたのって、きっと……。」


 だけどこの時に限って、チーさんの言ったことは、せいぜいが〇に留まったと思う。

なぜなら俺は、明確な自分の考えを、今の自分の”大正解”だと確信していたから。


「この道を歩く時、今日が初めて”独りぼっちじゃないと思えたから”なのかなって。」


 恥ずかしげもなく笑って眩い太陽を見あげた俺の後ろから、追い風が勢いよく吹き抜ける。

瞬間、自分の肩をなにかに力強く叩かれた気がした。

追い風は希望となって、俺の目指すべき未来へと軽快に駆け抜けていく。


 チーさんは何も言わずに頷いて、吹き抜けた風が大きく舞い上げた落ち葉を目で追って、その先の大空をゆったりと見上げていた。


 俺とファラさんがここを離れれば、チーさんは独りになる。

ファラさんと出会う前のチーさんについて俺はよく知らないが、恐らく独身と思われる彼に対しての今の自分の言葉というのは、チーさんにどのような心境の変化を与えただろう。

黄昏た瞳で雲一つない青空を仰いで、遠くに想いを馳せて目を細めたその横顔は、今なにを想っているのだろう。

誰の未来を、誰の過去を――深く刻まれた目元の皴は、語らずとも彼の歩んだ道のりの長さと苦労を物語っている。


 元凄腕NO.1ハンターのウン・チー。

彼は今、これから旅に出る俺たちに自らの旅の思い出を重ねて、”綴った出会いと別れの数々”というダンディな分厚い日々を思い返しているのかもしれない。

どこか肩の荷が下りたような物腰の柔らかな彼の横顔と歩き方から、なんとなくそう思った。


 不意に俺の左手に熱い何かがギュッと重なる。

隣で微笑んだファラさんは、今この瞬間も穢れなき輝きを放ち、僅かに感傷的になった俺の気持ちを温めようとしてくれる。

また、その行為に特別な意図はなく、ただあるがままに自然な地上の太陽として、今日も彼女らしく絶対的な光を有していた。


 これから良き旅仲間となるであろう彼女の背負っているリュックでは、チャックに引っかけられたタークを模したぬいぐるみが、俺たちの行く末をあざ笑うかのように揺れている。





――あの呪いの人形、結局どうしたらよかったんだろう。




***




 ほのぼのと歩いて、俺たちはグッドシャーロットに到着。


「あ、マラクさんだ! おーい!」


 養豚場の入り口に出迎えと思われる大柄のシルエットが見えた時、俺は柄にもなく両手で大きく弧を描いて声を張っていた。


「よう、兄弟……。」


 腕を組んで柵に寄りかかっていたマラクさんは俺の呼びかけを合図に、金持ちの家のトイレを彷彿とさせる良い感じの香りを振りまきながら歩み寄ってきて、マシュマロの怪物のような巨体で俺を抱擁し、耳元でうっとりと囁いた。


「いよいよ今日という日が来ちまったな……。」


「あ、うっす……。」


 感動の再開を素直に喜びたいところであったが、彼の鍛え抜かれた暑苦しい筋肉によって身動き一つとれなくなったことや、マラクさんのセクシーヴォイスが身の毛もよだつほど耳障りだったことが災いし、一刻も早くこの村を離れたい気分に落ち込んだ。


「にしてもお前、変な格好してるな。まるで辺境出身の売れない旅芸人みたいな……。」


「出会い頭に気分の下がること言わないでください(というか、そろそろ放してくれねーか……)。」


「みんな待ってるんだぜ。さっさとパーティおっ始めようぜ。」


 休憩室の前まで来ると、掘立小屋のシルエットが活き活きときしむほど、明らかに定員オーバーと思われる喧騒が漏れ出しているのが遠目に分かった。

マラクさんが表口を押し開けると同時、笑い声はドカンと火を噴いて、一瞬にして俺たちをエンターテインメントのマグマへといざなった。


「待たせたなー、主役のお出ましだ。」


 マラクさんが気後れすることなく笑いの海に飛び込んで注目を集めると、話題のスポットライトはマラクさんの後ろにいる俺たち三人へと集約する。


「お、やっときたんか、ファラちゃんは私らの席においでー!」


「みんな何してるの?」


「超・腕相撲大会だよ。」


「わーい! 超やるー! 次あたしの番ねー!」


 男臭い休憩室の一角にはマーシュさんを含めた複数名のグループがおり、既に浴びるほど酒をあおった後のすさんだ祭り模様。

さっそくご指名を頂いたファラさんはマーシュさんの間隣に両腕を振り上げてウキウキと駆け寄ると、すぐにドンチャン騒ぎに馴染んで勝気に腕まくり、趣味の悪いピンク色のドラゴンの模様をデカデカと背に携えて戦闘態勢に入った。


「ぎょぎょ、そのドラゴンのワンポイント超いかしてんじゃん! めっちゃ近未来的!」


 挑戦席に着いたファラさんが前のめりになってテーブルに右ひじを立てると同時、ファラさんの背中を飾るクソダサドラゴンに気が付いたマーシュさんは良い意味でギョッと目を丸くしたが、その驚嘆がどうやらお世辞ではないことから、あの目は腐っても節穴だったらしいことが解ってしまった。


「でっしょ~。ほらもっとよく見て、カチューシャのド真ん中にもドラゴンの模様いれてもらったの!」


 どのツラ下げてか、ファラさんは得意げに両のヒト指し指でカチューシャのど真ん中に鎮座するドピンクのチビドラゴンを示した。


「ほえー、良い趣味してんなあ、デラカッケー! あれ……というか、ファラちゃんて喋れたっけ?」

 

 もはや、あのワンポイントがゴキブリとかナメクジとかでも天まで舞い上がってしまいそうな泥酔軍団の中で一番顔が赤くてどうしようもないマーシュさんだったが、そんな状態でも”とある矛盾”に気付くと急激に酔いが醒めたらしく、何の脈絡もなく会話の舵をグニャリと傾げ、さらにその場にいた数名までもが連鎖的に”うん?”と首を傾げた。


「私の記憶じゃ……確か、”声が出なくなる業苦”とかで喋れなかったよね?」


「うん。でも”マジカルコトバナナの妖精”のお陰で喋っても大丈夫になったみたいなの。」


「え、マジカルコトバナナ……? そんなもん聞いたことないけど……。」


「でもおじいちゃんが”このバナナを食べるとマジで喋れるようになるのじゃ”って、昨日マジトーンでそう言ったんだよ? ほんとにホントだよ?」


「ふーん……?」


 空気の読みようがない一周回って被害者のファラさんと、雲行きの怪しくなった超・腕相撲大会の会場、双方のぎこちない不協和音を感じ取って、それまで俺の隣で余裕の笑みを浮かべていたチーさんが目に見えてソワソワし始める。

舌打ちをして右手の親指の爪を噛み始めたことからかなり追い詰められている様子だが、特に同情の余地は無いので助け船を出してやる気は起きなかった。


「ち、あのトリ頭のバカ犬が……。」


「じぃー……。」 


 さて、いよいよ卓の視線が説明を求めてチーさんの方に全集中したが、彼は一体どんなホラでこの場を乗り切るつもりなのだろうか、見ものである。

 

「まいっかあ!! ヨクワカンナイシ☆ まずはかんぱーい!!」


―― チアーズ! ――


 間もなくマーシュさんの脳みそはプスンと焼き切れたようで、超・腕相撲軍団はともあれ的に杯を掲げた。


「ふう……アイツらバカで助かったわ。バカに感謝っと。」


 完全に脳を酒に蝕まれたアホの集団が声を張り上げ、チーさんはホッと胸をなでおろす。

もともと掻いてもいない額の汗を拭いつつ逃げるように向かう先は、アラタさん独りがコックリコックリ眠りの淵に腰掛けているソファだった。


「……(バカはアンタだろ)。無駄に凝った嘘なんてつくから後々大変になるんだよ、まったく……。」


 とはいったものの、今後フォローするとなった時の出番は俺になるのだろうな――と、先ほどの挙動不審気味なチーさんに自分の未来の姿を重ねてファラさんの連勝が続く腕相撲の様子を眺めていると、今度は見覚えのある不吉なふたつのシルエットが仁王立ちで俺の視界を遮った。

なにやら物言いたげに俺を見下ろしている威圧的なふたつの影の正体は、ここグッドシャーロットだけでなくスチャラカポコタン星を代表する惑星規模の癌に他ならない。

そう、憎くき宿敵、養豚場のテロリスト、ファーマーボーイズだ。


「ようやく現れおったか……”伝説の(ザ・レジェンド・オブ)一番子分(・ザ・サーヴァント)”――キム・タクよ。」


『しかし、今日はまた一段と珍妙な格好をしてるじゃねえか……”親愛なる(ザ・ベスト・オブ)一番子分(・ザ・サーヴァント)”――キム・タクよ……。』


 堂々と俺の前に立ちふさがったふたりだが、キームの手には見慣れないスキンヘッドのぬいぐるみが一つ握られており、察するに新たな手縫いの呪い人形だと思われるが、一体今度は何をするつもりなのか、考えるのも恐ろしいあまり、俺は後ずさった。


「 『さあ、やがて訪れる永別の瞬間まで溢れる涙と共に思い出という名の神聖なるさかずきを交わし合い互いの血と肉に互いの魂から熾る究極の音色オーケストラを存分に奏で刻み込もうぞ。』 」


「うっわ……(最悪に意味不明でキモいんだが)。」


「まずはブラックマジックのフェイズを完遂するべく、先日渡したぬいぐるみの代わりに、お前の髪の毛をくれやい。」


「え?」


「よいか、キム・タクよ。貴様の髪の毛でこの”キムタクくん”に植毛し、キム・タクと過ごした大切な記憶と魂の残影アルバムをしっかりと”キム・タクくん”に焼き付けるのだ。」


「まさかそのスキンヘッドのぬいぐるみって……俺!?」


「タークよ、逃げられぬようしっかりおさえておけ。兄ちゃんが直々にひっこ抜く。」


『へい。』


「ちょ、ま!!」


「 『レッツ・ら・ノブレスオブリージュ。』 」


「わぎゃあああああっ!!!」




――聞いてねえっっ!




***




 恐怖の最終章を命からがら掻い潜った瀕死の俺と完全”知”欠のファラさんは、養豚場の西口(ケズバロン方面の入り口)で、チーさんとマラクさんから最後の見送りを受けている。

ここを離れたら、いよいよ俺とファラさんだけの旅物語の始まりだ。

しかし今はそんな感傷的な事実よりも、先ほどキームとタークによって力づくでむしり取られた前髪の状態を一刻も早く確認したかった。


「ねえファラさん、前髪のここ剥げてないかなあ……?」


「ん、別にいつもと変わらないよ? どこをどう切り開いてもいつものしー君だよ?」


「あー、じゃあ完璧に剥げ散らかってるわ、あの痰カスどもめが。」


「だからー、ぜんぜん剥げてないって、いつも通りの冴えないしー君だってば。」


「冴えない言うな。」


 余計な一言はともかく、毅然とした様子のファラさんの発言を信じ、俺はもう一度、もぎ千切られた前髪右側の患部を触ってみる。

だが明らかにそこにある筈の髪の量は以前より冴えなく感じられ、不自然なスポットがそれなりの大きさで存在していることが解った。


「いいかいシーヴ君。失われたものに固執するのは愚かなことだよ。過ぎた過去を悔やんでも未来は明るいものにはならないし、失ったものも決して元通りには戻らない。悲観的になるあまり、キミがこれからするべきことを、その大義を見失ってはいけない。なによりも価値があるのは今であり、過去はそのいしずえである一方、重荷や足枷あしかせにもなりえることを覚えておきなさい。今のキミが、未来のキミにとってどのような影響を及ぼすかは、今ここにいるキミの思考に賭かっているのだ。」


「そうだぞりんねっち、髪の毛の1~2本がどうした、漢はみんないつか禿げる、だから気にすんな。これからは髪じゃなくて”神”を信じろ、今はそーゆー革命的ド根性の時代だ。」


 歳の候というだけありチーさんが真剣な表情で有難いご高説を解く一方で、脳まで筋繊維で構築されているマラクさんは意味不明な精神論を持ち出すと、手を合わせて神か悪魔かガチタンクに祈る素振りを得意げに披露したが、こっちの作法は右から左へと受け流すことにした。


「はあ、そっすね……肝に銘じます(マラクさんのはフォローになってないけどな)。」


「ただし、それでもキミが前世の記憶の手がかりを探したいというのなら、まずはケズバロンのギルドにいる”ウタというヒュムの女性”を尋ねなさい。彼女はわしと旧知の仲でね、わしと知り合いだと解れば、ファラのことと併せて協力してくれるはずだからね。いずれにせよ髪の毛のことは早く忘れることだ。」


「ま、しーくんドンマイケルっ!」


「ファラ……おまえ、他人事だと思ってよ……。」


 軽々しく俺の肩を叩いて笑うデリカシーマイナス120パーセントのファラさんに対して、干された布団になった気分の俺のハートからは、これまで大事に守ってきた彼女に対する距離感や気遣いまでもがポンポン抜け落ちていく。

だがこの瞬間を皮切りに、俺はファラさんに呆れる一方で、なんとなく居心地の良い気楽さみたいなものを覚えはじめていた。


「それじゃあここを出たら、まずは”道なりに西へ”進むこと。途中、分かれ道に行き当たったら、表札が示すケズバロンの方向に向かいなさい。表札までは一本道になっているから、まず迷うことは無いだろう。」


「はいはーいしつもーんしつもーん!」


 好奇心旺盛で勤勉なファラさんは元気いっぱいに右手を掲げた。


「西ってどっちですかー?」


「道なりだっつってんだろボケ! このトリ頭が!」


 怒涛の津波を思わせるファラさんの笑い声とここにきて積年の鬱憤が大噴火したチーさんの怒りがそれぞれ大怪獣と化し正面衝突。


「だったら最初っからそう言えばいいのに。道なりね、オッケー!」


 チーさんの耳障りな怒号をサラリと避かわして、ファラさんは右の親指を真っすぐに突き立てると真っ白な犬歯をキラリと輝かせて笑った。


「シーヴ君、ファラのこと、ほんとに頼んだよ……。キミだけが頼りなんだからね……。」


「あー、うん……。まあぼちぼちやるよ、たぶん……。」


 やがて俺の方に歩み寄ったチーさんは、屈んだ俺の両肩をズッシリと重く強く掴み、すがる野良猫を思わせる潤んだ瞳で弱弱しく唸ったが、女子供の扱い方など一切知らない今の俺に彼女のお守りはあまりにも荷が重く、嘘でも首を真っすぐ縦に振ることは躊躇われた為、俺はそっと青空に視線を泳がせることしか出来なかった。

そんな俺の頼りない様子に、力なくズルリと首を垂らしたチーさんだったが、すぐに何かに気付いたようで顔を上げた。


「あー、それからね、シーヴ君。最後に一つだけ、これは大事なアドバイスだからよく聞きなさい。」


 どうやら彼はなにかとてつもなく大切なことを思い出したようで、俺の肩を掴む力が再び強くなり、今度は険しい表情で俺の目を見据えている。


「今着けている手袋は”出来るだけ外しておきなさい”。」


「え? それって、どういう……。」


 俺は自分の両手の革の手袋を見た。

それは品の良い小麦色の何の変哲もない革の手袋だったが、しかしこの手袋を着けていることで俺の奇跡が暴発する心配はなく、奇跡を使う場面では意識的に気構えが出来たことで、普段から俺の心の支えとして絶対的に重宝していた。

言い換えれば、これが有るか無いかで、その後のヒトとの関わり方が大きく違ってくるほど重要な代物だった。


「確かこの手袋は、俺の奇跡が”無暗に暴発しないように”って、くれたものだった筈なのに……。」


「ただ表面的に解釈すればその通りだが、やっぱりキミは少し思い違いをしているね。確かにその手袋は、奇跡の発動を抑止する目的でキミに贈ったものだ。けど、わしは単なる予防処置としてキミに与えたわけじゃない。」


「はぁ……。」


 チーさんの意図するところが俺にはさっぱりわからなかったが、返す言葉に詰まった俺の当惑はチーさんにも伝播でんぱしたらしく、彼はどこか悩まし気に首を横に振った。


「いいかいシーヴ君、キミの奇跡は決して煩わしいものではない。その奇跡の力は必ず意味のあるものだ。想いに応えて発動するその能力を”無暗だ”などと蔑んではいけないよ。受け取った想いに目を背けてはいけない、正しく大切に受け止められる”思考”を養いなさい。これからのキミが真に求めるべきものは”依存先”ではなく”正しい思考の育て方”だ。間違ってもその手袋に依存してはいけない。キミはその優しい心で、奇跡と共にこれから多くのヒトの悩みに触れ、そして助け合っていくことになるだろう。これからは奇跡を信じ、己を信じ、己の行いの正しさを信られるよう、心を強くしていきなさい。」


 チーさんの真摯な言葉を受けて、俺はふとこの家に留まることを選ぼうとしたあの夜のことを思い出す。

奇跡の暴発という重荷から解放された俺が将来を楽観的に考えていたあの夜、おそらくチーさんは、俺の思考が手袋に依存して自堕落に傾き始めたことを感じ取り、俺の思考を正すという意味で強い言葉をもって叱ってくれたのだろう。

不安材料の尽きない旅立ちを目前に控え、明らかに視野の狭まっていた未熟な俺は、そんな彼の思いやりからおこる”本当のやさしさ”にすら、今の今まで気付けずにいた。


「なんであれ”与えられた物に依存してはいけない”。ましてそれが”キミにとって有益なものであれば、なおさら”だ。解ったかね。」


「はい、これからは意識して気を付けられるように頑張ります。ありがとうございます。」


 己の未熟さを恥ずべき前に、俺はチーさんに対して真摯に頭を下げて礼を述べた。

 

「それじゃ、そろそろ行きます。」


「りんねっち。グッドシャーロットは、いつでもお前の帰りを歓迎する。」


 気を引き締めて背中のリュックを正し、いよいよふたりに別れを告げようとした時、マラクさんが一歩前に進み出た。


「だから、安心してお前の選んだ道を進め。そんでここを離れたら――。」


 マラクさんは、大きな右のこぶしを力強く俺の顔の前に突き出した。


「野垂れ死んでも振り返るなよ、絶対に。」


 俺は右の手袋を外して、その大きなこぶしに押し返されぬよう、強く、負けじと突き合わせる。

マラクさんの魂が生み出す心の声(エネルギー)は、正しく突き合わせた右拳みぎこぶしから、この血と脈を俺の心臓めがけて真っすぐに辿り、注がれ、溢れるほどに満ちていくのが解る。

俺は視界を絶った。




――じゃあな、兄弟。




 視界を絶って、魂を開け放ったまま、想いを正しく受け止められるように、祈った。




――いつか、また会う日まで。




「ありがとうございました。」


「……。」


 俺が目を開けてマラクさんの心の声に応えると、何故だかマラクさんは呆気にとられた顔をしていた。


「お……おう、達者でな。」


「それじゃ、行こうか、”ファラ”。」


「うん! まだ見ぬ美食を求めて~? レッツゴーッ!」


「あ、うん……。」


 ファラの様子に苦笑いを浮かべたふたりに会釈をして、さっそく目先の欲望に捕らわれて大義を忘れたパートナーと共に、俺は雑草に仕切られた真っすぐな土の道を歩きはじめる。


「まずはケズバロンか~。美味しい出店いっぱいあるから楽しみー! ヤッホーヤッホーヤッホッホーイッ!」


「あ、ちょっと、そんなハイペースじゃケズバロンまでたないってば!」


 最初に目指すは、この大陸一の大都市ケズバロン。

しかしこれからケズバロンに向けて何時間も歩き続けなければならないというのに、欲望のまま軽快にホップステップジャンピングで進むファラは、俺のことなど気にも留めずあっという間に数十メートルほど先まで土煙を巻き上げてぶっ飛んでいった。


「たくもー!」


 ファラに追いつこうと駆けだす時、俺はうしろを振り返って、最後にチーさんとマラクさんに向けて大きく両手を振った。


「行ってきまーす!」




 真っ黒な羽根がひとつ、ひらりと俺の視界を横切った気がしたのは、その刹那だった。




――いってきまーすっ!




――行ってらっしゃい、■■■。




 突如、霞んだ視界に浮かび上がったのは、木漏れ日の中の淡く暖かな遠い風景。

映像はたったのそれだけで途絶えた。


「なんだ、今の……。」


 僅か1~2秒の出来事の中で、俺は良く知る誰かに手を振っていた。

フラッシュバックとでも言うべき一瞬の出来事は、風の音のように尊く、さざ波のように懐かしく、弾ける花火のように愛おしく。

意味も解らないままあまりに突然の出来事で呆気に取られた俺は、向う側の映像から帰還し、こちら側で意識を回復した今も、数秒は立ち尽くしていたと思う。


「しーくん、どうしたの? なんか忘れ物でも思い出した? 大事なものなら取りに戻る?」


 呆然と立ち尽くす俺のすぐ横で、良く知る誰かの優しい声がして、俺はようやく我に還る。

熱く緩んだ涙腺を拭う俺の様子を、ファラはじろじろといぶかしげにうかがっていた。


「いや、なんでもない……。行こう。」


 わざわざここまで戻ってきてくれたファラを置いて、今度こそ俺はきびきびと歩みを進める。

動揺を振り切って、日の高いうちに先を急ごうと思ったその時、ビュンと、勢いのある風が吹き抜けた。




――行ってらっしゃい、■■■。




 頬を撫でた向かい風に、俺は笑った。




~~ オマケ ~~




「なあ、ウンっちさん、ちょっと聞きたいんだけどよ。」


 少しずつ小さくなっていくふたりの姿を静かに見守っていると、おもむろにマラク君が呟いた。


「りんねっちの奇跡って、確か”想いを聴く”ってヤツだったな。」


「うむ、把握している限りでは、そうだな。何か気になる事でもあったかね。」


「いや、なんか、さっき拳と拳を突き合わせた時、アイツの心の声が聞こえた気がしてよ。”今までありがとう”って、そう言われた気がしたんだ。ただの気のせいかもしんねーけど。」


「ふむ。前世の記憶の夢といい、あの子の奇跡についても、わしらでもまだ知りえないことがあるのかもな。」


「ひひ、変なヤツ……。」


「……(それはお前さんじゃろ)。」


「はやく堕ちねえかな……。」


 グニャリと口角を上げたマラク君は、いつの間にか悪鬼の形相で静かに笑っていた。


 新年早々、ファラが担ぎ込んできた、リンネの少年。

謎多き彼の行く末には、今後も数々の困難が付きまとうことだろう。


 キミの決断は、幾つもある未来の可能性を犠牲とした上に成り立つものだ。

その真の重みが解るのは、ずっとずっと、遥か先の事になるだろう。

その時キミが笑っているかどうか、それは、これからのキミの積み重ねに掛かっているんだよ。


「負けるなよ、シーヴ。」




ピルバーグ作、キャラクタープロフィール



マラク・デアディビル(裏)

?歳

身長 186tm(およそ186㎝)

体重 88tg(およそ88㎏)

利手 両方



好きな異性のタイプ

どれだけ殴っても壊れない、良い声で喘いでくれる女神様



好きなもの

心の弱いやつ



嫌いなもの

ない



ピルバーグのインタビューと見解

マラク・デアディビル(裏)というこの絶対悪は、世紀の大災害とも呼ぶべき本物の悪魔に違いない。

それなりに修羅場を乗り越えてきた俺だが、コイツと見つめあったほんの数秒たらずの間に、脳を食い破られそうになる錯覚を覚えて危うく失禁しそうになった。

ここが取材の現場でなければ、彼にとって俺は、タダの餌でしかなかったのだろう。

彼にとっての女性とは、解体ショーという恐怖に絶叫する子供のオモチャにしか値しない。

興奮の絶頂で瞳孔の開いたその目は、ただひたすらに、俺という獲物をまっすぐに見つめているだけで、取材の受け答えには終始うわの空で、部屋中に血なまぐさい殺意を振りまいていた。

入室の瞬間から取材の終わりまで、俺は足がすくんで席を立つことも出来ず、最終的に彼の監視役のアラタ・デッドローズを呼びつけて退席することとなった。

もし機会があれば、是非とも今度は拘束具無しで話がしてみたい、たとえ死ぬとしても……いや、やっぱコイツにだけは殺されたくない。

コイツのサンドバッグにされるくらいなら、硫酸の海に投げ込まれる方が数億倍マシだ、うん。



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