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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
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給料袋

2024/09/28_改稿済み。




――龍星期3030年、1月28日。




 

 出発日は2月1日。

月末までの残り2日間は旅の準備に費やすため、ここグッドシャーロットでの勤務も、いよいよ今日が最後となる。


 昨日、マーシュさんからは餞別として手作りのジャーキーを分けて貰った。

恐らくはデブリブタのジャーキーだと思うが、なんでもヒュム族の滋養強壮に特化したとびきり貴重で市場にも決して出回らない上物らしく、旅の途中で食料に困ったら食べてくれとのことだ。


 マーシュさんからの餞別に、俺は素直に喜ぶことができなった。

何故ならば、それがどれほど貴重なものであったとしても、食べ物であることには変わりがないからであり、食べ物と言えばファラさんであり……ファラさんと言えば歩く胃袋に他ならないのだから……。

旅先でファラさんに盗み食いされないよう厳重に保管しておかなければ――と、守るものがまた一つ増え、マーシュさんから受け継がれしSSランク干し肉に改めて気が引き締まる思いである反面、食糧事情の不安が一層俺を追い込む結果となった。

 

 そして今朝、キームとタークからは、ふたりをモチーフにしたと思われる手縫いの人形を貰った(いらねー)。

そもそもバッドオーメンズの毒牙に掛かったと信じてやまなかったファーマーボーイズのふたりだったが、どうやらあの日以降どこかに幽閉されていたらしく(たぶんアラタさんの秘密基地とかだろう)、のちに俺の旅立ちが近いことを知らされた彼らは、今日までの三日三晩、飲まず食わずの貫徹でこの人形を縫い続けていたらしい。


 歪んだ愛と狂気的なまでの執念から生まれた、俺の手のひらほどの大きさの二つの人形。

きめ細かい縫い目は、およそ手縫いとは思えぬ均等さと繊細さで、ふたりの意外な器量の良さが無駄に窺い知れて、逆に引く。


 麻状の布を素材としたビリビリのツナギからモジャモジャの黒い毛糸が飛び出し、赤茶色のオールバックに加え、スーパー〇リオみたいなダンゴ鼻と口髭のこっちが、たぶんキーム。

同じくビリビリのツナギからご丁寧に乳首がはみ出しているスキンヘッドのこっちは、たぶんタークだ。


 信じがたいことに、キームの人形にはキームの胸毛が、そしてタークの人形にはタークの生爪が入れてあるらしい。

なんでも三日三晩、飲まず食わずの貫徹の末に自分たちの体の一部をぬいぐるみに仕込む儀式が、ターンハーク一族に先祖代々伝わる由緒正しき”幸運のおまじない”だとかで、一族伝統のこの邪悪なぬいぐるみは言わば”旅のお守り”になるのだという。

そして一族の怨念があまりにも強すぎるがために、常日頃からちゃんと肌見放さず、また寝るときもきっちり枕元に置いておかなければ逆に持ち主に災いが降りかかり、最悪の場合、不治の病に掛かったり命を落とす可能性も十分にあるらしく、どのツラ下げてかキームが「聖なる念のこもった最高傑作だ!」と誇らしげに語っていた。


 三日三晩も飲まず食わずで貫徹したあげく、俺への餞別によくもこんな邪悪な呪物を作りやがったなと恨めしく思ったことはさておき、きちんとお焚き上げに出すまではどんな恐ろしい呪いが降りかかるか判らない以上、安易に捨てることもできない。

ひとまず今夜チーさんに報告して、出来るだけ早く浄化の術を模索してもらおうと思う。

言うまでもなく、最強最悪な呪いのアイテムだ。

そして、この邪悪な人形たちに込められたキームとタークの切なる想いとは――。




――これで俺たちは、我が誇り(ノブレス・)我が血族(オブリージュ)の誓いの元に、どれだけ離れてもずっと一緒にいられるねっ♡




「きも!」




***




 仕事終わりにひっそりとマラクさんに呼ばれた俺は、誰もいなくなった休憩室で、少しばかりマラクさんと世間話をしている最中。

世間話と言っても、マラクさんは俺が旅に出る理由をあまり快く思ってはいないようで、どうにか俺を思いとどまらせることが出来ないかと考えているらしく、言葉を交わしている今も、俺たちの温度はどこか咬み合わせが悪い。


 4日前に俺が退職を切り出した時には、まるで煮え湯を飲まされたみたく悩まし気に唸っていた。

あの日、俺が旅に出ることを打ち明けると、アンバランスと言っても生易しい黒縁くろぶちのやたらとぶ厚いメガネのその奥からは好奇の視線が遠慮なく注がれ、どうにも居心地の悪さを感じた俺は愛想笑いを浮かべて視線を泳がせてしまったが、どうやらこんなスチャラカポコタンな星でも、旅人などという身元不確かな野郎は変人扱いされるらしいことがよく解った。


 しかし好奇の視線を向けられた理由のほとんどは、俺が見た夢の話をした時のマラクさんの微妙な反応と「まさに少年の宝探しが如き夢物語だな」という彼の発言と、不確かな夢というネガティブな印象が災いしていると思われた。

また、事情を話しながらも俺はファラさんの生い立ちには触れず、同時に彼女の母親がくだんの魔女であることを決して匂わせてはならないと慎重を期す必要があったことも、いまひとつマラクさんから理解を得られなかった要因のひとつだろう。


 とはいえ、仮にマラクさんが魔女に対して敵意や私怨を抱いていなくても、いつどこで話が広がってしまうかなどわかったものではないのだ。

マラクさんのことを信用していないわけではなかったが、村を発ってからの先行きを考えれば、これは当然の配慮だったろうと思う。

そしていまのところ、俺の話を聞いたあの日からマラクさんが特別不思議がっている様子はない。

それよりも、ソファに身を投げて腕を組み、悩まし気に天井を仰いでいるマラクさんは、何かもっと身近な事を気にしているようだった。

その手には、俺のひと月分のお給料の入った袋が握られている。


「いよいよ今日で最後か。なんとなくだけど、りんねっちはここに長く留まってくれそうな気がしてたんだけどな。珍しく、当てが外れたか。」


 そして、ぼんやりと退屈そうに、独り言のような泣き言を天井にぽっかりと吐き出すのだった。


「まあけど、元々ひと月って契約だったもんな。早めにスカウトしなかった事をいまさら悔やんでもしょうがねえよなあ。」


「気持ちはありがたいですけど、流石に大袈裟ですって……。こんなへっぽこリンネの代わりなんて、探さなくても幾らでも見つかるでしょう。」


「いやあ、そんな単純な話じゃないんだわコレが……。」


 マラクさんは豪快に頭を掻いて珍しくごにょごにょと口ごもった。

今にして思えば俺を迎え入れた当初、マラクさんなりに何か考えがあってチーさんの元から俺を雇い入れていた可能性が浮上する。

先ほどの言い分からも解るように、見込みがあると判断したらどこかのタイミングで俺をスカウトするつもりだったのだろう。


「とびきり社会的センスの悪いブサイクじゃないと、ウチは雇っちゃいけねえんだよ。」


「社会的センスの悪いブサイク……? なんですかその採用基準。」


「とびきりブサイクの社会不適合者じゃなきゃいけないってこと。つまりりんねっち、お前やキームやタークのことだ。」


「いやー、ちょっとそれらと同列に語られるのは流石に……。」


「いちいち謙遜けんそんすんなって。」


――べつに謙遜はしてないだろ。


「考えてもみろ、手がかりゼロの漠然とした夢を追う。意味不明の正体を探る旅に出ようなんて、呆れるほど真っ当な思考じゃあねえぞ。とにかく社会的センスが醜いにもほどがあるだろ。正直リンネってのはどいつもこいつもオシャレぶった腰抜けばっかだとぼくは思ってたが……しかしだりんねっち、やっぱりお前はぼくの見込んだ通り、とびきりの社会不適合者ブサイクだったってわけなんだな。」


――なんだか急に具合が悪くなってきたってわけなんだな。


「お前の見た夢のことはサッパリ意味が解らねーが……さておき、ひとでなし(リンネ)として奇跡を授かっただけのことはあるらしい。そしてぼくのブサイク判別センサーには寸分の狂いもなかったわけだな、うん。だからこそ……お前にはここに残ってほしかったし、お前なら死ぬまでここにいてくれるって、ぼくは信じていたんだぜ……。」


 メガネ越しに瞳を潤ませ、言葉の温度を高ぶらせたマラクさんが不意に重い腰を上げた。


「ソイツがりんねっちの最初で最後のお給料だっ。もってけ泥棒!」


 そしてどこか悔しまぎれに麻状の給料袋を低いテーブルに放り投げると――。


「あばよ、マザーファッカーっ!」




――子供じみたアメリカンな捨て台詞と共に、マラクさんは振り返ることもなく扉の向こうへと消えていった。




 パタリと味気なく閉じた表口。

急にシンと静まり返った空間で、俺は”ありがとう”という簡単な一言すら持て余して、再び独りになった。


 やたらと太った給料袋には、心做こころなしか、働いた時間以上の金額が入っているように思えた。

果たしてこれがマラクさんからの餞別だったのか、ただの俺の思い違いだったのかは知らない。


 そしてなんだか、給料袋が重たかった。

もしかすると、マラクさんとの間に生まれたわだかまりが、つまらないことで友達とケンカ別れをしてしまったみたいに心苦しくて、そう感じたのかもしれない。

だから俺は、なんとなく、その漠然とした重みの正体を確かめたくて、マラクさんの放り投げた給料袋をギュッと大事に抱きしめている。




――もしも続けることが辛くなったら、いつでもここに戻ってこい。



 

 そして俺は、突き放すようなマラクさんの言葉の裏に隠された、彼のこころを聴いていた。

それは、拳と拳を突き合わせた(フィスト・バンプ)みたいな、頼まれなくとも背中を支えてくれる熱い想いで――。




――グッドシャーロットは、いつでもお前の帰り道を照らしている。




 未熟でちっぽけなこの命に代えても、絶対に手放してはならない”俺の全財産”が……抱えきれないほど大切な思い出と思いやりが、この袋の中いっぱいに詰まっている。

この灯台の明かりが、俺が抱きしめた給料袋の重さの正体だと知って、俺はひたすら泣いた(わらった)




「行ってきます。」




物語の結果は同じでも、過程や考え方が違えば、結果の価値も変わってきますね。

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