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【超工事中!】てんさま。~転生人情浪漫紀行~  作者: Otaku_Lowlife
第一部 1章 グッドシャーロット
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リンゴ

一気読み(一括ダウンロード)を考えている読者さんへ。


最近気づいたんですけど、前書きとか後書きとかって一気読みに反映されないんですよね。


実は各章の終わりとか、話の合い間にちょっとした小話を挟むことがあります。


話によっては、その「後書き」有りきで完結するものもあるので、一気読みさんの為にも、時間のある時にその辺りの修正も行っていけたらいいなって思ってます。


まぁ思ってるだけなんですけど。


では。


※冒頭に殻を破るシーンを追加しました(今更かよ)。





ふと意識を取り戻すと、俺は朦朧とするまどろみの中で、その膜のように薄く、されど岩のように硬い壁を、無我夢中に叩いていた。


内側から、何度も、何度も――。


この夢の支配者から「殻を破れ」と、そう言われているような気がしたから。


それがとてつもなく大切なことのような気がしたから。


だから、叩き続ける。


ただ訳も分からず、ただあるがままに、俺は強くありたかったから。


壁は叩き続けるうちに手ごたえを感じ、やがて壁の向こうの光の存在を、俺に示すようになった。


壁のヒビから薄っすらと差し込むその光が「もうすぐだ、頑張れ」と、力強く励まし、俺を導こうとしているかのようだった。


だが、それも、もうすぐ忘れてしまう。


この壁を打ち砕いたら、すぐに忘れてしまうのだろう。


それだけが、今、確かに解っていることだった。




***




「う…………。」


 ツンっ――と。

上から刺すような冷たい感触が、真っ暗な俺の意識を上から刺激した。




 水滴だろうか。

次には、濡れたあたりからじんわりと疼くように、暖かな血の巡りを感じた。




 気が付くと俺は、塗りつぶされたような深い暗闇に横たわっていた。

僅かな薄明りが遠くから差し込む。

その希望を手繰り寄せるように、俺はぎこちなく「自らの手足」という大まかなイメージを這わせる。

この時はじめて、自分に肉体があることに気付いた。


 これは多分、足と、手だ。

自意識のずっと下の方で、俺の一部を傀儡人形のように操れている感覚がある。

多分、目と顔がある。

両の手を引き上げて、この意識の中心近くをベットリと触って確かめた。




――ある。



 

 眉毛に、瞼。

口も鼻も。

横に耳。

自らの手で頬をこする摩擦音。


 うなじが、温かい。

首に、脈。

すぐに心臓をも感じた。




――鼓動、鼓動、鼓動。




 ドクン。ドクン。と、落ち着いた優しいリズム。

少しすると目の神経が暗闇に慣れてきたのか、僅かに辺りを確認できるようになった。




――洞穴だ。




 吹き込んでくる風が音を運び、頬の上を滑っていく。

辺りは暗いが、出口から薄っすらと明かりが届いているのが確認できる。

俺は必死にその明かりを辿り、まだ操作の慣れない肢体を動かし、出口まで這い出た。


 どうにか這い出た先で、全身に力を目いっぱい込めて、ゆっくりと慎重に、バランスを保ちながら立ち上がる。

するとなんだか、自分がずっと大きくなった気がした。


 少しの感動の後、俺は頭上を見上げた。

その瞬間、真っすぐ届いた月の明りに、俺の意識は急接近する。


 しかしよく見れば、あれは月によく似ているだけの模様のない大きな星だった。

その巨大な光の惑星は、まるで宝石で埋め尽くしたような満点の星空の中で、一際強く俺に光を注いでくれていた。

耳を澄ますと風のそよぐ音はやけに懐かしく、スズ虫の声は、そっと寄り添い歌うように、いつまでもひっそりと泣いていた。


「……。」


 漂う雲に紛れて、島のようなものが浮かんで見える。

錯覚を疑った俺は、寝ぼけ眼をこすり、もう一度空を見た。




――ある。




もしもこれが見間違いでなければ、ここは俺の知っている世界ではないかもしれない、ふわふわとそう思った。




――心を開け放ったまま、瞼を閉じる。




 呼吸、深く、深く。

鼻から大きく長く吸い込み、肺を冷たい空気で、うんといっぱいに満たす。

息を止め、ゆっくりと吐き出すと、五感のすべてが一斉に目を覚まし、例えようのない強い興奮が体の中心からに一斉に広がった。




――身体が、生きていることを叫んでいる。




 未だ夢見心地のようなこの肉体の、どこか奥深くからジリジリと溢れてくる温もりに、何か得体のしれない忘却と例えようのない絶望と脳裏に浮かび上がる虚空が重なる。

幾重もの感情が喉笛を伝って吠え猛り、全身が力強い血の巡りでマグマのような灼熱に覆われていく。

鼓動が強く早くなる、熱い何かが頬を走るのを感じた。


「俺は……だれだ……。」


 声帯を揺らしてそう呟いた時、初めて自分の心と初心うぶ声を知る。

同時に、自分の記憶がボロボロに壊れてしまっていることに気付いた。

名前も、出生も、流れ落ちたように、自分の中身が空なのだ。

今ここにあるのは、満ち満ちたる大海原のような感情と、眼窩を覆う無限の世界だけ。




――たったの、それだけだ。




「だけど……。」




――うごける。




――しゃべれる。




――感情が、止めどなくこの無限を吸収していく。




――吸いつくせないほどの感情が、俺の心に蓄積され、今にもあふれ出しそうなのを感じる。




 いま俺は「生きているのだ」と全身で感じている。

風の吹く音、草木の蒼い香り、虫の鳴き声。

冷たい大地から伝わる熱、溢れるほどの星空、広大な宇宙。

それらが混ざり合って、まるで天使の讃美歌のような感情を、俺の中で奏でている。

この身体とこの世界、今ここにあるなにもかもが懐かしく、新鮮だった。

そして、やけに耳障りな大きい音で、俺の腹が鳴った。


「腹、減ったな……。」


 飯を食わせろと、豪快に唸った腹の虫に、俺は途端に空腹を強く悟る。

たしかに、この空腹を満たしたい。

この味覚を美味で満たし、この感情を満たしたい。

それはまるで、生まれて初めての欲望。


 腹鳴りという治まらない生理現象にたまらず腹をさすったとき、自分がなにか衣類を身に着けている事に気付く。

いや、この場合、ボロ布を纏っているという方が正しいかもしれない。

既に泥が付いて汚れているが、俺はなにやら幽霊のような服を着ていた。

これは、病院の入院患者が着ている患者衣か何かだろうか。


 辺りを見渡してみると、俺が這い出た洞窟のすぐ脇に、一本の大きな樹木があることに気づいた。

実の一つも生っていないさらの木。

不思議なことにその根元には、月明かりに照らされて、真っ赤な丸い実が一つ落ちている。

まるで俺の空腹を悟って用意されていたかのようにも思えたその実を、俺は無意識に近づいて拾い上げていた。


「リンゴ……。」




――リンゴ。




 リンゴなら、俺は、もちろん知っている。

しかし自分の知るリンゴとは少し違っている。

変種だろうか。


 形が縦に潰れている手のひら大のそれは、例えるならば穴の埋まっているドーナツとかだろうか。

落ちてから時間が経つのか、泥が乾き、僅かに抉れた傷もあるが、衛生面を考えるより先に、俺は無我夢中で頬張っていた。


 纏わりつくような甘い香り。

そのほんわりとした暖かな甘さが、鼻の奥にいつまでも残る。




――触感がある(サクッ)




 その豪快な歯ごたえに思わず身震いする。

続いて形容しがたいむず痒さが染み出し、それが刺激となって、舌の神経から全身へとびりびり伝っていく。

すっぱさを理解した。


 次には口いっぱいに瑞々しい恍惚感がジュワっと広がり、頭が冴えて思考が潤っていくのを感じる。

これは甘いということだろう。


 別に特別好きだった訳でもないそれを、今はただ無我夢中で頬張る。

噛むたび舌の神経に沁み込む美味に陶酔し、突き抜けるような酸味に神経を震わせ、包み込むような甘味に涙を流した。


 目を覚ましてからのそれら全ては、あっという間の出来事だった。

五感と五臓六腑の不満は、たかがこれしきの事で溢れるほどに満たされた。


「ここは……どこだ……。」


 今更ながら、ふとそんなことを思った。

本当なら一番最初に出てくるであろうこの素朴な疑問(俺の出生の謎)も、この世界とこの身体の神秘の前にはどうでもいい事だったのだ。




今一度、深呼吸。




深く。長く。




深く。長く。




深く。長く。




 周囲を見渡す。

ずっと遠くの方に薄明かりが見える、恐らくあれは人里だろう。

規模からして、そう大きくはないけれど。


 俺は無意識に明かりの方へ一歩を踏み出していた。

地熱がこの血と肉を下から辿る。

ジンワリと血液に流れ込む冷たい感触が、あまりに心地よい。




生きている、生きている、生きている。




けれど腹が減った。




腹が減った。




ただ腹が減ったのだ。




自販機の取り出し口にグジュグジュに熟れた柿を仕掛けたのは私です。最高でした。


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