Under Your Skin_8
ウタさんに連れられてギルドを後にした俺達は、特に誰にも不審がられることなく出口までたどり着く事が出来た。というのも――
「ホレ、これ被れ。」
「え――なんです?」
「マスクだ。見りゃ解んだろ。」
そう言ってウタさんから渡されたそれは、なんとも精巧な革のマスクだった。
なんでもこれを被ってれば素顔を自然な感じに隠せるそうだが。
あまりにリアル過ぎて流石にちょっと気持ち悪い。
「知り合いにマスク職人がいてな。ソイツから以前貰ったもんだ。キモいし、いらねーからやる。丁度いいだろ。」
い、ら、ねー。
まぁ、街出たら、捨てればいいか。
「捨てるなよ。」
「はい。」
キモいマスクを押し付けたウタさんは苦笑いで黙り込む俺の考えを読んだようで、目を細めて相変わらず不機嫌そうに俺を睨んでいた。
まぁそんなこんなでその精巧なキモスクのお陰で、俺は誰にも怪しまれずに無事街を脱出することができたわけだ。
隣を歩くファラが俺と目が合う度に「ヒッ」と怯えたような顔をしたが、まぁ無理もない。
仮にここがアメリカで更に今日がハロウィンだったとしても「トリックオアトリート! いたずらか~お菓子かっ! はは!」と俺がインターホンを押せば有無も言わさずヘッドショットされてるだろう。
「あ、そーだ。ウタさんに聞いておきたいことがあったんですが、最後にいいですか?」
「あん? なんだ。」
タバコを口に咥え、火をつけてそれをふかしながら、ウタさんはいかにも面倒くさそうに眉を顰めた。
けれどどうやら話は聞いてくれるらしく、黙って俺の次の言葉を待っている。
そんなウタさんに聞いておきたかったこと――それは以前この街の図書館で調べそこなった事だ。
魔女の足掛かり――
業苦を解く手掛かり――
前世の記憶――
日頃からギルドに集まる情報を――その書類の後始末を日夜一人で捌いているこのヒトなら、俺の知りたい情報を持っている可能性が高い。
それもかなり高品質で信頼できる情報を――
「ファラ、ダバを連れて来てくれ。」
「え……? うん、オッケー!!」
こーゆー時は扱いが楽で助かる。色んな意味で。
ルンルンと陽気にダバ預り所へ向かったファラを見送って、俺はウタさんに向き直った。
タバコの煙を宙にふかしながら、ウタさんはリラックスした様子で空に浮かぶ雲を見つめていた。
その横顔は、なんというか、ビューティフルだなぁ。
「――聞かれたくない事か?」
「え……。」
「まぁいい。」
ふいに空を仰いだまま、小さくそう呟く。
まぁ、あのタイミングでファラを追い払えば誰でもそう捉えるか。
「ウタさん、単刀直入に聞きたいのは3つです。
まず、魔女の行方。業苦を解く手掛かり。そして、リンネの前世の記憶についてです。」
「ふぅ~……。」
ウタさんはタバコの煙を再び空へ還す。
トントンと灰を落とすと、ようやく俺の方に向き直り、いつになく真面目な調子でゆっくりと口を開いた。
「――お前、何する気だ?」
「え。」
怖……。
なんか急にドスの効いた圧が来たけど、俺なんか聞いちゃいけない事聞いたのかな……。
ウタさんは眉間に皺を寄せて何かよからぬことを疑う様に俺の目をじっと睨んでいるが――
「業苦ってのはつまり、ファラの事だろ。それはまぁいいが、後の2つ。まずは事情を聞かせろ。」
「え、あ、そ、そうでしゅね。しゅみましぇん……。」
そうか、どうやら「魔女」と「前世の記憶」の二つが疑惑センサー引っかかったらしい。
えっと――まずウタさんには魔女がファラの母親ってのは伏せといた方が良いよな。
「嘘は、解るからな。」
「はいな。」
苦笑いで黙り込む俺の考えを読んだ(以下略)
「その……。ウタさん、魔女って、ウタさん的にどんなヒトです?」
「あ? んだお前。魔女は魔女だろ。声を聞いた者の記憶を奪う魔女。黒印持ち。ただそんだけだ。」
「あぁ、そうですか。」
――けれど良かった。
ボーラさんの時のような個人的な恨みとか憎しみがあるわけではなさそうだ。
「だから……。さっさと話せ。」
けれどそれは飽くまでウタさん個人の話。
ギルドとしての意見ではない。その事を前提に進めなければ……。
記憶を消す魔女の足掛かり、そして前世の記憶の手掛かり。
相反するこの2つを関連付けて、ウタさんは何か良くない違和感を嗅ぎつけたのだろう。
決して何かあるわけでもないし、この2つは全くの別問題なのだが――
とはいえファラが戻ってきたとしても、このまま「はい、そうですか。ばいなら。」と気楽に帰してもらえる感じじゃなくなってしまったのは確かだ。
そうして俺が返答に困り考え込むように黙っていると、いよいよ短気なウタさんがイライラを募らせているのが眉間の皺のピキピキの増量で解った。
「驚かないで聞いてください。」
「おう、早くしろ。」
「ファラは、魔女の娘です。」
「……。」
固まった。処理落ち、フリーズ。
どうやら俺の言っている意味と、そこにある確かな矛盾とを、一昔前のパソコンのようにどうにか頭の中で擦り合せようとしているようだ。
「……。すまん、意味が、解らん。」
「ですよねん。」
ウタさんは目を閉じて再び空を仰ぐと、煙草の煙を肺の奥までいっぱいに満たすように吸い込んだ。
「ふぅ~~……。」
煙がドワッと大きく宙に舞い、あっという間に消えていく。
「業苦は、遺伝する。
そしてファラの顔の黒印――ひとまずあれが魔女から遺伝したものだいうのは解る。
ならなんで、話している私やお前の記憶が消えない。」
やっぱその辺りからか。
ウタさんは落ち着いて話しているが、明らかに動揺はしているようで、タバコを口に咥える頻度が増えた。
けど説明すんのダルシム。まぁそうもいかんが――
「実はファラの声は、ある方の魔法で封じられてます。」
そして、ここでも油断はできないのだ。
どういうことかと言うと――まず、チーさんはギルドでハンターをしていた。
とすれば魔女の討伐命令について、チーさんが虚偽の報告をした可能性が高い。
それはすなわち反逆。
魔女の娘であるファラの保護者――という明らかにブラックラベルな情報は、決して明かすわけにはいかない。
「そうか。」
「……。」
ん、気のせい、だろうか……。
何故かウタさんの目つきが変わった――そんな気がしたんだが。
いや……。単純に俺の言葉に頷いただけか――
「まぁ……。
それでファラの声はそうしてここ最近まで封じられてたんですけど、俺と旅に出る前の日に、副声虫ってヤツを食って――今に至ります……。」
「……。えぇ? 食ったのか?」
「え、えぇ……。」
片目を吊り上げたウタさんが再び固まる。
あの陰毛みたいな寄生虫をどうやら知っているらしい。
話が早くて助かるが、なんだか居たたまれなくなってきた。
「まぁ……。だ、大体の事情は分かった……。」
そしてこの反応である。
とまぁ、一先ず事情を察したのか、恐らくファラのアホが天性のもので無いことを悟ったようで、現実を強く受け止める様にギュッと目を伏せた。
「んで、お前。」
「え……。」
「なんで魔女が生きてると思ったわけ?」
あいやー。




