グッドシャーロット
2024/01/30_改稿済み。
さて、今が何月の何日で何曜日の何時なのかが俺には解らないが、とにかく「次の日の昼」である。
俺はチーさんの紹介で、ケズデットの村はずれにある養豚場「グッドシャーロット」で今日からいきなり働くことになった。
まぁ「紹介」といっても、半ば強制的に自給自足を強いられただけなのだが、それについては俺の口から文句は言えない。
なにしろ俺がいま置かれている状況というのが完全に「路頭に迷っているところを拾われた名も無き浮浪者」に他ならないのだから。
もっと言えば、こんなお荷物にしかならない小僧、すぐに家を追い出されないだけ幸運だと言えよう。
チーさん曰く、ひとまずこの養豚場で一月ほど働きながら、これからの先行きを自分自身で考えて行動しなさいとのお達しだ。
ちなみに、この村へ来る前の俺の記憶に「働いていた」という記録は一切残っていない。
恐らくはアルバイトすらもしたことが無いと思う。
だとすると、自意識に反して嫌に若々しい俺の見た目や、これらを考慮したうえで、いよいよ「高校二年生」という表面的な記憶が、事実、現実味を帯びてくるのだった。
「しかしお前、見れば見るほどそっくりだなぁ。ブサイクなとことか。」
「え? なにがです? ブサイク……?」
「いや、なんでもない、こっちの話だ。あー、えーっと……うんっちさんから名前聞き忘れてたなぁ……。悪い、お前の名前なんだっけ。」
「あ"名前はまだない"です。猫みたいで申し訳ないんですけど、俺、リンネなので。」
「あぁ、そうだったのか。ちょっと意味わかんないけどまぁいいや。そんじゃ、自己紹介は自分で頼むわ、少年A。」
「うす。」
身長が190㎝はあろうかという気さくなこの大男の名前は、マラク・デアディビル。
ここグッドシャーロットにおいて、マラクさんが俺の直属の上司となるのだが、そんな彼は「マラク班」なるグループのリーダーを請け負っている、言わば班長さんだ。
赤茶色でスポーツ刈りの彼の短髪は、至極大事に育てられたサラブレッドのように上質な艶を放ち、いかにもテキパキと仕事をこなして良い汗をかきそうな爽やかな印象を受ける。
顔の輪郭はシュッと細長くも、顎の辺りは岩のようにカッチリと硬派で、意志が固くなかなか忍耐強そうだ。
眉はキリッと刃のように鋭く、けれど青竹のようにしなやかさのある優しい弧を描いており、吊り上がった目尻に反して不思議と高圧的な印象は受けない。
彼の瞳はハッキリ大きくキリリと見開かれ、面積の大きな黒目は真夏の太陽のように明るく真っすぐで、良い意味でバカ正直。
対して、やたらに縁のぶ厚い黒の角型のメガネは、乏しいと思われる彼の知性を全面的にカバーしているかのようで、恐らくは班長という立場やコンプレックスを気にしたが故に身につけたものなのだろうが、こと第一印象においてコレは逆効果ではないかと、失礼ながらも俺は思ってしまった。
先ほど申したように、彼はとにかくデッカい。
身長は190㎝ほど。
身体はどこを切りとっても筋肉質で、まず腕や足周りは鉄筋のようにガッチリとして、首周りは例えるなら大樹の切り株、そしてとにかく胸板の筋肉集積量が半端ではなく、着ている白のTシャツがハチ切れそうで涙ぐましかった。
やや誇張が過ぎるかもしれないが、マンモスとのハーフみたいな人類最強の彼と向かい合うと、俺は少し見下ろされるような形勢になる。
しかし彼の気さくでおおらかな性格や、筋肉量に反して爽やかな見た目と立ち居振る舞いから「見下す」などという威圧的な態度は一切感じられない。
その若々しい見た目に反して、年齢は46歳だという。
趣味はなんかよく知らんが変わったもので、珍獣標本の収集がマイブームだそう。
そして割とおしゃべりである。
さてさて、ちょうどお昼ご飯時にグッドシャーロットに到着した少年Aこと俺は、まず初めに重量級マンモス班長マラクさんに挨拶を済ませ、今は休憩室と思しき木造の掘立小屋の中で、昼礼の最中、従業員一同を前に自己紹介をしようという、そんな一場面である。
あと、どうでもいいが「うんっち」とは、たぶんチーさんのことだ。
「どうもはじめまして、記憶がないので名乗る名前もありません。なので今は"リンネ君"という仮の名を使っております。これからお世話になります、よろしくお願いします。」
「お、随分とおマヌケでブサイクなぼっちゃんが来たなぁ。」
「 『そっすねぇ。』 」
俺が意味不明な挨拶と共にペコリペコと頭を下げると、90年代のスケバンみたいなロングパーマでぐるぐる髪の変なオバサンが、細い右手の指で挟んだ煙草の煙をクユリとクユらせ、正しく昭和のガキ大将のような不敵な笑みをヒッヒッヒッと怪しく浮かべ、またどこか偉そうに暴言を吐くのだった。
そのヤンキー年増女の両脇には、いかにも治安が悪そうなゴロツキが二匹、どちらも腕を組んで仁王立ち。
中央のハイカラ女の悪態に相槌を打ちつつ、さながら中学校の修学旅行中に肩のぶつかったクズ共みたいに俺の事をバチクソに睨みつけており、やや不愉快。
あのサルどもに目をつけられたらここでの俺の生活は終わりだなと、そう思った。
アウトローな男女三人組のすぐ右脇には、可憐な明るい赤い髪を短めのポニーテールで束ねた、小柄で可愛らしく、気さくで優しそうなお嬢さんがちょこんと立っている。
両腕を頭の後ろに組んで飄々と俺の挨拶を聞いていたフレッシュな感じの歳の近そうな彼女は、やがて俺と目が合うとニッコリと優しく口角を上げ、花びらのような白い歯をそっと覗かせて、春の野に咲く黄色いフリージアが如き無邪気な笑みを、小さな秘密の花園とも形容すべきその顔いっぱいにフワッと咲かせるのだった。
「へー。リンネだから、リンネ君かー。なるほどねー。バカみてぇー。てかブサイクだなぁ、お前。」
――うわー、俺ここで働きたくねー。
「それじゃマーシュ、ぼくはそろそろ行くから、あとは頼んぞ。りんねっち、しっかり働けよ。」
「 『うーす。』 」
すこぶる幸先の悪い自己紹介の後、マラクさんは急に用事が出来たとかなんとか言って、奇妙な真っ黒い怪しい布を頭から被って、さっさと休憩室を出て行った。
俺の教育係に任命されたさっき俺の事をバカだブサイクだと罵った器とか他にも色々ととにかく小さいあのチビ女と俺は、いかにもやる気の感じられないボーっとした調子で声を揃えて、死神みたいに不吉な格好のマラク班長を見送った。
あと、どうでもいいが「りんねっち」とは、たぶん俺のことだ。
昼礼が終わると、他の従業員たちは各々が午後の業務に向けてわらわらと動き始めた。
「ちんちくりんのマーシュが新入りの教育係とは、こいつは面白いことになりそうだ。なぁ、ターク?」
『そうだぜキーム兄ちゃん。まぁせいぜい頑張れよな、新入り。逃げたらたたじゃおかねぇからな?』
「はぁ、どうも。」
「うっせぇバカ兄弟、また今度ウチの班のヤツ虐めたら八つ裂きのミンチにすっぞ。」
「 『へーん☆ そんなの全然怖くないよーだ☆ べろべろばぁーか! やーい! チービ!』 」
「ぐぬぬ、くそー! 死ねー!」
さて、マラク班長の退場とほぼ同時、案の定、休憩室の治安は一瞬で奈落のドン底へ。
先ほど俺の事を睨みつけていた仁王立ちの二人組が「マーシュ」と呼ばれたちんちくりんのチビ女を煽ると、器とか他にも色々と小さい彼女はさっそくプンスコと機嫌を損ね、顔の前で握った右の拳にググググッとありったけの念を溜め始めた。
しかし俺よりも10㎝くらい背の高いゴリラ二匹と、俺よりも10㎝くらい背の低い彼女とでは、猫と鼠くらいパワーバランスに差があるように思われた。
その為、実質20㎝以上の身長差がある彼女が眉間にしわを寄せて上目遣いに凄んでみたところで、二匹の底辺ゴリラをウホウホべろべろばぁウッキーと喜ばせるだけのてんで逆効果なのであるが、どうやら背の低い彼女の視野はその身長と比例してそこまで広くなかったらしい。
「おいお前ら、仕事の時間にくだらない遊びしてんじゃァないよ、さっさと行くよ。」
「 『へい。』 」
見苦しい猿山のケンカに割って入ったのは、群れを束ねていたぐるぐるパァのハイカラ女。
ピシャリという、さながら稲妻のような彼女の叱責に、とびきりウルトラハイになっていた二匹の表情は一転、スン……と、まるで焚き火に冷や水を被せたように不気味に鎮まり還った。
「じゃぁな新入り、しっかりやんな。」
「あ、はい。」
どこか意味ありげに俺の目を見てそっと笑うと、踵を返して後ろ手を振ったぐるぐるパァはゴリラ二匹を引き連れて、優雅に肩で風を切りながら無駄にズンズンと休憩室を出ていった。
「なんなんすか、あのチンパンジー共は。」
「あー、まぁ、そのうち解るよ。てか"チンパンジー"て何。」
「あぁ、サルですよ。知らないんですか、チンパンジー。怒らせると怖いんですよ。」
「知らねーよ、"りんねっち"お前どこの辺境から来たんだよ。」
「それはこっちのセリフですよ、なんなんすかこのクソ星。ところで、えーっと……先輩の名前って。」
「あぁ、そうね、そう、そうだった。私は"マーシュ・グッドイヤー"。よろしく。」
気安くマーシュと名乗ったチビの先輩は、無邪気なワンパク小僧みたいに、綺麗な白い歯を覗かせてニコニコと笑った。
小柄で可愛らしく、気さくで優しそうなお嬢さんというのが、俺が猿山の群れの中に彼女を見かけた時の最初の印象だったが――。
「さん付けとか好きじゃないから"マーシュ"でいいよーっ。」
可憐な明るい赤い髪を短く束ねたポニーテールは、今まさに収穫時を迎えたトマトのように艶やかで、なんだかそっと触れてみたくなる。
マラク班長とよく似た、鋭くもしなやかさのあるキリっとした眉。
パチクリと大きな瞳は赤み掛かったオレンジ色で、それが僅かに濁っているようにも思えたが、しかしこうしてジーっと目が合っただけでも、俺の中で眠っていた男心というものが吸い寄せられてしまいそうになるほど、また若干の上目遣いと相まって魔性に情熱的な色彩である。
くっきり隆起した鼻筋は、線を引いたようにスッとしていて、顔の輪郭は柔らかくも、僅かに男勝りで中性的な顔立ち、美形だ。
ここが養豚場という事もあり、服装はグレーのツナギ服に、黒の長靴。
決して身なりが綺麗とはいかないがしかし、見た目も性格もボーイッシュな彼女がこうして肉体労働に身を投じているというのは、ある意味で必然のようにも感じた。
ガサツな性格と女らしからぬ見た目からして、年齢は十代中盤から後半といった印象だが、僅かに漂う女性的な雰囲気は20代前半くらいにも思え、いずれにせよ「年齢不詳」と言わざるを得ないだろう。
なお、胸はまっ平だ。
「そんじゃ、はりきって行っちゃおうかな?」
「うーっす。」
「バッカそこは"いいともーっ!"だろっ!」
マーシュさんはオラァと勢いよく右腕を振り上げてゲラゲラと笑った。
さて、いよいよお仕事開始か。
「なんでもいいから早く行きましょう。」
「りんねっちお前ノリ悪いなぁ! 身も心もブサイクか!」
――うわー、俺ここで働きたくねー。
ピルバーグ作、キャラクタープロフィール
マーシュ・グッドイヤー
23歳
身長 151tm(およそ151㎝)
体重 46tg(およそ46㎏)
利手 左
好きな異性のタイプ
特別こだわりはないが、強いて言うなら不愛想だけど心音の優しい年上の男性。
好きなもの
仕事、グッドシャーロットの仲間、ボス、アラタさん、ジャーキー作り、デブリブタ、りんねっち、マラク、ベースボール(new!!)
嫌いなもの
雑用、キームとターク、マラクのマスク制作講座、いじめっ子、孤児院での日々、出荷、ヒト殺し
ピルバーグのインタビューと見解
マーシュ・グッドイヤーという活力にあふれた姉ちゃんは、ヒュムとドルイドのハーフだ。
会話の最中は終始ゲラゲラと笑っており、酒ではなくミルクで酔っ払ったようになるというのが少々やりずらい。
ミルクの肴にと、気さくな彼女のくれたジャーキーは、噛めば噛むほど美味かったが、冗談なのか何なのか、それがヒュムの耳の肉だと彼女の口から知らされた時は、流石の俺もぶっ飛び吹き出したもんだ。
どうやらケズトロフィスの大災害の被災者の一人らしく、被災時の記憶をまるごと喪失している彼女には、身寄りがない。
班長のマラクが親代わりなようで、この二人がやたらと親しげなのも、本物の血縁のように絆を深めてきた証拠だろう。
普段は気さくでガサツで、酒の席では気が合いそうに思えたが、一度おかしなスイッチが入ると別人のように冷徹無慈悲になる。
ただし、被災後の孤児院での壮絶な過去を想うと、彼女の不安的な精神面も無理はないと思われた。
彼女の今後の活躍は、やがて大いなるドラマにも成りえる、というのが俺の見解だ。
そんな彼女は現在、ベースボールに夢中になっており、最近では仕事の休憩時間にグッドシャーロットの面々とベースボールをして、和気あいあいと面白おかしく過ごしているとのこと。
それもこれも、あの少年のおかげだ。
またこの事は映画監督である俺にとっても、もちろん彼女自身にとっても、良い兆候だといえるだろう。




