第一節
第一節
ホーク乗りと大食らいと社長と依頼
或いは
ブロロロ……
片方はどこかイラつき、もう一方はどこか楽しげであった。
春を過ぎ、緩やかに夏の気配がする椎の木の森の中それなりに舗装された道をサイドカー付きの魔力稼動式二輪車(通称:ホーク)が森を抜ける為に前進していた。
しかしながら今のところ森を抜ける気配はなく、運転手の視界の先200メートル先まで同じ景色を捉えていた。
その上で翼竜が飛んでいるのか時折、鳴き声や羽ばたいている音が耳に入ってきた。
「チッ」
かなり大きな舌打ちであった。
この舌打ちをしたのはサイドカーに行儀悪く座る迷彩柄のローブを着た男性であった。
サイドカーの人物は推測で180前後、それなりに横にもあるしっかりしたガタイである。目元がフードで隠れており、あまり表情が分かりにくいが常に貧乏ゆすりをしていた為不機嫌であるのが丸わかりであった。
しかしそんな事はお構いなしに鼻歌すら歌い出しそうな程上機嫌な人物がいた。
運転手である。
「〜♪♪」
否、歌っていた。
このホークが旧式の為、魔力を変換する際に出る音エネルギーによりサイドカーの男の舌打ちも聞こえていないようである。
運転手は黒のライダージャケットを見にまとい、半ヘルにゴーグルという装いであった。
体格は細身で背は175程度と見える。
サイドカーの男はあまりの上機嫌ぶりに呆れてすらいた。
現在この森に入り込んでから10時間ほど経過していた。侵入して以来休憩すら取らずにただひたすらに突き進んでいた。
長時間車両に乗っているとただ乗っているだけでも相当の苦痛である。しかも休憩すら取らずに進んでいる辺り、余程運転手が運転好きか、ただの体力バカに違いなかった。
サイドカーの男は最早不機嫌の極みにすら到達する様であった。
「おい」
「♪♪」
「おい!」
「♪♪」
「おい、運転バカ」
「どーも」
「聞こえてんじゃねぇか、ふざけんなよテメェ!!」
「ヤァ、やめてくださいな、暴れられたら事故りますよ」
「クソガァ」
「はいはい」
運転手はサイドカーの男の怒号を聞き流し運転に集中していた。
そのため返事もかなり適当である。
普通なら一発ぶん殴られてもおかしくない様な状況だが現在高速移動中のホークである。
このまま地面に叩きつけられれば、明らかに重症を追うのは分かりきっていた。
サイドカーの男はこれ以上運転手を怒鳴りつけるをやめ、代わりに質問をぶつけることにした。
「おい、あとどの程度でここ抜けんだよ」
「さぁ?もうすぐだと思いますがね」
「……お前この森に入った時なんて言った?」
「「涼しいですよ」?」
「おう言ってたな、確かに涼しいな?でもそれじゃねぇんだよ」
「「楽しいですよ」?」
「それはオメェの話な?、運転して楽しいのオメェな?」
「「けしk「「予定より早くつきます」つったろうがよ!テメェこのままだと着くの日ぃ暮れちまうだろがよ!」
最早、ブチギレていた。
本来なら街を通り、一泊してから目的地に着く予定だったはずが、運転手が思い付きで道を変え、本来舗装された硬い道を通る筈がただ地面を固めただけの舗装が施された道を進む羽目になったのである。
太陽は既に傾いており、後1時間もせずに暮れるのは予想しやすかった。
「……わかりました、僕が悪ぅございましたぁ」
「謝り方が雑すぎんだろうが」
「さぁせんっしたぁ」
「チッ」
「まぁ落ち着いてくださいよ、ホラちゃんと前見てください」
「あ?」
ブチギレていたサイドカーの男を雑に宥めて、彼の視線を前に向けさした運転手。
その先には森の終わりと思わしき光が見えた。
「お?おぉ!マジか、本当に近く出るんだこれ、へぇ〜!」
「後もう少しで着きますから、大人しくしててくださいね?」
「おん、わかったわ」
サイドカーの男は先程と打って変わって、終わりが見えると機嫌を良くして、貧乏ゆすりをするのをやめ、本日の夕食について考え始めた。
「なぁ!今日の夕飯なんにする!?俺今日パスタの気分やわ。ミートスパゲティ食いたい!!」
「はーい、いっぱい作りますよ」
「マジ?!やった!やっぱ持つべきものは優秀な相棒やな!」
「はいはい」
運転手はサイドカーの男のあまりの上機嫌ぶりに苦笑いしていたが、最後の一言で耳を真っ赤にしていたのは本人しか知らない話である。
「ほらもう抜けますよ」
森の出口、光の先まで
あと200
100
50
10
森を抜けた先のその先にあったのは
とてつもない角度の急坂であった。
「え?」「は?」
森を抜ける際それなりに速度を出していたホークは急激に地面から離れていた。
飛んでしまったのである。
そしてその後どうなるか。
簡単である。
自由落下であった。
「「ぎゃぁぁぁあああ!!!!」」
「んで?超が付くほどのスーパー傭兵二人組が?運転ミスで顔面強打して鼻血ブー?」
「…あい」
「全部オメェのせいやぞ」
「…あい」
ギャハハハハハハハハハ
「どないすんの、ウチの社長ツボ入って大笑いしてんけど」
「…サーセン」
「チッ」
北大陸南部大都市の一端
セイレーン警備部隊 本社にて
あの後、運転手とサイドカーの男の2人組は本人も、ホークも無事であったが、取引先で依頼主に大笑いされていた。
秘書は鼻血を出していた自分らを心配してくれたが、理由を知り、呆れられてしまった。
サイドカーの男は不機嫌を隠そうともせず、運転手は縮こまっていた。
「っ〜〜はぁーあ、笑った笑った。いやぁこんな笑ったのは久しぶりだよほんと」
「どーも」
「チッ」
「いやぁー、今日は来てくれてありがとうね、ほんと助かったよ」
予定より1日前倒しにして正解だったようであり明日に着くと、時間が限られていたことが判明した。今回の依頼主は常に忙しいことで有名であった。また、今回の依頼主は2人組からすれば贔屓にしている人物であった
「いやぁ、明日は急遽会議に参加しなくて原ならなくなってね、いやぁツライナァ忙しいって」
また、ワーカーホリックでも有名である。
辛いとかまったくもって嘘である。
「トイフェルト社長、そろそろ依頼をお願いします。明日も早いのですから、手早くいきましょう」
「ウチの秘書は真面目だなぁ」
「目を離せば仕事するワーカーホリックを寝かしつけ無ければなりませんからね」
「大変そうだなぁ」
「早よしてくれません?」
「あ、はい」
「ワロス」
「えー今回の依頼はぁ」
「あ、無視スカ」
「東大陸西部高地近くのゲリラ集団の殲滅である!」
トイフェルト・マックイーン
32歳 男性 ヒト族
金髪オールバック、赤目、170前後細身である。
大学卒業後、北大陸に警備会社を起業、凄まじい速度で成長させ、世界トップの企業の一つとなった。しかしそんな彼には裏の顔があった。
現在、世界では突発的に戦争が発生することがある。民族的、宗教的、政治的など様々な理由で大小様々な戦争が起こっている。彼はその戦争を利用して、儲けていた。つまり意図的に戦争を発生させ、その国の重鎮たちを警護するのを繰り返して来たのである。
飛んだ切れ物であった。
「今回の殲滅に関しては今までと変わらず我々がでっち上げた証拠を殲滅後のゲリラ基地に置いて置くだけの仕事、奴らの装備は旧式の魔力式銃しかないし、対して強い魔術士もいないけど油断せずに頼む」
オジ・レイストーン
推定1900歳 男性 元天使族、現堕天使
白髪七三分け、灰目、180前後、頭に黒い輪と背中から根元が白くなっている黒羽が生えている。
本人曰くある人の魂を追って堕天したらしく、それについて追求してもはぐらかされてしまう。元天使の為非常に良い魔力を持ち、本気を出せば国の一つぐらいヨユーで消し飛ばせるらしいが噂話しの為真偽不明である。
現在はトイフェルトの秘書をしている。
理由は不明である。
「今回の報酬だが、移動距離も内容も普段の以来と変わらないので、いつもと同じ報酬で構わないか?」
「チッ、ええy「いえ、半額でいいですよ。」あ?」
サイドカーの男が承諾の返事をしようとすると運転手の男がとんでもないことを言い出した。ちなみにこの報酬は余裕で豪邸を一つ購入できる金額である。
「あ?なんやお前?頭打っておかしくなったんか?え?」
「大丈夫ですよ。僕は至って正常です」
「じゃあどうゆうこっだよ」
「トイさん、確かこの本社近くに七つ星のレストランがありましたよね?スパゲティが絶品の」
「?あぁ、あるなそれがどうした?」
「あの店のミートスパゲティのレシピをください。」
「は?」
この七つ星のレストランは世界の中でも七店にしか与えられない称号で、特にそのレストランのスパゲティは店主しかレシピを知らない超起業秘密の一品であった
「いやぁ、相棒がね?今日の夕飯はスパゲティ食いたいてゆうものですから?どうせなら美味しい物をね?作ってあげたいなぁと」
「いや店で食べれば」
「いやぁ知りたいなぁレシピ!いつでもどこでもあのスパゲティを食べれるもんなぁ!!」
「!!」
「あ」
先程から困惑顔をしていたサイドカーの男は目の色が変わり急激にテンションが上がっていた。
「それええなぁ!!毎日でもあのスパゲティ食えるようになるんやろ!最高やんそれ!レシピ教えてもらお!」
「あーあ」
「いやぁ、えーとですねぇそれは難しいというかなんというかぁ」
「じゃ仕事受けねっす」
「ああ待って帰んないで!二倍!二倍にするからさぁ!」
「いや欲しいのはレシピなんで」
「あぁもうなぁんでこんなとこで頑固かなぁ!!」
「そりゃ、優秀な相棒が、食べたいっていたからっすね」
「めんどくせぇなぁもおおお」
ガチャ
「じゃ、仕事終わらせてくるんで、レシピお願いしますねー」
「ソッコー終わらせてくるからレシピ教えろよ!」
バタン
「あーあ、行っちゃった」
「……オジ、お前催眠とか使って聞き出せない?」
「世界魔力行使法違反になりますね」
「クソガァぁ!!!」
余談だが優秀(ryと言うところでサイドカーの男は耳を真っ赤にしていたがこれも本人しか知るよしも無かった。
東大陸西部高地、ゲリラ基地北部にて
ゲリラ基地は高地にある廃村を拠点に活動している。ゲリラは主に近辺の街を襲撃し金品や農作物を略奪を繰り返していた。しかしこのゲリラ集団は所詮大集団の末端でしかなく、このゲリラ集団に手を出すと何が起こるかわからない為、国も容易に手が出せないのである。
「まぁいつも通り行きますか」
「いやぁスパゲティ楽しみやなぁ」
運転手とサイドカーの男は先程と服装が異なった物を着用していた。
運転手の男は全身黒タイツのような特殊な服装であり腰や足に小型の魔力式拳銃や小銃、コンバットナイフが取り付けられており、目には、運転中にもつけていたサングラスのように黒いグラスのゴーグルをつけていた。
半ヘルは外されており、額を隠す程度の前髪や癖が付いている茶髪が見えていた。
一方、サイドカーの男は迷彩のローブはそのままに内側に黒のシャツのような物を着ている。また、全身の皮膚にぐるぐる巻きに包帯が巻かれていた。見える皮膚は顔のみである。
「ザックさん0:00です。作戦開始します」
「了解ピース、こちらも開始する」
乾いた枯葉を踏んだ筈の音はなく2人の姿が闇に消えた
廃村中心部
高台
「はぁ、ネム」
現在時刻23:55分
警備兵の眠気も最大限に大きくなっていた。
「……サボってもバレんやろ」
村の高台の下を警備していた兵はあまりの眠気に仮眠を取ろうとしていた。
その一瞬が命取りになる事を知るよしもなく。
本日は新月、最も世界が闇に覆われる夜であった。
パパパパパパパパパパッ
「っ?!」
警備兵たちは眠りかけていた目を急激に覚ます銃声にすぐに警戒体制を取る。
すぐに耳のいい獣人族がその銃声が聞こえた場所まで駆け寄る。
村の北部旧住宅地と思われる建物群の隙間を抜けていく。
(?音も匂いもしない?)
しかしその場には人の影も匂いも痕跡も残っていなかった。まるでその場にはもともと何も無かったように。
「おかしい、確かに聞こえたはずだろ?」
「俺も聞こえたぞ」
20人前後の獣人がその場を探すが何も見当たらない、ぴちゃぴちゃと大きな水溜りを踏む音だけが響いていた。
「……水溜り?」
ここ数日雨は降っていない筈である。
証拠に枯葉を踏んだらパリッと乾いた音がした。
しかしこの住宅地の地面は見える限り湿っていて、それなりの大きさの水溜りが複数個確認できた。
「おかしいぞ、これ」
小さくつぶやいたそれは誰に届くこともなく消えた。
パチンッ
強力な電気が辺りを巡ったのである。
音をも超える速度で白い光が蜘蛛の巣状に広がり、視認する間もなく消える。
ドサッベチャベチャン
その場から崩れ落ち、毛の生えた肉となる。
一部は痙攣が治らず、未だにブルブルと震えていた。
この凄惨で計画的な犯行は言わずもがな、かの2人組の仕業である。
「ザッコ」
声の元は肉塊のすぐ側、住宅の中から扉を開けて出てきたのは運転手であった。
その視線、声色は先程相棒と会話していた時と大きく異なり何処か冷たく感じられた。
例えるなら、夜間の高山の死へと誘う冷酷なまでの寒風の冷たさ、或いは光も届かぬ未知で溢れた深海の恐ろしさと言えるだろう。
しかし違和感が何処か拭え無かった、人を躊躇なく殺める者が死肉に冷ややかな目線を送っても何も違和感はないが。
いや、それこそが違和感の正体である。
ゴーグルを着けてる筈である。
サングラスのようなグラスの。
深夜帯、サングラス越しに視線がわかるだろうか?
いや、そんな筈はない、光源があるわけでもない廃村でわかる筈がないのである。
しかしそれはすぐに理由が判明した。
ゴーグルの中、彼の黒目は発光していたのです。
黒目の発光、これは魔力を行使したサインの一つであった。魔力を持つ者は黒目が魔力に影響を受けて、色が生まれつき正常ではない状態で産まれるのである。
運転手はゴーグルに手をかけて額をまでズラした。
彼の右目は暗い青、青藍だろうか、明かりを失った海のようである。
対して左目は下から上にかけて水色から薄くなり途中から薄い黄色になるグラデーションがかった色であった。
「1,2,3,4……うん、こっち側の奴はやったかな。反対はザックがやるし、こっからは適当に暗躍しますかね」
死体の数を見張りの数と合わせて北側の見張りのほとんどを消した事を確認すると再度ゴーグルに手をかける。
彼が一つ瞬きをすると左右の色の違う目が白だけの目となる。それに合わせるように彼の体が手足から薄くなり始める。ゴーグルを目にかけると完全に透明になりそこには水の引いた道と痙攣が止まった死体のみが残った。
『平和とは争いの間に生まれる一時の幸福である』
廃村中心部旧村役所にて
「、おい!いったい何があった!!すぐに報告しろ!!」
「は!先程北部旧住宅地から魔力式小銃の発砲音を確認、偵察隊が確認に向かいましたが、以降連絡が取れません!!」
大声で怒鳴り散らしながら、大きな建物からでできたのは先程まで自室にてぐっすり寝ていたこのゲリラ集団の隊長格である。
その怒鳴り声に反応して1人のゲリラが報告を行う。その声から動揺や焦りが見えた。
「落ち着け、お前は何人か連れて今から北部の本隊まで行って連絡してこい!恐らく政府が夜襲をしてきやがったんだ。これは戦争になるぞ」
「しかし、それでは隊長は!」
「ああ、ここに残って抵抗してやるよ!相手のレベルがどの程度かはしらねぇがな?俺らも簡単にやられるわけにゃいかんのよ!」
「た、隊長…」
「オラ!はよ行ってこい!」
「り、了解致しましたぁ!!」
隊員はその場を走り去り何人かの隊員を連れて隊長の視界から消えた。
そしてこの隊長こう見えて中々の手練れである。厳重に敷いた警備をもろともしない相手。弱い筈がない事を既に理解している。
その上で先程の隊員が真面目で足が速い事を思い出して本隊に連絡させたのである。
そしてその状況下で彼の頭は最も最悪な想定を導き出していた。
「まさか、奴ら、か?」
彼の言う『奴ら』とはまさしくかの二人組の事である。
通称【罪人】と呼ばれる傭兵二人組の事で、その評判といえば高額な報酬と引き換えにとてつもなく高難易度な仕事すら容易に片付けてしまう事で有名であった。このゲリラ集団も、他のいくつかの部隊が彼らの仕事により消されていた。
「ぅうううぎゃゃぁああああ!!!!!」
「なんだぁ?!」
先程の隊員が駆けて行った方と逆、東南側から何人かの隊員が悲鳴を上げながら全速で走っていた。そして隊長はその背後に"何か"がいるのを見逃さなかった。
「あっ」
1人の隊員が躓き、その場に倒れ込んでしまう。そのコンマ2秒もしないうちに"何か"が姿表した。
強いて表現するなら巨大なヘビだろうか。
真っ黒な鱗に覆われた緑と赤の目をした途方もなく巨大な蛇である、顔しか見えない、と言うよりは体が巨大すぎて視界に入りきっていなかった。
その蛇は大口を開けて地面や建物を巻き込みながら隊員達を飲み込んでいった。そして地面を削りながら直進を続け、隊長のいる建物の5メートル手前で停止した。
「…俺ぁ死ぬのか?これから」
「……ああ、そうだ」
蛇から声がした。低く、重低感がありそれでいて怖すぎない、落ち着いた声色だった。
蛇の口は動いていない。しかしどうもこの蛇以外に隊長に話しかけることのできる者はいなかった。
「何故、ここを?」
「仕事だからさ」
「何故、食い散らかすのだ?」
「腹が減っているからさ」
「いつから?」
「さぁ?もうずっとさ」
「何人、ここにいたやつを食ったか?」
「数えてなんかないさ、全員食ったよ」
「そうか」
「なんだ?そんなに晴れやかそうな顔をして」
蛇は不快と感じているのか声色が少し低くなって行った。一方、隊長の顔は不快になるほど晴れ晴れとした笑顔であった。それこそ思い残しはなく老衰して死ぬような老人の顔つきだった。
「天使に殺されるからさ」
「……何?」
「天使に殺されるからさ」
「この罪人を天使と言う狂人はあまりいないぞ」
「だろうな」
「何故、天使だと?」
「…一人殺せば犯罪者だか、数千人殺せば英雄である。数が殺人を正当化、神聖化する」
「…何万年前の妄言をお前は信仰するのか」
「皆殺しにする君らは天使以外の何者でもないよ」
「呆れた、馬鹿な若者め」
「さぁ!俺を喰い殺してくれ!!」
隊長は両手を広げて目を瞑る。
蛇を静かに口を開く。そこはどうしようもないほどの闇が存在して、全てを無に消化していた。
蛇は獲物に近づくが残りが2メートルとなったとこで進みを止めた。
「?」
隊長が疑問に思い目を開けようとしたがそれは叶わなかった。
ヒュン
ゴトドサ
彼の背後の何もない空間から風切り音が鳴りその直後に首と胴体が二つに成り、その場に崩れ落ちた。血を撒き散らしながら倒れた為その背後の空間にもそれは付いていた。
「きたね」
不快感を表すように嫌そうな声を出しながらその血濡れた空間は色づいて行った。
ゴーグルや顔にもこびりついた血が彼の色白さを目立たせていた。彼が右手に持ったコンバットナイフにも血がこびり付いていて、何処か猟奇的な表情も合わさってその人物神々しい佇まいになっていた。
ズルズルズル
そして蛇の方も異変が起きる。
巨大な蛇は徐々に液体化して原型を変えていく。
べちゃべちゃべちゃ
完全に液体化した蛇から粘性を持った川と化した中からドロドロの液体を進み、運転手の元へと影が近づいていく。
「ザックさん、お腹貯まりました?」
「んなわけないやろ」
サイドカーの男は森で別れる前とほぼ同じ格好の状態であった。ローブを液体で汚れているが破れてはいない、中に中にきているシャツも濡れてすらいなかった。違う点を挙げるならフードをつけていない事だろう。
男性にしては長い髪、肩まである長さ途中で一つに結んでいた。
前髪はセンター分けされており、目元がはっきりと見えた。右目が赤、左目は緑の色をして、儚さを感じるようだった。
「一応、伝令以外は殺したんでこれで依頼は完了です。お疲れ様でした。」
「20分も掛からんかったな」
「最後なんか絡まれてませんでした?」
「俺らの事、天使だと」
「は?それなんか社長も言ってませんでした?」
「意味わからんわほんま」
「いやアンタ、長生きしてんだから意味ぐらいわかんだろ。」
「そりゃ、【暴食の罪人】やからな」
「アンタほんといくつだよ」
「覚えてないから知らんわ」
「長生き族はそんなんばっかだよほんと」
「好きで生きては無いがな…」
「はーいもー暗い話しやめ!さっさと帰ってレシピもらってスパゲティ食べましょ!ね!」
「お!忘れてたわ!いやー楽しみやなぁ〜」
夜空に月は無く、ただ星のみが輝きを放っていた。
『空腹とは人を悪魔に変える害悪である』
北大陸南部大都市の一端
セイレーン警備部隊 本社にて
「アイツらマジでメチャクチャ言いやがって」
「お疲れ様でした。」
深夜帯、ネオンが煌めくオフィス街の光の一つと化した部屋にて、高そうな椅子の背もたれに体重を預けて体全体で疲れたと表現する社長を尻目に秘書は今日の仕事内容をまとめ、明日の起床時間を考えて、もう家に返すのではなく、近場のホテルで睡眠を取らせようと考えていた。
「マジで、普通に報酬用意するより数倍はダルかったわ。アイツら仕事は絶対完璧にしてくるから断りにきぃしよぉ」
「社長、明日も早いですからもう近場のホテルを予約して、そこで睡眠をとりましょう」
「あぁ、うん、わかったわ。うん」
流石の仕事馬鹿である社長もここまで面倒な事は中々ないようで、ほぼ脳死で会話を行っていた。しかし、会話が適当でも思考は廻っているらしく。返事が雑な割には意識をハッキリとさせていた。そして彼の思考の中心はは彼ら二人組の事であった。
「なぁ、オジ一つ聞いていいか。」
「今日はもう寝てくれると約束してくれるのであれば」
「何故、ピースは魔法が使える?ヒト族は魔法を、扱えない種族だ。」
「…」
ヒト族
他の種に比べて寿命が短いが高い繁殖能力と学習能力を持ち合わせており、また純度の高い魔力を所持している場合が多い。しかしヒト族のほとんどが自身の魔力を知覚出来ず、知覚したとしても魔力を用いて魔法を扱うことは殆ど不可能である。
魔力は生物の生命力や寿命に依存しており、ヒト族は寿命が短い為仮に魔法を扱えたとしてもすぐに老衰してしまい、死に至る。
つまりヒト族が魔法を扱うのはほぼ不可能に近く、扱えたとしてもそれは自殺行為でしかない。
彼、ピースを除けば。
「私にも理由はわかりません。肉体は間違いなくヒト族のそれなんです。」
「お前、確か魔力を視覚的に見る事がでるんだよな?アイツの魔力はどんななんだ?確か目は黒だったか。」
「よくわかりません」
「は?」
「正確に言うなら、彼は複数の魔力を持っています。」
「…どんな種族だろうが一個体の魔力の種類は一つだ、例外もない筈だろ?」
「唯一、複数の魔力を持っていたのは世界の創造者、『神』そのヒトのみです。」
「…『大罪』の影響は?」
「私は、それ以外考えられません。」
季節は春を過ぎたばかりである。部屋の気温は季節外れなほど冷たく感じられた。
部屋の住人は以降喋ろうとはしなかった。
『触らぬ神に祟りなし』
詳細不明
とあるログハウスにて
「ウマイ!!!」
「よかったっスわ」
片一方は凡そ一人で食すなら、2日はかかるだろう量の例のスパゲティをあり得ない速度で口に含み続け、もう一方は一般的な一人前の量を食し、報酬の金額を確認していた。
「よし、ちゃんと契約通りっすね」
「はれ?きょふわはふえな」
「そっすね、いつの半額なんでいつもより早いっすよ」
「ほか」
時刻は正午を少し過ぎた頃、机の上には山のようなスパゲティと空の皿、トランクが載せられた。トランクには契約の報酬がみっちりと入っており、その束一つでも一般人の年収はゆうに超えるものであった。スパゲティの方はと言うと少しずつながら確実に標高が下がってきており、その速度は常軌を逸していた。それを食う男の表情は明るく、this is幸福である。みたいな顔である。リスのように口にめいいっぱい含んで咀嚼をして飲み込み、また口に含み咀嚼を繰り返す。体の資本は食から始まる。この行為に重きを者こそ、圧倒的な力を手にするのに相応しいのかも知れない。
【暴食の罪人】、自身の魔法で世界を支配し、神の怒りに触れ、永遠の時間と各人に与えられた罰を背負う罪人の一人である。
名の通り、彼は永久の空腹に罰を与えられた。いくら食べても止まらない食欲と満たされない空腹感は精神を病ませる程であり、永遠の命の為死ぬことすら許されない。
最早彼はどれほどの時間を過ごしたのか見当もつかないが、少なくとも今、美味しい物を食べるこの時間は数少ない幸福のひとつだった。
その幸福に目をやりつつ微笑えんでいる青年は、元々、生け贄として生を与えられた存在であった。閉鎖的な小さな村でよくわからない神に祟られないように与える物。物として扱われていたこともあり、彼は現在も感情がどう言ったものか理解しきれていない。表情こそ変われど、思考は常に冷徹である。それこそ目の前にいる罪人が空腹で暴れ回り、村人を捕食した時に監禁されていた祠から抜け出さなければ、きっと彼はここにはいない。
空腹に病んでいた罪人は目の前の物全てを食べようとする程に狂っていたが、細身の無表情の少年を見つけ、ヒトの姿のまま大口を開けて食おうとした時、ある種の奇跡が起きた。彼の体と自身が触れた瞬間に動きが止まったのである。
正確に言うなら、罪人の空腹感が減り、正気を取り戻したからである。罪人は驚き、冷静になった思考で少年を見てさらに驚愕した。
少年は魔力を持ってないかったのである。
圧倒的に例外、ある種の突然変異で生まれた少年は魔力を持たずに生まれたこと以外にもう一つ特異性を持っていた。
罪人が何が起きたのか理解出来ずその場に立ち尽くしている間、少年も罪人の顔をボーッと見つめていた。しばらくの間動きを見せなかった両者だったが、罪人の方から動きがあった。
「おい、お前なにもんだ?」
返事はなかった。
少年は少し首を傾げたが、以降動きを見せなかった。罪人は少年に触れてみることにした。右手を伸ばし、彼の左頬に触れて、気づいた。自身の魔力が彼に流れていた。どちらかと言えば吸われているようにも感じられた。もう一つの特異性は触れた人物の魔力を自身の魔力に変換する能力だった。後に判明したがこれには上限がなく無限に魔力を保持する事が出来た。つまりヒト族にして、自身の生命力に依存せずに無限に魔法を扱うことのできる最強の生物であった。さらに魔力を吸う際に相手にかかっているバフやデバフの一部も受け継ぐようであり、これにより罪人は自身の空腹を軽減する事ができた。
その事に気づいた罪人は少年を誘拐、人として生きられるように育て上げ、ある程度、人間らしく生活出来るようになり、傭兵業を始めて今に至る。
それぞれが一般と大きく逸しているが、対して気にした事はない。生憎彼らは他人と違う事を悪と思う事こそ悪と思っている。
多種多様な生命が居るこの世界で違いを気にすることは最早なくなりつつあった。
(まあ、腹一杯食えれば俺はそれでいいけどな)
差別すらどうでもよく、ただ目の前人物の作るウマイ飯にありつければ罪人はそれでよかった。
『空腹は食事のより美味しく食べる基礎である』
(こう言う状況を平和と言うんだろうか)
青年となった元生贄は感情や事象を整理して人間を理解しようと成長していた。
そしてこのいっときの幸福を得ることができるのなら、
(戦争も悪くない)
『戦争が無ければ、平和も無かった』
嗚呼、そういえば。
青年は窓の外に目を向けて彼の顔を思い起こす。いつか、彼の悪行は暴かれるのだろうか、と。
これは余談だが、かのゲリラに支援をする団体があるらしい。なんでも、何処かの警備会社のお偉いさんだとか。
まぁ、彼らには関係の無い話である。
『戦争は神では無く、ヒトの起こすものである』
或いは、何もなかった少年と罪人、戦争屋さんと宣戦布告