第01話:開幕前
書いてみました。
かつて猫に親切にした男性の願いに応じ、この世に舞い降りたこの世の神の一柱たる女神――猫神は悩んでいた。
神とはいえ、ある程度の特殊能力を使えるとはいえ、今の彼女は実体を持った影響で、人間も同然の体質を得てしまっている。
そして同じ体質である以上、生理現象なども……すなわち空腹なども問答無用で襲い掛かる。そしてその事に彼女は、あろう事か……顕現して、半日が経ってから気付いたからだ。だが、気付いたところでもう遅い。
顕現するのにべらぼうな神通力を消費したのだ。再び神の座に返り咲くにはまたべらぼうにエネルギーをチャージせねばならない。
エネルギーと言っても、それは食事で賄えるようなエネルギーではない。
確かにそれもエネルギーにはなるのだが、それにより得られるのは肉体的なエネルギーであり、神としてのエネルギーではない。
では彼女に必要なエネルギーとは何か。
それは彼女の信者達の純粋なる信仰心に他ならない。
だが日本は、こう言ってはいけないだろうが信仰心が薄い人が多めな島国だ。
果たしてそのような国にて顕現した彼女には、己への信仰心を集める手段があるのだろうか……いや、あった。
「こ、これじゃ!!」
彼女が発見したその方法は、彼女の居候先である……猫に親切にした男性の家のTVに映っていた。
――アイドル。
多くの信者の応援により、ライトで照らされる以上に光り輝くオーラを放つ彼女達は、まさに巫女や生き神と言うべき存在。
そして猫神は、そんなアイドルにもしもなれれば、信者の信仰心を充分確保する事ができ、必要に応じて自在に神の座に返り咲けると考えた。
というかいつまでも居候しているプー太郎でいるワケにもいかないために、彼女はどちらにせよ、なんらかの手段で金を稼がなければいけないのであるが。
しかしだからと言って、そう簡単にアイドルになどなれるハズがない。
今やアイドル戦国時代と呼ばれる時代だ。全国どころか海外にまで姉妹グループが存在する、大規模アイドルグループもいる業界で、アイドル事務所によって見いだされ信仰心を得られるほどのアイドルに上り詰める事は不可能に近い。
だがなんとしてでもやるしかない。
このままプー太郎でいるワケにはいかない。
そして、そんな葛藤の中で彼女が選んだアイドル道とは――。
――自分が選んだ、お互いの魅力を引き出し合う事ができる特殊なオーラを放つ人間達と組んで結成した、ネットアイドルだった。
そして彼女のこのアイドル道は大いに成功した。
思っていたほどのペースではないが、自分の信者も集まり始め、彼女は少しずつではあるが本来の神としての力を取り戻していった。
だがそんな彼女の快進撃は、ある日……彼女の新発見によって終わりを迎えた。
「こ、これは……アイドルよりも上の信仰心じゃと!?」
それは、またしてもTVを見ての発見。
そこにはスーツを着た、一人の男性が映っていた。
彼は車の上で、この国の未来について、そしてこの国のために自分はいったい何をするかを語っている。
居候先の男性に聞いたところ、ここ最近幅を利かせてきた新政党の代表らしい。
それを聞いた猫神は、まるで雷に撃たれたかのような衝撃を覚えた。
と同時に、彼女はさらなる信仰心を得られるかもしれない、とても素晴らしい策を唐突に閃いた。
アイドルとして動くのもいいが、そのアイドルが新政党を立ち上げれば……信者もそのまま政党の支持者になり、そのうえ政党の、純粋な支持者も足せばさらなる信仰心を得る事ができるのではないか、と。
そして猫神は……ネット上で、政界への進出を発表した。
その報に、自分に付いたファンも、チームメイトも悲しんだ。
しかし猫神の新たな第一歩を、涙ぐみながらも彼女らは後押ししてくれた。
しかし猫神には、一つ誤算があった。
「ま、まさか……ワシの作ったグループが、今年の五輪で歌う事になるとはッ」
それは、残念な事にアイドル引退直後に来た連絡で知った事実だった。
もはや『後の祭り』である。
猫神は非常に残念に思った。
しかも、残念な事がもう一つ。
何がどうしてか、五輪で歌う予定となった曲は、その連絡の前に作っていた曲となった。しかもその曲は、六人分のソロパートが入る曲だった。
なので、一人抜けてしまえば、誰かが二人分のソロパートを歌わねばならない。もしくは一から曲を作り直すしかなくなるという、非常に大変な事態に発展した。
ドタキャンも同然と言ってもいい事態である。
「ま、まさかこんな事になるとは」
新党結成の準備の合間を縫い、その問題の解決方法を、町中を歩きながら猫神は考えた。自分が一時的にグループに戻ればいいのではないか、とも思ったが、引退した直後でそうすると、ファンがいったいどんな反応をするのか予想ができない。
下手をすれば引退するする詐欺と言われた上で、自分から離れる可能性もある。
ならいったい自分はどうすればいいのか。
彼女は腕を組みながら、うんうんと思い悩み――。
「ッ!? こ、これは!」
――運命を、見つけた。
そして彼女は、反射的にその運命を。
自分の代わりになりうるほどのオーラの持ち主の、その手を掴み――。
「君に決めたのじゃ!」
――相手の気持ちなど後回しにして、そう叫んだ。
※
田井中は、肘川市外にある知り合いの家の前に来ていた。
学生時代からの友人の家である。しかし用があるのはその友人ではない。その夫の方であった。
インターホンを押す。
すぐに男の声で「はい」と返事が来るのと同時に、ドアが開かれた。
顔を出したのは、田井中よりほんの少し大柄で、田井中に勝るとも劣らない鋭い眼光を放つ男。目的の人物だ。
「よぉ、御前大河。俺の結婚式の時以来だな」
「やっぱり田井中堅斗か」
その男――大河は苦笑を浮かべながらその名を呼んだ。
「インターホンのカメラで見た時はビックリしたぞ。いつこの町に戻ってきた?」
「ついさっきだ」
田井中も苦笑を浮かべつつ言った。
しかしすぐに表情を引き締め「それよりも」と話を切り出した。
「お前の娘の彼氏が出場する五輪がピンチだ」
「…………まぁ、入れ」
すると、それだけで大河は事の重大さを理解した。
そして誰にも聞かれるワケにはいかないだろうと気を利かせ、田井中を家の中へ招く事にした。
※
「ニャコロウイルス発生から早ひと月かぁ」
「早いもんだねぇ」
公立肘川北高校の通学路を、四人の男女が歩いている。
読者のみなさまにとっては毎度お馴染みのバカッp……失礼。
なんやかんやあってほぼ同時に二組のカップルと化し、さらには、その関係性を崩されかねない様々な出来事が発生したせいで、より強固な、様々な意味での絆で結ばれる(意味深)に至った、浅井智哉、足立茉央、田島勇斗、篠崎美穂の四人である。ちなみに上の台詞は茉央、智哉の順番だ。
「こうしてみんなで一緒に登校できるのも、早めに政府が、コーチたち参課と連携してワクチンを作って終息させてくれたおかげだね」
「しかしあのウイルス……いったい何だったんだ?」
美穂と勇斗も会話に加わる。
ただし笑顔の美穂に対し、勇斗は神妙な顔つきだ。
「言動だけでなく見た目も猫っぽくなるなんてな」
「もしかしてだけど、また何か事件が起こる前兆なのかなぁ」
そんな彼氏のシリアスな考えの影響か、彼女である美穂も表情が硬くなった。
「まぁ何が起ころうとも私は」
しかしそんな空気など、茉央は堂々とぶち壊す。
「ともくんとこうしてまた、マトモに触れ合えるようになっただけで幸せだから、事件とかどうでもいいんだけどねぇ~~♡」
「ちょ、ちょっとまーちゃ…………はっ!?」
まだニャコロウイルスが抜け切っていないのか。
登校中にも拘わらず、まるで猫のように自分にすり寄ってくる彼女たる茉央に、智哉は思わず苦笑した……が、次の瞬間。
「……また、性懲りもなくアイツらぁ」
遠方で友人と共に登校しているリア充ハンターから発せられる殺気を感じ取り、智哉は背筋が凍り付くかのような感覚を覚えた。慌てて、彼の得物である岩を投げ付けられるリスクを無くすために、茉央をどうにかして離すための台詞を考える。
だが、その思考は途中で遮られた。
ギャキキキキィィィィィィ――――ッッッッ!!!! と凄まじい擬音を奏でるほどの速度、そして急ブレーキを駆使して、彼らの目の前に○ールス○イス社製の自動車が止まったのである。
「ニャッポリートぉ!?」
突然の事だったため、珍妙な悲鳴を上げる智哉以外が呆然となる。
しかしそんな彼らの事は知った事ではないと言わんばかりに、
「田島勇斗君だね?」
その自動車の運転席から降りてきた、燕尾服を着た紳士が勇斗に訊ねる。
勇斗はワケが分からなかったが、突然の出来事のせいで頭が真っ白になっていたために反射的に「はい」と答えてしまった。それを見た智哉は反射的に、うっかり過ぎる親友にツッコミを入れたそうな顔をしたが、入れるその前に紳士は告げる。
「千葉五輪運営委員会会長、間逆正悟様の御意を下達する!!」
懐から取り出した、巻物のように巻いた書状の内容を。
「肘川北高校一年、田島勇斗殿!! あなたを千葉五輪の種目が一つ『バスケットボール』の日本代表選手として招聘する!!」
「委細承知!!」
「イッサショーチ!? 勇斗ぉ!? 何言っちゃってんのォ!?」
思わず智哉は、勇斗の返事に仰天しツッコミを入れた。
しかしそんな彼らの事情などお構いなしに、運命は動き始める。
最終的に、数々の勢力がぶつかり合う事になる……この千葉五輪の運命が。
続きはいつ書けるか分かりません。