第89話 手持ちのカードは有効に使います
「はっ?」
私の言葉に理解が追い付かないようで、ミリアム首相は疑問の声を上げました。
私のような小娘が、セルベチア海軍のアクデニス海艦隊提督を捕らえたと言っても何の事だか理解できないのしょう。
「いえ、こちらに来る途中、セルベチア沖のアクデニス海でセルベチアの軍艦に襲撃されたのです。
無法にも民間船を襲撃して、慰み者にする若い女性を手に入れようと提督自ら乗り込んで来たのです。
余りに呆れた振る舞いでしたので、返り討ちにして捕縛いたしましたの。
いま、抵抗できないようにして、我が国の大使館に留置してあります。」
「「えっ?」」
「信じられませんか?
でも、差し上げると申し上げた軍艦、あれがアクデニス海艦隊の旗艦でしたのよ。
内陸国のアルムハイム伯国が軍艦など持っている訳ないです、違いますか。
あれは捕らえた提督が乗船していた軍艦です。
提督を捕縛した時に接収しました、ただで手に入れたものですので気兼ねなく貰ってください。」
私の言葉に二人は呆然としています。
ミリアム首相は気分を落ち着かせようとしているのか、テーブルに置かれたティーカップを口に運びました。
「その提督が率いていたのが百隻規模の大艦隊でしたのですが、何処に向かっていたのだと思います?」
「何処へ向かっていたというのですか?」
私の問いかけに対しニルソン提督はオウム返しに尋ねてきました。
「艦隊が向かっていたのはこのアルビオン王国と海峡を挟んで対岸にあるセルベチアの軍港だそうです。
そこでセルベチアの大洋艦隊と合流して、ここアルビオン王国に奇襲攻撃をかける作戦だそうですよ。」
ぶっっ!
ミリアム首相が口にした紅茶を吹き出しました…汚いなぁ…。
「レディー、それは本当のことですか?
さすがにそれは、茶飲み話のジョークでしたでは済みませんぞ。」
ミリアム首相は声を荒げて私に問い掛けてきました。
今までの話をジョークだと思って聞いていたのでしょうか、そうだとしたら心外です。
私は事実しか話していないのですから。
「ええ、私はジョークなど言っていませんよ。
セルベチアは海峡を挟んで対岸にある軍港に十五万人の陸兵を集結中だそうです。
大洋艦隊とアクデニス海艦隊が集結して制海権の確立と陸兵及び補給物資の輸送にあたるそうですよ。
一気に十五万の兵員を送り込むだけの艦艇を集結させるみたいですね。
その辺のことは素人なので、捕らえた提督から詳しいことは聞いてください。
あっ、そうそう、ポートチェスターという港はありますか?
軍港のようですが、大きな軍艦を集めてそこを一気に叩くそうですよ。
提督がそんなことを言ってました、自分がその指揮を執るんだと自慢していましたもの。」
ガシャーン!
ミリアム首相が手にしたティーカップをテーブルに落としました。
「十五万の陸兵による上陸作戦ですと!
しかも、制海権の確保のためにポートチェスターを攻撃すると!
ニルソン提督、これは一大事ですぞ。」
「ええ、レディー・シャルロッテのおっしゃることが事実なら一大事です。
早急にその提督の身柄を確保して詳しい作戦内容を聞き出す必要がございます。」
二人はそう言葉を交わすと私に向き直り、ミリアム首相が念押しをします。
「セルベチア海軍の提督を私共にお引き渡し頂けるのですね。」
「ええ、もちろんですわ。
如何です、あんな軍艦一隻よりはるかに価値があるモノでしょう。」
「ええ、とっても素晴らしいモノです。
ポートチェスターは我が国最大の軍港にして、海軍司令部のある港。
そこを大艦隊をもって奇襲されたら我が国としては大打撃でした。」
私の返答に対し、言葉を発したのはニルソン提督、提督は奇襲作戦を事前に察知できたことに安堵したようです。
「ただし、引き渡すにあたって一つだけ条件があります。
提督の身柄はこの場で帝国大使館の職員の立ち合いのもとで行いたいのです。
尚且つ、この部屋に詰めてる貴国の書記官に帝国の使者シャルロッテ・フォン・アルムハイム伯爵から引き渡しがあった旨をこの会談の議事録に記して欲しいのです。
何と言っても、提督の身柄は今回の交渉の最大のカードなのですから。」
「交渉?
閣下、レディーはいったい何の交渉のために閣下と会談していたのですか?」
「交渉と言っても、レディーは親書を携えてきただけで何の権限もないのだ。
ニルソン提督、これから話すことは最大の機密事項だ、他言を禁じるぞ。
実は、親書の内容が対セルベチアのために帝国との同盟締結を持ちかけられたモノなのだ。
私は現時点ではセルベチアと敵対している訳ではないので議会の承認を得るのは難しいと匂わせておいたのだ。
帝国の皇帝陛下に予め感触を伝えてもらうためにな。余り期待を持たせる訳には行かないから。
それに対し、レディーは今話しているセルベチアの我が国への侵攻作戦を、議会に対する説得材料にしろと言っているのだ。」
「なるほど、まだ少女と言ってもいい年頃なのに中々したたかなレディーだ。
我が国と帝国の双方に証人を作ったうえで、会談の議事録に正式に記させる。
セルベチアの我が国に対する侵攻作戦の情報は帝国から知らされたという事実を有耶無耶にはさせないと言う事ですか。
セルベチアは我が国に対しても戦意を抱いている、しかも、その情報は帝国からの使者によりもたらされた。
だから、帝国との同盟締結を前向きに検討したいと議会に働きかけろと。」
「いかがでしょうか。条件は飲んでいただけますか?」
私の前でミリアム首相とニルソン提督は顔を見合わせ、頷きました。
「ええ、もちろんですとも。
では、早速、貴国の大使館に引き取りの者を遣いに出しましょう。」
その後のミリアム首相の配下の方の行動は迅速で、後ろ手に拘束された提督が会談の場に連行されてきました。
帝国の大使館からは大使自らが出向いてきました。
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まず最初に、ニルソン提督がセルベチア海軍の提督に対して氏名や階級等の確認をします。
「貴官の氏名と所属及び階級をお答えください。」
「……。」
提督は何も答えません、黙秘をするつもりです。
失敗しました。
私の命令や『海の女神号』の乗員の指示に従えと魔法をかけてありますが、その以外の人に従う強制力はないのです。
仕方ありません、あまり手の内は晒したくはないのですが…。
『ニルソン提督の質問に、嘘偽りなく、知りうることを包み隠さずに答えなさい』
私は目の前のセルベチア海軍の提督に向かい言葉に魔力を乗せて命じました。
私の命令に提督は苦々しい顔をしますが、逆らうことができずに口を開いたのです。
「俺の名はレティーシュ・トラヴェル、セルベチア海軍所属で階級は少将だ。
現在は、アクデニス海艦隊の総司令官を任じられている。」
ニルソン提督は、黙秘していたレティーシェ提督が私が命じたとたんに口を開いたことに一瞬怪訝な顔をしました。
しかし、それは本当に一瞬のことでした。レティーシェ提督が名乗った途端に驚愕の表情に変わったからです。
「アクデニス海艦隊の提督と聞いてはいましたが…。
まさか、アクデニス海艦隊の総司令官であるレティーシェ提督自ら率いていたとは。」
どうやら、レティーシェ提督と言うのは思ったより大物だったようです。
これは、相当ポイントを稼げましたね。
続けてニルソン提督は、情報の共有を図るためセルベチアのアルビオン王国侵攻作戦の概要をこの場で尋問します。
作戦の概要くらいは帝国の大使が知っておかないとならないと考えたからです。
そうでないと、帝国がアルビオン王国に対してどの程度の恩を売ったか大使が理解できないですものね。
この場では細かい質問はありませんでした。
私達のような素人に聞かせても仕方ないですし、ここでそんな時間は取れません。
ただ、ここでの短い尋問はミリアム首相やニルソン提督を驚愕させるには十分でした。
私が先程言った百隻の大艦隊がセルベチア海軍の主力艦隊に合流しようとしていたことがレティーシェ提督の口から語られたからです。
そして、セルベチア皇帝が十五万の陸上兵力をもってアルビオン王国に侵攻しようとしていることも。
しかし、この短い時間でミリアム首相を一番狼狽させたのは、アルビオン王国侵攻作戦の決行予定日が七月一日だったことです。今は五月下旬、もう一月ほどしか猶予がありません。
この限られた時間の中で、開戦準備をするのに並行して、開戦に向けて議会の説得をしないとならないのです。
圧倒的な戦力差と準備期間の不足にミリアム首相は絶望的な表情となってしまいました。
さて、私はここで最後のカードを切るべきか迷っていました。
最後のカード、『私がアクデニス海艦隊を壊滅に追い込んだという事実』、それをこの場で明かすべきかどうかと。
結論から言うと、今回のセルベチアによるアルビオン王国侵攻は、延期もしくは中止になると思われます。
作戦の要となるアクデニス海艦隊が壊滅してしまったのですから。
ただ、それを明かしてしまった場合、私が来訪した目的である帝国との同盟締結がどうなるか不透明感が増すのです。
『セルベチアの侵攻が中止になるのなら帝国と同盟を結ぶ必要がない』という流れになると困るのです。
私がどうしたものかと思案している時、思わぬ人が口を開きました。
お読み頂き有り難うございます。




