第84話 大聖堂の奇跡
ラビエル枢機卿が最初に案内してくれたのは、教皇庁に付属するように建つ礼拝堂で、教皇をはじめ教皇庁に勤める人達が日頃の礼拝を行っている場所だそうです。
礼拝堂に入ると迎えてくれたのは色鮮やかなフレスコ画の数々でした。
この礼拝堂は三百年位前に建てられたそうですが、当時を代表する工房の絵師たちによるフレスコ画が壁や天井を埋め尽くしています。
「すごい……。」
礼拝堂を埋め尽くすフレスコ画に圧倒されてリーナが言葉を失っています。
「素晴らしいでしょう。
ここに描かれたフレスコ画の一枚一枚が教祖様の生涯や教典に記された物語を描いた物なのです。」
「ええ、本当に素晴らしいものですね。
この礼拝堂を拝見できただけでも、今日こちらに寄らせて頂いた甲斐がございました。」
私は素直に相槌を打ちます、お追従ではありませんよ。
ぶっちゃけ、聖教徒ではない私には教祖さんの生涯にも、教典の物語にも興味はないです。
しかし、ここに描かれたフレスコ画の数々はそんなことは関係無しに素晴らしいものでした。
特に、天井を埋め尽くす天地創造の物語は圧巻です。
何と言っても大きな礼拝堂の天井が一つのテーマに沿った緻密なフレスコ画で埋め尽くされているのですから。
私は同時に思っていました、宗教って本当にあざといなって。
荘厳な建物内部を神々しいフレスコ画で埋め尽くす、これも参拝に訪れる信徒の信仰心を高める仕組みなのでしょう。
もちろん口に出したりはしませんよ、せっかく友好的な雰囲気を作ったのですから。
私達は礼拝堂の中央、一番奥にある祭壇の前までやってきました。
聖教の信徒であるリーナは、礼拝堂の厳粛な雰囲気にあてられ信仰心が高まっているようで、祭壇の前で長い祈りを捧げていました。
その横で私は、描かれた当時の最高傑作と言われている祭壇の後ろのフレスコ画を見てぼんやりと考えていたのです。
このおじさんの一存で、天国行か、地獄行かを決められたらかなわないわと。…内緒ですよ。
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礼拝堂を見学した後は、一般の方々が礼拝に訪れる大聖堂を案内してもらいました。
大聖堂は聖教の教会建築物の中で最大級のものだそうです。
本当に大きいです、どのくらい大きいかと言うと目に収まり切れないくらい。
当然大きいだけではなく、白っぽい石で造られた荘厳な建物で、柱に装飾がなされていたり、そこかしこに聖人の像があしらわれているなど非常に厳かな雰囲気が漂う建築物です。
さて、ラビエル枢機卿の案内で素晴らしい大聖堂の内部を見学させていただきます。
リーナはその信仰心からラビエル枢機卿の説明を熱心に聞き入っています。
同じ説明を聞きながらも、私は建物に施された装飾や建築技法に感心していたのですが…。
そして、一般に方々が祈りを捧げている場に出くわして、ふと気になることがありました。
ズーリックで出会った病気持ちの娼婦と同じような雰囲気をまとう人達が何人も熱心に祈りを捧げているのです。
いえ、娼婦だというのではありませんよ、藁にも縋るような切羽詰まった雰囲気をまとっているという意味です。
「ラビエル枢機卿、この礼拝堂の中にいる信徒の方で大分熱心に祈りを捧げていらっしゃる方が何人もいるようですが?
何と言うか、熱心な信徒というだけでは説明できないような、藁にも縋る雰囲気と言いますか…。」
「分かりますか。あの方々は怪我や病気で医師や薬師から匙を投げられた人たちですね。
敬虔な信徒さんの中には神の奇跡に縋りたいと願う方がいらっしゃるのです。
そういった方の中に一日の長い時間、ここで祈っている方がおられるのです。
例えば、あそこにいる青年は事故で光を失ったそうです。目が不自由なのに毎日祈りを捧げにくるのです。
神の奇跡など、本当に稀にしか起こらないから、奇跡と呼ばれるのですが……。」
ラビエル枢機卿は実際には奇跡など起こらないと考えているようです。
熱心に祈りを捧げている何人かの信徒を気の毒そうに見ています。
もしかして、これは聖教に恩を売っておくチャンスではないでしょうか。
私はラビエル枢機卿に一つ提案してみることにしました。
「では、今日、ご案内をしていただいたお礼と今後の友好のために私がここで奇跡を起こしましょうか?」
「はあ、何を言ってらっしゃるので?」
「私がこの場でこっそりと祈りを捧げている方々の病気やケガを治しましょう。
そうすれば、聖教に対する信仰心が高まり、布教活動に弾みがつくのではないですか。
大丈夫、私がしたとは気付かれないようにしますので、大聖堂の奇跡ということになりますよ。」
「そんなことができるので?」
「出来ないことは申しませんよ。」
私の返答を聞いたラビエル枢機卿は右手を差し出し握手を求めてきました。
そして、…。
「それは願ってもいないことです。
我々聖教はシャルロッテ嬢の一族を敵視することはないと約束しましょう。
ミシェルの大馬鹿者は早急に何処かに飛ばしておきます。」
ラビエル枢機卿はきっちりとソロバンの弾ける方のようです。
こういった損得勘定で割り切れる方は付き合い易くて良いですね。
(アクアちゃん、シャインちゃん、いけるかな?)
(はい、任せてくださいませ、ロッテちゃん。全ての方に『癒し』を施しますね。)
(もちろん、出来ましてよ。この礼拝堂の中にいる病気の根源を全て消し去って見せましょう。)
そう言って、二人は礼拝堂の中央の天井付近に移動すると、その力を振るいました。
天井から降り注ぐ二種類の光、病魔を滅する金色の光と傷付いた体を癒す青白い光です。
キラキラと交じり合う光が、荘厳な礼拝堂に降り注ぐ様はまさに神々しいの一言に尽きます。
すると、
「見える!目が見えるぞ!」
「腕が動く、医師からは右腕はもう動かないと言われていたのに…。」
「肺が、咳が鎮まった、肺が苦しくないぞ…。」
「歩ける、もう自分の足では立つこともできないと思っていたのに…。」
「おっ、場末の娼婦から移された病気が治っている…。」
「円形脱毛症が治っている…。」
歓喜にむせぶ声がそこかしこから上がり始めました。
なんか、一部変な言葉も混じっていましたけど…。
「いやあ、素晴らしい。私の肩コリと偏頭痛まで治りましたよ。
それに礼拝堂の天井から降り注ぐ光、なかなか憎い演出をしてくださいます。
これで、信徒が増えること間違いなし。
シャルロッテ嬢とはこれからも友好的でありたいですな。」
ラビエル枢機卿はすこぶる上機嫌です。
思った以上の成果です、これなら少なくとも私が生きている間は聖教に敵視されることはないでしょう。
「天使様よ!あそこに天使様がおられます!」
いけません、信徒さんの中に精霊が見える人がいたようです。
私は、慌ててアクアちゃんとシャインちゃんに他の場所に転移してもらいました。
この日、聖教の大本山にある大聖堂に二柱の天使が降臨し信徒に奇跡を施したという噂が広がることになりました。
もちろん、聖教の幹部の方は大喜びだったそうです。
その後の話では参拝に訪れる信徒が激増して、非常に懐が温かくなったとのことでしたので。
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