第81話 あの馬、能力は一級品のようです
「ほほう、これはまた想像の斜め上をいくものを連れてきたものだ。
天馬など目にする機会があるなどとは思ってもみなかったわい。」
いつから見ていたのか私の後ろに立つおじいさまが感嘆の声を上げました。
「ええ、私も知らなかったのですが、裏山にペガサスが住んでいるようですね。」
「ええ~、ロッテ、知らなかったの~。
この館はこの馬みたいな動物型の精霊が住む場所を守るように建っているんだよ~。
人が立ち入って精霊達の安住の地を踏み荒らさないようにって。」
ブリーゼちゃんが驚くことを言いました、どうやら裏山は精霊の住処のようです。
なんと、二百年前に移り住んだご先祖様はそんな事まで考えてここに居を構えたようです。
「と言うことはペガサスさん以外にも、動物型の精霊っているの?」
「もちろん、いるよ~。角の生えた馬とか、連れて来ようか~。」
「いえ、遠慮しておきます。」
やめてください、そんな好色そうな精霊を連れてくるのは。嫌な予感しかしません。
「ほほう、それは良いことを聞いた。
またここに遊びに来る楽しみができたわい。」
おじいさまは興味津々です。というより、また遊びに来る気なのですね。
「おじいさま、このことはくれぐれも内密にお願いしますよ。」
「他人に言う訳がなかろう。そんなことを言ったら気がふれたのかと思われるわ。」
まあ、そうですね。大の大人が大真面目でペガサスを見たなんて言ったら頭のおかしな人だと思われますね。
「それで、主、我はどうすればよい。」
ヴァイスが尋ねてきました。普段どうしていればよいということですよね。
「契約しているのだからすぐに呼び出せるのでしょう。
普段は裏山にいていいわ、その方がヴァイスも過ごし易いでしょう。」
「そうか、ではそうさせてもらおう。
我の背に乗るという、約束は忘れるのではないぞ。」
「ええ、わかっているわ。
ああ、帰る前に教えて頂戴、ヴァイスは羽を隠すことができるの?
それと、姿を消したり、小さくなったりすることは?」
「もちろん、できるぞ。そのようなことは容易いことだ。」
それは便利ですね。姿を消してアルビオンに付いて来てもらいましょうか。
何かの時に、重宝しそうです。
「待って、帰る前に一度乗せてもらっても良いかしら。」
私は帰ろうとしたヴァイスを引き留めてお願いしました。
せっかくですから、一度乗っておこうこと思ったのです。
「もちろんだとも、願ってもないことだ。
ほれ、遠慮せずに跨るとよい。」
ヴァイスは私が乗りやすいように足を折り曲げてくれました。
「でも、馬具がないわね、倉にあったかしら?」
「馬具などいらぬわ、我が主を落とすような真似をする訳がなかろう。
それに、鞍などつけたら主の尻の感触が楽しめぬではないか。」
「えっ、何か言った?」
「いいや、何も言っておらぬぞ。早く乗るがよい。」
何か不穏当な言葉を聞いたような気がしますが、私はヴァイスに急かされてその背に跨りました。
私がしっかりと跨ったのを確認したヴァイスはゆっくりと立ち上がり。
「では行くぞ」
そう言うとそのまま空高く飛翔したのです、やはりデフォルトは空を飛ぶのですね。
「ねえ、ヴァイス、ちゃんと地面に足をつけて走ることもできるのよね?」
「なんだ、地を駆けて欲しかったのか、もちろんできるぞ。」
良かった、馬車を引いて空を飛ぶというのは魅力的ですが、それでは人前で使うことができません。
普通に走れると聞いて安心しました。
「すごいね、ヴァイス。本当に馬具をつけないでも落ちないように気を遣ってくれているのね。
全然揺れないし、風もほとんど感じないし、何よりもこんな高く飛んでいるのに寒く無いわ。」
「そうであろう、我の背の乗り心地は最高であろう。
遠慮はいらん、何時でも呼ぶが良い。どこへでも乗せて行こうではないか。」
多分、ヴァイスの能力なのだと思います。
過ぎ行く地上の景色を見ると相当な速度が出ているようなのですが、とても乗り心地が良く振り落とされることがありません。
確かに、これは癖になりそうです。
しばらく空の散歩を楽しんだ私とヴァイスは館の裏庭に帰ってきましたが、着地もスムーズで全く危なげを感じませんでした。
「ヴァイス、ありがとう。とっても素敵な空の散歩だったわ。
これからよろしくね。」
「主が喜んでくれて何よりだ。これからも必ず呼ぶのだぞ。」
私を降ろしたヴァイスはそう言って裏山に帰っていきました。
「ねえ、ロッテ。あの馬と契約してよかったでしょう。
あれ、少しだけ性癖に問題があるんだけど、能力はすごいんだ~。」
ヴァイスを連れてきたブリーゼちゃんが言いました。性癖に問題があるのは知っていたのですね…。
「ロッテ、天馬に乗って空を翔けた気分はどうじゃった。
羨ましいのう。」
おじいさまが私を見る目は本当に羨ましそうです。
今度、おじいさまが来た時は馬車を引いて空を飛んでもらいましょうか。
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その後、おじいさまはまだ半分雪に埋もれているハーブ畑を見て言いました。
「アンネリーゼが大切にしていたハーブ畑を見てみたかったがまだ季節が早かったか。
今度は夏にでも訪れることにしよう。
今日はここへ来れてよかった。
マリア姉上の孫達にも会えたし、なによりアンネリーゼの暮らしていた場所を見たいと長年思っていたのだ。
それに、天馬などと言う世にも珍しものも見れたしな。」
この方、また来る気満々ですね。
おじいさまは名残惜しそうな表情をしていましたが、余り長い時間、皇帝が宮廷を留守にする訳には行きません。
私は渋々重い腰を上げたおじいさまを皇宮へ送って行きました。
そして、おじいさまを皇宮に送り届けて戻って来た時のことです。
アリィシャちゃんが習い始めたばかりの片言のセルベチア語で一生懸命にシャル君と会話をしようとしていました。
どうやら、シャル君はまだ帝国語を習っていないようです。
姉のフランシーヌさんが帝国語を話せるので、てっきりシャル君も話せるものと思っていました。
「本来ならば貴族の嗜みとして帝国語も習い始めていないといけない年なのですけど。
ここ数年、父の活動の関係で転々としていたため、シャルの教育が遅れているのです。」
フランシーヌさんの話では、カンティ公爵の王政復古運動の悪影響はシャル君の教育にも出ているようです。
最終的に何処で暮らすことになるか分かりませんが、帝国で暮らす以上帝国語を話せた方が都合が良いでしょう。
私が教えても良いのですが、今はアルビオン王国への旅の途中です。まとまった時間を取るのは難しそうです。
私がどうしようかと考えていると、
「姫様、どうされました、難しい顔をなされて?」
とベルタさんが尋ねてきました。
私はシャル君の今後のために帝国語を修得させた方が良いと考えていることを相談しました。
「それならば、私がお教えしましょう。
フランシーヌ様たちのお世話をする事が私の務め、お二方が帝国に馴染めるようにすることも私の役割の内です。
言葉が解らないと溶け込めませんものね。
お任せください、姫様がアルビオン王国からお帰りになるまでにきっちりと帝国語を指導いたしますので。」
ベルタさんは皇宮の奥に勤めるだけあって貴族の子女で、嗜みとして帝国語もセルベチア語も堪能だそうです。
フランシーヌさんも、シャル君に帝国語の修得が必要だと考えていたようでベルタさんが指導することを受け入れてくれました。
さて、懸案事項はだいたい片付いたでしょうか。
お読みいただき有り難うございます。




