第80話 馬車が必要ではないかと言われ…
美味しそうにお菓子を頬張る精霊たちを見て相好を崩していたおじいさまが、ふと思い出したように言いました。
「ロッテ、この館の住人が増えると馬車の一台もないと不便であろう。
何人も一緒に空を飛ぶことはできんのだろう。
何なら、私が用意してもいいのだぞ。」
「いえ、馬車ならあるのです。
ですが、馬の世話ができる者がいないので使っていなかったのです。
何も乗り心地の悪い馬車に乗らなくても空を飛べば済むことでしたので。」
「ならば、馬車を引く馬と馬丁、それに御者を用意しようか。」
おじいさまは私を取り込む気満々のようですね。でも、その手には乗りませんよ。
「いえ、これ以上、皇室から人を送って頂く訳には参りません。
私とおじいさまの間に血縁があるとしても、公式には私の一族と皇族は無縁ということになっています。
それに、この館はあまり他人を入れたくはないのです。
もうすぐアリィシャちゃんも空を飛べるようになるので、フランシーヌさん達二人ならば私が連れて飛べますので。」
「ふむ、ロッテはそんなところまでアンネリーゼそっくりであるな。
アンネリーゼも皇室から人を送ることを頑なに拒んだものだ。
しかし、馬車の一台もないとベルタを使いに出すことも出来んであろう。」
この近辺にお使いに出すような町や村はないです。一番近いリーナの町が十マイルも離れてますので。
それに、必要な物はハンスさんが届けてくれるから馬車がなくても不自由はしないのですが。
そうでなければ、私が十五年間も館の敷地から一歩も出ずに済んだなんてことはあり得なかったですから。
私がそう言おうとしたら、私の肩に飛び乗ったブリーゼちゃんが言いました。
「な~に、ロッテ、馬が必要なの~?
馬なら裏山に行けば幾らでもいるよ~。連れてきてあげるね~。」
「あっ、ちょっと…。」
私の話を聞かずにブリーゼちゃんは行ってしまいました。
もう、あの子は…、馬だけいたって、世話をする人や御者がいないとどうしようもないのに…。
まあ、いたところに返してきなさいと言えば済みますか。
でも、おかしいですね。
私も山菜やキノコ狩り、それに薪拾いのため山には良く入るのですが馬など一度も見かけた覚えがないのですが…。
幾らでもいるって?
「あの精霊もずいぶんとせっかちだのう。」
ほら、おじいさまも呆れているではないですか。
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それから、小一時間過ぎたころ、ブリーゼちゃんが私の肩の上に帰って来ました。
「馬、連れてきたよ~。今館の裏口に待たせてある~。
ちょっと来て~。」
「ブリーゼちゃん、馬だけいても困るのよ。
お世話する人も御者だっていないのですから。」
だいたい、裏口に待たせてあるってなんですか。繋いでないといなくなるでしょう、普通は。
「へっ?そんなもの必要なの~?いいから、ちょっと来て~。」
しきりに私の袖口を引くブリーゼちゃんに根負けして裏口にやってきました。
裏口から外に出ると目の前に美しい白馬が一頭佇んでいました。そこにいるだけでまるで一枚の絵のようです。
ただ、これは……。
「ええっと、これは……。」
「汝が、我が主となる者か?」
私が言葉を失っていると馬の方から尋ねられてしまいました。
この馬、しゃべるし…。そもそも、羽が生えているモノを馬と呼んでいいのでしょうか。
「ブリーゼちゃん、私の気のせいじゃなければこの方、馬とは違うのではないですか。
そうね、敢えて言えばペガサス?」
お伽噺によく出てくる天翔ける馬、ペガサス。
御伽噺の中の存在だと思われている精霊達や私のような魔法使いがいるのだからいてもおかしくはないのですけれど…。
「う~ん、人間は羽のある馬のことをそう呼んでいるね~。
でも、馬だよ~。ね~。」
「ね~。ではない、馬鹿者。我は馬ではないぞ、失礼な。
我は馬型の精霊ぞ。人はペガサスと呼ぶようなので、好きに呼ぶが良い。」
新事実を知りました。精霊って十インチ規格ではなかったのですね…。
いえ、驚くところはそこではないですか、馬型の精霊、しかも人より大きい、そんなのがいたとは…。
「で、どうするのだ。
風の奴がうるさいのでついてきたのだが、我が主となるのか、ならぬのか?」
「ええっと、お世話をする人がいないのですが…。」
「そんなものはいらん、腹が減ったら勝手に山に入ってウサギでも狩って食べる。」
こんな神々しい姿をして肉食獣でした…、純白の口元を真っ赤に染めてウサギさんを食すのですか。
いえ、想像するは止めておきましょう。
「あの、私が必要としているのは馬車を引いてくれる馬なのですが…。
引いてくれます?」
私が恐る恐る尋ねると、ペガサスさんは言いました。
「汝が我が主となる資格がある者であれば、馬車でも何でも引いてやろうではないか。」
「ええっと、その資格というのは…。」
私がすべて言い終わる前に、素早く動いたペガサスさんは私のスカートの中に頭を突っ込んだのです。
そして、私の股間の匂いを嗅ぎ始めました。
「〇*▲#×・・・!」
私が声にならない言葉を発し、すかさずスカートの中のペガサスのペガサスさんの頭を殴りつけました。
「痛いではないか。」
「痛いではないかじゃないです!
乙女の股間に顔を突っ込んで匂いを嗅ぐなんてどこの変態ですか!」
「何を言う、これは汝が我と契約する資格があるかを確認していたのではないか。」
「何を確認していたというのですか!」
私が憤慨しているとペガサスさんはしれっと言いました。
「汝が清き乙女か否かを確認しておったのだ。汝からは確かに清らかな乙女の香りがした。
汝は我と契約するする資格があると認めよう。」
御伽噺ではユニコーンという角のある馬が処女信奉者だと良く言われていますが、こいつも同類だったようです。
「汝が時折我の背に跨ってくれるのであれば、馬車でも何でも引こうではないか。
さあ、早く我に名をつけるのだ。」
どうも私はこのペガサスさんのお眼鏡にかなったようです。
いきなりペガサスさんは私と契約することに前向きになり、鼻息も荒く契約を迫ます。
私は貞操の危機を感じて、「チェンジで」と言いたいのですが……。
「ロッテ~。この馬と契約するととってもお得だよ~。
馬車を引いたまま空を飛べるんだから~。」
ブリーゼちゃんが契約を勧めてきます。この子が言うのであれば間違いないのでしょう。
結局、私は契約を迫るペガサスさんに抗し切れませんでした。
私は鼻息が荒いペガサスさんに一抹の不安を感じながらも契約を交わすことにしました。
「あなたの名前は、ヴァイス。
私はシャルロッテ、ロッテと呼んで。これからよろしくね。」
こうして、私は馬車を引く馬を手に入れたのです。
本当に大丈夫なのかしら……。
お読み頂き有り難うございます。




