第77話 こうなる予感はしていたのです
皇宮の奥、母が使っていた部屋に転移した私は、ハンドベルで侍女のベルタさんを呼び、内密におじいさまに面談したいとお願いしました。
ベルタさんからこの場で待つように言われ待つことしばし、おじいさまがわざわざ足を運んでくれました。
「ロッテや、良くぞ参った。」
「おじいさま、お忙しいところ突然お邪魔しまして申し訳ございません。」
「何を言う、そなたに会うことよりも優先する仕事など私には無いわい。
それで今日はどうしたのだ。アルビオン王国へ向けた船旅の最中であろう。」
いえ、それは如何なものかと思いますが…。
この方は何故にこんなにも私を歓迎してくださるのでしょうか、先日初めてお会いしたばかりだというのに。
お気に入りだったという母に似ていることがそんなに嬉しいのでしょうか。
それはともかく…。
「はい、おじいさま。
旅の最中にいささか問題が発生したため、今日は相談があって参りました。」
「うん、どうかしたか。先日渡した路銀では足りなんだか。
言ってくれれば幾らでも出してあげるぞ。」
いや、あんな大金を子供の小遣いみたいに言われても……。
「いえ、路銀の方は十分に頂戴していますので問題ないです。
おじいさま、マリア・ルイーズ・ド・ベルホンさんという方をご存じですか?」
「うん、知っているも何も、マリア・ルイーズとは私の姉上であるぞ。
十数年前、病気で早死にしてしまった時は嘆いたものだが。
今にして思えば、あのまま生きておったら断頭台に上げられたかと考えるとあれで良かったのかも知れんな。
それで、マリア姉上がどうかしたのか。」
なんと、あの二人は私のはとこでしたか。まあ、実際には、限りなく他人ですけど。
「ポントス海を航行中に海賊船に襲われたのです。
もちろん私が撃退したのですが、そこで海賊に捕らわれていた二人の子供を保護しました。
その二人がマリア・ルイーズさんのお孫さんだと分かり、おじいさまに相談に上がったのです。」
「なんと、マリア姉上の孫が海賊に捕らわれていたと、いったいどうしてそんなことに?」
私はおじいさまに尋ねられて、二人から聞いていた経緯を説明しました。
カンティ公爵がセルベチアで武装蜂起を起こして敗れ帝国へ支援を求める途中であったことや二人の子供の前で海賊に殺害されたことも含めて。
「なんと愚かな、革命から十年、まだ王制を取り戻すことを諦めておらなんだか。
セルベチア革命当時、帝国も含めて周辺各国は市民により王権が倒されるという革命の動きが波及することを恐れて介入したのだ。
その結果、手酷い反撃を受けてな、私はそれ以来セルベチアに手出しはせんことにしたのだ。
カンティ公爵には気の毒であったが、火種が帝国に持ち込まれなかったのは助かったわい。
それで、その子供というのは、まさか王政復古運動に染まっているのではあるまいな。」
セルベチアで革命が起こった当時、市民によって王族が処刑されるという事態に周辺の王族は戦慄したみたいです。
自国で同じ様な事態が起きたら堪らないと、これを悪しき前例として封じ込めようと考えたそうです。
周辺国がこぞってセルベチア革命政府を打倒し、セルベチアに王制を復活させようと企てたのです。
当時から皇帝であったおじいさまは、戦下手を自認しておりセルベチア革命に介入することに尻込みしていたとのことです。
しかし、帝国議会で強硬派に押し切られ、渋々軍事介入したそうです。
その結果が惨憺たるもので、帝国はセルベチアに対して国境周辺の領地を割譲することになってしまいました。
それ以来、おじいさまはセルベチアの内戦に介入することに終始反対しているようです。
「それは平気です。私も帝国に戦争の火種を持ち込む訳にはいかないので、二人には確認を取りました。
もし、セルベチアの王政復古運動を続けるのであれば、その辺の港にでも放り出そうと思いましたが。
幸い二人とも共和国からの追手に怯えるのに嫌気が差していて、王政復古運動には関わらないことを誓ってくれました。」
「おお、それは良くやってくれた。
私もマリア姉上の孫を放り出すのは忍びないからな、手を差し伸べてあげたいとは思う。
とは言え、皇帝である以上私情を優先して帝国に火種を持ち込む訳にはいかん。
ただでさえ、いつセルベチアが帝国に侵攻してくるかわからんのだ。
セルベチア側に侵攻の口実を与えるようなことはできないからな。」
でも、二人にその気がなくても、二人を保護しているだけでセルベチアに口実を与える気がしてなりません。
何と言っても、シャル君は王位継承権第一位なのです。
本人にその気がなくても、共和国政府にとっては脅威になりかねませんから。
私はその点についてもおじいさまにお話ししました。
「そうだな、二人を保護することは内密にしないとならんな。
帝国内部にも対セルベチア強硬派がおってな、その二人の存在が知れると御輿として担ぎ出そうとする輩がおるやも知れん。
どこか内密に匿うことができる場所はあるまいか。」
おじいさま、何故、そこで私を見るのですか?
私にそんな厄介なものを押し付けようと言うのではないでしょうね。
第一、私はアルビオン王国へ向かう最中なのです。あの二人に構ってばかりはいられないのですよ。
「ロッテ、二人を安全に保護できる場所を見つけるまでしばらく匿ってはもらえぬか。
アルビオン王国へ行くため、そなたが不在となる時もあるのは承知している。
二人の世話係として、アンネリーゼの世話係をしておったベルタを遣わそう。
ベルタはそなたの家のことをアンネリーゼから色々と聞かされておる。
そなたの家に入れても問題はないであろう。
もちろん、十分な謝礼は払わせてもらう。」
やはりそう来ましたか。
確かに、私の館であれば私が許可した人物以外には入れませんし、現時点であの二人を保護していることは知られていません。
帝国とあの二人、双方にとって最も安全な場所であることは確かなのです。
結局、抗し切れませんでした…。
二人を保護するための妥当な場所が見つかるまでの間だけという条件で、我が家で預かることになってしまいました。
「私、アンネリーゼ姫様から姫様の国のことを聞かされる度に一度行ってみたいと思っていたのです。
可愛らしい精霊さんがいるのですよね。
しばらくの間とは言え、そこに住めるとは夢のようです。
精一杯仕えさせて頂きますのでよろしくお願いいたします。
でも、あんなに小さかったシャルロッテ姫様がこんなに大きなるなんて、私も年を取るはずです。
覚えていますか、私が姫様のおしめを取り換えて差し上げたのですよ。」
ベルタさんがニコニコと笑いながら言いました。
そんなの覚えている訳がないです…。
ここは、母の借りた部屋に設置してある転移魔法の発動媒体となっている敷物の上です。
おじいさまの言いつけで急遽準備を整えたベルタさんが大きなトランクを抱えて私の隣に立っています。
結局、私の館の住み込みの侍女としてベルタさんを連れて帰ることとなりました。
「では、ロッテ、行こうではないか。そなたの館へ。」
いや、おじいさま、何であなたまで私の隣に立っているのですか?
お読み頂き有り難うございます。




