第73話 助けた姉妹は…
海賊騒ぎが収まった『海の女神号』の甲板、ゲーテ船長や船乗りさん達は遠くで燃える海賊船を呆然と見つめています。
「お嬢様、あれはいったい?海賊の連中も次々と海に落とされたようですが一体に何が起こったのですか。」
ゲーテ船長が尋ねてきました。さすがに、スルーはしてくれませんでしたか。
見たところ、船乗りさんの中にもケガをした方がいるようですので仕方がないですね。
『私のことを他者に告げることを禁じます。口頭、書面、如何なる形においてもです。』
私は、この船の中の全ての人に届くようブリーゼちゃんに拡声の術を使ってもらい、魔力を込めた言葉を発しました。
「私は魔法使いです。私の魔法で海賊船を制圧しました。
あの船には大量の火薬が積まれていたので、残すとロクな事がないと思い、火薬ごと処分しました。」
「はぁ?魔法ですか…?」
私の返答にゲーテ船長は胡散臭さそうに私を見て言葉を発しました。
なんとリアクションして良いのか戸惑っているようで、言葉は途中で途切れています。
信じられないのも無理はないです、魔法使いなど今はもうお伽噺の中だけの存在ですからね。
「ゲーテ船長、負傷された方を全員集めてください。
これから私がケガの治療を致します。」
ゲーテ船長は私が魔法使いだということを信じてはいないようですが、私にケガの治療の心得があると思ったのか負傷した人を甲板に集めてくれました。
(アクアちゃん、お願いできる?)
私は私の傍で姿を消している水の精霊アクアちゃんに頭の中で呼びかけます。
(はい、お任せくださいませ。)
(じゃあ、私が合図を出したら術を使ってちょうだい。)
アクアちゃんの返事をもらった私は負傷した船乗りさんを前にして言いました。
「じゃあ、今から皆さんを治療します。『癒しを!』」
(はい!)
私の合図と共に、集まった負傷者全員を包むように、アクアちゃんの『癒し』が発動しました。
ほのかに青白い光が負傷した船乗りさん達を覆います。
「痛みが引いていく…。」
「おい、見ろ!剣で切られた傷が塞がっていくぞ!」
光に包まれた船員さんから声が上がります。
そして、しばらくして青白い光が消え去ったとき。
「怪我が治っている!」
「おお、どこも痛くないぞ。」
「奇跡だ…。」
「今朝寝違えた首が治っている。」
船乗りさんから驚嘆の声が上がりました。どうやら、海賊の襲撃とは関係ない人も混じっていたようですね。
「お嬢様、それが魔法ですか?では先程、魔法で海賊船を制圧したというのも本当のことで?」
ゲーテ船長は、今の光景を目にして、やっと私の言葉を信じる気になったようです。
「ええ、そうです。これが私の持つ力の一端です。」
本当は精霊の力なのですが、精霊のことは言いません。どこかで漏れて私の可愛い精霊達が狙われたら嫌ですから。
「これは驚きました。魔法なんてモノが本当にあったとは……、すごいモノですね…。」
ええ、すごいのです、私の可愛い精霊ちゃんたちは。
それと、…
『魔法のことを他者に伝えることを禁じます。いかなる形でもです。』
口止めは忘れません。私に厄介ごとが降りかかるのは勘弁して欲しいですから。
そこでゲーテ船長との話を終わりにして、私はその後ろでしゃがみ込んでいる姉妹の話を聞くことにしました。
海賊船から解放されて安心したのか妹の方は姉の膝を枕にしてスヤスヤと寝息を立てていました。
「話が聞きたいのだけど、妹さんがそのままでは可哀想ね。
私の部屋のベッドに寝かせれば良いわ、あなたにもそこでお話を伺いましょう。」
ゲーテ船長に姉妹の話は私が聞くと告げ、私は二人を貴賓室に連れ行くことにしました。
**********
妹さんを起こさないように浮遊の魔法で浮かべた私は、姉の方を伴い貴賓室に戻りました。
妹さんを静かにベッドに横たえると、私は姉の方に対してリビングのソファーをすすめました。
「この船の客室は全て私達の貸し切りになっているので、気兼ねなく寛いでね。
さっき名乗ったけれど、改めて私はシャルロッテ・フォン・アルムハイム、伯爵位を賜る帝国貴族なの。
今は、蒸気機関を使った工場や蒸気機関車を視察するためアルビオン王国へ向かっているのよ。
それで、あなた、お名前は?」
「私は、フランシーヌ・ド・ベルホン=カンティと申します。
先程は、海賊船から救っていただき感謝いたします。」
やはり、危険物でした、しかも特大の。今更海賊船に戻して来る訳には参りませんよね、燃やしてしまったし…。
ベルホン家、十年程前にセルベチアで起こった革命で倒された王権を担っていた王族の家名です。
嫌な予感しかしません。
「フランシーヌさんは、どうして海賊船なんかに捕らわれていたのかしら?」
「私はセルベチアで王政復古運動の中心となっているカンティ公爵家の娘です。
父カンティ公爵が共和国軍と一戦交えて敗北し、一族揃って国を落ち延びたのです。
父は自分さえ生き延びれば、いつか王制を復活できると意気込んでいたのですがアクデニス海で海賊に遭遇し…。」
セルベチアでは今も旧王家の血を引く者を中心に共和国政府を打倒して、王権の復活を図ろうとする一派があります。
セルベチア国内で大小の反乱騒ぎを起こしているようですが、今のところ皇帝が率いる共和国政府の方に分があるようで一派の旗色は良くないようです。
しかし、あの皇帝もタフですね。国内に火種を抱えながら、周辺国に打って出るのですから。
どうも最近、カンティ公爵が比較的大きな武装蜂起をして、皇帝に返り討ちにあったみたいですね。
カンティ公爵自身は命からがら戦場を逃げ出して、家族と共にセルベチアから落ち延びたようです。
そして、逃亡の途中で海賊船に遭遇し、哀れ公爵は海の藻屑と化したみたいです。
「それで、フランシーヌさんはこれからどうしたいのかしら。
この船は先ほど言ったようにアルビオンに向かっているのだけど。
途中セルベチアの港にも補給で立ち寄ると思うのでそこで降ろしてもらいますか?」
「それは困ります、セルベチアの港には既にカンティ公爵家に対する手配書が回ってしまっているのです。
今捕まったら、私達は断頭台行きになってしまいます。
この船はアルビオン行きですか、私達は帝国へ向かっていたのです。逆方向ですね。」
フランシーヌさんはセルベチアの港に降ろされることに強い拒否反応を示しました。
これで、元居た場所に戻すという選択肢は消えたようです。
断頭台ですか?いくら何でも子供、しかも王位継承権を持たない女の子を断頭台に上げることはないと思うのですが。
たしか、セルベチア王国は女の子には王位継承権はなかったはずです。
目の前のフランシーヌさんが男ということはないでしょう、悔しいことに私より胸が大きいですものね。
せっかく助け出したのです、処刑される可能性があるのであればセルベチアに戻すのも気の毒です。
次の港でも降りてもらいましょうか、一応帝国を構成する領邦国家の一つだったはずです。
「それでは、予定では明日、帝国領の港に補給で寄りますのでそこで降ろしてもらうように船長に伝えましょうか。
フランシーヌさんの目的地まで行く旅費は私が出して差し上げましょう。
私達は先を急ぎますので、帝国への船の手配や宿の手配はご自分でお願いします。」
私がそう言うとフランシーヌさんは困った顔をしました。
公爵家のご令嬢のフランシーヌさんは、自分で船や宿の手配をする自信がないのでしょう。
これはゲーテ船長にお願いしてフランシーヌさんが帝国へ行く手配をしてもらう必要がありますかね。
「そもそも、カンティ公爵は帝国のどこに身を寄せるつもりだったのですか。
そして、カンティ公爵は帝国でどうされるつもりだったのですか。」
念のため私が尋ねるとフランシーヌさんは言いました。
「父、カンティ公爵は帝国の皇帝を頼るつもりだったのです。
母の母、私の祖母にあたる人は先々代の皇后で、帝国皇室から嫁いできた方なのです。
父は、セルベチアに王制を取り戻すため帝国の支援を受けるつもりだったのです。」
やはり、ロクでもないことを考えていたようです。帝国に戦争の火種を持ち込むような真似は止めて欲しいです。
帝国とセルベチアは昔から犬猿の仲です。
しかし、いつも戦争をしている訳ではありません、婚姻を結ぶことで互いの融和を図ろうとする試みがしばしば行われてきました。
フランシーヌさんのお祖母様はそういった方の一人だったようです。
血縁なのを良いことにカンティ公爵は帝国の支援を取り付けるつもりだったようです。
これはカンティ公爵を海に沈めてくれた海賊に感謝しないといけないかも知れません。
「大変お気の毒ですが、カンティ公爵亡き今、フランシーヌさんはどうなされるのですか。
お父様の跡を継いで王政復古活動を続けるつもりですか?」
もしそうであるなら、気の毒ですが次の港で放り出します。
おじいさまはセルベチアと戦ったら負けると思って、私をアルビオン王国へ遣わしたのです。
そんなおじいさまに火種を押し付ける訳にはいきません。
次の港で放り出したら、十中八九帝都へ辿り着くのは不可能でしょう。
帝国は若い女の子が二人で旅ができるほど安全ではありません。それこそ良いカモです。
一月後には娼館で客を引いているのが目に見えるようです。
私がそんなことを考えているとフランシーヌさんは疲れ果てた表情で答えたのです。
「いえ、もういいです。父は、カンティ公爵家は共和国政府に敗北したのです。
帝国の支援を受けて捲土重来を期すなどというのは虫が良すぎたのでしょう。
父が海賊に殺害された時点で、カンティ公爵家の王政復古活動は終わりました。
どの道父が革命のどさくさに紛れて持ち出した王冠や王杖は海賊に奪われてしまいました。
王家の権威の象徴も今頃は海の底でしょうしね。
私達姉妹は誰に怯えることもなく、安全な場所で静かに暮らせれば良いのです。」
そうですか、フランシーヌさんが本気でそう思っているのであれば話は簡単です。
どうやら、二人を娼館送りしなくて済みそうです。
しかし、あの立派な王冠やらなんやらはセルベチア王家の物でしたか。
私が持っていることは言わないでおきましょう。
その方が確実に王制に諦めがつくでしょう。
お読み頂き有り難うございます。




