第68話 小さな子は好奇心旺盛です
「ロッテお姉ちゃん、見て、見て。
川の真ん中にお城があるよ、ちっちゃなお城。なんかカワイイ!」
アリィシャちゃんが川の中に建つ小さな城を指差してはしゃぎます。
ダーヌビウス川を下る船旅は快適そのもので、私達は優雅な船旅を満喫しています。
各地を転々としてきたアリィシャちゃんも、こうしてのんびりと外の景色を眺めたことはないらしく、目に映るもの一つ一つが新鮮なようです。
「そのお城はね、この川を行き来する船から通行税をとるために造られた城なのよ。
昔はこの川を船で行き来するためにはお金を取られたの。
酷いところでは数マイルおきに取られたのよ。」
その昔、といっても百年ほど前までの話らしいですが、この川を行き来する船に対し流域に領地を保有する領主が個々に通行税を徴収していました。
しかも、領主によって徴収する税額もマチマチで解り難いものだったようです。
そのため、この川を使った交易は経費も嵩むし、度々停められるということで効率も悪くなり、交易商から非常に評判が悪かったそうです。
何時の頃か、それがこの川を使った交易を停滞させることとなり、経済の発展の阻害になっていることに為政者達が気がつきました。
また、今私達が乗っている船もそうですが、川を往来する船が大型化してくると船を頻繁に停止させるのも大変になりました。
そうしたことがあって、百年ほど前、帝国の議会で領主達が話し合い、この川を往来する船から通行税を徴収することが禁止されたのです。
それは、ダーヌビウス川に限ったことではなく、もう一つの大動脈ルーネス川にも同時に行われることになりました。それ以降、二つの大河を使った交易は非常に活発となり流域に富をもたらしたのです。
以来、今目の前を通り過ぎるお城は、この川を行く人々の目を楽しませる存在に変わったのです。
「ふ~ん、そうなんだ。
一座の親方はたまに国境を越えるだけで、税が高いってぶつくさ文句言ったよ。
そんなに、ちょくちょくとられたら、すごく機嫌が悪くなると思うな。」
アリィシャちゃんが素朴な感想を呟きました。
まったくその通りです、実際に、この川を使っていた商人達の機嫌を損ねたのですから。
こんな小さな子でもわかることを当時の領主達は分からなかったのですから呆れたものです。
「あら、この船旅は美しい景色を堪能できるだけでなく、アリィシャちゃんに色々とためになることを教える材料にもなるのね。」
甲板に上がってきたリーナは、私とアリィシャちゃんの会話を聞いて感心しているようです。
「ええ、この川は流域に住む人々の生活に幾多の恩恵をもたらしているのですもの話題には事欠かないわ。」
「そうね、私は王都とシューネフルト以外を知らなかったから、この船に乗って驚いた。
川をこんな大きな船が何隻も行き交うなんて想像も出来なかったわ。
私の頭の中では川というものはもっと狭くて急流のモノだというイメージがあったもの。
それに、ポツリポツリとある大きな町、帝都は言うまでもないけど、ここまで幾つも私の国の王都よりも大きな町を通り過ぎたわ。
本当にこの川のもたらした恩恵って大きいのね。」
リーナが言うようにダーヌビウス川の流域には、帝都や『ダーヌビウスの真珠』と呼ばれる隣国の王都の他にも大きな町が幾つもあります。
リーナは帝都を出発した翌日の昼頃、『ダーヌビウスの真珠』と讃えられる隣国の王都を船の甲板から眺めて、町の規模の大きさや町並みの美しさに驚き、一度ゆっくり歩いてみたいと目を輝かしていました。
その後も、大きな町を目にする度に訪れてみたいと言っていましたが、この川がもたらした恩恵が計り知れないものだと分かっているようです。
結局、この船旅の間、最初の三日間は一度も館に戻らず終始川の両岸に展開する景色を眺めていました。
リーナは領主の仕事があるので、四日目以降は一旦自分の館に戻りました。
私、アリィシャちゃん、カーラの三人は、すごい急流だった山岳部を抜ける谷の部分を通過する時に館に退避した以外は、七日間の船旅の間、殆んどをこの船の上で過ごすことになりました。
リーナも、仕事を早めに切り上げてちょくちょく船に転移してきては外の景色を楽しんでいました。
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そして、六日目、目の前の光景が一変しました。
「ねえ、ねえ、ロッテお姉ちゃん、ちっとこっちに来て!」
アリィシャちゃんが今までになくはしゃいで、私の手を引きました。
そして、甲板に向かって一目散に走り出します。
「ほらすごい、鳥さんの数!
見て、あそこにたくさんいる大きな鳥、ピンク色なのおもしろい色!
それに一本足でたっているんだよ、なんでだろう?」
私達が目にしたは一面の芦原、そして、その中を飛び交う無数の鳥達。
ここは、ダーヌビウス川がポントス海に注ぐ河口部に広がる大湿原地帯です。
広大な湿地帯は人が住める環境ではなく、野鳥達の楽園になっています。
「ごめんね、私も初めて見る鳥だわ。なんで一本足で立っているのでしょうね。
それにしても、すごい鳥の数ね。」
後から調べたところ、ダーヌビウス川の河口部は広大な汽水域となっていて小魚の餌になるミジンコのような微生物が大量に発生するのに適した環境なのだそうです。
その微生物を餌にするため小魚が集まり、小魚を餌にする鳥達が集まってくるそうなのです。
ちなみにアリィシャちゃんがおもしろい色と言ったピンク色の鳥、あの色は微生物の色素らしいです。魚の餌となって魚をピンク色に染め、その魚を食べたあの鳥を染めるそうです。ビックリですね。
アリィシャちゃんは船の縁にしがみ付いて夢中で鳥達を見てははしゃいでいました。
初めて見る色々な種類の鳥がいて、アリィシャちゃんの興味は尽きないようです。
知らない鳥を指差しては、「あの鳥はなに?」と聞いてきますが、私も初めて見るものばかりです。
「さあ、なんていう鳥でしょうね」と答えることしか出来ませんでした。
というより、このとき私は気が気でなかったのです。
頭上を飛び交う数多くの鳥、頭の上で粗相をされたら嫌だわと思っていました。
珍しい野鳥に夢中なアリィシャちゃんを船室の窓越しに見るように何とか説得して船内に戻るまで私は頭上ばかり気にしていました。
客室にもどってそんな話をしていると私の肩の上にブリーゼちゃんが現われて言いました。
「そんなことなら、私を呼べば良いじゃない。
鳥の糞くらい、私の風の幕でいくらでも防げたよ~。」
うん、それは解っていたけど、鳥の糞くらいのことで呼ぶのも気が引けたから。
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そして、帝都を出て七日目、今日は朝からリーナに船に来てもらいました。
芦原の湿原を抜けるのにほぼ一日費やして、今、目の前に広がるのは大海原です。
「ここが、ポントス海……。私、海って初めて見ました、すごい…果てが見えない……。」
どこまでも続く大海原にリーナは言葉を失いました。
そう、もうすぐ、ポントス海沿岸の港町、この船の終点です。
さて、そろそろ船を降りる準備をしましょうか。
お読み頂き有り難うございます。




