第66話 出発までに
おじいさまの許を辞した私は、直ぐにアルムの館に戻りその足でリーナの執務室に転移しました。
「あら、ロッテ、早かったのね。もう帝都へ行って来たの?」
突然私が現われるのにも慣れたようで、執務机に向かっていたリーナは慌てることなく尋ねてきました。
「実はね、今後の予定が大分変わってきたので相談にきたのよ。」
私は皇帝陛下からの依頼でアルビオンに赴くことになったことをリーナに伝えました。
もちろん、皇帝陛下が血の繋がった祖父であることや依頼の内容がアルビオンに同盟を持ち掛けるための親書を届けることだというのは話しません。
「一週間後ですか、随分と急な話しですのね。」
「そうなのよ、それでリーナはどうする?
元々、私がアルビオンに行きたいと言ったのは、リーナと一緒に見聞を広めたかったからなのよ。
でも、流石に王女様が勝手に国外へ出てしまうのは拙いわよね。」
リーナは少し考えたあと、首を傾げて言いました。
「それ、王都に承諾を取らないとダメなのかしら?
極論すれば、船に乗る時と降りる時だけいれば良いのよね。
船旅の間は殆んどここにいるのだし、アルビオンで視察に行くときはロッテの家にお泊りすることにしておけば良いのではないかしら。」
リーナは許可を得ないで黙って行ってしまってもばれないと思っているようです。
「うーん、何事もなければそれで良いかも知れないけど。
事故にあったり、事件に巻き込まれたりしたら問題にならない?」
「それは、その通りなんだけど……。
今回のアルビオン行き、ロッテの転移魔法ありきの計画なのだから、王都に承諾をとることも難しいわ。
そうすると、最初から同行するという選択肢は無くなってしまうと思うの。
ロッテだって、そう何度もアルビオンまでいくことは難しいでしょう。
だったら、無理してでも今回同行した方が良いと思うの。」
たしかに、今回アルビオンに行ったら次に何時行くことが出来るかわかりません。
こちらには魔法だってあるし、精霊もついています。
何かあっても、私がリーナと離れ離れにならなければ対応が可能だとは思うのですが…。
私はどうするか迷いましたが決めました、せっかくのチャンスを逃す手はありません。
「そうね、一緒に行きましょう、アルビオン。
せっかくだから、船旅の途中で寄港する港町も一緒に見て回りましょう。」
「それ素敵ね、アクデニス海沿岸の港町は美しい町が多いと聞くわ。楽しみだわ。」
リーナも楽しみにしてくれたようで何よりです。
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一週間後の朝、私はリーナを迎えにリーナの館のバルコニーに降り立ちました。
リーナの部屋に通された私は最初に二枚の布をリーナに手渡します。
「敷物とスカーフ?」
受け取ったリーナは首を傾げました。
「二枚とも私が指定したところに魔力を通してちょうだい。
敷物の方はリーナ以外に誰も立ち入らない部屋において。
スカーフの方は絶対に肌身離さず持っておいて欲しいの。
非常時のための転移魔法の発動媒体よ。
これは、製作者である私以外は一名しか使えなくしてあるの。
もし、何かのトラブルがあったら、この館に戻ってくるようにしてちょうだい。」
万が一、リーナが誘拐でもされたら大変です。そんな場合の対策として作成してみました。
これと同じものはアリィシャちゃんと私も持っています。
二人の分の敷物は私の寝室にセットしておきました。
「ロッテ、ありがとう。私の身を案じて作ってくれたのね。すごく嬉しい。
じゃあ、この敷物は私の執務室に敷いて来るわ。」
リーナは上機嫌で早速敷物の方をセットしに行ってしまいました。
実はこの一週間、旅支度はカーラに任せて私は転移魔法の発動媒体作りに殆んどの時間を費やしていました。
普段作り置きはしていないので、四セット作る破目になったのです。
三セットは、今リーナに渡した非常用の転移媒体です、三人がそれぞれに持ちます。
やはり万が一に対する備えは必要だと思いました。
そして、残る一つが船の客室に設置するものです。
「ロッテ、さっきの敷物セットしてきたわよ。
出かける準備は出来ているから、いつでも出られるわ。」
今回リーナは三日ほど仕事を休んで私の館に泊りがけで遊びに来るということにしてあります。
今日、帝都へ行く訳ですが、すぐに出発できるとは限らないので三日ほど余裕を見たのです。
場合によっては帝都で泊まりになるかもしれませんので。
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リーナを連れて館へ戻った私は、アリィシャちゃんとカーラに合流して四人で帝都の皇宮、母が与えられた部屋にやってきました。
ハンドベルでベルタさんに到着を告げると、迎えてくれたベルタさんはこの部屋で待つようとのことでした。
しばらく部屋で待機していると扉が開かれ、やって来たのはおじいさま、皇帝陛下です。
「朝早くから来てもらってすまないな、ロッテ。
同行するのは、その三人で良いのか?もっと多くても良いのだぞ。」
「ええ、転移魔法のことは今のところこの四人だけの秘密ですので。
ご紹介します、皇帝陛下。
私の隣におりますのは、友人で隣接する領地の領主カロリーナ・フォン・アルトブルクです。
今回、共にアルビオン王国の視察をするために同行してもらいました。
カロリーナ、皇帝陛下です。ご挨拶させていただいて。」
私はおじいさまにリーナを紹介し、挨拶するようにリーナを促しました。
「お初にお目にかかります、皇帝陛下。
カローリーナ・フォン・アルトブルクでございます。
この度、アルビオン王国の視察に同行させていただくことになりました。」
「おう、これはクラーシュバルツ王国の姫君か。
ようこそ参られた。
孫娘の友人としてお迎えするゆえ、そう堅くなる必要はないぞ。
友達のうちに遊びに来たと思って気を楽して寛いでおくれ。」
おじいさまはいきなり私との血縁関係をばらしてしまいました。
わざわざ言わないでおいたのに……。
「孫娘?」
案の定、リーナがおじいさまの言葉に戸惑っています。
「なんだ、ロッテ、言ってなかったのか。
いかにも、私はロッテの血の繋がったじいさんだ。
ロッテのばあさんの相方だな、ロッテの母親もロッテもこの部屋で産まれたのだぞ。」
「おじいさま、私すら先日まで知らなかった出生の秘密をそうべらべらと話されては困ります。」
「別にかまわぬではないか、友人なのであろう。
隠すほどのことではあるまい。」
いえ、皇帝と血が繋がっているなんて、余り知られたくはないです。
あとでゆっくりと事情を説明しないといけませんね。
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「これが例の物だ。くれぐれも直接本人に手渡すように頼むぞ。
間違っても余人の手に渡ることが無いようにな。
それと、アルビオンの王都に着いたらまず、帝国の大使館に行きなさい。
こっちの封筒を大使に渡せば、首相と面談する手筈を整えてくれる。
それと宿の手配その他アルビオンで滞在するための諸々の手配も整えるように書いておいた。」
そう言っておじいさまはアルビオン王国の首相宛の親書と大使宛の封筒を差し出します。
と同時にドンと皮袋を一つテーブルに置きました。
「とりあえず、旅費としてこれを渡しておこう。
謝礼は帰国後別途支払うので、これは気にせずに使ってしまって良いぞ。
もし、足りなかったら大使館の方に請求してくれれば支払うように指示してあるからな。」
私が中を確認するとそこには皮袋いっぱいのソブリン金貨が詰め込まれていました。
こんな嵩張るものを持って行けと?せめて為替証書にして欲しかったです
おじいさまの説明では今日の午後、ここ帝都の船着場から出発する船の予約が入れてあるそうです。
船着場までは皇宮の馬車で送ってくださるので、それまではこの部屋で寛ぐようにと言っておじいさまは部屋を出ていきました。
私はこの時間を利用して、アルビオン王国の首相宛の親書とおじいさまに渡された過剰なまでの金貨を館の金庫に保管するため一旦館に戻ることにしました。
首相宛の親書を持ち歩いて紛失したり、盗難されたりしたら大変です。
アルビオンに到着するまで館の金庫に保管しておくのが一番安全です。
それと金貨、女四人でこんな重いものをどうやって持ち歩けというのでしょうか。
当面の数日で必要な分以外はやはり屋敷の金庫で保管するのが安全でしょう。
三人を皇宮の部屋に残して、館と往復する間に時間は過ぎ、皇宮の部屋に戻って一息ついていると馬車の用意が出来たとの知らせがありました。
さあ、アルビオンに向けて出発です。
お読み頂き有り難うございます。