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最後の魔女は目立たず、ひっそりと暮らしたい  作者: アイイロモンペ
第4章 アルムの冬
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第61話【閑話】届いた一通の書簡

 秋が深まった頃、私ローザ・カーンの元に一通の書簡が届きました。

 差出人は私が夏前まで家庭教師を務めていた我が国の末姫、カロリーネ姫様。

 書簡には農村部から雇い入れた下働きの娘十人に読み書き計算の指導をして欲しいと記されていました。


 そしてその書簡には農村の娘十人を雇うことになった経緯が、夏以降の経験を交えて記されていました。

 ズーリックの町で出会った娼婦の話、家の事情で十二歳で娼館に売られ、十五歳で病気をうつされて娼館を放り出された少女。

 奇跡が起こって病気が治ったのに娼館に戻るしか仕事のアテがないと言うことに姫様は衝撃を受けたそうです。


 そして、そのことはその少女に限ったことではなく、この大陸ではごく一般的なことと知り、何とかしたいと考えたそうです。

 一方で、同じズーリックへ旅をする中で、我が国では読み書き計算が出来るだけで仕事に就く機会が増えるということも知ったと記されていました。


 姫様は領民の子供全てが読み書き計算を出来るようになれば、経済的に困窮した領民の娘に娼婦以外の選択肢を与えられるのではないかと考えたと言います。


 ただ、そのためには予算の問題を始め様々な障害を乗り越えないといけません。

 どの程度の習熟度をどの位の教育期間で達成するのかも決めないといけません。

 教え手の確保も問題です。


 そのような問題点が書き連ねてあり、一朝一夕には成し遂げられそうもないと解ったそうです。

 ただ、領民の子供全てに読み書き計算を教えることを諦めた訳ではなく、出来ることから手をつけようと考えたと言います。


 その中で目を付けたのが、領主の館の人手不足でした。

 元々、姫様が領主となられた男爵領は王家の持ち物で、執政官を派遣して最低限の人員で切り盛りしていました。

 姫様が領主として赴くに当たり、姫様の身の回りのお世話をする者や護衛の騎士が同行したため領主の館に住む人員が増えました。

 そのため、下働きの者が不足したのです。


 姫様は、不足している下働きを、経済的に困窮している農村の家の娘から採用したのです。

 今年の冬に娼婦として売られるのを防ごうとしたとのことでした。

 そして、その娘達を領民の子供に読み書き計算を教える際のテストケースにするそうです。

 どの程度の習熟度があれば役人として使えるか、その習熟度はどの程度の期間で達成できるかを測ろうと言うのです。

 

 そのための教師として、私に来て欲しいと言うのです。



     **********



 私は自分の目を疑いました。

 この書簡を姫様が書いたものとはとても信じられなかったからです。


 私の記憶にある姫様は決してできの良い方ではありませんでした。

 姫様は陛下の血を継いでいるため王族の末席に名を連ねておりますが、姫様のお母上は平民であるため王族に入れずお住まいも王宮ではなく離宮に隔離された状態です。


 姫様もお母上と一緒に離宮に隔離されて育ち、周囲の者は姫様に政に関する期待などしていなかったのです。

 政略結婚の駒に使えるように、王族として最低限の教養と礼儀作法を身につけていれば良いと周囲から見られていました。

 当然、子供の姫様にもそのような扱いは薄々感じ取れるようで、学ぶことに対して余り熱心ではなかったのです。


 私は姫様が五歳のときから十五歳になるまで十年間家庭教師を勤めさせて頂きました。

 王族の子供は、帝国語、セルベチア語、アルビオン語の三ヶ国語は習得するのですが、結局姫様は帝国語しか読み書きができるようになりませんでした。

 また、社会情勢や政には関心を示さず、時間があれば陛下から賜ったハヤブサの訓練ばかりしていたのです。

 結局十年間で学んだのは、本当に周囲が期待する最低限の教養と礼儀作法に留まったのです。


 『やる気の全く感じられない姫様』、それが私の十年間の評価でした。


 それがどうでしょう、

 領民の娘が娼婦として売られていくことを憂いて領主の館で雇い入れた?

 その娘達に読み書き計算の教育を施し仕事の幅を広げたい?

 とても私が知っている姫様のなさることとは思えません。


 そもそも、領民の子供全員に読み書き計算を教えるなんて発想はどこから出てきたのでしょうか。

 この大陸の為政者でそんな事を考えている人はおそらく誰もいないでしょう。

 しかも、それが単なる思い付きではなく、実現に至るための問題点なども考慮しているのです。


 いったい姫様にどんな心境の変化があったのか、私は興味を抱きました。

 同時に、姫様が考える領民の子供全てに読み書き計算の教育を施すことにより、仕事の選択肢を増やすとする試みにも関心を持ったのです。


 私は書簡を読み終えると躊躇なく姫様の依頼を応諾する返信を認めたのです。



     **********



 そして冬前、私は姫様が治めるシューネフルトに赴きました。

 私がシューネフルトの領主の館に到着したとき、姫様はご友人と共に私を迎えてくださいました。

 十五年間、お母上と共に離宮に隔離されて育てられた姫様にご友人などおりませんでした。

 ここ、シューネフルトには貴族家は存在せず、目の前にいる貴族然としたお嬢様など思い当たる節がありません。


 そこで、姫様がシャルロッテと紹介してくださったお嬢様はこう自己紹介されたのです。


「初めまして、シャルロッテ・フォン・アルムハイムと申します。よろしくお願いします。」


 アルムハイム家、知る者は皆無ですが百年ほど前に成立した豆粒ほどの国の王家の家名です。

 そういえば、アルムハイム伯国はここシューネフルトの隣に在ったのですね。


 小さな国だからといって馬鹿にしてはいけません、この国の王祖は僅か一人で数万のセルベチア軍を撃退したのです。その功績で独立が認められた国なのですから。

 『アルムの魔女』とセルベチアから恐れられ、聖教の教皇庁から唯一公認されている魔女の家系、帝国のアルム山脈側国境の守護者、色々と呼称されますが、その中に『アルムの森の賢者』というものがあります。


 国が成立する以前から、この一族は近隣の集落に困ったことがあると知恵を貸していたそうです。

 また、この一族が提供する薬は万病に効いたとも言われています。

 そこからついた呼び名が『アルムの森の賢者』です。


 姫様がシューネフルト領を自ら統治すると言い出した執政官の外患誘致事件。

 その背後で進んでいたセルベチア軍の侵攻作戦は原因不明の撤退となったと聞きます。


 シャルロッテ嬢を紹介されてわかりました。

 セルベチア軍の撤退はシャルロッテ嬢が国境の守護者としての役割を果たした結果でしょう。

 その際に、何らかの接点があり姫様はシャルロッテ嬢の知己を得たのだと思います。

 そして、姫様の心境の変化は、おそらく『アルムの森の賢者』の末裔であるシャルロット嬢の薫陶を受けたことによるものだろうと。


 姫様はシャルロッテ嬢の紹介に続いて、シャルロッテ嬢から提供されたと言う教材を見せてくださいました。


 それは黒い石を平らにした一フィート四方の石版と白く柔らかい石で作られた細い棒でした。

 石版に石の棒で文字を書くと黒い石版に白い文字がはっきりと浮かび上がります。

 しかも、ボロ布で簡単に消せるのです。

 これも、『アルムの森の賢者』の家で使われてきたものだそうです。


 これで、私が悩んでいたことが一つ解決してしまいました。

 姫様のときもそうでしたが、読み書きを教えるときは書いて覚えさせるのが一番です。

 王侯貴族の教育では紙に練習させるのですが、紙は高価で平民の教育には使えないと思っていました。

 何を使って文字の書き取りの練習をさせるか、悩んでいたのです。

 それを前もって用意してくださるとは思ってもいませんでした。

 姫様の根回しの良さに感心しました、以前はそんな気の利く子供ではありませんでした。


 そして、シャルロッテ嬢が帰宅した後、姫様の執務室で打ち合わせとなったのですが。

 そこで目にしたのは、机の上に置かれたアルビオン語の教本でした。

 姫様に尋ねると、近々シャルロッテ嬢とアルビオンに視察に行くために勉強しているのだと言います。

 私が十年間家庭教師を務めて、あれほど教えようとしたのに拒絶したアルビオン語をです。


 アルビオンに行く目的は、蒸気機関を利用した大規模な工場を視察するためだそうです。

 これも、シャルロッテ嬢から教えてもらったことだと言います。

 もし多くの人を雇用できる工場をここにも作ることができれば、子供たちが傭兵や娼婦にならずに済むのではないかと考えてのことだそうです。


 本当に驚きました。

 蒸気機関を利用した工場などと最先端のものの話を姫様の口から聞くことになろうとは思いもよりませんでした。


 自分のやってみたいことを活き活きと語る姫様は、半年前の私が知る姫様ではありませんでした。

 それは、まさしく為政者の顔をしていました。

 私は、姫様にこれだけの変化をもたらしてくれたシャルロット嬢に感謝しました。

 同時に、シャルロット嬢の影響を受けて姫様がこれからどれだけ成長できるのかに強い関心を抱いたのです。


お読み頂き有り難うございます。

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