第57話 少女たちにやる気を出させるには……
一月も半ば、一年で最も寒さが厳しい時期になりました。
既に積雪は十フィートをはるかに超え、二階の窓にまで達しています。
「あ~、ここは本当に別世界ね、まるで天国のようだわ!」
私のベッドに寝転びリーナが最近お決まりとなっている言葉を発します。
リーナはこのところ毎日、仕事が終るとここへ来て泊まっていくようになりました。
「毎日、日の光を浴びて、温かいお湯に浸かって、暖かい部屋で寝る。
こんな冬初めてだわ、なんか病みつきになってしまいそう。」
「今までの冬はこんなことはなかったのよ。今年の冬は特別なんですって。」
リーナがうっとりと言うように、このところ私の精霊たちのサービスが例年になく良いです。
お菓子を携えたリーナが遊びに来るからという訳ではないようなのです…。
ブリーゼちゃんいわく、
「いつもの冬のように何もかまわなければ、ロッテ、体を壊してた。
今年の冬は普通じゃないよ。」
今年の冬は例年になく冷え込みが厳しく、日照時間も少ないため、どうやら、精霊達が私の体調を気遣ってくれているみたいなのです。
「そうなの…。
確かに、こんなに雪深い冬は生まれて初めて経験するわ。」
「でも、そのおかげでこうやってリーナが遊びに来てくれるから私は嬉しいわ。
今年の冬は、母が亡くなって大人がいないでしょう。
正直なところ、幼いアリィシャちゃんと二人で冬越しをするのが心細かったの。」
「あら、お世辞でもそう言ってもらえると、少しはお役に立てているようで嬉しいわ。」
お世辞なんかではありません。
同じ一人ぼっちでも、行こうと思えばどこへでも行ける他の季節の一人ぼっちとこの館に閉じ込められた冬の一人ぼっちでは心細さが格段に違うのです。
リーナは、私との間でスヤスヤと寝息を立てるアリィシャちゃんの頭を撫でながら言いました。
「そうね、アリィシャちゃんがいてくれるだけで大分寂しさは紛れるでしょうけど。
幼い子のことを気づかってあげないといけない分、逆に心細いこともありますものね。」
ええ、シャインちゃんとアクアちゃんがいればたいていの病気は対処できますが、急に熱でも出されようものならやはり心細いのです。
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「ところで、私が預けたカーラですけど、侍女としての教育は捗っているかしら?」
「ええ、へレーネの指導で私の侍女をしてもらっていますけど、だいぶ板に付いてきた感じですね。
言葉遣いも丁寧になりましたし、なによりも物腰が穏やかになりましたわ。
どうしても、農村育ちの娘たちは動作が荒っぽいのですよね。
あの動作ではティーセットなど怖くて扱わせることが出来ませんもの。」
どうやらヘレーネさんに預けたのは正解のようです。
カーラのガサツさが取れてきたのなら上出来です。
「カーラさんはそちらの方は捗っているのですが……。」
リーナが言葉を濁します、何か拙いことがあるようで表情を曇らせました。
「カーラのことで何か問題がありましたか?」
「いえ、カーラさんに限ったことではないのです。
実は、私の館で雇った十人の少女にも共通することなですが。
読み書き計算の修得は捗々しくないのです。
館で雇った十人も下働きの仕事は非常に真面目にするのです。
サボらずに黙々と働くので元からいた館の使用人の間でも評判は良いのです。
ですが、みんな、机でじっとしているのが苦手なようで直ぐに集中力が切れるのです。」
どうも、アリィシャちゃんという比較対象がいなくなったのが、カーラには良くない結果となっているようです。
元々、カーラは読み書き計算にさほどの重要性を感じておらず、仕事なので渋々取り組むという姿勢がミエミエでした。
ですが、十歳も年下のアリィシャちゃんがどんどん上達するので、負けず嫌いのカーラも負けじと頑張っていたのです。
リーナの許で、似たような姿勢の少女たちと一緒に学ぶようになって気が緩んだようです。
農村では子供たちも立派な労働力です。
小さなうちから色々な手伝いをさせるので、体を動かすことには慣れていますし、真面目に働くのです。
一方で子供のうちから忙しく働かされていますので、ジッと座っているのが苦痛になってしまったようなのです。これは、雇い入れたばかりのカーラも同様でした。
「あの子達には最初に読み書き計算の大切さを話したのですが、ピンときていないようでした。
村の大人の殆んどが読み書き計算が出来なくても生活できているので必要性を感じないのです。
それに農民の子供は農民になるか農民の嫁になる、お金に困ったら傭兵か娼婦になると子供の頃から刷り込まれてしまっているようなのです。
まだ十二やそこらの子供が娼婦になるのに何の抵抗感も持っていないが驚きでした。」
リーナはそう言って嘆きます。
読み書き計算が上達すれば下働きから領主館の役人の昇格させると、少女たちには最初に伝えたそうなのですがそれもピンと来ていないようです。
リーナの言葉ではありませんが、世襲制社会の弊害が如実に出ているようです。
リーナの治めるシューネフルトにはリーナとリーナが王都から連れてきた身の回りの人以外に貴族はいません。
領館に勤める役人は全て平民なのです。
ですが、役人の子は役人になるのが当たり前になっており、ほぼ世襲の状態で外から見ると貴族と変わらないのです。
もちろん縁故採用ということもあるのでしょうが、一番大きいのは役人は自分の子を役人にするため小さなうちから読み書き計算をはじめ、役人に必要な知識を教え込んでいることなのです。
そんな状況なので、読み書き計算が上達すれば役人に登用すると言っても少女達には真実味が薄いようなのです。役人は役人の子供しかなれないと思い込んでいるのですから。
「それじゃあ、一定レベルの問題でも実際に示して、このレベルの問題が間違わずに出来るようになれば役人に登用するって約束したらどうかしら。」
私が思い付きでそんな提案をすると。
「そうね、実際に何処まで上達すれば役人になれるかを示せば目標として頑張る子がいるかもね。
でも、そんな約束をしてしまったら、役人が増えすぎて困らない?
やらせる仕事がないのに雇い入れる訳にはいかないし、第一、予算が足りなくなるでしょう。
かといって、余り難しすぎるとやる気が起こらないでしょうし。」
リーナが思いっきり難色を示しました。
「予算ねぇ、それが問題よね。
やる仕事はあるのよ。
リーナがやろうとしている、領民の子供全員に読み書き計算を教えるという計画。
教師が何人必要になると思って?
今、勉強を教えている十人はとりあえず教師として採用すれば良いじゃない。
十人ではとても足りないけどね。
教師として必要な水準をローザ先生に示してもらって、それを達成すれば教師として雇うと約束するの。ちゃんと給金も示してね。
そうすれば、具体的な目標も出来てやる気が出るのじゃない。」
私の指摘にリーナはハッとした表情になりました。
「それだわ!確かに領地全体に読み書き計算を広めるためには教師は必要よね。
今いる十人をその水準まで育てれば良いのね。
育つまでにまだ時間があるから、その間に予算の捻出方法を考えればいいわ。」
リーナは表情を和らげて、明日帰ってら早速ローザ先生や予算関係の官吏に相談してみると言っていました。
お読み頂き有り難うございます。