第48話 リーナの恩師
しばらく私のベッドの上でじゃれていましたが、リーナがふと何かを思い出したようです。
「あらいけない、今日、保護した子達の教師役を頼んだ方が着くのを忘れていました。
シューネフルトへ戻らないといけませんわ。」
そういえばあの子達の教師を見つけたと言ってましたわね。
たしか、王都でリーナの家庭教師をされていた方でしたっけ。
「リーナ、帰る前にこっちの敷物にも魔力の登録をお願い。
魔法を起動するのに魔力の登録がいるから、往復するためには両方に登録が必要なの。」
私の指示で敷物に魔力の登録を済ませたリーナが言いました。
「せっかくだから、ロッテのことも紹介するわ。
なんと言っても、ロッテが今回のプランの発案者なのだから。
ロッテにもどんな方か知っておいて欲しいわ。」
まあ、箒をリーナの部屋に置いてきてしまったし、取りに戻るついでに挨拶だけでもしておきましょうか。
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転移魔法でリーナの執務室へ戻ると丁度部屋の扉がノックされたところでした。
「どうぞ。」
リーナが廊下に向かって返事をすると、ヘレーナさんが扉を開けて顔を覗かせます。
「カロリーネお嬢様 、ただいま王都からローザ先生がお着きになられました。
応接の方へお通しするのでよろしいでしょうか。
それとも、お嬢様のリビングの方へお通ししますか?」
「そうね、リビングの方へお通し頂けるかしら、その方がお互い気楽でいいわ。」
教師をお願いした方はローザさんというお名前のようです。
私達はローザさんをお待たせしないようにリビングルームに場所を移したのです。
リビングのソファーで待機していると、ヘレーナさんに伴われた四十歳位の女性がリビングに現われました。
「姫様、ご無沙汰しております。お元気そうで何よりです。」
「ええ、ローザ先生もお元気そうで良かったですわ。
今回はこんな遠方までご足労願って申し訳なかったですわね。
無理なお願いを聞いてもらって感謝するわ。」
リーナはローザさんに労いの言葉をかけた後、私の方を向きました。
「ローザ先生、私の友人を紹介します。シャルロッテです。
シャルロッテ、こちらは長いこと私の家庭教師を務めてくださったローザ先生よ。
ご挨拶して。」
私はリーナに促され、席から立ってローザさんに挨拶させてもらうことにします。
「初めまして、シャルロッテ・フォン・アルムハイムと申します。よろしくお願いします。」
「あら、これはご丁寧に。私はローザ・カーンと申します。よろしくね、シャルロッテさん。」
ローザさんは、私と挨拶を交わしたあと、何事かを思案しているようでした。
そして、次に発せられた言葉は……。
「シャルロッテさん、貴女、今、アルムハイムとおっしゃったわね。
もしかして、帝国のアルム山脈側国境の守護者、アルムハイム家のご息女かしら?
あの『アルムの魔女』の末裔の……。」
おや、ローザさんは王女の家庭教師を任されるだけあって、かなりの博識の方みたいですね。
私の家が三代前から、アルム山脈を越える峠の国境を守っているのをご存知のようです。
うちのことをご存知の方など帝国でもそう多くないと思うのですけど。
「はい、そのアルムハイム家の者です。
私の家のことを知ってらっしゃる方に初めてお会いしました。
よくご存知でしたね。
正確には昨年母を亡くし、家を継ぎましたので『息女』ではなく『当主』になりました。」
「あら、これはとんだご無礼を。
では陛下とお呼びした方がよろしいかしら。
私の父はアカデミーで教授をしていましたの、周辺諸国の歴史には詳しかったのですよ。
アルムハイム伯国のことは父から教えてもらいました。」
「いえ、国民もいないのに陛下などと呼ばせるほど厚顔無恥ではありませんよ。
ローザ先生は我が国の成立の経緯もご存知なのでしょう。国というのが方便だということも。」
「まあ、慎み深いのね。さすが、『アルムの森の賢者』の末裔ですわね。
でも、これで姫様の一連の言動について納得しましたわ。
今回の件も貴女の入れ知恵なんでしょう。
姫様から平民に読み書き計算を教えたいからと書簡が届いた時には驚きましたわ。」
ローザさんは、箱入り娘で離宮から出たことのないリーナが地方領主など務まるのかと心配していたそうです。
しばらくして、外患を誘致しようとした執政官の企てを阻止すると共に、国に入り込んだ工作員を残らず暴いたというリーナの功績を耳にしたそうです。
しかも、今後は執政官をおかずリーナ自ら統治を行うという噂も。
政に関心を示さず、勉強も余り熱心ではない、暇さえあれば離宮の裏庭で鷹狩りの練習ばかりしている。ローザさんのリーナについての印象はそのような感じでした。
それが、監査でも分からなかった執政官の不正を暴いたばかりか、リーナが自ら統治をするなどと聞かされ、いったい何が起こったのかとローザさんは首を傾げたそうです。
「それで、先日いただいた書簡です。
貧しい家庭に生まれた子供達に将来少しでも良い仕事に就いて欲しいので、領民の全ての子供に読み書き計算を教えたいと記されていたのです。
そのためのテストケースとして、下働きに雇った農民の娘に教育を施したいので協力して欲しいとも書かれていました。
私は目を疑いしました。
姫様自身が勉強が嫌いで王侯貴族としての最低限の教養と作法しか身に着けなかったのに。
領民の将来のことを慮って領民の子供達に教育を施したいと言うのです。
いったい何の冗談かと思いましたよ。」
酷い言い方でした、ローザ先生の中ではリーナは余り出来の良い生徒ではなかったようです。
ただ、ローザさん自身も、貧しい家庭に生まれた女の子が娼婦として売られて行く状況を認識していたようで、問題だと思っていたそうです。
ですが、貴族の未亡人で家庭教師で糊口を凌いでいるローザさんには如何ともし難かったようです。
そんな中で、リーナが領民の子供全てに読み書き計算を教え、仕事の幅を広げようとする試みに関心を持ったそうです。
領民の子供に効率的に教育を施すためのテストケースとして、領主館で下働きとして雇い入れた少女達に教育を施して欲しいと書かれているのを見てやってみようと思ったそうです。
それと同時に、どんな心境の変化があってリーナがそんなことに思い至ったのかについても強い関心を抱いたようでした。
「シャルロッテさん、貴女が姫様に良い影響を与えてくださったのね。
私からも感謝するわ、これからは私にも知恵を貸してくだいね。」
そう言ってローザさんは握手を求めてきたのです。
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「これは良いわね。
平民に教育を施すのに、貴族に教育する時のように紙をたくさん使う訳にはいかないと思っていました。
読み書きは、繰り返し練習しないと中々上達しないのでどうしようかと思っていたのです。
まさか、こんな物が用意されているなんて思いもしませんでした。」
ローザさんは、午前中に用意した石版と滑石の棒を手にとって感心しています。
実際の石版に文字を書いてみて、書き易さについても満足したようです。
「ええ、これもシャルロッテが用意してくれました。
シャルロッテが子供の時に読み書きを練習するのに使ったもので、市販されてないようです。
石工に注文しても冬前に間に合いそうもなかったので、シャルロッテにお願いしたのです。」
「そうなの、本格的に領民の子供に教育を施そうとすると、結構な数がいるわね。
まとまった枚数を石工に作らせることになるかしら、予算が取れると良いけど……。」
ローザさんはもう予算の心配をしているようです。
実際はノミーちゃんに頼めば無尽蔵に出来るのですが、初対面の人に秘密を打ち明けることは控えることにします。
「とりあえず、予算の面とかは後回しで良いのではないですか。
まずは下働きの子供達に教育を施してみて、就業機会が増えるほどの効果があげられるか否かの確認をする方が先かと思います。
実際に教育してみて、子供達が領主館で下働きより上の仕事が任せられるくらいの成果をあげられたら、予算の検討を始めれば良いかと思うのですが。」
私はそう提案して、予算の問題は取り合えず先送りにするように促しました。
「それも、そうね。やってみる前から予算の心配しても仕方がないわね。」
どうやら、ローザさんもそれで納得してくれたようです。
教師役も決まりましたので、保護した少女達に対する教育を始めることが出来ますね。
お読み頂き有り難うございます。




