第42話 侍女見習いを雇い入れました
女衒に出くわした日の午後、私達は今回の村巡り最後の村にやってきました。
この村でも思わぬ出来事が起こりました。
リーナが今回採用を予定しているのは予算の制約から十名になっています。
先ほど、女衒と競合して保護した少女で採用した子供は九名になりました。残枠一名です。
ところが最後に訪れた村で、生活に困窮し娘を売りに出そうとしている家が二軒あったのです。
十二歳と十四歳の少女を目の前にして、リーナは考え込んでいました。
そして、…。
「テレーゼ、私は二人とも保護したいと思うのですが、どう思いますか?」
リーナは二名とも採用したい旨をテレーゼさんに伝え、意見を求めました。
テレーゼさんから返ってきた言葉は……。
「決定権は姫様にございますので、姫様のなされることに財務の者も異は唱えないかと思います。
ただし、姫様もご存知のとおり、財務の担当者も色々とやり繰りをして十名を雇い入れる予算を確保したのです。
たった一名ではございますが、その一名の給金は今後永続的に出て行くものなのです。
財務の者が後々頭を痛めることがないように十分配慮して頂きたく存じます。」
余り前向きな意見ではありませんでした。
いえ、感情を優先しているふしのあるリーナを諌めているといった方が良いかもしれません。
テレーゼさんの言葉を受けてリーナが再び考え込んでいると、年上の少女が言いました。
「アタイは娼館に行くから、そっちの子を雇ってやってくれ。
その子は気が弱くて見知らぬ男の相手なんてできっこないさ。
その点、アタイなら平気さ。
男に組み敷かれて天井のシミを数えていれば良いんだろう。
アタイにゃ、娼婦なんて楽な仕事だぜ。」
ふむ、面白いことを言いますね、この少女。
二人とも雇うのが無理そうなので、この少女は小さな少女の方をリーナに保護させたいのでしょう。
でも、強がりを言っているのがみえみえです。だって、足が震えていますから。
「あなた、娼婦ってのは大変な仕事なのよ。
乱暴な男や不潔な男も相手しなければいけない。嫌がることをさせる男だっているかもしれないわよ。
それにね、命にかかわる病気を持っている男だっているの。そんなのうつされたら悲惨よ。
本当に、あなたにそんな仕事をする覚悟があるの?」
私は少し脅してみることにしました。
「だ、大丈夫だ。……アタイはそのくらいへっちゃらだぜ。」
今一瞬、言葉に詰まりましたよね……。
「そう、いい覚悟だわ。それだけの覚悟があるのなら他の仕事をする覚悟だってあるわよね。」
「なんだい、その他の仕事ってのは?」
「娼婦に比べたら楽な仕事よ。ただね、使うのは体ではなくて頭なの。
あなたが、指示に従って真面目に働くのであれば私が雇っても良いわ。」
「お貴族様がアタイに何をさせようって言うんだい。」
「私の付き人よ。
私、最近まで引き篭って外に出なかったものだから付き人がいないの。
このところ、外に出るようになって付き人がいないと不便だと思うようになったの。
貴族の付き人って簡単な仕事じゃないわよ。
まずは、その言葉遣いを直してもらわないといけないし、礼儀作法も習ってもらわないとね。
手紙の代筆や宿の宿泊精算手続きもして欲しいから、読み書き計算も出来ないと困るわ。
まあ、頭は使うけど、娼婦に比べたら楽な仕事よ。
まさか、出来ないとは言わないわよね。」
「うっ……。」
目の前の少女が初めて声を詰まらせました。
この少女、見た目からして頭を使うより、体を動かす方が得意だと感じさせます。
とにかく良く日焼けしているのです。最初はアリィシャちゃんのように南方系の血が入っているのかと思いました。
しかし、シャツの襟元から覗く肌が真っ白で、褐色の顔や腕が日焼けだという事がわかります。
それに、髪型、この国は気温が低いこともあるのでしょうが、平民の女の子もロングヘアが中心です。でも、目の前の少女は動きやすさ重視のショートヘアです。
「まさか、頭を使うのは苦手だから娼婦の方が良いとは言わないわよね。」
私が少し挑発気味に言ってみると…。
「うるさい、付き人だろうが、なんだろうが、やってやろうじゃないか。」
負けず嫌いな性格なのでしょう、彼女は私の思惑にはまったようです。
「そうですか、では私があなたを雇い入れましょう。
そうですね、一年間は礼儀作法や読み書き計算を覚える見習い期間としましょう。
その間は月々の給金を銀貨二百枚にしますね。
あなたの親御さんには給金五ヵ月前渡しで銀貨千枚を置いていきます。
一年後、私が求める水準に達していたら月々の給金を銀貨五百枚に上げて差し上げます。
しっかりと励みなさい。
それと住み込みになりますので、お部屋と食事、それに仕事着はこちらで無償支給しましょう。」
「わかった、世話になるぜ。」
少女がそう言った時です。
ガツン!
それまで、私と少女の会話をハラハラした表情で聞いていた父親らしき男のゲンコツが落ちました。
「馬鹿野郎!世話になるぜじゃなくて、よろしくお願いしますだろうが!
娘が失礼な口を利きまして申し訳ございません。
このような山出しのおてんば娘ですが、何卒よろしくお願いいたします。」
「いえ、これからきちんと躾けますので大丈夫ですよ。
では、銀貨千枚を先渡ししますね。
どうぞ確認してください。」
私は彼女の父親に銀貨千枚を支払いました。
リーナの予定している定員を越えて売りに出される少女がいた場合に、一、二人であれば私が保護しようと思って予め用意しておいたのです。
すると、リーナが尋ねてきました。
「ロッテ、良いの?
私がわがままを言ったからといって、ロッテが雇い入れてくれなくても良いのよ。」
「大丈夫よ。私も必要だと思ったから彼女を雇うことにしたのだから。」
別に同情して目の前の少女を雇おうということではありません。
先日ズーリックへ行った時、私の荷物までリーナの侍女のヘレーナさんに持たせてしまいました。
貴族は自分で荷物を持ったらいけないそうです。
これから外出する機会が増えることを考えると、一人位は侍女を雇った方が良いと考えたのです。
おそらく遠くない将来、リーナと共にアルビオン王国まで視察に行くことになるでしょう。
アルビオン王国はガチガチの貴族社会だと聞いています。
侍女の一人も連れていないと見下されてしまいます。
初手から格下に見られてしまっては、その後の交渉に差し支えます。
私はアルビオン王国に出向く際は、単なる視察ではなく、交渉を伴うものとなると予想しているのです。
私がその辺のことを掻い摘んで説明するとリーナも納得してくれたようです。
「ロッテ、有り難う。アルビオンに行くことまで考えていてくれたのね。
一緒に行ってもらえるのなら心強いわ。」
リーナは嬉しそうに顔を綻ばせました。
そうそう、一つ大事なことを聞き忘れていました。
「あなた、お名前は?」
私は目の前の少女に尋ねました。
「アタイはカーラ……。
じゃなくて、私はカーラです。よろしくお願いします。」
カーラはいつもの口調で答えたところで、父親のこぶしが目に入ったのでしょう。
とっさに、丁寧な言葉に言い換えました。さっきのゲンコツがこたえたようです。
「私はシャルロッテ・フォン・アルムハイムよ。
我が家の詳しい話は館に戻ってからゆっくりするわね。」
これで四日間にわたった領内の村巡りは終了です。
娘を雇用することにより、冬越しの物資を購入することが困難な家庭に必要なお金を配布することができました。
それと同時に、少女たちが娼婦として身売りに出されることを未然に防ぐことが出来たのです。
今回のリーナの試みは上手くいったようです。
そして、私は侍女見習いを一人、雇い入れることになりました。
お読み頂き有り難うございます。




