第39話 さっそく始めることにしました
九月も残り僅かとなりめっきり冷たくなった風を切って、箒に乗った私はリーナの館を目指します。
今日はアリィシャちゃんはお留守番です。
お昼の準備はアインちゃんにお願いしてきましたし、リアもクシィもいるから一人でも平気でしょう。
先日、我が家を訪れてからのリーナの行動は迅速でした。
領主館の人手不足がどの程度なのかを直ぐに洗い出しました。
そして、財務担当の官吏と予算面の相談をした結果、下働きの娘十人を採用することに決めたのです。
そして、今日は下働きを採用するために、領主のリーナ自ら村を回ります。
田舎は良きにつけ悪しきにつけ縁故社会です。
リーナが下働きを採用することにしたのは若い娘が女衒に売られるのを防ぐため、配下の者に任せて関係ない人を縁故採用されたら困るからです。
今日の私はリーナの付き添いです。
私も周囲の村の様子を見ておきたいと思っていたので、リーナから一緒に村を回って欲しいと請われた際に一も二もなく引き受けました。
私は、十五年間も館から出たことが無かった筋金入りの引き篭りです。こんな機会でもないと社会の実状に接することがないのです。
私がリーナの館に着くと既に出発の準備が整い、私の到着を待つだけになっていました。
館の前に馬車を二台停め、リーナが玄関先で待ち構えていたのです。
「おはよう、リーナ。
もう出発の準備が整っているのね、少しでも早く出かけたいという意気込みを感じるわ。」
「おはよう、ロッテ。今日は付き合ってもらって有り難う。
ええ、少しでも早く動いて、女衒より先回りしないといけないですから。
さあ、馬車に乗って、すぐに出発しましょう。」
挨拶もそこそこに私は馬車に乗るよう急かされて、農村部に向けて出発しました。
「でも、リーナは凄いわ。
私が提案を持ちかけてまだ三日しか経っていないのよ。
それでもう、予算を確保して採用に出かけられるなんて。」
「ええ、領主館に仕えるみんなに協力してもらったの。
人手不足は結構深刻だったようで、下女を採用したいと言ったら快く協力してくれたわ。
さっきも言ったように女衒よりも先に村を回りたいでしょう、やると決めた以上は。」
やると決めたらすぐに動くところは、リーナの良いところだと思います。
時折、空回っていることもありますが……。
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馬車に小一時間揺られて小さな農村に着きました。
リーナも闇雲に回ろうという訳ではありませんでした。
ちゃんと、徴税官から暮らし向きの良くない村を事前に聞き取りしたとのことです。
それらの村を効率的に回れるように予定を立てたそうです。
村に到着すると、立派なリーナの馬車に何事かと感心を持った村人が顔を覗かせました。
先触れに護衛の騎士の一人が、一番大きな家に入って行きます。村長の家なのでしょう。
暫くして戻って来た騎士に先導されて村長の家にお邪魔することになりました。
「私奴がこの村の村長でございます。
ご領主様、自らこのような寒村にまでお越しいただけるとは恐縮でございます。
して、本日はどのようなご用件でございましょうか。」
村長が平伏してリーナを迎え入れました。
いささか、おおげさな挨拶の仕方に見えますが、農村の人の領主への対応はこのようなもののようです。
「村長、頭を上げて楽にしてください。そのかっこうでは話ができません。」
リーナに促されて対面の椅子に腰掛けた村長に、リーナは告げました。
「今日はこの村の冬越しの準備が滞りなく出来ているかを聞きに来ました。
冬越しの物資を購入するお金が足りなくて、娘を身売りに出そうとしている家はありませんか?
隠し立ては無用です、そのような家がれあれば率直にお聞かせ願いたい。」
リーナの言葉を聞いた村長は気まずそうな表情になりました。
娘を身売りに出すのはさほど珍しいことではないとは言え、自分の差配する村から身売りする娘がいるとは言い出し難いのでしょう。
「実は一件、暮らし向きが良くなく、今年十二になった娘を身売りしようという家がありまして相談を受けていたところなのです。」
リーナの後ろに立つ騎士に威圧されて村長が渋々話し始めました。
村長に案内されて出向いた家は粗末な家で、確かに暮らし向きは余り良くないようでした。
家の中に入って驚きました、典型的な貧乏子だくさんの家庭です。
クラーシュバルツ王国の冷涼な気候は農耕に向いておらず、酪農が中心だと以前説明しました。
ですが、全ての農家が酪農を営める訳ではないのです。
牛を飼うための広い牧草地が必要ですし、牛舎も必要です。
酪農が営めるのは、比較的裕福な農家に限られてくるのです。
それ以外の農家はやせた農地で農耕を細々と営みながら、酪農をする農家の手伝いの手間賃で糊口を凌いでいるのです。
そのため、そんな農家では養える子供は精々二人が限度です。
ところが、この家、おそらく売り出される予定の娘を筆頭に五人も子供がいるのです。
そんなに、子供を養える訳がありません。一番上の娘は身売りできる年頃になったらすぐに売りに出す予定だったのでしょう。
粗末な建物に入ったリーナは、家の主と見られる男に言いました。
「私は、この近辺の村を治める領主のカロリーネ・フォン・アルトブルクです。
こちらで、娘さんを身売りする予定だと窺ったのですが間違いありませんか?」
突然現われた領主が幾分咎めるような感情を込めて問い掛けたものですから、その男は慌てたようです。
「へえ、申し訳ねえです。
ですが、このままでは冬越しの食い物も手当てできんのです。
ノノを売り出さんことには、一家全員が飢え死にしてしまいます。」
別に娘を身売りすることは違法ではないのですが、後ろめたさはあるようで男はとっさに謝りました。
売りに出す予定の娘さんはノノちゃんと言う名前のようです。
「そうですか。
では、そのノノさんを私が館の下働きとして雇い入れたいと思います。」
リーナがそう告げると、男はあからさまに難色を示しました。
「それは困ります。
冬越しの食い物やら何やらを買うためにまとまった金が要るんです。
下働きという事は日々の給金でございましょう。
それでは全然足らんのです。」
下女の仕事は日払いの給金が多いようです。
その日の日当をもらうという形では、まとまったお金をこれから貯めるのは無理です。
到底冬越しの物資を購入するにはかなりの金額が必要なのです。
それに、もう冬は間近に迫っているのですから。
「館の下働きの給金は、月払いで銀貨二百枚です。
今回、この家が冬越しの物資を購入するため、特別に五ヶ月分銀貨千枚を先払いしましょう。
いかがですか?」
月銀貨二百枚というのは家庭を養うには到底足りない金額ですが、一般的な下女の給金としては高い方です。
商人や宿屋に雇われている下女の給金はもう少し低いようです。
「銀貨千枚?そんなにたくさん頂けるのですか?」
男は心底驚いていました。
これには、私の方が驚かされました。
この男は自分の娘を銀貨千枚にも満たない金額で売り払おうとしていたのでしょうか。
「銀貨千枚というのは、この先五ヶ月分の給金の前渡しですよ。
当面、五ヶ月は給金の支払いが無いのはわかりますね。
六ヶ月目からはきちんと月々の給金銀貨二百枚を支払う形になります。
よろしいですか?」
「へえ、わかっております。ぜひともおねげえします。
銀貨千枚もあれば、飢えることなく冬を越すことが出来ます。」
男は大変な喜びようで、リーナの提案に乗ってきました。
本当にこの男、いったい幾らで自分の娘を売ろうとしていたのでしょうか?
こうして、身売りに出される予定だった少女一名を無事に保護することが出来ました。
保護した少女ノノちゃん十二歳は、まだあどけない、子供と言って良い容姿をしていました。
リーナは、いたいけな少女が醜い大人の毒牙にかかる前に保護できたことに、ホッと胸を撫で下ろしたようでした。
しかし、この近辺に出没している女衒、いったい幾ら位で娘を買い叩いているのでしょうか。
そのあたりを調べてみる必要が有りそうですね。
貨幣経済が浸透していない農村部で、モノの相場を知らない農民を相手に悪どい商売をしていそうな気がします。
お読み頂き有り難うございます。




