第3話 茨に絡みつかれると痛いです……
私は山賊達からリーナを庇うように立ち塞がりました。
「なんだ、おまえ。
そんな丸腰で俺達とやろうってのか。
それともなにかい、俺達に相手して欲しいのは別のことかい。
その姿じゃ、男日照りのようだからな。」
何と下品なのでしょう。誰もあんた達に抱いて欲しくはないです、汚らわしい。
「ドリーちゃん、いる?」
私が呼びかけると、
「ハイ、ハイ!」
お気軽な声と共に、私の右肩の上に身の丈十インチほどの少女が現われます。
白のブラウスの上にライトグリーンのノースリーブのワンピースを着た愛くるしい少女。
黒に近い濃い緑の髪は光を受けてキラキラと輝きます。
癖のないセミロングの髪をまとめた緑のスカーフがチャームポイントです。
「おい、おまえ、何だ、その珍妙な生き物は。」
不意に現われたドリーちゃんに山賊のお頭が驚嘆の声を上げました。
珍妙なとは失礼な、こんなに可愛いのに。
「可愛いでしょう、私の契約精霊のドリーちゃん。
植物を司る精霊なんですよ。」
「精霊だと?初耳だな、なんだそれは?
そんなものを呼んでどうする気だい。見世物でもしよってのか。」
この人達は精霊の恐ろしさを知らないようです。
たぶん、初めて見るのでしょう。
まあ、こんなに可愛いのですから、恐ろしい力を持っているなんて思わないかな。
「ドリーちゃん、あの茨を使ってあいつ等を懲らしめてくれるかな。」
私が山賊が立つ横の生垣を指差してお願いすると、ドリーちゃんは少し垂れ目の大きな目を輝かせて言いました。
それは、イタズラすることを許可された子供のような目でした。
「思い切りやっちゃって良いんだよね!
んじゃ、私の可愛い茨ちゃん、そこに居る男達を添え木にして、元気に育ってちょうだい!
大きくなーれ!」
ドリーちゃんの気の抜けた言葉とは裏腹に猛烈な勢いで茨の蔓は伸び男達に絡みつきました。
男達は避ける間も無く、茨の蔓に絡め取られてしまいます。
「痛えええっ!痛えよ!」
男の癖に情けない悲鳴を上げないで欲しいです。
でも実際、あそこの生垣の茨は棘が多くて痛いのです、私も剪定の時に何度泣かされたことか…。
「悪かった、俺達が悪かったから勘弁してくれ。
もう、金をよこせなんて言わねえ、その女も諦める。
だから、この茨を解いてくれ、痛くて我慢できねぇ。」
私は泣き言を言うお頭に尋ねました。
「正直に話せば、拘束を解いてあげるわ。
あなた達はどうしてあの子を狙っているの。どこであの子の情報を手に入れたの。」
「俺達は昔から懇意にしているセルベチア人の女衒から聞いたんだ。
今日、この辺りにえらく美人の令嬢が鷹狩りに来ると。
それを捕まえてくれたら高く買い取るってな。
なんでも、セルベチアで上得意の娼館に売り飛ばしたいらしくてな。
それで、人相や背格好を詳しく教えてもらったんだ。」
お頭の話ではセルベチア人の女衒とは十年以上の付き合いで、娘を拉致してはその男に買い取ってもらっていたらしいのです。
この山賊はシューネフルトと近隣の農村を結ぶ街道を縄張りとして、娘連れの行商人や旅人、更には村の外に使いに出た村娘などの拉致を繰り返していたようです。
こんな奴が野放しになっているとは、この辺りの治安もあまり良いとは言えませんね。
さてどうしましょうか。
「リーナ、あなたはこの山賊たちをどうしたら良いと思う。
大分、悪さを繰り返してきたようだけど。」
通常、捕らえた山賊をその場で殺してしまっても咎められることはありません。
町や村の外で徒党を組んで悪さをしている連中を町まで連行して衛兵に突き出すのが大変だからです。
「私はシューネフルトの衛兵に突き出すのが良いと思います。
今までの罪状を全て調べたうえで、然るべき罰を与えるべきかと。
上手くいけば、その女衒という人も捕らえられるかもしれません。」
リーナはロクな教育を受けていないと言っていたけど、道理はわかっているようです。
ただ、どうやってシューネフェルトまで連行するか迄は考えが及ばないようですね。
私も自分の敷地をこんな奴らの血で汚したくはありません。
しょうがないですね、少し疲れますがあれをやりますか。
私は六人の山賊に向かって言いました、力有る言葉を。
『私の命じることに従え』
言葉に魔力を乗せて発する強制力を持つ言葉、『言霊』などとも呼ばれています。
これ、かなりの魔力を込めないといけないので消耗するのです。
しかも、一句一句を短くしないと上手く伝わらないので、気を使うのですよね。
『この場で見たこと、聞いたことの一切を他者に伝えることを禁ずる』
『今後一切、武器を持つことを禁ずる』
『今後一切、他者を襲撃することを禁ずる』
『シューネフルトの衛兵詰め所に行け、全員でだ』
『そこで、今まで犯した罪を全て自白しろ』
『おまえ等のねぐらと残党の数を自白しろ』
『おまえ達が懇意にしている女衒の名前、住処を衛兵に伝えろ』
こんなものですか、大変疲れました。
ドリーちゃんにお願いして、茨の拘束を解いてもらうと盗賊達はその場に剣を捨てました。
そして、懐に隠し持っていたナイフも投げ捨てたのです。
どうやら消耗した甲斐があったようで、力有る言葉は有効に聞いているようです。
全ての武器を放り出した盗賊たちはそのまま敷地を出て森の外に向かって歩き出しました。
シューネフルトまで約十マイルですか、まだ午前中だし夕方には衛兵に出頭するでしょう。
「リーナ。もう山賊に怯える必要はないわ。
あいつらはこのまま衛兵に出頭するし、残党がいても山賊狩りが行われると思うわ。」
私がリーナを安心させようと声をかけるとリーナは放心した様子で声を絞り出したのです。
「ロッテ、あなたいったい……。」
そうでしたね、改めて自己紹介しておきましょうか。
「私の名はシャルロッテ・フォン・アルムハイム。
ここ、アルムハイム伯国の女王にして、帝国皇帝から伯爵の爵位を賜る帝国貴族です。
そして、『アルムの魔女』の末裔、おそらく最後の魔法使いです。」
そう、リーナはここをシューネフルトの領内だと思っていたけど実は違うのです。
それどころかクラーシュバルツ王国の領土でもない、立派な独立国なのです。
そのあたりの話もしないといけませんね。
お読み頂き有り難うございます。