第32話 家路につきました
「うわあ、凄い。お貴族様の馬車って全然ガタガタしないんだ!」
ズーリックからの帰り道、リーナの馬車に乗ったアリィシャちゃんがはしゃぎます。
無邪気にはしゃぐアリィシャを見てリーナも目を細めています。
アリィシャがいた一座の馬車は荷馬車に幌をかけたような馬車らしく、地面のでこぼこが直接響いてくるくらい乗り心地の良くない物だったようです。
そんな乗り心地の悪い馬車の旅に慣れているせいでしょうか、悪路の揺れでもアリィシャは全然馬車酔いする気配も見せず、車窓を流れる景色を堪能していました。
来る時に難渋した峠道でも、馬車に乗ったまま山を越えられるなんて夢みたいだと言ってノロノロと進んでいく馬車を楽しんでいました。
アリィシャちゃんのいた一座は、移動で山越えをすることもしばしばあり、その度に馬車からおりて山道を徒歩で上ったそうです。
まだ幼いアリィシャちゃんに徒歩での山越えは過酷だったみたいです。
馬車の旅は時間がたっぷりあり、むしろ持て余すぐらいでした。
私はこの機会にアリィシャちゃんがいた一座のことなどを聞いてみました。
アリィシャちゃんの話す帝国語がいやに流暢だと思ったのですが、アリィシャちゃんは帝国の生まれで帝国の領域内を転々としていたそうです。
春から夏にかけて帝国を北に向かい、秋から冬にかけて南へ向かうそうです。
現在は南に向っているらしく、途中でズーリックによって興行しいていたそうです。
十五年間王城の離宮で育てられたリーナにとっては、あちこちを転々としてきたアリィシャちゃんの話は興味をそそる内容だったようで、熱心に耳を傾けていました。
結局アリィシャちゃんは二日間の馬車の旅を一度も馬車酔いすることなく乗り切りました。
私?ええ、初日から馬車酔いしましたとも。
往路の教訓を生かして醜態を晒す前にアクアちゃんを呼び出して癒しを施してもらいました。
その際に、新しく加わった水の精霊、シアンとクシィについての話をしておきました。
「ねえ、リーナ。
私、アクアちゃんに頼んでシアンとクシィを探して来てもらったでしょう。
何で水の精霊だったか分かる?」
「えっ、ロッテ、言っていたではないですか。
ズーリック湖は水が澄んでいるので、清らかな水が好きな水の精霊がいるはずだと思ったって。
違うの?」
「ええ、勿論それもあるけど、それだけじゃないの。
リーナも精霊と契約したのだから、知っておいた方が良いわ。
アリィシャもちゃんと聞いておいてね。」
「うん!ちゃんと聞く、クシィのことだものね。」
「あら、いい返事、アリィシャちゃんは良い子ね。
さっき私がアクアちゃんにしてもらったように、水の精霊は人を癒す力を持っているの。
怪我や病気をした時に備えて、水の精霊と契約を結んでおくと安心だと思ったの。
特に、リーナは領主として領地を治めていかないといけないのだから体を壊したら大変だわ。
ただ、昨日の彼女の件で分かったけど病気に関しては水の精霊は万能じゃないみたい。
だから、過信しないでね。」
「ロッテ、有り難う。
私とアリィシャちゃんの身の安全のために水の精霊を探してくれたのね。」
リーナは私にお礼を言うと、リーナの膝の上でモシャモシャと焼き菓子をかじっているシアンを掌に乗せて…。
「シアンちゃん、もし私が体を壊すことがあったら助けてもらえると嬉しいわ。
お願いできるかしら?」
「はい、お任せを。リーナに何かあったら私が癒しを施します。
ずっと傍にいるので、安心してください。」
シアンの頼もしい返事にリーナは目を細めています。
水の精霊の癒しは、怪我や疲労から来る病気をてき面に治します。
アクアちゃんの話しでは、水の精霊の癒しは体の回復力を高めるそうなのです。
ですから、毒なども毒そのものを消すのではなく、毒で傷ついた体を修復するそうなのです。
昨日の病気についても、時間をかければアクアちゃんの力で治すことが出来るそうです。
なんでも、体の抵抗力を高め、病気の素を時間をかけて滅するそうです。
そのためには、何日も継続的に癒しを施す必要があるため、あの場では無理と言ったそうです。
昨日、ホテルに戻ってそれを教えてもらいました。
その点、光の精霊は病気の素を体から消し去ることが出来るそうなのです。
ですから、体に潜んだ目に見えない小さな生き物が原因の病気も即座に治るそうです。
反面、病気で弱った体は回復できないので、水の精霊との併せ技が効果的だそうです。
本当はリーナに光の精霊とペアで契約させたいところですが何事も順序というものがあります。
幅広く体を癒せるという点では、まず手始めに水の精霊と契約したのが正解だと思っています。
「ねえ、ねえ、ロッテお姉ちゃん。
リアはどんなことが出来るの?」
水の精霊の話を聞き終えたアリィシャが今度は風の精霊リアのことを尋ねてきました。
「リアは風の精霊ね。
暑いときに涼しい風を吹かせたり、寒いときに温かい風を吹かせたりすることが出来るわ。
他には水に濡れたときに、温かい風を吹かせて乾かしたりもできるし。
アリィシャちゃんが望むならリアの風に乗って空を飛ぶことだって出来ると思うわ。」
「それ、本当?リアは私を乗せて空を飛べるの?」
「ええ、本当よ。
アリィシャちゃんはリアと良く話しをしてみればいいわ。
リアがどんなことが出来るか聞いてみなさい。
人がいる場所で呼び出したらダメだけど、自分の部屋とかで呼び出してお話しをすれば良いわ。
精霊と親しむためにはお互いのことを知ることが一番大事なの。」
「うん、わかった。リアがどんなことが出来るか、楽しみだな~。」
さっそく、アリィシャちゃんはリアとクシィを呼び出しておしゃべりを始めました。
うん、うん、素直でよろしい。
それで、リーナの方はと言うと……。
私がアドバイスする必要はありませんね、コミュニケーションは十分なようです。
リーナったら、人目に付かない所では四六時中シアンを呼び出しておしゃべりしています。
馬車の中では、リーナの膝の上がシアンの定位置です。
話を聞いているとシアンの能力については余り聞いてないようですが、それで良いのです。
リーナが精霊の力を使いこなす必要はないのですから。
シアンを探してきてリーナとの契約を試みたのはリーナを守ってもらうため。
仲良くなっておけば、リーナが病気にでもなった時はシアンが自発的に治癒を施すでしょう。
*********
そして、ズーリックを出て二日目の夕方、私達を乗せた馬車はシューネフルトのリーナの館に無事到着しました。
周囲は薄暗くなり始めていますが、まだ視界が利かないわけではありません。
人目につかずに空を飛ぶには丁度いい時間帯です。
私は今日は泊まっていったらと勧めるリーナに丁重にお断りを入れて帰ることにしました。
「ごめんね。余り留守にするとハーブ畑が心配だから。
それに、今の時間なら人目を避けるのに丁度良いのよ。」
私が最後にそう言うとアリィシャが目を輝かせて尋ねてきました。
「ロッテお姉ちゃん、ここから空を飛んで帰るの?
私も一緒に飛べるの?」
「ええ、そうよ。ここから私の館まで飛んで帰るのよ。
大空の散歩を楽しませてあげる。」
私は期待に声を弾ませたアリィシャを連れてリーナの部屋のバルコニーに出ました。
「じゃあ、旅の間に溜まった仕事を片付けたら、ロッテの館にお邪魔するわね。
何から手を付けていくかを相談したいからよろしくね。」
「ええ、リーナなら何時でも歓迎するわ。」
バルコニーでリーナに別れを告げた私は、横倒しした大きなトランクにアリィシャを座らせ、自分も腰掛けてトランクを宙に浮かべました。
「うわっ、本当に浮かんだ!」
アリィシャが驚きの声を上げます。
「それじゃ、出発!」
私の合図と共にトランクは高く浮き上がりアルムハイムを目指してフヨフヨと前進を始めます。
「すごい、すごい。
ロッテお姉ちゃんって本当に空を飛べるんだ。
私も魔法を勉強すれば飛べるようになるかな?」
「ええ、頑張って魔法を勉強すれば、きっと出来るわよ。
私がみっちりと仕込んであげる。」
「わかった、頑張って勉強するね。」
こうして、私は無邪気にはしゃぐアリィシャちゃんを微笑ましく感じながら家路についたのです。
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